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※この章では拷問シーン他残虐な表現が登場します。苦手な方は回避をお願いします。

 ぼくは何が起きるのか、緊張して待った。机の椅子に腰かけ、じっと待つ。

 部屋は蒸し暑かったが、天井の通風孔には換気扇が付いていて、軽く風が流れていたから我慢出来ないほどではなかった。床に置いた食べかけの夕食を見て、再びベンのことを思う。ベオウルフのやり方は想像がついた。こうして一人一人にして別々に尋問する。口裏を合わせているかも知れないけれど、一緒に尋問するより嘘が見破れる。

 今頃、ベンも待っているのだろうか。エミリーも尋問されるんだろうか?あんな様子では大して役に立たないだろうに。

 時間が過ぎて行くごとに、不安が膨らんで行く。考えちゃいけないと思ったけれど、どうしても暗い考えに支配されそうになる。一体何をされるのかという不安。二人はどうしているかという不安。でも、一番大きな不安は、ぼくは耐えられるだろうか、という不安だった。

 こうして何十分も経った時。遂にあの男がやって来たんだ。


 突然、ドアがバタンと乱暴に開く。そこには制服の上を脱いでシャツ姿になった男が一人立っていた。

「マレイ。待たせたな」

 中肉中背で、金髪を短く刈り込んでいて、灰色の目がじっとぼくを見る。つかつかと机まで来ると、座るぼくを見下ろした。

「おれはユットナーだ」

 この男はあの若い士官とは全く別の種類だ。ぼくにはすぐに分かった。

 ぼくは無遠慮な男の視線を受け止め、にらんだ。

「おうおうおう」

 全く困ったな、といった風に男が両手を上げ、

「立て!」

 いきなり怒鳴りつける。ぼくはその声に驚いてびくっとしてしまい、すぐに恥ずかしくなった。それを取り繕うため、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。

 男は机の横に出て、ぼくの方に首を突き出すと、

「坊主。粋がったって誰もほめてくれないぜ?」

 やれやれと肩をすくめた瞬間、男の右拳がぼくの鳩尾に叩き込まれた。強烈な痛さと吐き気が同時で、ぼくは胃の中のものを戻した。男の拳は腹と顔を何度か往復し、ぼくが気絶寸前になったところでぴたりと止める。

 体を二つ折りにして苦しむぼくの耳元に、

「おれたちの上が言って来たんだ。もう奴らは必要ない、ってな」

 そして、ピカピカに磨いたブーツで頭を踏みつける。ぼくは我慢出来ずに悲鳴を上げた。ブーツの裏の鉄鋲が頭に食い込んでものすごく痛い。タラっと血が出て来たのが分かった。

「おう、泣け泣け。父ちゃん助けて―ってな」

 もう一度ガツンと踏みつけ、ぼくが痛さに息を飲むと、

「もう、お前から情報を得る必要はねえってよ。どうする?もう要らねえって」

 次は蹴り。ブーツの先を脇腹に食らったぼくは横倒しになって今度は脇を押さえてのたうち回った。

「どうだい。いい気分だろ」

 男はしゃがみ込んで、腹を押さえるぼくの顔をこじあげるようにした。

「本当はな、こういうのはやりたかないんだよ。野蛮で汚らわしいからな。けれど」

 男はいきなりぼくの耳をひっぱると、その痛さにぼくは叫び出す。

「や、やめて!」

 ぼくの思いとは別のものが口をついてしまう。

「なんだなんだ、いやか?」

「いやだあ」

 ぼくはもう負けていた。本当に嫌だった。しかし男は苦笑いを浮かべると暴力が再開された。それはもう永遠に続くかという勢いだった。

 殴る。蹴る。叩きつけられる。

 ぼくが「助けて」と言えば暴力が止まるが、終わりかとぼくが希望を持った瞬間に再開する。

 その繰り返しが延々続いて、ぼくはいつの間にか気を失う。気を失えばやかんから口に水を注がれ、むせて気付いたぼくに再び暴力が繰り返される。


 そして何度かのおぞましいインターバルの時、ぼくは遂に言った。

「殺してくれ」

 すると男は悲しげな顔をして、

「頼むよ坊主、簡単に殺したんじゃあ面白くないから少し遊んでやってるんだぜ?」

 男はそう言うとぼくの胸倉を掴んで立たせ、平手で頬を張る。

「しゃんとしてくれよ、本当はお前も簡単にくたばりたかないだろ」

 それは終わりのないゲームだった。 男はぼく相手に楽しんでいたんだ。


 それから何時間が過ぎたか覚えがない。男はぼくを立たせては殴り、座りこめば蹴り、気を失えば水を引っかける。その繰り返しが延々続いた。


 ぼくが次に気が付くと、水と自分で吐いたものにまみれてタイルの床に転がっていた。

「まあ、少しは根性みせたな」

 男が椅子に座ってぼくを見下ろしていた。

「地上の坊主にしちゃ、多少根性があるのは認めるぜ」

 男は四角い木の椅子の背を前に抱えて座っている。ぼくはそれを霞む目で見上げて、サンマルティンの教室にあった椅子とそっくりだ、と場違いなことを思った。男は腕まくりした手をさすりながら、

「久々に腕が疲れたぜ」

 男は立ち上がると、

「まあ、立てや」

 優しいと言ってよいほどの声音でぼくの肩に手を入れると抱え上げ、軽々と運んで、テーブルに面した別の椅子に座らせる。

「ああ、よく頑張った」

 男はテーブルに座らされたぼくの右隣に立って、全身が火を噴くように痛くうなり声が止められないぼくの背中をなでる。

「お前のように根性ある奴が大好きだぜ。大好き過ぎてついやり過ぎちまう。償いに後でたっぷりかわいがってやるから楽しみにしろよ。お前がどんな声で鳴くのか、想像しただけでもたまんないぜ」

 それが何を意味しているのか気付いた途端、気持ち悪さとおぞましさにたまらず、ぼくは何も残っていない胃の中味を吐き出した。それは苦しい作業で、苦くて喉がヒリヒリする胃液しか出て来ない。でも、わずかに残ったぼくの心が、これも男の作戦だと伝えて来る。ぼくは吐くものを吐いてしまうと、出来るだけ体を立ててじっと木で出来た机の木目を見つめて気を逸らした。

 すると男の大きな手がぼくの背中から肩に、そして左腕をたどって左手を取る。ぼくは痛さや吐き気と戦うのに必死で、されるがままだった。男はしばらくぼくの左手をなで回し、指の一本一本をまるで部品の検査でもするように摘んだりさすったりしていたが、やがて。

「お前がおれのものでよがるのも楽しみだけどな、前戯ってえのも愛には大切な要素なんだ。若い奴はすぐにやりたがるからな。おれがお前に本物の前戯ってえのを教えてやるよ。さあ、お前はどんな声で鳴くのかな」

 男はぼくの左小指を太い手で掴むと、いきなり手の甲へ倒した。ボキッという音とぼくの叫び声が同時で、目の前が真っ暗になった。

 二度と目が覚めなくてもいいと思った。


 はっとして目が覚める。あれは夢か……いや、違った。夢でない。この痛みは本物だ。

 男はいない。それにここはあの拷問の部屋でもない。床は石で出来ているのが感じられる。何とか目を開けようとするけれど、薄目しか開けられない。そうか、殴られて顔がふくれあがってるんだ。ぼくはなんとか起きようと手を突いて……

 いきなりの激痛にぼくはうめいて、そして寝ころんだまま両手を上げようとした。けれど上がらない。右も左も、だ。恐怖が忍び寄って来る。まさか腕をもがれたとか……

 なんとか顔を横向けて右を見る。ああ、よかった。腕も手も付いていた。けれど指先はまるでアサードの串に刺された肉みたいだ。今度は左。左も無事だった。真っ赤な肉の塊みたいな手を無事と呼ぶなら、だけど。

「マ、レイ」

 声がした。ここにはぼくの他に人がいるのか。ぼくが声の方へ何とか体を倒すと。ああ。

「やあ、ベン」

 ベンが奥の方に寝転がっていた。声がいつものベンではなく、かすれていて別人だったから分からなかった。その姿はぼくと同じように血だらけで、顔がいつもの倍くらいに膨れていて、片目が完全に塞がれている。

「大丈夫かよ、マレイ」

 ベンがよろよろと立ち上がる。本当に散々に痛めつけられたものだ。

「だいじょうぶさ、ベン」

 そこでこみ上げるものがあって、ぼくは咳き込みながら吐き出す。黒みがかった赤いものが口から出る。どうやら、腹の中もやられたらしい。

「平気じゃないだろ、マレイ」

 ベンがぼくの脇に来て、崩れるように尻もちをつく。足が相当痛そうだ。

「ベンも平気じゃなさそうだ」

 なんだか笑いたくなる。でも痛くて笑えない。ベンはぼくの背に手を入れて、ぐいっと引っ張る。ぼくは鋭い痛みをお腹に感じてうめいたけれど、我慢した。ベンが自分の体に引き寄せるようにぼくを抱き起して座らせた。

「大丈夫か?自分で座ってられるか?」

 ベンが耳元で言う。

「ありがとう、大丈夫、座ってられるよ」

 ぼくは自分の潰れた両手を膝の上に乗せて、

「何か、聞かれた?」

 ぼくが聞くと、ベンは辛そうにして、

「聞かれなかった。あの野郎、暴力を楽しんだだけだ。クソッ痛いな」

 ベンが弱音を言うのは珍しい。

「そっちもなんだ。何か、変だよね。ぼくの奴は、もうぼくたちの情報はいらない、とか言っていたけど」

 ぼくの声も別人のようだ。しわがれていてじいさんみたいな声。

「ああ、そうか、そっちもか」

 ベンも首がフラフラしていて、酔っ払っているみたいだ。考えをまとめようとするけれど具合が悪いから考えられない、そんな感じだった。その時だ。

 ガチャン。

 薄暗いその空間に眩しい光が差してくる。ぼくは何とかそちらを向いて光の中に黒いシミのような人影を見た。それが何かを放り出す。それは一段高くなったドアからドサリと転がり落ちて来た。

「仲間だったんだよな」

 男の声が言っている。その声。

「ユットナー」

 男が笑う。人の神経を逆なでする小馬鹿にしたような笑い声。

「逃げようとしたんでな。撃つしかなかった。お前らに会わせてくれって言うからな」

 逆光で表情は分からない。でもこいつは面白がっている。それにしても。

「エ、エミリー!」

 ぼくの隣でベンが叫ぶ。ぼくは驚いてベンの視線の先の……エミリー!

 床に黒いものが倒れていて、それはさっきユットナーともう一人の男が投げたものだ。それをよく見れば、それは。ぼくは足と尻でいざりながらそれに近付く。ベンが先にそれを抱き起している。

「エミリー!」

「助けて欲しいか?」

 ユットナーの声。

「助けて欲しいなら、お願いすることだ」

 ベンが息を飲む。そして。

「助けてくれ」

「誰を?」

「エミリーを、助けてくれ」

 ユットナーは含み笑いをすると、

「無理だね。その女は逃げようとしてサーモバリックを二発食らった。両足と腹わた持って行かれてる。辛うじて尻と胴体がくっ付いてる状態だ。そこまでひどいと、さすがに助けられねえよ」

 再び笑い声。

「助けて欲しいなら、お願いすることだ」

 笑いが大きくなって、

「神様によ!」

 ガシャン。

 ユットナーの大笑いはドアが閉じる音で遮られた。


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