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第十七話 教え子達は奮起する ①

 五月十日金曜日早朝。

 晩春の穏やかな陽光に照らされる候補生二十名は、二列横隊になって姿勢を正し強面(こわおもて)の教官を注視している。

 彼らの視線を一身に集める達也は、寝不足気味なのを悟られないようにと殊更(ことさら)に気合を入れて訓示を行う。


「おはよう。さて昨夜は楽しんで貰えたかな? 散々飲み食いした所為(せい)か全員顔色も良い様で何よりだ……さて、バーベキューの最中(さなか)にも言ったが、君らに下された不当な処分を撤回させる好機が与えられた」


 瞳を輝かせる教え子達からは闘志溢れる気概が(うかが)え、達也は満足して続ける。


「約二週間後に行われる航宙研修中、諸君らに対する処分の正当性を問うテストが課せられる事になった。試験官は現役の艦隊勤務士官が務めると決まったし、俺も担当教官として乗艦を許可されたので、安心してテストに(のぞ)んでくれ」


 教え子たちが安堵した表情を浮かべるのを見てから、達也は航宙研修までの訓練スケジュールの概要を()(つま)んで説明した。

 実質二週間という短期間で成果を上げる為に、自分以外にも銀河連邦宇宙軍派遣艦隊から有能な士官を教官として招集する事。

 座学とヴァーチャルシステムによる訓練を並行して行う為、各員に割り当てられた専用のスケジュール表に従って訓練を行う事。

 航宙研修が終わるまでは休日返上で訓練漬けになる事。

 欠席は脱落と見做(みな)し、航宙研修の参加資格を失う事。


「……まあ、こんな所だ。この()に及んで御託(ごたく)を並べても仕方があるまい。お前達の未来は、お前達自身で切り開かねば意味がない……君達の奮戦を期待する」


 そう言って敬礼する達也へ一糸乱れぬ答礼を返す教え子達は瞳を輝かせて士気の高さを隠そうともせず、そんな彼らを頼もしく思った達也は、さっそく秘密兵器を披露(ひろう)する。


「それでは、先程()べた新しい教官を紹介しておこう。どうぞ中佐」


 その声に(うなが)され、整列する候補生達の右側前方の艦内出入り口から、白色を基調にした高級士官用のジャケットスーツを颯爽(さっそう)と着こなした眼鏡美女が現れた。

 美しい(かんばせ)に上品な銀縁眼鏡、軽くウェーブした暗紫色の髪の毛は艶を(たた)え、成熟した女性の魅力を遺憾なく見せ付ける彼女は、一瞬で男子候補生達のハートを鷲掴(わしづか)みにした。

 そして、ハイヒール特有の軽快な靴音を響かせながら達也の隣へ移動した助っ人教官は、その知的な相貌を微笑みで飾って自己紹介する。


「私はエレオノーラ・グラディス銀河連邦宇宙軍中佐です。現在は方面艦隊旗艦の艦長職を拝命(はいめい)しております。短い間ですが、君達の訓練のお手伝いにやってまいりました……宜しくお願いしますね」


 (りん)として()き通った美声は、若くして中佐という階級に昇進した実績と、それに相応(ふさわ)しい立ち居振る舞いも相俟(あいま)って、女子候補生の耳目(じもく)をも引き付ける。

 しかしながら、スーパーウーマンの登場に目を輝かせて高揚(こうよう)する教え子達に対して、冷水をぶっ掛けるが(ごと)き達也の一言が炸裂(さくれつ)し、穏やかな雰囲気は一瞬で凍りついてしまった。


「あ~~。見た目に(だま)されるんじゃないぞ。ローズバンク教官と同じタイプだとか勘違いしたら大怪我するからな。この人は外道の鬼──うお、ぐふうぅッ!」


 軽口を叩いた愚か者(タツヤ)の腹部に強烈な膝蹴りを見舞ったエレオノーラは、一瞬前とはうって変わって、ひどくドスの()いた底冷えのする台詞を朱色の唇から(こぼ)す。


「おう、白銀。上官は(うやま)えと何度言えば分かるんだい? (しか)も、私の様な()い女をつかまえて『外道の鬼』? やはり、(しつけ)が必要だったかしらねぇ~~?」


 その変わり身の早さに唖然とする教え子たちの前で、悶絶する達也は首を左右に振って許しを()うしか術がない。


(こっ、こいつ本気で()りやがったぁっ……俺が身分を明かせないのを知りながら調子に乗りやがってぇぇ! 覚えていろよ! いつか絶対に思い知らせてやるからなぁぁぁ)


 階級を詐称(さしょう)している件が(ことごとく)く裏目にでるのは最早御約束だが、歯噛みしながらも強がる以外に達也に出来る事はなく、盛大な愚痴を吐き散らすしかない。

 勿論(もちろん)、言葉にはできずに胸の中で密かにだが……。


           ◇◆◇◆◇


 今回の候補生救済策の件はジェフリー・グラス派の教官たちの強い反発もあり、一限目は自習に差し替えられて全教官参加の会議が開催された。

 一応教官の肩書を持つ達也も参加を強要されたのだが、嫌悪感を隠そうともしない視線の集中砲火に晒され、居心地が悪い事この上ない。


「同盟軍とはいえ他の組織からの横やりで、我が軍の決定が(くつがえ)ったのでは、今後千年の禍根(かこん)を残す懸念を払拭(ふっしょく)できません。断固たる態度で拒絶するべきです!」

「そうだッ! その通りッ!」

「銀河連邦の横暴を許すなッ!!」


 熱弁を振るうジェフリーと、それに同調する腰巾着(こしぎんちゃく)らのヤジまでもが三文芝居に見えてしまい、達也としては辟易(へきえき)する他はなかった。

 (しか)も、険悪な空気が充満する合同教官室にあって、明らかに事態の推移を楽しんでいる林原学校長が笑顔で意見を求めて来るのだから余計に始末が悪い。


「彼らの担当教官の白銀君はどの様にお考えかな?」


 心の中で舌を(はじ)きながらも、努めて平静を(よそお)い校長の問いに答えを返す。


「組織の面目云々(うんぬん)を問うのであれば、今回のような不透明な査定で候補生を排除する事こそが問題視されるべきでしょう……」


 ジェフリーが親の仇を見る様な目で(にら)んで来るが、達也は一切歯牙にも掛けずに言葉を続けた。


「身体的にも精神的にも不都合と見做(みな)される理由が彼らにあるわけでもないのに、学年一位と二位の生徒までもが落第させられるというのは、如何(いか)にも恣意的(しいてき)であり不自然極まるのではありませんか? 軍にとって人材こそが宝でありましょう? それを(ないがし)ろにしては地球統合軍の未来が(あや)うい……銀河連邦宇宙軍はそう危惧(きぐ)したのではないかと愚考する次第であります」


 イェーガーを通じて統合軍幹部を脅し(すか)した張本人が、素知らぬ顔をして正論を口にしているのだから呆れるしかないが、その程度は許される筈だと達也は思う。

 結局、その意見が()いたのか、前回の航宙研修以降、達也の意見を支持する教官が増えているのも幸いし、辛うじて軍上層部の決定に賛意を示す者が反対派を上回り、この案件は承認された。

 勿論(もちろん)、ジェフリー派の教官達は怒りも(あらわ)に退席する者が多かったが、そんな中にあって、ジェフリーから向けられる(けわ)しい視線に狂気じみたものを感じた達也は、得体の知れない不安に眉を(ひそ)める。


(最悪の場合は万が一があるかも知れないな。保険だけは掛けておくか……)


 その不快な視線に気付かないフリをしながらも、達也はそう心の中で思いを(めぐ)らせるのだった。


            ◇◆◇◆◇


(ふふん……全面的に期待できそうな候補生は如月詩織さんだけね……他の三人は特化した専門職向きの人材だし、達也の下に来たばかりの十六名は、知識と練度の両面で物足(ものた)らず未知数……)


 エレオノーラ・グラディス中佐は、事前に目を通していたレポートの内容と大差ない候補生らの現状を確認して不満げに鼻を鳴らした。


 (かつ)てガリュード艦隊に()いて、若くして天才の名を欲しい(まま)にした彼女は、周囲からは達也とラインハルトを含めた仲良しトリオの一員だと認識されている。

 しかし、激務が続く艦隊勤務の合間に気心を通じ合わせ、戦場では共に力を合わせて戦った親友同士とはいえ、彼らは競うべきライバルに他ならないのだ。

 皮肉にも上昇志向が強かったエレオノーラやラインハルトよりも、出世には全く無頓着(むとんちゃく)だった達也が先に昇進を果たしたとはいえ、彼女はそれを(ねた)む様な狭量(きょうりょう)な人間ではなかった。

 (むし)ろ、顔を合わせれば美味(うま)い酒を片手に話が(はず)む……。

 そんな深い信頼を分かち合う間柄なのだ。


 銀河連邦軍内の改革を断行する為に計画された弾劾権(だんがいけん)の行使については、真っ先にラインハルトの考えに賛意を示して積極的な協力を()しまなかった。

 それもこれも、敬愛するガリュード元帥が退役して以降、貴族閥の勢力が拡大していく中、日増しに強くなる息苦しさに反感を(いだ)いたからに他ならない。


(まあ……達也とラインハルトと組めるのなら文句はないわね。これ以上エロボケ貴族のジジイの下で戦うなんて、まっぴら御免だし)


 などと、不謹慎(ふきんしん)な思いも多少はあったのだが……。


 艦隊の再配備を十日後に(ひか)え、諸般の手続きや訓練で忙しい中、急遽(きゅうきょ)呼び出されて地球に来てみれば……。


『短期間で士官候補生を(きた)え上げなきゃならないんだ……悪いが手伝ってくれ』

『ねえ、達也? 貴方さぁ、自分が置かれている状況が分かっているの?』


 無邪気な顔で突拍子もない要求を(のたま)う艦隊司令官に、エレオノーラは呆れ果てたものだったが……。

 事情を聞いてみれば、旧態依然(きゅうたいいぜん)とした権威主義に胡坐(あぐら)をかく連中の横暴に彼女自身も腹に据えかね、結局は達也の要請を受諾したのだった。


 そして、今日一日を(つい)やし、ヴァーチャルシステムと座学の講師を務めた結果が冒頭の感想なのだ。

 放課後の補習も無難に終え、アイラを含めた教え子達全員が宿舎へ帰ったあと、出張から戻ったばかりのラインハルトも交えて会議を行った。


「西部方面域内の艦隊配備計画書は本部に提出してきたよ……(くだん)の新兵器はヒルデガルド殿下から直接受領し、(すで)に該当部隊に配備済みだ」


 ラインハルトの報告にエレオノーラが(いぶか)しげな顔をして問う。


「そんなお手軽な新兵器って……当てにして大丈夫なの?」

「簡易版らしくてね。今回限りの使い捨てだから、本命は我々が足場を固めてから本格的に供給するそうだよ」

「ご苦労さん。どうせ今夜にも殿下と会うから確認しておくよ。あとは予定通りに相手が動いてくれるかどうかなんだが……」


 達也が渋い顔をすると、エレオノーラが意味深な微笑みを浮かべる。


「あんたの吠え面を(おが)みたいクルデーレ大将閣下としては、一日千秋の思いで待ち(こが)がれているに違いないわ……駐留艦隊が撤収を終えた翌日……来月の頭に作戦を発動というのが濃厚ね」

「あぁ。まず間違いないだろうな……我々は予定通りその三日前にアトラス基地に入って待機しよう」


 ラインハルトが同意すれば、達也も無言で(うなず)いて賛意を示した。


             ※※※


「さて、エレン。あの子達はどうだった?」


 最重要課題の打ち合わせが終わったからか、達也が幾分(いくぶん)(くだ)けた口調で訊ねる。

 カップのコーヒーを飲み干した彼女は肩を(すく)め、意地の悪い微笑みを対面の二人に向けるや、当然の様な顔をして厳しい要求を突き付けた。


「二週間で何とかしろというのは流石(さすが)に無謀でしょう……どうしてもというのならば……日の浅い連中は座学と初級シミュレーションで基礎力を養わせるしかないわね。ラインハルト、貴方が受け持ってくれないかしら? 期間は五日……それで、何とか仕上げて頂戴」

「い、五日か……う~~ん、時間がないから仕方がないか……分かった。何とかしてみよう」

「ありがとう……達也は真宮寺候補生を一人前のパイロットに育てて頂戴。期間は二週間いっぱい掛かっても構わない。残りの三人は各部門の責任者として相応(ふさわ)しい技量を私が叩き込んであげるわ」

「おいおい。真宮寺は艦隊勤務が第一志望だ、パイロット専従にする訳にはいかないぞ?」


 顔を(しか)めて抗議する達也の言葉をエレオノーラは鼻先であしらう。


「あの子の資質にあんたが気づいていない訳がないわよね? 彼の操縦技能については、素人の私から見ても才能の片鱗(へんりん)(うかが)えるというのに?」

「やれやれ全てお見通しか……分かったよ。何とかする。だが、エレン。おまえは如月を艦長として鍛え上げようと考えているのかい?」


 達也の問いに、ラインハルトが顔色を変えて苦言を(てい)した。


「おいおい……君の矜持(きょうじ)は理解しているつもりだが、あの子達は我々の部下ではないんだ。限度を超えた厳しい指導で挫折(ざせつ)させては元も子もないだろう?」


 だが、几帳面(きちょうめん)な友人の忠告など何処(どこ)吹く風とばかりに、エレオノーラは飄々(ひょうひょう)とした態度で反論する。


「少しばかり厳しくしたぐらいで挫折(ざせつ)する程度の想いならば、早い内に軍人なんか(あきら)めた方が幸せに決まっているじゃない……候補生なんてものはさ、罵倒(ばとう)され歯を食い縛った回数で値打ちが決まるのよ。それに耐えられないのならそれまでだわ。私が手加減する理由にはならないわね」


 いっそ清々(すがすが)しいまでに傲慢(ごうまん)な彼女の物言いに、ラインハルトは頭を抱えて達也を見るのだが、彼は口元を(ほころ)ばせて自信ありげに言い放つのだった。


「手加減なんか必要ない。俺も真宮寺には厳しく接するつもりだ。だが、エレン。如月を舐めない方がいい。少なくとも俺は彼女を買っているんだ……いずれは俺を超える指揮官になるってね」

「ふふふ……大きく出たわね。まあいいわ。私も楽しませて貰うから」


 不敵な面構えで(わら)う達也と妖艶(ようえん)な笑みを浮かべるエレオノーラ……。

 (あきら)めの境地でふたりを見るラインハルトは、候補生達に心からの同情を覚えるのだった。


 訓練の内容とスケジュールの打ち合わせを終えた頃には、時計の針は午後六時を過ぎた(あた)りを指しており、空腹感を覚えたエレオノーラが()()けに要求する。


「達也ぁ~~まさか、この私をタダでこき使う気じゃないわよね? 何か美味(おい)しいものぐらい(おご)りなさいよ」


 仕事(がら)みの話が終われば、気心の知れた三人であるだけに、(くだ)けた口調で彼女がディナーの催促(さいそく)するのも毎度お馴染みの光景だ。

 いつもならば、渋い顔をする達也が折れて三人で宴会に雪崩(なだ)れ込むのだが……。


「あ、悪い。さっき言っただろう。今夜は()()()の事でヒルデガルド殿下がお見えになるんだ……『骨を折る駄賃に美味(うま)いものを食わせろ』と五月蠅(うるさ)くてね……」


 自他共に認める強面(こわおもて)に喜色を滲ませる達也とは対照的に、親友らは怪訝(けげん)な表情で顔を見合わせてしまう。


「お、俺の聞き間違えかな? 『俺の娘』とか不穏な単語が聞こえたが……」

「あははは……(つか)れているのよ私達……嫁さんの来てもない甲斐性なしに娘なんかがいる筈がないでしょうに」


 呆然自失の体で失礼な台詞(せりふ)を口にする親友たちに、達也は思い出したかのようにバツの悪い顔をして謝罪した。


「言い忘れていたが結婚を前提に付き合っている女性がいるんだ。彼女の連れ子が一人と俺の養女が一人……この養女の件で殿下にお力添え戴きたくてね」


 有りの儘の事実を照れ臭そうに報告する達也だったが、知り合ってこのかた十年以上の年月を親友として付き合って来た二人は、これ以上に衝撃的な冗談を聞いた記憶がないと(そろ)って爆笑し、全く信じてくれない。

 それどころか、二人揃って『独り寝の寂しさに妄想癖を(こじ)らせたのか?』と(のたま)う始末。


「だったら夕飯を御馳走するついでに、彼女を紹介してやるよッ! こん畜生共めがッ!」


 (くや)しさMAXの達也の雄叫びが部屋中に響き渡ったのだが、益々ラインハルトとエレオノーラを悶絶させてしまうのだった。

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