第十二話 日雇い提督は決断す ⑥
無我夢中で跳び込んだものの、海流は予想以上に強くて速い。
懸命にさくらの姿を追い求めて目を凝らす達也だが、暗夜同然の海中では発見は困難を極めた。
(さくらっ! 何処だッ! 何処にいるんだッッ! まだ早いッ! まだ死ぬには早すぎるッ!)
出逢ってから今日まで共に過ごした少女の笑顔が、鮮やかな映像となって脳裏に浮かんでは消えて行く。
まるで、深淵へと続く闇に呑まれていくかのように……。
(馬鹿野郎ッ! 縁起でもない事を考えるなッ! 生きてる、生きているさッ! あの娘は絶対に生きているッ!)
胸中に去来する不吉な予感を振り払い、僅かばかりの気配も見逃すまいと全神経を研ぎ澄ます。
これが海中でなければ、必ず声が届く場所にいる筈なのに……。
自分の不甲斐なさに歯噛みしながらも纏わり付く絶望を振り払い、さくらの生存を心から願った時……。
奇跡が起こった。
『さくらちゃんは……此処です……』
突然、頭の中に響いた、誰とも知れない少女の声。
『此処です……もっと下……早くこの娘を救けてあげて』
その明確な意思を宿した声に導かれた達也は己の下方へ目を向け、そこに微かに明滅する真紅の光を見つけるや、瞬時にその正体を看破した。
(あれはエルフィン・クイーンッ! さくらにプレゼントしたペンダントが光っているんだッ!)
誕生祝いに贈ったペンダントの希少石が、まるで『さくらは此処にいるよ』、と言わんばかりに真紅の点滅を繰り返す。
次第に沈みゆく光を目指し、あらん限りの力を振り絞って水を掻き分け、小さな命の灯火に向けて右手を伸ばした。
まさに間一髪!
幼い命が強烈な海流に強奪されるよりも一瞬早く、伸ばした指先が沈みゆく少女の着衣を捉えたのだ。
渾身の力で海魔の毒牙に抗った達也は、少女の小さな身体を抱き寄せるや、海面を目指して一気に浮上する。
しかし、逆巻く波間へと顔を出したものの、かなり沖合に流されており、防波堤までは百メートル以上も距離があった。
腕輪の力を頼って転移を試みるが、此処まで跳躍した所為で力を使い果たしたのか、彼らは何の反応も示さない。
だったら、残された方法は唯ひとつしかなかった。
達也はさくらを抱えたまま、荒れ狂う波間を懸命に泳いだのである。
(さくらが息をしていない……早く蘇生処置をしなければっ……急げ! 急げ! 急げぇぇ──ッ!)
死にもの狂いで残った力の全てを振り絞る達也は、必死に荒波を掻き分けながら生まれて初めて神という存在に乞い願うのだった。
(どうかこの娘が助かりますうに。私の命と引き換えにしてくれても構わない……だから、私からさくらを奪わないで下さい)
◇◆◇◆◇
日付が変わろうかという深夜零時。
猛威を振るう台風は目下青龍アイランドの東五十㎞地点の海上を北上しており、現在島内には外出禁止令が出されるほどの暴風雨が吹き荒れている。
病院のシャワー室を使わせて貰った達也は、借り物の患者服から乾燥機で乾かした衣服へと着替え、漸く人心地がついた。
懸命に泳いだ末に何とか岸壁に這い上がった後、クレアと共に蘇生処置を試み、その甲斐あってか息を吹き返したさくらは、中央病院に搬送されて速やかに検査と治療を受けた。
その結果、脳にも内臓にも損傷は見られず、命に別状はないとの診断が下され、達也とクレアは胸を撫で下ろしたのである。
ただ、長い時間雨風に曝された上に落水した所為で、さくらは低体温症になっており、今夜一晩は治療カプセルで経過を見守ると告げられた。
憔悴した表情でカプセル内で眠るさくらを見つめるクレアだったが、消灯時間を過ぎてまで居座る訳にもいかず、後を看護師に託して集中治療室を退出した。
一旦自宅に戻って休んだ方が良いと、達也はクレアに勧めたのだが……。
「お気遣い頂いてありがとうございます。でも、やはりあの娘の傍にいてあげたいのです。それに家に帰ってもきっと眠れませんわ……私は一階の待合室で充分ですから」
シャワーを使わせて貰ったクレアは、患者用の入院着を借りて着用している。
彼女の着ていた衣服はランドリーでクリーニング中だったが、病院内の温度管理は行き届いており、薄着でも風邪をひく心配はない。
ならば無理に帰宅して不安に苛まれながら夜を過ごすよりも、待合室とはいえ、さくらの傍にいる方が良かろうと達也は思い直した。
「そうだな。ひとりで誰もいない部屋に帰っても、余計な事を考えて眠れなくなるだけだしな……それじゃぁ俺も残るよ」
「そ、そんなっ!? さくらのためにあんな無茶をなさったのですよ……お医者様だって貴方の方が重症だと言っていたではありませんか。私の事など気になさらずに自宅でお休みになって下さい」
「重症といっても打撲が数か所……こんなのは怪我の内には入らないよ」
恐縮するクレアを一階中央ホールにある外来患者用の待合スペースへと案内した達也は、背凭れのついた長椅子に彼女を座らせた。
傍にあった自動販売機で熱い紅茶を二つ購入する。
準備中のランプが点滅している間に周囲を見廻したが、深夜でもあり当然ながらホールには人っ子一人いない。
照明は非常灯と受付スペースの灯りだけという頼りなさで、二人が居るフロアーはかなり薄暗かった。
「さあ、これでも飲んで一息つくといい……」
「ありがとうございます……んっ、はぁ……身体が温まります」
熱い紅茶をひと口だけ飲んだクレアは、柔らかい微笑みを浮かべて礼を言う。
そんな彼女に笑顔を返した達也も隣に腰を下ろして紅茶を啜る。
ふたりは暫し静謐の中に身を委ねていたが、先に動いたのはクレアだった。
飲みかけのカップをテーブルに置くや、居住まいを正し深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました……貴方がいなければ、さくらは無事では済まなかったでしょう……あの娘の命を救っていただいて、心から感謝します」
「俺の手柄じゃないさ。あの娘を守ろうとする強い想いが、死神を追い払ったんだよ……きっとね」
激流渦巻く海中で頭の中に響いた少女の声。
そしてさくらの所まで導いてくれたエルフィン・クイーンの真紅の光。
あれが、幻聴や幻覚の類でないのは、達也自身が一番よく分かっている。
ならば、あの声の正体はいったい何だったのか……。
謎は尽きないが、さくらに害を及ぼす悪しきものではない以上、慎重に対応するべきだと思った達也は、性急な判断を避けるしかなかったのである。
「本当に良かったよ、さくらちゃんに怪我がなくて……救けた時には息をしていなかったから肝を潰したが……この嵐の中を必死に駆けまわった君のお手柄だ」
抽象的な台詞に怪訝な顔をするクレアを見た達也は、微笑みを浮かべて彼女を労う。
正体が判然としない儘に、不思議な少女の声に導かれてさくらを見つけたなどと、殊更にクレアの不安を煽るような真似をしたくはなかった。
そんな気遣いが功を奏したのか、彼女は目の前の問題に意識を傾注したようで、再び顔を曇らせて悔恨の情が滲む言葉を吐露した。
「いいえ……もとはと言えば、私があの娘に思わせぶりな物言いをしたのがいけなかったんですわ。貴方が明日御戻りになると、不用意に教えたばかりに……」
「それを言うのならば、急ぎの仕事だったとはいえ、何も告げずに出かけた俺にも責任はある。あまり思い詰めない方がいい。君は本当に良くやっているさ……母親として立派だと思うよ」
すると、眼尻に涙を滲ませて俯いたクレアは、掠れた声で弱音を漏らす。
「……本当にそうなのでしょうか……寧ろ、あの娘に要らぬ気遣いばかりさせて、何かあれば声を荒げて叱るだけで……貴方みたいに上手く諭せもしない……そんな私が立派だなんて……」
今回の件が余程堪えたのか、すっかり憔悴して落ち込むクレアの姿が痛々しく、とてもではないが見ていられなかった。
そんな感情を懐くほどに、自分にとってこの女性が大きな存在になっているのだと、達也は改めて思い知らされてしまう。
そして同時に、クレアを愛おしく想う気持ちに胸を衝かれて……。
(こんな時に言うべきではないだのろうが……それでも言葉にしなければ伝わらない事があるんだ)
先日帰省した時に由紀恵から念押しされた言葉が脳裏を過ぎる。
正直な想いを告げよう……。
そう決断した達也は、悄然とする想い人を見据えて口を開いた。
「それは君の思い過ごしだよ。人には得手不得手もあるし、それぞれが受け持つべき役割だってある……何でもかんでも出来なければ駄目だというのは、ある意味で傲慢ではないのかい?」
投げ掛けられたその言葉に、潤んだ瞳を険しくするクレア。
しかし、そんな彼女に達也は口元を綻ばせて諭すように告げたのだ。
「俺がやったのは全部父親の役目だもの……君は母親として、君にしか出来ない事があるだろう? 何も卑屈になる必要はないんだ。何度も言うけど、君は母親として充分にその責任をはたしている。さくらちゃんが素敵な笑顔で日々を過ごしている……それが何よりの証じゃないか」
達也から贈られた温かくて真摯な言葉が胸に染み入り、クレアは心を熱くした。
誰にも相談できず、抱えた込んだ悩みや苦しみに何度も押しつぶされそうになった日々が、今は遠い過去のように思えてしまう。
だが、今は自分では気づけない事を指摘し、励ましてくれる人が傍にいてくれるのだ。
それが、こんなにも有難くて、心から嬉しいと思えるなんて……。
達也に対する“愛おしい”という想いを、改めて自覚せずにはいられなかった。
「……もうっ……あ、貴方は口がお上手で……狡い人ですね……」
顔が熱を持ち火照るのが分かる。
だから、照れ隠しに詰ってしまったのだが……。
「そうだね、確かに俺は狡い男だ。だから、今ここで確かめさせて欲しい。俺ではあの娘の……さくらちゃんの父親にはなれないだろうか?」
問われた言葉の意味は充分過ぎる程に理解できたが、あまりに突然過ぎてクレアは激動する状況に思考が追い付かない。
呆然と達也を見つめるしかない彼女に、更に熱の籠った追い打ちが掛けられる。
「こんな時に言うべきじゃない……それは分かっているさ。でも、もう自分に嘘はつけない。俺は君を……クレア・ローズバンクを愛している。君を誰にも渡したくないし、ずっと俺の傍に居て欲しいと思ってる……君をこの世で一番大切な女性だと思っているから……」
決して流暢な口説き文句ではないし、寧ろ、陳腐な程に武骨な告白だった。
口にした達也でさえも柄ではないと思っており、厳ついと言われる面相が滑稽なほどに赤らんでいるのが自分でも分かる。
おまけに告白場所が病院の待合室ではムードの欠片もなく、またぞろヒルデガルド辺りから朴念仁と揶揄されるかも……。
今更ながらに己の失態に気付いて冷や汗が止まらない達也だった。
だが、それが達也の偽りなき本心だと、クレアには理屈抜きに分かってしまう。
だから、心から嬉しいと思うのと同時に、十代の若者のような告白にときめいている自分に苦笑いするしかなかったのである。
何故ならば、その飾り気のない言葉を誰よりも待ち侘びていたのは、彼女自身に他ならなかったのだから……。
(本当に不器用な人ね……私の教え子達だって、もっと気の利いた告白を考えるでしょうに。ふふっ、でも、私も彼の事をとやかく言えないわね……だって……)
だからその想いを受け取ったクレアは、考えるよりも先に身体が動いてしまい、そっと達也に縋り付いてその胸に顔を伏せたのである。
「本当に狡い人……そんな風に言われたら、私も自分の気持ちに嘘なんかつけません。だって、私も貴方を愛しているもの……だから、貴方の傍にいさせて下さい。それだけが、私の願いです」
その言葉が脳に染み入り、込み上げて来る安堵感に感嘆の吐息を漏らした達也は、柔らかい肢体を抱き締め、熱の籠った言葉を愛しい女性の耳元で囁いた。
「あぁ、まさかOKが貰えるなんて……本当に夢を見ているようだ。俺も君を愛している。だからずっと隣にいて欲しい……」
想いが通じ合って感極まったふたりは、どちらからともなく顔を寄せて唇を重ね抱擁を繰り返す。
短い時が過ぎてくちづけを終えたクレアにも既に涙はなく、喜びと慈愛に彩られた微笑みを浮かべていた。
ふたりは名残惜しそうに抱擁を解くと、長椅子に座り直す。
隣に座る達也の右手に自分の腕を絡めたクレアは、ほんのりと朱に染まった顔を愛しい男の肩へ凭れかけさせる。
ふわふわした浮遊感とくちづけの余韻に羞恥心が刺激されて、まともに想い人の顔を見れない。
だから、照れ隠しに態と拗ねた声音で問い質したのだ。
「凄く手慣れたキスをなさるのですね……女性の扱いはお手のものなのですか?」
しかし、達也も心得たもので、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて言い返す。
「随分とヒドイ言い種じゃないか? まあ、俺も一応三十路だからね人並みに経験はあるさ。だけど此処が病院のロビーでなく自宅だったら、理性をかなぐり捨てて速攻で押し倒していただろうな……うん。残念無念」
基本的に艶話に耐性の薄いクレアは、そのシチュエーションを想像してしまい、益々顔を赤らめてしまうのだった。
「も、もうっ! ばかっ! エッチ! し、知りませんッッ!」
朱に染まった膨れっ面で抗議する彼女がとても可愛らしく思えた達也だったが、深夜の病院ロビーという場所を考慮せざるを得ず、声を上げて笑うのを我慢しなければならなかったのである。
◇◆◇◆◇
見慣れないカプセルの中で目覚めたさくらは、ガラス越しに忙しそうに動き廻っている看護師の姿を見て、自分が病院に居るのだと知った。
ただ、なぜ病院にいるのかはチンプンカンプンだ。
(う~~んっ……どうしてさくらはこんな所にいるんだろう……たしかぁ、白銀のおじちゃんに早く会いたくてぇ……)
一生懸命考えるていると朧気だった記憶が少しづつ覚醒し、次々と昨日の悪夢が脳裏にプレイバックされていく。
そして雷光の如き警告が頭の中を駆け巡り、自分が今、危険の真っただ中にいるのに気付いてしまったのだ。
(ああぁっ! ママに怒られちゃうぅっ! どうしよう? どうしようぅ!?)
言いつけに背いて外出し……嵐で家に帰れなくなって……恐くなって夢中で逃げて……最後は海に落ちた。
断片的なその記憶は間違いなく恐怖の体験であったが、さくらにとっては母親のカミナリの方が遥かに恐ろしいのだ。
(早く逃げなきゃぁ……捕まったら怒られちゃうぅぅ~~~!)
こっぴどく叱られた過去の黒歴史を思い出し、焦ってバタバタと手足を暴れさせていると、優しそうな看護師さんがガラス越しに微笑んだのと同時に、カプセルが開いたではないか。
(チャァ~~ンスッ!! この隙に早く逃げるのぉぉ!!)
「あらっ! 随分元気になって良かったわね。さくらちゃん!」
「う、うんっ!! ありがとうございましたっ! さようならぁっ!」
ペコリと頭を下げて礼を言ったさくらは、看護師さんが面食らった隙にカプセルから跳び出すや、脱兎の如き勢いで逃走を図った。
しかし、世の中はそんなに甘くはない……。
いきなり、患者用の病院服の襟首の部分を掴まれたかと思えば、有無も言わせない力でカプセルベッドに引き戻されてしまい、敢えなく少女の大脱走は失敗に終わったのである。
「あうぅぅっ! は、放してぇぇ、いやぁ、さくらは行くとこがあるのぉ!」
ジタバタと抵抗するが、その最後の抵抗も、最強の断罪者の声によって虚しくも潰えてしまう。
「何処に行く気なのかしら? ママに教えてくれる? さくら?」
聞き慣れた優しくて綺麗な声……だが、何処か冷たさを感じる声。
恐る恐る振り向いた先には、微笑みを浮かべたクレアが立っている。
しかし、娘であるさくらが見間違える筈もない。
これは怒っている時の笑顔だと理解した少女は、懸命に最後の抵抗を試みた。
「ひいぃぅぅ~~マ、ママぁ……ち、ちがうの! 逃げようとしていたんじゃないのぉぉ! ふぎゃんっ!!」
虚しい言い訳は最後まで言葉にならず、『ゴン!』という痛そうなゲンコツの音と少女の悲鳴が集中治療室に響いたのである。
◇◆◇◆◇
散々説教された後は簡単な検査を受け、主治医から問題なしと太鼓判を押されて退院を許可された。
安堵しているクレアの様子を見たさくらは考え込んでしまう。
風に攫われて荒れ狂う海に落ちた……。
恐くて苦しくて、抗う術もなく真っ暗な海の底に引き込まれていく恐怖……。
思い出すだけでも身震いがするが、同時に温かくて力強い何かに包まれた記憶も微かだが残っている。
だからクレアに手を引かれてロビーまで降りて来た時、思い切って訊ねたのだ。
「ねえ、ママぁ……海からさくらを救けてくれたのは、ママなの?」
すると、母親は口元に微笑みを浮かべるや、さくらの正面に膝を折ってしゃがみ込み、愛娘の小さな両肩に手を置いて力を入れてやる。
身体が半回転したその先……ロビー中央辺りの柱の前に立つ人を見つけた少女は瞳を輝かせて破顔した。
そこには、会いたくて会いたくて、母親の言い付けを破ってまで捜し求めた人が、優しげな微笑みを浮かべ立っている。
それは、間違いなく恋い焦がれた達也お父さんだった。
「さくらのヒーローは白銀さん以外にはいないのでしょう? ちゃんとお礼を言うのよ、あなたを嵐の海から救け上げてくれたスーパーマンさんにね」
「や、やっぱりぃ……来てくれたんだぁぁっ!」
嬉しかった……達也は来てくれたのだ。
その事実を知っただけで本当に嬉しくて、さくらは何かに急き立てられるかのように駆け出していた。
僅か二十メートル程の距離を一気に走り抜けた少女は、其の儘の勢いで何時ものように達也の胸に跳び込んだ。
「ありがとうッ! さくらを救けてくれてありがとうっ! 信じてたもん! 達也お父さんが来てくれるって信じてたよぉ──っ!」
胸に顔を押し付けて泣きじゃくるさくらの頭を優しく撫でてやりながら、達也は諭すように言う。
「救けに行くのが遅れてごめんね……でも、あんな危ない真似をしちゃ駄目だよ。もしも君に何かあったら、ママも僕もとても悲しいのだからね」
咽び泣きながら何度も頷くさくらは、精一杯の想いを口にするのだった。
「し、白銀のおじちゃん! さくら何でも言う事を聞く! いい子になるよぉ~~だからいなくならないで……さくらを置いて何処かに行っちゃ嫌だよぉ……お仕事なら寂しくても我慢するからぁぁ、だから、何も言わずに消えちゃ嫌だぁ!」
丁度歩み寄って来たクレアが、愛娘の震える背中を撫でてやる。
そして、達也に向けて微笑むと、さくらの耳元に囁くのだった。
「大丈夫……さくらのヒーローさんは優しいからね。ずっとさくらを護ってくれるそうよ」
この時は母親の言葉の意味が分からなかったが、後にママから詳しい話を聞いて大いに喜ぶさくらだった。
しかし、今は大好きな達也の温もりに包まれている事が何よりも嬉しくて、それ以外の事は何も考えられなかったのである。
◎◎◎




