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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
再びサンマルティン
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 真っ白に塗装されたチルトローター機はゆっくりと旋回する。プロペラの音がものすごくうるさかったけれど、ぼくの耳はマフで覆われていて、イヤホンもしていたから大丈夫だ。マイクがイヤーマフから下がっていて、会話も出来る。ぼくは隣に座った男とずいぶん長い間話していた。


「あれがアカシアス半島だ。ずいぶんたくさん漁船の帆が見えるな」

 男が目の前にあるモニタースクリーンを示す。あの地形はなじんでいる。あそこに隣街の港が見える。

「もうすぐサンマルティンが見えるだろう」

「そうだね」

 ぼくのおもしろくなさそうな声に、

「なんだ、村へ帰れるのがうれしくないのかい?」

「うれしいですよ」

「それならいいが」

 ぼくはもう一度念を押そうと、

「もし、村に父さんたちがいなかったら」

「大丈夫だよ、何度でも保証するが、みんな無事にいるから」

 男は苦笑いしながらぼくの手を軽く叩く。ぼくは無意識に手を引っ込めた。本当に監視者って人の体によく触れる連中だ。

 やがて、チルトローター機は高度を下げ、薄い雲の層を突き抜けるとそこは懐かしい十字架の形をした村だった。機体は羽の角度とプロペラを立て始め、空中に止まる。そしてゆっくりと降下した。

「さあ、降りるよ」

 男がシートベルトを外し、ぼくを誘う。一緒に搭乗口を潜りラダーを降りると……


 眩しい光に目を細め、ぼくは集まった人を見やる。そこは村の中央広場で、村長の家や評議会、そしてフリオの作業場もある。ちらりと目をやると作業場の扉は閉じていて、立ち入り禁止の看板が下がっていた。

 集まった人々はなぜか複雑な表情を浮かべている人が多い。けれど中には顔見知りの人で歓迎の素振りを見せる人もいて、ぼくは少しだけうれしかった。何より、ここにいる人みんな元気そうに見えた。それが一番うれしいことかも知れない。すると人垣の中から押し出されるように一人、前に出て来る。その人は一瞬立ち止まると、その後はもう止まらずにぼくの方へやって来た。ぼくはすぐには動けなかった。魅せられたように見つめるぼくの肩を、監視者の案内人がそっと押した。

「父さん」

「マレイ……」

 ぼくはそのまま父さんの胸に飛び込んだ。地上人はあんまりそういうことはしない。ぼくには監視者の風習が乗り移り始めているのかも知れないけれど、この時はそれが一番しっくりくる行動だったし、父さんも最初はびっくりしたみたいだけど直ぐにぼくを抱きしめ、恐る恐る頭をなでてくれた。


 こうしてぼくの旅は終わった。村を離れたのは考えてみればたった一ヶ月に過ぎないのだけれど、ぼくには数年経ったくらいに思えた。


 サンマルティンは監視者の男が約束した通り全てエミリーが来る前に戻っていて、ボゴタが(元へ戻っても尊称の「シティ」付きで呼ぶことはもう出来ない)壊した建物や道は真新しい修繕の跡があった。

 けれど二度と戻らないこともあった。

 この苦難の最中、三人の老人が死んでしまった。襲撃と強制移動の際、ケガをした人の中ではまだ傷の癒えない人もいるらしい。ぼくは自分のケガが監視者の技術で治されたことを思って後ろめたい思いもした。


 帰った翌日にはルックや学校のみんなにも会ったけれど、はっきりとよそよそしい感じがあった。特にルックは目を合わそうとしなくて、ぼくは少し悲しくなった。

 理由は色々あると思う。ぼくが監視者と仲良くなった裏切り者みたいに思っている人間もいると思うし、それを妬む人もいるようだ。結局、ぼくはみんなと行動を一緒にしなかったことで「道」を違えていたわけだし、その道がどんなに険しく大変でも、一緒に歩かなかった人にとっては別世界の道なんだ。ぼくとベンがその道を進んだことで村が元に戻り、平穏な生活が戻っても、結局、村の人たちから離れていたぼくは、村人にとって「異質者」なんだと思う。

 そういうことが分かっていたからぼくはみんなを責めないし、みんなもぼくを村八分にはしなかった。けれどそこには大きな溝が残ってしまったんだ。


 そして戻らないもので一番大きなもの。それはもちろん、ベンだった。

 あのトーチカの中でエミリーを抱きしめていた姿。それがぼくとベンの旅の終点だったなんて、ぼくは未だに悔しくて仕方がない。

 あの時、殴ってでもベンを止めるんだった。両手が利かなかったぼくに殴れたかどうか疑問だけど、とにかくベンを止めればよかった。エミリーの変わり果てた姿はベンだけじゃなくぼくにも深い心の傷を残しているけれど、あの時、ベンはエミリーを見たことで、全てが崩れてしまったんだろう。


 あの後に起きたことは。村人はおろか父さんにだって話していない。ベンの親父さんと話した時は、本当のことをぼかして、ベンは流れ弾に当たって静かに死んで行き、遺体も火事がひどくて運べなかった、なんて嘘をついた。ぼくは自分がすごい悪人になってしまった気がして、抑えることが出来ず涙が溢れた。親父さんはそれを、辛い思い出を話して流した涙だと勘違いして慰めてくれたから、ますます申し訳なくなっていた。


 そう。戻らないものがもう一つあった。それはぼくだ。

 ぼくの心のどこかに、村を危機から救った英雄として村人の尊敬を勝ち取り、有名人として生きる、そんな幻想が潜んでいたのかも知れない。でも現実は想像以上に冷たかった。

 ぼくは村に帰って来ても孤独感を深く感じていた。村人の多くは変わらない態度でぼくに接してはくれたけれど、やはりどこかが違っていたし、あからさまに嫌悪の態度を取る人もいた。ぼくは最初、気にしなかろうと思ったけれど、よそよそしい態度の人とすれ違ったり、学校で誰もぼくに話し掛けなかったりした日には気分が沈んで、商人の丘でアマゾン海を眺めて気を静めたりもした。けれど、南の空に軌道エレベーターを想像したりすることはもうしなかった。

 ぼくはサンマルティン郊外の海岸線をとぼとぼ歩いてばかりいた。そこにいれば人は少なかったし、たまに出会う漁師は細かいことなど気にしない人ばかりだったから、ぼくが嫌な思いをすることも少なかったからだ。


 ぼくは海岸線を歩いて、出来るだけ何も考えまいとした。

 頭をからっぽにして歩いて行く。波が足をくすぐったって気にしない。

 無心に、一直線に海岸線を。ザッザッザッザッザ……


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