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グリーン側はベオウルフや監視者が自分たちの行動をよく知っていることに気付いていた。それは色々な監視システムやスパイがグリーンを丸裸の状態にしていたからで、このままではカメレオンウイルスの捕獲計画は失敗する可能性の方が高かった。
最初はエミリーをウイルスの猖獗地帯に派遣して感染させ、発症を確認したらすぐにグリーン支配下へ回収する計画が立てられた。けれどこの情報が筒抜けになっていることを確認した上層部が作戦を変更した。その内容を知っていたのは三人だけで、幸いにも外部に漏れなかったから作戦が終わるまでそれに気付いた者は敵、味方共にいなかった。
作戦はまずエミリーが感染し、移動を始めるところからスタートする。エミリーは計画通り数名の護衛と医者に付き添われて、コロンビア北部でカメレオンウイルスの罹患率が高かったコロン山のすそ野を出発、ボリバル湾を渡ってククタ近郊に達した。しかしそこでベオウルフによる最初の襲撃があり、チームは護衛数名を犠牲にして逃げ延びたけれど、続く数度の襲撃のあと、ついにサンマルティンの近くでエミリー一人を除いて全滅してしまった。
エミリーはサンマルティンの人がチームの死体を発見したところで隠れていた海岸沿いの洞穴を出て村人に投降した。ベオウルフが政府から都市部以外活動を制限されていること、特に地方の地上人と直接接触してはならないとの掟を知っていたからだった。
その頃、別のチームがコロン山を出発、こちらもウイルスに発症した女性を護衛が連れていたけれど、チームはこの女性と護衛の二名だけで、出発はコロン山周辺にいたグリーンのフィールドワーカーも監視していたベオウルフ側にも気付かれなかった。
こちらの旅は順調で、ボリバル湾からメデジン側に小舟で渡り、太平洋へ出た二人は別のヨットに乗り換えてコロンビア西岸を一気に下り、グリーン側の拠点であるコロンビアとエクアドルの境界線付近の海岸で医療チームに無事合流した。
同じ頃、エミリーはあのボゴタの襲撃で捕らえられ運ばれたけれど、作戦の真の目的を知らされずに投入されたグリーン側の傭兵により救出、直後に乱入したベオウルフと交戦状態になり、その隙に一人で脱出した。
あとはぼくの知っている通りで、つまりはエミリーは敵も味方も欺く目立つエサだったわけだ。
「少し質問してもいいですか?」
監視者の男が話し終えると、ぼくは残った疑問の解消をする。
「構わないよ。何かね?」
「ボゴタの飛行機が落ちたのはグリーンの襲撃で、ですね?」
「そう聞いている」
「で、その時乗っていたボゴタの兵隊たちは誰に殺されたんですか?」
男はぼくの顔をまじまじ見る。変なことを聞く奴だと思ったに違いない。けれど男はすぐに、
「誰が殺害者かは報告にないが、グリーンの傭兵がチルトローター機のエンジンを狙撃し不時着させた直後、ベオウルフ側の傭兵が乱入し、その前後で逃げ出した地上人の乗員全員殺された、とある」
なら、エミリーではない。エミリーは不時着した直後、グリーンの傭兵に確保されたんだろう。けれどすぐにベオウルフ側がエミリーを奪おうとして戦闘となって、グリーン側が盾になってエミリーを逃がしたんだ。ボゴタの兵隊はその隙に逃げたけれど、多分ベオウルフの荒くれどもに捕まって殺されたんだろう。あのユットナーみたいな連中ならやりかねない。
ぼくはほっとして次に取りかかる。
「エミリーは、グリーン側の意図、というか、真相を知っていたんでしょうか?」
「それはもう、分からないかも知れない。グリーンでこの作戦を立てた人間を知っているが、彼なら知らせなかったと思う。他に知っていたのは感染者とその護衛だけだ。エミリーはその二人を知らなかっただろう」
「そうですか」
ぼくは質問を変える。
「あなたは、エミリーが知っていたと思いますか?」
「いや、思わない。彼女は知っていなかっただろう。これは一般論だが、この手の作戦はオトリに詳細を伝えず、逆に嘘の情報を与えるものだ。オトリこそ作戦の要だなどと持ち上げ、真相は隠しておく。そうすればオトリは敵ばかりでなく真相を知らない味方からも本物らしく見えるからね」
何だか気分が悪くなるような話だったけれど、ぼくはもう一つ、いや、二つ聞いておかなくてはならない。
「それでは、エミリーはグリーンによって電脳を支配されコントロールされていたのでしょうか?」
男はぼくの顔を見上げてから、ぼくと視線が合うと少し外した。それがこの先の話を物語っていたから、ぼくは居住まいを正して覚悟した。
「あくまで想像の範疇を越えない話になるが……真相は例のグリーン本部の男とエミリーしか分からないだろうからね」
前置きした後、男はぼくの目を見ながら、
「エミリー・ブランドンという娘は、実は複数いる」
「え!」
「彼女は秀才として高名な物理学者のブランドン教授と、若くして死んだこれも秀才科学者のエミリー・ベルクマン教授の精子と卵子を人工授精して作られた。もう一つ重要なことは、ベルクマン教授は変異者だったということだ。さて、オリジナルのエミリー・ブランドンは数年前他界している。他界する前に彼女の細胞からクローンを製造することとなり、それは三十人作られ、その内十八人が成長した。彼女たちは優秀な遺伝子を持つ者として販売され、多くは上流社会の花嫁として迎えられたと聞く。グリーンがフィールドワーカーとして採用したエミリーはナンバー十三だった。実は彼女の場合、脳に欠陥が生じていて販売品ではなかったらしいが、全脳を電脳に積み替えて闇の人身売買組織に流されてしまったらしい。我々の法律では、脳をすべて電脳にすることは禁止されているんだよ。その後どういう経緯を辿ったのかは分からないが、三年前からグリーンのメンバーとして我々にマークされていた」
男の目はぼくから離れず、ぼくも驚くべき話から目を離せなかった。一息ついた後で男は続ける。
「わたしの想像だが、彼女はグリーンに採用されたか購入された当初から電脳をグリーンの理念に合うよう細工されていたのではないだろうか。当然、今回の作戦もグリーンに都合のよい行動を取るよう、細工されていた可能性がある。だがね、一つおかしな証拠があるんだ」
男は座っていた椅子の横にある机を人差し指でコツリと叩く。するとぼくと男の間にあるテーブルの上にスクリーンが現れた。
「これは三次元スクリーンだ。お互い同じ画像を見ることが出来る」
男がさらに机を叩くと、透明だったスクリーンに何か映像が流れる。鮮明ではなくノイズ混じりでよく分からないけれど、男が一人机から乗り出してこちらを見ている。
「音声を流す。よく聞くんだ」




