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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
軌道ステーション#6
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 どこからか声が聞こえてくる。

「エミリー!どうした、応答しろ!エミリー」

 間。

「エミリー!エミリー!」

 間。

「エミリー十三!答えるんだ!」

 間。

「エミリー!」

 すると、別の女性の声がして……

「キケン、キケン。コノカイセンハハッキングサレテイル、クリカエス、コノカイセンハ――」

 男が顔をしかめてこちらをにらむと、スクリーンは真っ暗になった。


「これはグリーン本部のある部屋を盗撮したものだ。この男は慎重でね。普段オープンな回線は使わないが、この時は必死だったんだろう。奴は通常の暗号回線以外にオープンな回線でエミリーを呼んだ。それを我々の諜報通信センターが傍受したものだ。傍受されたのは、エミリーがボゴタの航空機から脱出して四日後のことだ。思い当たることはないかね?」

 ぼくらがエミリーと再会したのは村を出て六日後。墜落したヘリを発見したのが四日後で、あの時一日以内に墜落していたとフリオは言っていた。となると、エミリーの脱出から四日後ということは……

「ハイウェイだ。トラックから離れて、爆発があって……」

 男は頷く。

「我々が君らを見失った時と一致している。これから推論出来ることは、それまでグリーンのコントロール下にあったエミリーがこの時点でそれを離脱した、ということだ」

 色々な思いが交錯して、ぼくは混乱していたんだ、と思う。その時は思わず自分の世界に浸ってしまった。

 エミリーはグリーンの男にコントロールされオトリになった。エミリーはベオウルフに対する目くらましだった。ヘリから脱出し、攻撃を逃れたのも予定通りだったんだろう。ぼくらと出会ったことすら、今思うと森の電子頭脳、ガンマの言う通り予定に入っていたのかも知れない。けれど、素性とウイルスの運び屋になっていると告げたあのギレのトラックでの一件はシナリオ通りではなかったんだ。あの後、エミリーはグリーンの男のコントロールを脱してぼくらと旅をした。あれ以降のエミリーは本物のエミリー・ブランドンだったんだ。


 いつの間にか涙が頬を伝っていて、それに気付いたぼくは急いで右手でゴシゴシ拭った。監視者の男は優しい緑の目を向けて黙っていた。やがてぼくが背筋を伸ばすと、

「君らの旅がグリーンの予定通りに進まなくなり、混乱が広がった。既にその頃にはエミリーの目的は達成されていた。本当の感染者がグリーンの手に入ったからね。だからそれ以降の君らの旅は、いわばおまけだったのだ」

 男はいったん話を切ると、目を細めてぼくを見る。そして。

「とんでもないおまけだったが、お陰で我々が介入するきっかけが出来た。感謝するよ。ベオウルフは君らを確保した後になって作戦の詳細を知らされた。自分たちがオトリを追い偽物を確保したと知った現地のベオウルフは怒り狂い、君らへの蛮行に及んだ。彼らのあの行動は全く私怨からのもので、それはグリーンの計画を阻止出来ず、同時に自分たちの暗躍の場を封じられた彼らの悪足掻きだったが、その意味においては君らが旅を続けたお陰だったといえる」

 男はこの事件をそんな自分の都合で見ていたことで、ぼくが抱きつつあった男のよい印象をだめにした。でもその時、ぼくはそんなことより大きなことを、ひょっとすると、ということを考えていたんだ。

「エミリーが」

 ぼくはもう大泣きしそうになっていたけれど、こらえて男に尋ねた。

「エミリーが旅を続けた理由、って分かりますか?」

 男は目を細めたまましばらく考え、そして、

「わたしの考えだが、それは任務を達成するためと君らを守るためだったんだろうね。彼女の真の目的である囮ということ、これは彼女も最後まで気付かなかった、と思う。だが、あの旅の奇妙な部分は気付いていただろう」

 男は目を閉じて、

「墜落し、助けられ、ベオウルフから襲撃を受け、一人でジャングルを抜ける。グリーンの傭兵は待っても現れない。逆に君らが現れ、それを受け入れるようにコントロールされる。足手まといのきみらを、だ。そして目立たないジャングルの道行きを止めてハイウェイで車を拾えという指令だ。しかも運転手付きで。彼女は気付いたのかも知れない。わざと目立つ行動を取らせる男に不信感を持ったのかも知れない。そして、自分の力だけでウイルスを届けようとした。君らを守りつつゴールを目指そうとした。それで初めて男に逆らい、自ら通信機能を切った。それが君らを守ることになった。あの待ち伏せで君らは死んでいたかも知れない。さらにあの場を切り抜けても、あんな目立つ道を行けばベオウルフが手を出せないにせよ、同じように上級市を動員してますます危険な罠が仕掛けられたことだろう」

 目的のため、ぼくらのため、エミリーは自分の組織も背く行動を起こした。そういうことだったんだ。

 ぼくは再び涙を流したけれど、もう拭わなかった。エミリーのため、そのエミリーをずっと疑っていたけれど最後は信じ、そして戦って消えたベンのため、そのために流している涙は、恥ずかしいものではないだろう。ぼくは二人のために涙が涸れるまで拭わないでいた。


 監視者の男との話し合いの後、ぼくはしばらく時間の感覚がなくなった。いつその部屋を出たのか、いつ病院のベットへ戻されたのか、いつそこを引き払って別の部屋を与えられたのか、全然覚えていない。全て霧の向こうにかすんでいて、それを経験したのは自分でないみたいだ。


 いつの間にか一人の男が現れて、それがエスコート役だとか言って、この男はお偉いさんと違って名乗ったけれど名前を覚えていない。その男が細々とよく動く人で、無重力に慣れないぼくを手助けして体の保持の方法や楽な移動方法や回転の止め方などを実践して教えてくれた。その後、ぼくを引き連れステーションのなかを案内し、小さな窓から映像でない本物の宇宙を見せたり、軌道エレベーター乗り場からエレベーターシャトルが地上からやって来るのを見学させてくれた。本当なら興奮で眠れなくなるような出来事だったけれど、ぼくにはもう興味の薄いことだった。ぼくがあんまり興味を示さないから男もがっかりしたことだろう。けれどそんなことをおくびにも出さない度量みたいなものがこの人にはあった。そう言えば年齢もよく分からない人で見た目は若そうだったけれど、一緒にいるとお兄さんと言うよりお父さんといった感じのする人だった。


 そして、お偉いさんとの会話から四日か五日経って、ぼくは地上に送還される、と男から聞いた。男はサンマルティンまで付いて来ると言う。そこで少し霧が晴れて、ぼくはサンマルティンのことが気になり出す。

「村はどうなっているんですか?村人は?」

 突然質問を始めたぼくにも嫌な顔をせず、男が答える。

「元通りさ。以前のままに戻る。我々がボゴタと交渉し村人を解放したのは昨日だ。今頃はみんな張り切って村を目指して帰っている最中だろう。年寄りや子供、けが人は航空機で運ばれる。ボゴタの襲撃で壊されたものはボゴタが責任を持って弁償する。壊れた建物はこちらが先行して直しておいたから、村人は帰着したらすぐに元通りの生活を送れるはずさ」

「ああ、よかった」

 本心から思う。ああ、よかった!……でも。

「村の人でひどい目に遭ったり死んだ人はいるのですか?」

「聞いた限りでは拷問に遭ったり逃げようとしたりした人はいないようだね。老人が数人亡くなっているようだが死因はごく普通の病気や老衰のようだ。君が心配するようなことは起きていないから安心していい」

 本当に安心するのは帰ってからだ。そう思ったけれど、ぼくは「ありがとうございます」と言うだけにした。


 軌道エレベーターは想像以上に変な乗り物だったけれど、楽しさは想像以下だった。

 ここへ送られた時に一度乗っているわけだけど、その時は意識を失っていたから、この下りがある意味最初の体験となった。

 まんまるの巨大な球体が二本の黒いワイヤーに挟まれている。こいつが上下する。二本のワイヤーは想像していたものより細くて、こんなもので本当に長い距離を支えられるのが不思議だった。

「ここは一番細い部分さ。両端が細く真ん中辺りが一番太くなっている」

 エスコートの男が教えてくれる。彼は地上の評議員が着るようなおしゃれをしていて、ぼくも真新しい服を着せられていた。

 球体に乗り込むと座席が球の円に沿って並んでいて、外に向いて座る形だった。それが三列ぐるりとあって、その後ろは壁で隠されているけれど、操縦か何かの機械とか荷物などを入れる場所なんだろう。乗客は満席だと二百人と聞いた。

 けれどちょっとは楽しみにしていた外の風景は生で見ることが出来なかった。座席の前は白い壁で、通路があるだけだ。下に降りるまで二十数分掛かるけれど立つことは出来ないからトイレは済ませておかなくてはならない。それに無重力ともここでお別れだった。下り始めたら次第に重力を感じるようになるそうで、びっくりするほど体が重く感じるから覚悟するように言われる。

 そしてぼくたちの他に五十人くらい人を乗せると、球体のシャトルが出発した。

 下りは最初だけ動力で押し出して、後は自然と落ちて行くだけだと言う。けれど本当に落ちるだけだと地上でペシャンコになってしまうから、ブレーキを掛けながららしい。

 座席ひとつひとつに付いているパネルを叩くようにすると目の前の空中にカメラで写した外の風景が映る。見ていると気持ちが悪くなる人は見なくていいと注意があったけれど、確かに下に見えている青い地球が迫って来るのを怖いと思う人もいるだろう。

 けれど、本当にそれだけだった。重力を感じ始める頃、映像が途切れ、成層圏に入ったとアナウンスがある。数分間の後に再開した映像はもう地球の空の上だった。雲を抜ける時にエレベーターのすごいスピードが分かる。数分後には減速して、海と陸がはっきりと見えた。到着のアナウンスが入り、本当にあっけなく、ぼくの軌道エレベーター体験は終わった。


 そしてそれは、ぼくの最初で最後の宇宙体験の終わりでもあった。



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