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第八話 ドッグファイト・サヴァイヴァ- ③

 銀河連邦宇宙軍西部方面域派遣艦隊所属ナフト・ロイン大佐は、数年前に辺境宙域で拿捕(だほ)された海賊戦艦を()って太陽系内土星宙域に極秘裏に進出していた。

 彼を含めた乗組員全員が、統一性のない安っぽい宇宙服を身に着けているのは、艦隊司令部より密命を帯び海賊に偽装しているからに他ならない。


(この宙域の資源採掘船団を無差別に襲撃し、地球統合軍の艦船にも痛撃を与えよとはな。上層部が何を意図しているのかは分からないが、命令ならば是非(ぜひ)もない)


 『同盟国の国軍と商船を撃破せよ』という密命など、本来ならば有り得る筈もないが、それが無法行為であると自覚しながらも、彼は深刻には考えていなかった。

 そこに如何(いか)なる意図があろうとも、司令部からの命令ならば軍人に拒否するという選択肢はないからだ。

 (しか)も、旧型の海賊艦とはいえ、動力と武装は格段に改装強化されており、戦艦としては破格の三十機という搭載航宙戦闘機を運用すれば、非武装同然の民間船や、練度が(いちじる)しく劣る地球統合軍など敵ではない。

 作戦前に分析したその結果が、彼の強気を後押ししていた。


(この作戦が終われば中央へ復帰だ。此処(ここ)で手柄を稼いでおくのも悪くはない……積極的に統合軍の戦闘艦を狙っていくか。我々銀河連邦の体制に不満を(いだ)いているとも漏れ聞こえてくるからな。思いあがった辺境の蛮族に鉄槌(てっつい)を下すのも一興だ)


 彼の認識は(おおむ)正鵠(せいこく)を射ていた。

 ただ一つ誤算があったとすれば、練度が低く相手にもならないと見下した統合軍艦船の中に、正真正銘の悪魔が(ひそ)んでいるのを知らなかった事であろうか……。


「よしっ!! 作戦開始だ! 攻撃隊を発艦させよっ! 本艦は情報を収集しつつ地球統合軍艦艇を狙う! 遠慮はいらない。片っ端から血祭りにあげるのだ!」


 張り上げた声がブリッジに響くや、途端に艦内が慌ただしくなった。

 程よい緊張感の中、自分達の勝利を疑いもしないロイン大佐は、悪魔に見初(みそ)められて辿(たど)る自分達の末路には、とんと思い至れなかったのである。


            ◇◆◇◆◇


 研修二日目は早朝から夕方までスケジュールがビッシリと組まれており、候補生らが纏う熱気も(いや)が上にも増していた。

 明日の最終日は簡単な親睦会(しんぼく)の後、そのまま極東地区沖縄基地に帰還するだけなので、実質的な訓練は本日が最後となる。

 それ(ゆえ)に余力を残す必要は微塵(みじん)もなく、貴重な宇宙空間での訓練を有効に活用すべく、教官も候補生達も表情を引き締めるのだった。


             ※※※


「真宮寺とヴラーグは砲雷撃管制……皇は航法シュミレーション。如月は偵察機に乗機して搭載電探の操作訓練か……」


 そのありきたりな内容に達也は落胆せずにはいられなかった。


(この程度のカリキュラムなら、ヴァーチャルシステムで訓練をした方が習熟度を効果的に上げられるのだがなぁ……やはり、学校長と改善策を協議するべきかな)


 とは言え、これから訓練に(のぞ)む教え子たちの前で渋い顔もできず、平静を装って訓示を()(くく)るしかない。


「本日の訓練内容は(すで)に授業でやったことばかりだが、気を抜かずに、仮想空間と現実世界での手応えの差を体感してきなさい」

「「「「はいっ! これより訓練に取り掛かりますっ!」」」」


 彼らが指定された部署へ駆けて行くのを見送ってしまえば、基本的に達也の仕事はなくなってしまう。

 後は訓練評価を精査(せいさ)して今後のカリキュラム編成に生かすだけなので、手持ち無沙汰(ぶさた)になった達也はハンガーへと足を向けた。


 昨夜どんちゃん騒ぎをした整備士達が、候補生グループの護衛に出る直掩(ちょくえん)機隊の最終チェックに追われている。

 周囲を見渡せばハンガーの奥まった区画で、整備班長が一機の戦闘機を点検しているのが目に入った。


「やあ、班長。昨夜はありがとう。楽しかったよ」


 声を掛けると班長は整備を中断し、相好(そうごう)を崩して歩み寄って来て昨夜の礼を口にする。


「これは大尉。こちらこそ、すっかりご馳走になって、すみませんでした」

「気にしなくていい。酒はたのしく飲むものだし、賭けに負けたのは俺の作戦ミスだからね」


 そう言って達也が苦笑いするのは、昨夜の整備士達との相撲勝負の事だった。

 『自分に勝てたら、全員をクラブに招待する』と約束して(のぞ)んだ勝負だったが、挑戦者の数が無制限ではフェアーではないと艦長に指摘され、十人抜きができたら達也の勝ちという、新たな条件が付け加えられたのだ。

 八人目までは危なげなく勝ち進んだのだが、九人目に名乗りを上げた艦長は強敵で、(ねば)られた末に辛うじて勝ちを拾ったものの、そこで余力を使い果たしてしまい十人目の班長に軽く(ひね)られてしまったのだった。

 最終的に達也の負けと相成(あいな)り、明日帰還したら再度大宴会を開催する破目に(おちい)ってしまったのである。


 班長にしてみれば参加する人数が人数であるため、申し訳ない気持ちで萎縮(いしゅく)しているのだが、達也にとっては()したる痛手でもない。

 銀河連邦宇宙軍将官の給与は破格であり、(しか)も、この二年間に()げた武勲による褒賞がボーナスという形で現金支給された為、懐具合(ふところぐあい)を心配する必要は全くないのだ。

 丁度その時、背後から声を掛けられた。


「あら。白銀教官。こちらにいらしたのですか」


 その美声を耳にして振り返れば、パイロットスーツに身を包んだクレアが笑顔で歩み寄って来るのが目に入り、達也も微笑み返した。

 いつもの教官服とは違い、起伏に富んだ艶美(えんび)な身体のラインが一目瞭然(いちもくりょうぜん)となるパイロットスーツ姿の彼女に、周囲の男共が熱い視線で注視するのは最早(もはや)お約束でしかない。

 報われる事のない彼らの想いに同情しながらも、達也は罪作りな美貌(びぼう)の同僚教官に対し、心の中でそっと溜息を吐いた。


(そろそろ自覚して欲しいものだね……モテない男にとっては、彼女こそが天然(てんねん)殲滅(はめつ)兵器だという事にさ……)


 勿論(もちろん)、そんな下世話(げせわ)な本心を言葉にするほど達也は命知らずではなく、素知らぬ顔を取り繕う程度の社交性は持ち合わせている。


「やあ。ローズバンク教官。これから航宙訓練かい?」

「はい。偵察機オーブSに分乗し、電探システムの指導にあたります」

「そうか……うちの如月も同じ訓練だったな……よろしくお願いするよ」

「お任せください。彼女は私と同じ三番機ですから。では、行ってまいります!」


 見惚(みほ)れるような笑みと共に敬礼をした彼女は、(きびす)を返し乗機へと小走りに駆けていく。

 その後ろ姿を見送っていると、横にいた班長が思わずと言った風情(ふぜい)で感嘆の声を上げた。


「凄い別嬪(べっぴん)さんですなぁ~~大尉の恋人ですかな?」

「ははは。それ嫌味にしか聞こえませんよ班長? 俺のような強面(こわおもて)ではねぇ……それに彼女には可愛い娘さんもいますしね」

「ほう。人妻でしたか。これは邪推(じゃすい)が過ぎましたな……しかし、あんな美人を妻にできた旦那さんが(うらや)ましいですなぁ~」

「まったくですね。自分もそう思いますよ。世の中とは不公平なものだとね」


 クレアが未亡人である事は()えて口にはしなかったが、その班長の羨望(せんぼう)の言には、達也も大いに同意するしかない。

 とは言え、彼女自身が語らない事をベラベラと口にするほど無神経ではないつもりだし、(わずら)わしい思いをさせるのが忍びなかったからでもある。


 達也は話題を切り替えようと、班長が自ら整備している機体に眼を向けた。


「ほう。FBー○○(ダブルオー)セイヴァーじゃないですか……いやぁ、(なつ)かしい。実は傭兵時代と任官されて(しばら)くの間は、こいつが相棒だったんですよ」

「そうだったのですか……士官学校の研修艦に抜擢(ばってき)されますと、教官や候補生達を大勢受け入れる都合上、どうしてもパイロットや搭載機数を半減させざるを得ないのですが……旧式機とはいえ現役ですからな。二機ほど搭載しています」

「良い機体ですよ。旧式といってもエンジンは二基搭載していて、パワーは現在の主力機にも劣らないですし、戦闘機と爆撃機両方の用途を満たすだけの性能と汎用性(はんようせい)を兼ね備えています……どれだけコイツに助けられた事か」


 感慨深げにそう講釈する達也に、班長も自分の息子を()められたような気がして嬉しくなってしまう。

 すると、そこへ若い整備兵が駆けて来るや、乱れた呼吸のまま用件を告げた。


「白銀大尉殿! もしも御都合がよろしいのであれば、ブリッジまでお越し戴きたいと艦長から連絡が入っております」

「そうか……分かった。直ぐに(うかが)うと御伝えしてくれ。それじゃぁ、班長。今日も時間があるのであれば、うちの連中を(きた)えてやってください」

「御安い御用ですよ大尉。お待ちしております」


 班長の好意に謝意を伝えた達也はブリッジに向って歩き出す。

 だが、この時の達也は、自らが原因でとんでもない騒動に見舞われるなどとは、(つゆ)にも思っていなかったのである。


            ◇◆◇◆◇


「……あの三隻の輸送艦を敵艦隊だと仮定すれば、この位置から追尾しつつ自艦隊にデーターを送るのが偵察機の主目的になります。それを如何(いか)に早く正確に行えるかが勝敗を分ける鍵にもなりますので、充分に留意するように……それでは各自索敵(さくてき)の手順を繰り返しなさい」


 母艦を出発して早くも二時間近くが経過しただろうか。

 クレアと五名の候補生達を乗せた偵察機は、他の二機と編隊を組んでデブリ帯の周囲を飛行しながら訓練に(はげ)んでいるのだが、久しぶりに直接指導する如月詩織の成長を目の当たりにした彼女は、大いに感嘆せざるを得なかった。

 詩織と他の候補生の技量に大きな差があるのは一目瞭然であり、仲間達が困った顔をすれば積極的にアドバイスをする余裕まである。


(彼女は学年首席の優秀な候補生だけれど、(わず)か一か月程度で此処(ここ)まで成長するなんて……確かに現職の艦長が手放しで()めるはずだわ)


 クレアはベテラン顔負けの技量を発揮する教え子を素直に称賛した。

 同時にヴァーチャルシステムを使った授業の有用性が証明されたと確信できたのが嬉しく、理不尽な論理により正当な評価を与えられない達也が、教え子達の成績上昇を(もっ)て手腕を認められれば……そう願わずにはいられなかった。


(あれほど真摯(しんし)に教務に取り組んでいる人が、不当に(おとし)められていい筈がないわ。白銀教官の授業方式の有用性が認められれば、候補生達にとってもどれ程の恩恵になるか……)


 そんな事を考えていたクレアは、緊迫した詩織の声で現実に引き戻された。


「教官っ! エリア三五、ポイントB二〇の岩塊群から未確認飛行物体が現れました! 総数三機ですっ! あぁッ!」


 悲鳴と同時にスクリーンに映っていた輸送船三隻が爆炎に包まれ、漆黒の宙空に真っ赤な炎花を咲かせる。

 偵察機内に激しい動揺が走ったが、クレアと詩織は比較的冷静に緊急事態に対応して見せた。


「如月さん、敵機の動きをトレースして! 機長っ! 退避行動をッ! 他の編隊各機にも至急連絡を!」


 この期に(およ)んで編隊リーダを務める一番機から命令が来ないのは、明らかに混乱しているからだと推察したクレアは、指揮権を無視して命令を発した。

 だが、機長以下乗員の実戦経験の少なさが(あだ)になり、退避行動に移るのが遅れてしまう。

 それは護衛に就いていた直掩小隊も同様であり、明らかに敵に比して彼らの反応は(にぶ)かった。

 絶対的に経験が不足しているのはクレアとて同じだが、亡夫の最期を自らの目で見て体験していただけに、この危地に()いても落ち着いていられたのである。


「教官っ! 鉱石輸送船二隻が爆沈! 敵編隊がこちらに向かって来ますっ!」


 詩織の悲鳴にも似た報告が機内に響いたのと同時に、(ようや)く我に返った直掩小隊も敵に機首を向けて戦闘を開始したが、彼等とて実戦経験など無いに等しい。

 最悪の事態を想定したクレアは唇を噛むや、間髪入れずに機長に向って叫んだ。


至急(しきゅう)エマージェンシーコールをっ! 各偵察機は分散してデブリ帯の陰を抜け、母艦への帰投を最優先にするようにと伝えて下さいっ!」


 優速な敵戦闘機相手に偵察機が逃げ切れる可能性は極めて低い。

 最後の拠り所は直掩小隊の奮戦以外にはなかったのだが……。


「だ、駄目ですっ! 直掩小隊っ! か、壊滅ですっ!」


 練度で劣るとはいえ、同じ軍用機を瞬時に撃破した相手の技量を見せつけられたクレアは暗澹(あんたん)たる思いを(いだ)かずにはいられなかったが、それでも諦めずに最善策を模索した。


(最悪、本機が囮になって他の二機を逃がすしかないわ)


 悲壮な覚悟を決めた彼女の脳裏に亡夫と愛しい愛娘の面影が()ぎる。


(あなた、さくら……どうか、私に力を貸して頂戴っ!)


 そう心の中で願い、意を決してコックピットの予備席に陣取るや、詩織からナビゲートを引き継いだクレアは奮戦を開始するのだった。

 死地を生き延び、愛する者が待っている日常へ(かえ)るために……。


            ◇◆◇◆◇


 土星開発公団の資源採掘船団が同時多発的に襲撃を受けたという一報は、研修中の母艦にも届けられた。

 達也にとって幸運だったのは、艦長の厚情でブリッジに呼び出され談笑をしていたが(ゆえ)に、この情報をいち早く知り得たという事に他ならない。


「直掩担当二小隊を残して全機救援に向かわせろ! 研修中の候補生達は退避ブロックへ。艦外に出ている隊は至急呼び戻したまえっ! 本艦は第一級戦闘配置にて民間船団の救援に向かうっ!」


 冷静さを失わずに的確な指揮を執る艦長に達也は上申した。


「艦長。予備の機体をお貸し願えませんか? 我が校の研修のせいで人手も足りないようですし。私はパイロット出身ですからお役に立てると思います」

「……よかろう! 指示は追って出すから急いでくれ。武運を祈る!」


 交流したのは(わず)かな時間に過ぎなかったが、艦長の軍人としての勘が白銀達也という人間に何か引っ掛かるモノを感じていたのかもしれない。

 だからこそ、彼は軍のルールを無視し、他軍に所属する軍人の要請をすぐさま承諾(しょうだく)したのだ。


 達也は艦長の厚情に感謝しながらも、急いでブリッジを跳び出した。

 何食わぬ顔を取り(つくろ)ってはいたが、心中では大きく動揺していて気持ちばかりが()いてしまう。

 こんな場所で海賊行為が横行しているのにも驚いたが、正規軍にまでちょっかいを掛けて来るとは思いもしなかった。

 (しか)も、クレアと詩織が同じ偵察機で訓練に出ており、彼女達の安否が気遣われてならない。

 もしも、万が一にでもふたりの身に何かがあれば……。

 そう考えれば気が気ではなく、特にさくらの事を思えば、ハンガーに向かうこの一秒が酷くもどかしく感じられてならなかった。

 通信で整備班長に事情を話して乗機の武装を指定し、素早くパイロットスーツに着替えてハンガーに駆け込んだ。

 すると、同じく駆け付けて来た蓮と神鷹、そしてヨハンの三人と鉢合わせする。


「白銀教官! 詩織達がまだ帰艦していないんですっ!」


 切羽詰まった顔で詰め寄って来る蓮に達也は落ちつく様に(さと)す。


「大丈夫だ。俺もこれから出撃するから心配するなっ。如月も誰も死なせやしないから安心しろ」


 気休めに過ぎないと分かってはいたが、今はそう言うしかない。

 だが、教え子らは(まなじり)を決して詰め寄って来るや、一気に(まく)し立てたのだ。


「ぼ、僕たちにも何かできる事はありませんか?」

「おお! この非常時に呑気(のんき)に装甲区画に(こも)ってなんかいられないぜ!」


 しかし、達也は意気込む神鷹とヨハンを一喝(いっかつ)して黙らせた。


「馬鹿者ッッ! ここは戦場だ。正式な軍人ではないお前達が戦闘に関与するのは許されていない! 命令に従って退避しろっ!」


 そう叱責されて悔しげに唇を噛む教え子達を一瞥(いちべつ)して駆け出した達也は、班長が最終点検しているFB-○○セイヴァーの単座コックピットに飛び乗った。


「大尉っ! 御希望通り胴体下に五〇㎜ガトリングポッドを、翼下のパイロンには双翼共三〇㎜バルカンと、対艦ミサイルをセットしておりますが、対空ミサイルは要らないのですかっ!?」

「フレアやジャミングで阻害(そがい)され、気休め程の命中精度しか期待できないミサイルよりも、実弾の方が(はる)かに信頼できるさ。いくぞっ!」

「御武運を祈っておりますっ!」


 班長が機体から離れたのを確認してキャノピーを閉じ、ハンガーから発艦デッキへと乗機を移動させる。


「こちら、白銀。コードネームは【シルバーバレット】で頼む。発艦シークエンスは全省略! オールシステム・グリーン。出るぞっ!」

『こちらガンサイトワン。要請を受諾(じゅだく)。シルバーバレット了解っ。進路クリアー。発艦どうぞっ!』


 管制官の許可と同時に重力ブレーキを解除。

 シートに身体がめり込むようなGを感じると同時に、機体はコードネームの(ごと)き弾丸となって宙空へと踊り出た。


 同時に艦長からの通信がレシーバーを震わせる。


『訓練中の偵察機編隊からエマージェンシーコールだ。至急向かわれたし!』

「了解しました。座標を送ってください! それから他の戦場の様子も暫時(ざんじ)お願いします!」


 それだけ伝えた達也は、機首を反転させるや躊躇(ちゅうちょ)する事なくスロットルを全開へ叩き込んだ。


(頑張ってくれよ……俺が行くまで絶対に死ぬなよッ!)


 クレアの笑顔を思い浮かべながら切望したのと同時に、二基のエンジンが甲高い咆哮(ほうこう)を上げ、機体は猛烈な加速と共に宙空を切り裂き戦場へと飛翔するのだった。


            ◇◆◇◆◇


 高速仕様を(うた)ってはいても所詮(しょせん)は偵察機のそれである。

 当初あった距離のアドバンテージは、ほんの数分で無きに等しいものになっており、刻一刻と死の気配が濃密さを増していく。

 幸か不幸か正体不明の敵のうち一機は他の偵察機を追っていて此処(ここ)にはいないのだが、他の二機が執拗(しつよう)にクレアらが乗機する三番機に追い(すが)っており、状況は最悪だと言わざるを得なかった。

 (すで)に敵の射程距離に(とら)われており、(しき)りにロックオンされた事を知らせる警報が死刑宣告の(ごと)く機内に鳴り響く。


(こちらが非武装の偵察機と(あなど)って、敵がミサイルを使わないのは僥倖(ぎょうこう)だけれど……機長の操縦で回避し続けるのも限界だわ)


 クレアは懸命にレーダーを駆使して敵機の現在位置と有効射撃ポイントを予測し、それを伝える事で辛うじて奇跡的な回避を成し遂げていたが、それもいよいよ限界を迎えようとしていた。

 後部区画を見れば候補生達が機材に顔を突っ伏して、死への恐怖に震え(むせ)び泣いている。

 辛うじて詩織だけは鬼のような形相でレーダーを(にら)みつけているが、それが強がりなのは明らかだった。


 クレアは無力な自分が情けなくて、身を切られるような思いに耐えながら懸命にサポートを続ける。

 脳裏に愛しいさくらの姿を思い浮かべ、絶対にあの娘の下に帰るのだと自分自身に言い聞かせながら、迫り来る死の影に懸命に(あらが)う。

 だが、そんな彼女達を嘲笑(あざわら)うかの(ごと)く、終焉(しゅうえん)(とき)を告げる凶刃(きょうじん)が容赦なく振り下ろされた。


「だ、駄目だあぁぁぁっ! 回避不能ぉぉ──っ!!」


 緊急警報と機長の悲鳴が一段と(やかま)しく機内に響き渡る。

 誰もが瞳を閉じて歯を食い縛った刹那(せつな)……。

 漆黒の宙空に炎の大輪を咲かせ爆散したのは、迫り来ていた敵機の方だった。


 何が起きたのか把握(はあく)できない面々が慌てて瞳を開いた瞬間、何かが偵察機の(そば)を猛スピードで(かす)め、その影響で機体が激しく振動する。

 同時に機長と副長が歓喜の声を上げ、クレアらも状況を察して歓呼していた。


「み、味方だっ! 救援が来てくれたぁッ!」

「助かった! 助かったぞッ! ブラボ──ッ!!」


 機内がまるでお祭のような喧騒(けんそう)に包まれる中、もう一機の敵機も(またた)く間に排除(はいじょ)されてしまい、当面の危機からは脱したのである。

 しかし、襲撃してきた敵は三機。

 死の恐怖から逃れたクレアは安堵したが、残る敵一機の存在を無視できず、すぐさま救援機のパイロットに要請した。


「こちらオーブ三番機。救援を感謝します。しかし敵の残存機一機が、別のオーブを追走中です。至急救援に向かわれたし!」


 だが、相手パイロットからの返信で、その懸念が杞憂(きゆう)であるのをクレアは知らされるのだった。


「こちら白銀。その敵は(すで)に掃討した。貴機の奮戦のお蔭で、他の二機は今頃戦闘宙域を離脱している筈だよ」

「し、白銀教官!? ど、どうして貴方が!?」


 思ってもみなかった救援者に驚き、クレアは双眸を見開いてしまう。


「そんなに不思議かい? これでもパイロット経験者だぜ。人手不足で困っていたから機体を貸してくれと頼んでみたのさ……母艦に帰ったら艦長殿に礼を言ってくれ。俺の様な他軍の士官に即断で機体を与えてくれたのだからね……艦長殿の英断がなければ、救援は間に合わなかっただろう」


 最近ではすっかり聞き慣れた優しい声が、レシーバーを通し耳朶(じだ)を震わせて心に()み入る。

 その時になって(ようや)く自分が極度に緊張していたのだとクレアは気付いた。

 それも当然だろう。

 彼女自身初めての戦場体験であり、死線に直面するという濃密な体験をすれば、恐怖に身体が強張(こわば)るのも仕方がない事だ。

 安堵するのと同時に思わず涙腺が(ゆる)みそうになったのだが、教え子達の前で恥を晒すのは辛うじて回避できた。

 それは何故(なぜ)かというと……。


「お、遅いっ! 遅すぎますよッ! 白銀教官! 絶対にもう駄目だと思ったんですからねぇ──っ! 教官の馬鹿ぁっ! うわあぁ~~ん!」


 限界まで恐怖に耐えていた詩織が安心して気が抜けたのか、悪態をつきながらもボロボロと大粒の涙を(あふ)れさせ、子供のように泣き叫んだからである。

 そんな教え子に達也は苦笑いして軽口を叩こうとしたのだが……。

 接近してくる敵機をレーダーが捕捉し、けたたましい警報がコックピットに鳴り響くや、即座に意識を切り替えた。


「オーブ三番機! ルートGからエリア〇七に出て北上しろ。進路上に母艦が居るはずだ。急げ!! 七時方向敵編隊発見、機数十。急速接近中!」


 たちどころに軍人の顔に戻って的確な退避指示を出した達也は、寸毫(すんごう)も迷わずに機首を敵編隊に向けて機体を増速させた。


「り、了解っ! 来援に心より感謝すっ! 貴君の武運を祈るっ!」

「サンクス! 教え子達をよろしくお願いします! さあ、行けっ! 後ろは見なくていいっ! 一機も近づけさせやしないッ!」


 達也も機長も同じパイロットとして相通じるものがあり、別れの挨拶は至極簡単に済んだ。

 しかし、再来した危機的状況に慌てたクレアは、悲痛な声で叫ばずにはいられなかった。


「む、無茶ですっ! 十機相手に一機でどうしようというのですかっ!? 貴方も退避するべきですっ!」


 心臓が早鐘を打ち、濃密な死の予感が(まと)わりついて来る。

 これが軍人に課せられた定めとはいえ、無謀な行為の結果による死を容認できるか(いな)かは別の問題だ。

 クレアは(なお)も退避するように説得しようとしたが、それは反論を許さない断固とした決意を滲ませた達也の言葉で(さえぎ)られてしまう。


「それは無理だ。人手が足りないと言っただろう。それに、護るべき者を見捨てて逃げるような、みっともない真似(まね)ができるものか!」

「で、でも……それでは、貴方が……」


 『死んでしまいます!』

 その不吉な言葉を辛うじて呑み込んだクレアのレシーバーに自信に満ちた力強い言葉が返って来る。

 それは、不安に押しつぶされそうだった彼女の心をも震わせたのだ。


「心配しなくていいッ! 全機墜として生きて帰るッ! 君達の無事帰還を心から願うっ、以上ッ!」


 その激励の言葉を最後に通信は途絶し、思わず胸の前で両手を合わせたクレアは達也の無事を祈るしかなかった。


(御無事で……必ず生還して下さい、さくらのためにも……)


            ◇◆◇◆◇


 敵機との距離が見る見るうちに詰まっていく。


生憎(あいにく)だが手加減してやる余裕はないっ……黄泉路(よみじ)の片道切符は俺がくれてやる。代価はお前らの命で(あがな)えッ!」


 手向(たむ)けの言葉を口にした達也は、トップスピードを維持したまま真一文字に機体を疾駆(しっく)させる。

 この時点で達也を『無謀な突撃をしてくる素人同然のパイロット』と断じた敵編隊指揮官の判断は、至極(しごく)当然のものだといえた。

 先程までの戦闘で、赤子の手を(ひね)るように(もてあそ)んでやった統合軍パイロット達と同じく、今回の敵も大した障害ではないと高を(くく)ってしまったのだ。

 だが、それが大きな間違いであるのを、彼らは自らの命を代償に知るのだった。


 現在の高速航空戦闘に()いて、対正面戦闘でのミサイルの命中率は極めて低く、優秀なステルス性能を誇る戦闘機同士ならば尚更(なおさら)である。

 だが、敵指揮官は直面する敵直掩機を早々に(ほふ)って、逃走中の偵察機をも仕留めようと決めて、数の優位を(たよ)りに空対空ミサイルを放った。

 味方から放たれた二十本以上のミサイルが、無謀な突撃を敢行(かんこう)する敵機目掛けて猛然と宙空を疾駆(しっく)して行く。


 しかし、漆黒の闇間に炎の華が咲くと信じていた指揮官と彼の部下達は、数瞬の後に誰一人の例外もなく驚愕(きょうがく)して顔を(ゆが)めるしかなかった。

 有ろう事か突撃して来る敵機が、最低限度の進路変更とロール運動だけで、必中の筈のミサイルを全弾回避するという離れ業をやって見せたからだ。

 その結果に唖然(あぜん)とさせられ、刹那(せつな)の反応が遅れた彼らを待っていたのは……。


 一方的な蹂躙(じゅうりん)劇だった。


 彼らは只の一度も達也の機体を照準器に(とら)える事もできず、為す術もなく次々と機銃弾でハチの巣にされて爆散していく。


(こ、こんな馬鹿なっ! や、奴はバケモノだとでもいうのかっ!)


 三分も()たない内に列機を全て(ほふ)られた指揮官は恐怖に我を失い、機首を母艦へ向けるや全力で逃走を図るしかなかった。


「こちらグランリーダーっ! あ、悪魔だっ! 悪魔が出たぁぁっ! 味方は全部やられたっ! 作戦を中断して帰艦するぅッ!」


 逃げ切れるはずだった……少なくとも敵指揮官はそう確信していた。

 だが、簡単に離脱できた事までもが、敵の思惑の内だったとは気付きもしない。

 逃走を図る敵の先に母艦がいる……そう確信し潜伏位置も目星をつけた達也にとって、眼前の残存機の役目は全て終わったといえた。


「……おやすみ。地獄でもいい夢が見られるといいな……」


 そう(つぶや)いた達也は、トリガーに掛けていた指先を(わず)かに引き絞ったのである。


            ◇◆◇◆◇


「グランリーダー。シグナルロスト! 通信も途絶(とだ)えました!」


 困惑した様子のオペレーターの報告を聞きながら、ロイン大佐は舌を(はじ)いて渋面を浮かべた。

 降って()いた想定外の事態に困惑しながらも、進退を迫られる中で冷静に思考を巡らせたのは、秘密任務に抜擢(ばってき)されるだけの優秀な逸材(いつざい)だと評価できるだろう。


(生還機は半数の十五機か……充分な戦果を()げたとはいえ被害が大きすぎるか……しかし、万が一にも我々の正体を知られるわけにはいかない)


 迷いに迷ったが、彼は作戦の継続に見切りをつけるしかないと判断した。

 これ以上の戦果を求めれば逆に劣勢に追い込まれ、自分達の正体が露見(ろけん)する危険があるからだ。


「現時刻を(もっ)て作戦を終了する。欺瞞(ぎまん)航路から一気に太陽系外に転移する! 総員撤収作業にかかれっ!」


 長年参謀として堅実な戦果を積み重ねて昇進してきた苦労人らしく、ロイン大佐は欲をかいた挙句(あげく)に引き際を見誤(みあやま)るような愚かな軍人ではなかった。

 ただ、惜しむらくは、彼が相手にしている敵が、常識の埒外(らちがい)にいる怪物だったという事であろうか……。


 そして、彼と部下達の終幕は唐突に訪れたのである。


「てっ、敵機直上ぉ──ッ! デブリ帯の陰から突っ込んで来るッ!!」


 レーダー管制官の絶叫がブリッジに響き、その場にいた全士官の顔が驚愕に(ゆが)む中、ロイン大佐は対空戦闘を下命しようとしたが、全ては遅きに失した。

 後部主動力炉の上部外壁に計ったかの様に二本の対艦ミサイルが命中。

 戦艦とはいえ型落ちの旧型艦の装甲では、炸薬量(さくやくりょう)が多い大型の対艦ミサイルの破壊力を防ぐ事はできない。

 激しい衝撃に連続して艦は揺さ振られ、非常警報がけたたましく鳴り響いた。


「ダ、ダメージコントロールっ! 急げぇっ! 対空銃座は手を休めるな!」

「だ、駄目ですっ! エンジンブロックは両舷共に火災発生。消火可能な状況ではありません!」

「主電源喪失! 補助システムに切り替えますが長くは持ちませんっ!」


 騒然となるブリッジの中でロイン大佐は屈辱に顔を(ゆが)めたが、一刻の猶予(ゆうよ)もないのは明白であり、躊躇(ちゅうちょ)している(ひま)はなかった。

 耐え難い憤怒に胸の中を()がしながらも、彼は最善の選択を選び取る。


「総員退艦せよっ! 生存者は脱出シャトルに移乗して太陽系外に退避せよッ! 本艦は全員の脱出確認後、証拠隠滅のため自沈させるッ!」


何処(どこ)の誰かは知らないが覚えておくがいいッッ! 必ず探し出して、この屈辱を叩き返してやるッ!)


 ノイズが走り出したメインスクリーンに映し出される統合軍戦闘機に、血走った視線を向けるロイン大佐は、胸の内で怨嗟(えんさ)の声を上げるのだった。


 一方、達也は釈然(しゃくぜん)としない気分で眉を(ひそ)める。


(海賊が単艦で行動するのも珍しいが、略奪することなく民間船を破壊した挙句(あげく)、正規軍にまで喧嘩(けんか)を売るなんて……)


 考えれば考えるほどに疑問は深まるのだが、検証すべき材料がないのではどんな仮説も憶測(おくそく)の域を出ず、正解を導き出すのは難しい。

 この襲撃が味方である筈の銀河連邦軍によって仕組まれたものだとは、さすがに白銀達也の知略を(もっ)てしても看破できなかったのだ。


 そうこうしているうちに敵艦から高速シャトルらしい脱出艇が数隻打ち出されるのを確認したが、()えて追撃はしなかった。

 残弾が心許(こころもと)ない上に、燃料も母艦までギリギリという状態だったからである。


「こちらシルバーバレット。任務完了……これより帰艦する!」


 報告を終えて機首を反転させたのと同時に、一際大きな爆発を起こした敵艦が、宙空に(はじ)ける様を視界の片隅(かたすみ)(とら)えた。

 そして連鎖的に艦の内部で小爆発が起こったように見えた瞬間、船体が中央から真っ二つに折れて大爆発を起こし宇宙の藻屑(もくず)となったのである。


(自爆した? 証拠隠滅(いんめつ)か……これは調査する必要があるな……)


 今しがた浮かんだ疑念を胸に秘めた達也は、母艦へと進路をとるのだった。

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[一言] どんどん一話目の謎にも迫って来ているような気がしました。 ラブコメの部分と真剣な戦闘シーンの使い分けで達也さんのオン・オフと人柄がよく分かります。 亀ペースですが続きが気になります。
[気になる点] さくらちゃんの詳しい容姿を教えてくださいませんか? なんとなくですが、来年用の(ぇ)ネタを思いついてしまったのですよ。 [一言] 宇宙での戦闘は男のロマンですな( ´∀` ) 私も『…
[良い点] 登場人物の心の動きなどが丁寧に描写されていてとても読み応えがあります。 [気になる点]  理不尽な論理によって不遇を囲っている達也が、(中略)一日も早く周囲に認められることを願って已まない…
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