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第十四話 忌み子 ②

「嵐の夜に落水したさくらの居場所を教えてくれたのは君だね? 改めて礼を言わせてもらうよ。お蔭であの娘を失わずに済んだ……本当に感謝している」


 達也の独白に驚きを(あらわ)にするクレアは、何処(どこ)(うつ)ろな表情で立ち尽くす娘を言葉もなく見つめるしかなかった。


【礼には(およ)びません……あと少し距離が離れていれば、私の声は届かなかったでしょう。あの状況でも躊躇(ちゅうちょ)せず、嵐の海へ飛び込んだ貴方様の勇気の賜物(たまもの)です】

「ふむ。この儘では少々話し(づら)いな……君は精神体なのだろう? もしかしたら《エルフィン・クイーン》にならば憑依(ひょうい)できるのではないかな?」

()の精霊石であれば確かに……しかし、憑依(ひょうい)可能な程の高純度な品をお持ちなのですか?】

「う~~ん……たぶん大丈夫じゃないかと……お、あった、あった」


 次元ポケットをゴソゴソと(あさ)っていた達也は、目当てのモノを見つけて破顔するや、手にした勲章付きの《エルフィン・クイーン》をテーブルの上に置いた。

 そして、(たたず)むさくらの幼い肢体(したい)を対面の長ソファーへ横たえてやる。


「た、達也さん……そ、その勲章(くんしょう)と宝石は?」


 デザインの考案者に『君のセンスは最悪だね』と言ってやりたくなるほどに派手派手しい装飾(そうしょく)と、大ぶりの真紅の宝珠(ほうじゅ)の取り合わせ。

 人並みのセンスの持ち主ならば、残念な顔をするのも已むを得ないだろう。

 そんな代物(しろもの)一瞥(いちべつ)した達也は、苦笑いしながら説明した。


「随分と昔に授与された勲章なんだが、如何(いかん)せん派手(はで)すぎて付ける気になれなくてね……この真紅の宝珠は《エルフィン・クイーン》と呼ばれる希少鉱石(きしょうこうせき)で、軍需関連の精密部品に使われる代物なのさ。(ちな)みに、君とさくらに送ったペンダントの(いわ)くは、この鉱石に由来する伝承だよ」


 その説明では充分に合点がいかなかったのか、目をぱちくりさせて小首を(かし)げるクレアを一旦放置した達也は、正体不明の少女を(うなが)す。


「これならどうかな? 御期待に()えればいいのだが」


 すると横たわるさくらの身体から薄い銀光が浮き上がったかと思えば、テーブルに置かれた真紅の宝珠に(まと)いつき、歓喜するかの様にその光量を増した。


【これ程の素晴らしい純度の物は初めてですわ。これならば、(しば)しの時間は依代(よりしろ)にできるでしょう】


 温もりを感じさせる柔らかい声が脳に響くや、眼前の宝珠が(あわ)い光を帯び、神官服の様な純白の衣装に身を包んだ黒髪の少女の姿が浮かび上がる。

 その様子に目を見張った達也とクレアは、同時に感嘆(かんたん)の吐息を漏らしてしまう。

 (およ)そ三十㎝程の少女の幻影が真紅の宝珠の上の宙空に浮かび立つ姿は、何処(どこ)厳粛(げんしゅく)な雰囲気を纏っており、ふたりは極々自然に姿勢を正していた。


【十歳の時の私ですが、声だけで会話するよりは良いと思います】

御配慮(ごはいりょ)に感謝するよ。それでは早速始めようか。僕は白銀達也、彼女はさくらの実の母親であるクレア・ローズバンク……どうか、よしなにお願いするよ」

「クレア・ローズバンクです……まずは、娘を救って戴いて心から感謝します……ありがとう。本当にありがとうございました」


 クレアが深々と(こうべ)()れて礼を言うと、少女の投影体がはにかんだ様に見えた。


【どうかお気になさらないでください。さくらちゃんを救けたのは貴女様と白銀様の勇気ある行動に他なりません……私はほんの少しだけ御手伝いしただけですから……申し遅れましたが私はユリアと申します……(かつ)ては、グランローデン帝国で第十八姫と呼ばれていた者でした】

「ユリア・グランローデン皇女殿下ですか……しかし、『でした』というのは?」

【私は庶子(しょし)です……(しか)も《()み子》でしたから、帝室の名は名乗らせて貰えませんでした……ですから敬称は不要です。ユリアとお呼びください】


 感情が読み取れない声音(こわね)淡々(たんたん)と語られるその内容に困惑しながらも、クレアは(いきどお)りを(あらわ)にした表情で(つぶや)く。


「そ、そんな……たとえ庶子(しょし)といえど、皇帝陛下のお子であれば《()み子》などと(さげす)まれる筈が……」

【私の母は帝国の辺境部の惑星の生まれだったのです……その星の住民に千年以上も信仰されていた神殿の神官の末裔(まつえい)でした。こう申せば、白銀様なら事情は御理解いただけるのではありませんか?】


 少女の話を良く理解できないクレアの視線を感じた達也は、苦虫を嚙み潰したかの様な顔で小さく溜め息を吐いた。


「グランローデン帝国は建国されて二百五十年程度の新興国家だ。基盤が脆弱(ぜいじゃく)な国家が、それしきの年月で広大な版図(はんと)を手中にできたのは何故(なぜ)だと思う?」

「確か……先の王国を軍事クーデターによって打倒したと歴史で学びましたが……優勢な軍事力で勢力を拡大したのではありませんの?」

「それだけではない……彼の国が急激に拡大したのは『絶対的唯一神信仰』を教義に(かか)げるシグナス教を国教と定め、その他の宗教が(あが)める神々を邪神と(さげす)み、国家共々に徹底的な弾圧を加えたからだ……その過程の中で反発する住民を皆殺しにし、恐怖による圧政で周辺の諸国家を斬り従えたんだよ」


 忌々(いまいま)しげに吐き捨てた達也同様、込み上げて来る怒りにクレアも顔を(けわ)しくしてしまう。


【私の母は少数の信徒と共に隠れ里でひっそりと暮らしていたそうですが、運悪く皇帝の巡行(じゅんこう)の際に発見されて……里は焼かれ、母以外の信徒達は皆殺しにされたそうです】

「そ、そんな理不尽な……」


 その痛ましい話に憤慨したクレアは、悲痛な表情のまま絶句するしかなかった。


【……母も帝都に連行され、シグナス教団の邪教裁判によって極刑に処せられる筈だったのですが……母を気に入った皇帝が強引に教団を黙らせて裁判の結果を無効にし、そのまま自分の愛妾にしたそうです】


 聞くだけでも胸が悪くなりそうな話を、淡々(たんたん)とした口調で語る少女の投影体。

 彼女が生身ではないが(ゆえ)にそう感じるのかもしれない、と考えたクレアだったが、()ぐに、そうではないのだと(なか)ば直感で確信した。


(何度も絶望を味わったのね……その所為(せい)で希望も何もかもを失い、心を()てつかせてしまったんだわ……こんな幼い娘が、なんて不憫(ふびん)な……)


【母は愛妾として皇帝に仕え、私を産み落として直ぐに死んでしまったそうです。『この娘に十年の生をお与えください』と皇帝にそう言い残して……不思議な事に母の願いは聞き届けられ、その後の十年間という時間を私は生かされたのです】

「君には……誰か力になってくれる人はいなかったのかい?」


 ユリアは小さく顔を左右に振って達也の言葉を否定する。


【私は邪教の血を引く魔女の娘です……血を色濃く受け継いだ所為(せい)か母と同じ妖力が使えたので、周囲の者からは(うと)まれて城の地下部屋に幽閉(ゆうへい)されました。そして、そのまま約束の十年を過ごしたのです】


 その十年間にユリアが受けたであろう仕打ちが、如何(いか)苛烈(かれつ)で非人間的なものであったか容易(たやす)く想像できてしまい、クレアは余りの痛ましさに胸が張り裂けんばかりだった。

 気が付けば頬を幾筋(いくすじ)もの涙が伝い落ちているほどに……。

 そんな彼女に視線を向けた少女が切なげな微笑みを浮かべた様に見えたが、達也はそのユリアから話しかけられて意識を戻した。


【御ふたりの会話を聞いていたのですが、白銀様のお考えは正鵠(せいこく)()ていると言っても()(つか)えありません】

「つまり、ありもしない新型兵器のダミーで地球統合政府と軍のお歴々をまんまと釣り上げ、その失態を負わせて失脚させ……その上で強大な軍事力を背景に太陽系を我が物にし、銀河連邦に対する橋頭保(きょうとうほ)にする……それが帝国の目論見(もくろみ)だったと解釈(かいしゃく)して良いのかな?」

【その通りです。しかし、それを画策(かくさく)したのは皇帝や帝国の重臣ではありません。シグナス教団の教皇以下教団幹部です。帝国の権勢を拡大させて教団の支配地域を(ひろ)げていく……そして教団の威信を傷つけた私を《災厄の魔女》として(ほうむ)り去る。それが彼らの目的でした】


 シグナス教団は銀河系内でそれなりの信者を持つ宗教団体であり、彼らが信仰する唯一神以外の神の存在を認めず、過激な排斥(はいせき)行動さえ躊躇(ためら)わない狂信的な集団としてもその名を()せている。


【貴方様の推測にあった新型兵器を制御するユニットこそが、私なのです……正確にはユニットに移植された私の脳が……ですが】


 その告白を聞いた達也は驚愕し、双眸(そうぼう)を大きく見開いてしまう。

 母親譲りの妖力を持つユリアと、過去に自身が関与した陰惨(いんさん)な事件の記憶が重なって、(ようや)く地球統合軍が意図した新兵器開発の核心部の正体に気づいたのだ。


「ま、まさかっ!? 《フォーリン・エンジェル・プロジェクト》!? あの馬鹿げたユニット開発計画が、(いま)だに生きているというのかっ!?」

「達也さん、それは一体?」


 怨嗟(えんさ)に満ちたその(うめ)き声に尋常ならざるものを感じたクレアが問い(ただ)すと、達也は忌々(いまいま)しげに顔を(ゆが)めて苦い記憶を吐露した。


「もう七~八年前になるかな……連邦大学に所属する複数の研究者たちの合同研究で開発されたのがFAM……《フォーリン・エンジェル・マリオネット》と命名されたブラックボックスだった。AIによる機械的な判断を廃し、人間の持つ野性的な直感を最大限生かした操縦技術を可能にした、無人戦闘機用の管制システム……各種ECMにも強く、自律性を損なわない画期的な大発明だと絶賛されたんだが」


 言葉を重ねる度に達也の顔色が悪くなっていく。


「そのシステムの根幹を成していたものは人間の脳だった……犯罪者や海賊。彼ら社会不適合者の脳を摘出し、それに一流パイロットの操縦データーや思考ルーチンを劇薬を用いて浸潤(しんじゅん)させたモノを、制御ユニットに組み込んだ無人兵器用のコアユニットだった。しかし、耐久性に致命的な欠陥があって使い物にはならなかったんだ」

「そ、そんな非道極まるプロジェクトを銀河連邦が?」


 余りにも理不尽で陰惨(いんさん)な話を聞かされたクレアは、顔を青褪(あおざ)めさせてそう(つぶや)くしかなかった。


(しか)も、その事実が判明してプロジェクトが頓挫(とんざ)した途端、内部告発によって計画の非人道性が(つまび)らかにされて大騒ぎになったんだ」


 そう言った達也の顔も険しさを増す一方で、語られる内容に全く救いを見出せないクレアは絶句するしかない。


「良心の呵責(かしゃく)に耐え切れなかった研究者の内部告発で事件は露見(ろけん)したが、銀河連邦評議会は連邦の支持基盤が()らぐのを恐れて徹底的な箝口令(かんこうれい)()いた……その上で関係者と事件そのものを闇に葬った……(はず)だったんだ。僕もシステムの検証の為のパイロットに選抜されていて、偶然にも事件の全貌(ぜんぼう)を知ってしまったのだが、もしガリュード閣下の部下でなければ、どうなっていたか……」

【一部の研究者は支援していた貴族閥の手を借りて粛正(しゅくせい)の難を逃れたようです。そして、私の脳をシステムに組み込んだ《フォーリン・エンジェル・マリオネット》を新型兵器の中枢ユニットと偽って、地球統合軍の革新派に秘密裏に提供したのです】

「自分達の研究成果を認めるどころか、否定して(おとし)めた評議会に対する復讐か……馬鹿々々しいにも程があるっ! だが、ユリアのお蔭で話の輪郭(りんかく)が見えて来たな。シグナス教団は太陽系進出を成すために、帝国で開発中だった近接防御システムと(あわ)せて、銀河連邦内に潜伏(せんぷく)して復讐の機会を狙っていた狂信者共に、ユリアの身柄を差し出したんだ」

【私が覚えているのは帝国本星から連れ出されて、どこかの暗礁空域にあった古い宇宙ステーションに護送された時までです……後は薬で眠らされ、気付いた時には……もう】

「そこが狂信者共の隠れ家だったのだろう……そこで造られたシステムを得た地球統合軍は新造艦隊計画を加速させた挙句(あげく)、あの不幸な事件を引き起こす切っ掛けを作ってしまったんだ。事件の真相が白日の下に晒されれば、最も困るのは銀河連邦評議会だ。だから、グランローデン帝国が動く前に全てを闇に葬らんとして、海賊に偽装した宇宙軍艦隊を派遣したのだろう」

「もうやめてぇッ! そんなひどい話があっていいわけがないッ! そんな馬鹿げた逆恨みの為にいったいどれだけの人間が犠牲になったか……(しか)も、何の罪もないユリアさんの人生まで(もてあそ)んで! 絶対に許されない! いいえっ、許してはならないわッ!」


 聞くに()えかねたクレアが両耳を(おお)って叫び声を上げ、達也の推測を(さえぎ)った。


 投影体であるユリアに向ける彼女の視線には、悲哀と共に優しく(いた)る慈愛ある。

 その温かい想いを感じ取った少女は、クレアが向けて来る心情に戸惑いながらも、心からの謝意を返した。


【クレアさん……私のような者にまで慈愛の心を向けて下さって、本当に嬉しいです……ですが、今はあの娘にとって大切な話を御伝えするのが先です】


 一旦言葉を切ったユリアは、改めて真剣な眼差しをふたりへと向ける。


【部品と成り果てた私は、あの燃える船の中で生涯を終える筈でした……しかし、死の寸前に管制室に現れた男性が、私に取引を持ち掛けてきたのです】

「取り引き? そんな状況で? それが、さくらに関係があるのですね?」


 クレアが問い返すと、ユリアは(うなず)いて話を続ける。


【その男性は私に、『命を(つな)げない子供の未来を(つむ)いで欲しい』と言ったのです。そして『貴女が本当に必要としているものを、その報酬として差し上げましょう』と……随分と胡散臭(うさんくさ)い話でしたが、それが(かえ)って気を引いて……気づいた時には、クレアさんの胎内に宿っていた、さくらちゃんの心と融合する精神体になっていたのです】


 その余りにも荒唐無稽(こうとうむけい)な告白に達也もクレアも押し黙るしかなかったが、嘘をつかなければならない理由がユリアにはない以上、ふたりは彼女の言葉を疑いはしなかった。


 すると、続けざまに衝撃の事実がユリアの口から語られたのである。

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[一言] なんて非人道的な!!
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