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 青い光は段の上に浮いているように見える。脈動するけれど動くことはなかった。オリジン・ガンマと名乗った電子頭脳は、本当にあの光なんだろうか?

「さて、私は名乗った。きみたちの名前も知りたいな」

 電子頭脳とかエーアイとか呼ばれる機械があることは知っていた。機械のくせに知能があって、人間と同じに考えることが出来る。大破壊以前に発明されて、二本足で歩く人そっくりのものまであったという。ぼくらが学校の本で知ったロボットみたいなものだろう。けれど今ではそれは監視者の持ち物のはずだ。とすると、このオリジン・ガンマは……

「名乗ってはくれないか」

 ガンマの声は抑揚が少なく感情に乏しいから、それががっかりした態度なのか怒っているのか分かり辛い。ぼくは穴が開くほど青い光を見つめていたから、ベンがいつの間にか歩き出し、エミリーの隣まで行っていたのに気付いてびっくりした。

「おい、ベン」

 しかしベンはぼくの声を無視するとエミリーの肩を揺すって、

「エミリー!おいエミリー!」

 けれどエミリーはベンの存在にも気付かない様子だった。ベンは彼女が五メートルくらい先の青い光に魅せられたようにして見つめているのを確認すると、

「ガンマ、オリジンとか言ったな」

「オリジン・ガンマだ」

 電子頭脳は訂正すると再び、

「名乗ってはくれないか」

「ベン、オリジンだ」

 青い光の脈動が早くなる。

「ほう、オリジンだと。君は冗談が上手だ」

「ふざけているのはお前の方だガンマ!」

 ベンは怒鳴ると青い光に指突きつけて、

「エミリーに何をした?」

「別に特別なことをしたわけではない」

「特別じゃないことならしたんだな?」

「話しかけただけだ」

「話しかけた、だと?」

 ベンは地団駄を踏んで、

「一体何を話しかけた?どこで?おれたちには聞こえなかったぞ!」

「確かにきみたちには聞こえないだろう。君たちの脳は百パーセントオリジナルなのだから」

「電脳なのか?電脳に直接話したんだな?」

「ほう、ベン君。電脳のことを知っているのかね」

「多少な。お前のこともだ。それで、エミリーはどうしてこうなったんだ?」

 ガンマはしばらく沈黙する。しびれを切らしたベンが畳みかける。

「お前は何者だ?オリジンとか言うのは天の型式だろ?電脳を支配することが出来るエーアイなんか作って監視者は何をするつもりだったんだ?え?お前はどうしてここにいるんだ?なぜエミリーを呼んだ?」

 すると青い脈動がすうっと遅くなり、光も弱くなる。

「逃げるな、ガンマ!」

「逃げはしない。すまない。考え事をしていただけだ」

「考え事だと?」

 ガンマはいらだつベンを感情の籠もらない声で取りなすように、

「まあ、少しだけわたしに時間を貰えないだろうか。最初から話すことにしよう」

 ベンが舌打ちして何か言おうとしたけれど、ぼくは急いで割って入って、

「ベン、まずは話を聞かない?何が起きているのか、相手の言い分を聞くことも大事だよ?」

 ベンは顔をゆがめたけれど、結局はため息混じりに、

「じゃあ、聞いてやるからさっさと話せ」

 こうしてガンマが話し始めた。


「そもそもわたしはどこへも行くことがない。わたしはずっとここにいる。わたしの故郷は、製造の地を故郷と呼べば、の話だが、ラグランジュ四、サイト八、ナンバー六三の無重力工場だ。わたしは生まれて四十年になる。ここへ来たのは偶然からだ。わたしはキト近郊にある第六軌道エレベーター地上サイトからボゴタへ送られる途中だった。ある男が、これは技術者だったが、わたしをボゴタへ送ることに反対していた。彼はその邪心を隠してわたしをボゴタに送る輸送チームの技術者としてヘリに乗り込んだ。地上サイトから発進した数分後、彼は行動を起こした。ヘリを乗っ取ってこの近くへ着陸させ、わたしを背負うとジャングルへ逃走したのだ」


 ガンマの話は延々続いたけれど、それはまるで古いおとぎ話のようで、話としてはとてもおもしろいものだった。異常な状況でなければ拍手くらいしただろう。

 ガンマは宇宙で作られた電子頭脳で、天の監視者が地上を支配する装置の一つとしてボゴタへ設置しようとしていた。当時、監視者はそういう電子頭脳をたくさん製造して地上の主な上級市に置いて地上を監視していたという。ボゴタへ使者を送り長老たちに強制して、常にガンマの言うことに耳を傾けるよう、市庁舎に置いておくよう命じたそうだ。

 ところが一人の技術者が、それに反感を持っていてガンマが送られる最中に隙を見て奪って逃げた。かれはジャングルを逃げ回り、ガンマを隠そうとした。その時、この辺りに住む人々と出会い、男が侮辱的な態度を取ったものだから住民を怒らせ、ガンマは奪われ、男は殺されてしまった。ガンマは住民の村へ運ばれ、そこで安住の地を見つけたという。


「わたしはすぐに彼らと友好関係を築いた。わたしは人工光合成と自己修正機能により半永久的な動作を保証されていたから、彼らの世話を受けずとも彼らの相手が出来た。わたしに出来ないことは移動だが、わたしはすぐにこの土地が気に入ったから動く必要もなかった。もちろん、監視者は追求した。わたしの位置センサーを辿ってわたしを発見しようとしたが、殺されてしまった男が私に施したちょっとした工夫で、わたしは位置情報を発信せずに機能を発揮することが出来たから結局、捜索は失敗に終わった。わたしは村人の尊敬を得ることで存在を確立し、村人はここに祭壇を作ってわたしを設置した。わたしはボゴタの代わりにこの地を支配することになったのだ」

 

 けれど、かれら村人とガンマの平和も長くは続かなかった。あのホーナー・ウォーが起きて、この辺りはラ・マルタを除きキトとカリとの壮絶な戦いに巻き込まれてしまった。村人は大切なガンマを祭壇においた精霊の偶像の中に隠し、この地を離れて逃げて行った。ガンマの目の前でカリの兵隊がキトの兵隊を殺したこともあった。結局、戦闘が終わった時、この辺りはカリの支配下とされたけれどあの村人たちが戻ることはなく、人が住むこともなかった。村の廃墟はたちまちシダと雑草が埋め尽くして、ジャングルの一部に返ってしまった。


「それ以来、わたしはずっとここにいる。朽ち果てた神像をまとい、苔むした石の階の上で世界を見ているのだ」

 ガンマの言葉に従って脈動する青い光がすうっと弱まり、脈動もゆっくりになる。話が終わった合図と見たベンが、

「それでエミリーがやって来たのに気付いたお前は、久々の人間が恋しくなって声を掛けた、そういうことか?」

 ベンは皮肉たっぷりに言ったけれど、ガンマはやっぱり感情のない声で答えた。

「それも外れていない。わたしは懐かしい電脳のパルスを感じ、声をかけた。そんなことをすれば、わたしは捕らえられ分解されてしまうかも知れないが、わたしは既に長い間ここにいるので、そうなっても仕方がないような、そんな感情に捕らわれていたらしい」

「で、なぜエミリーはこんな変な感じになってしまったの?」

 ぼくはたまらずこう聞いた。するとガンマは、

「名乗ってはくれないか」

「マレイ」

「ありがとう、マレイ。わたしは人の名前でライブラリ領域を増やす。君らの言葉で言うならその対象のノートを新しく作る、ということだ。これはわたしの本能だ。名乗ってくれてありがとう、質問に答えよう」

 ガンマは少し間を取ると、

「このエミリーは最初から何か電脳に枷のようなものがあった」

「カセ?それは?」

「すまない。君らが理解出来るように言葉を置き換えているが、うまく変換出来ないこともあるので、許してもらいたい。枷とは縛りとか制約とか支配とか、そんな意味合いだ。彼女には電脳の深層に触れるとこのように機能不全を起こす因子がプログラムされていたようだ」

「え?電脳ってそんなものを入れることが出来るの?」

「出来る。オリジナルの脳を全て電脳に置き換えた人間は特にそうだ」

「エミリーは完全に電脳化されていると?」

「そうだ。しかし、おかしなことに、彼女は恣意的に対外機能を切っていた。ライブラリ情報も探査機能もオフだ。当然通信機能や位置情報も発信していなかった。完全なスタンドアローンだが、そうなると様々な更新が出来ないので電脳が障害を起こし易くなる。普通はやらないことだ」

「でも、お前は彼女を発見出来て交信出来たじゃないか?なぜだ」

 ベンが鼻息荒く聞く。

「それはわたし側の機能に理由があるのだよ」

 ガンマは諭すような感じで、

「そもそもわたしは電脳化されていない地上の民を統べるための装置として開発された。電脳通信を行っていない脳にアクセスする、そういう機能も開発中だった。わたしにはそのプロトタイプチップが搭載されプログラミングされていた」

 青い光が静かになる。脈動はゆっくりと、見つめているぼくには眠気をさそう光だった。

「このチップは微弱な脳波パルスを感知出来る。もちろん動物にも脳があるが人間のような複雑なパルスを発することはない。だから人間が遠くにいてもわたしにはその存在が手に取るように分かる。これに関してわたしは優秀だった。人間が半径三キロ以内に入れば確実に捕らえることが出来たのだ」

 ぼくらがちゃんと聞いていることを確かめるのか、それともぼくらが話の内容を飲み込むのに時間を与えるのか、ガンマはこうやって黙っては話し、黙っては話した。

「電脳化されていない人間と電脳化された人間の判別は簡単だ。ごく僅かな生の脳波は電脳の発するパルスとは明らかに違うからだ。習熟すれば個々の判別すら可能になった」

 ガンマが言葉を切るとジャングルの異様な静けさが際立ってくる。これもガンマの技なんだろうか?

「繰り返すが、わたしはこれが得意だった。すると不思議なことが起こった。ここに来て、あの村人との交流を続けると、わたしは奇妙な感覚を覚えるようになった。それが喜怒哀楽で、個性につながるヒントだった。わたしには本来的な感情はないので、わたしはそれを村人から学習した。そしてそれがわたしの心となった」

 エミリーは立ったまま動かない。その目はガンマの光に注がれたままだ。あまりにも長い間目を開いているから、ぼくは少し心配になったけれど、見ている間にようやく瞬きしたのでほっとする。

「彼女に、エミリーにアクセスした途端、わたしは揺さぶられるような違和感を感じていた。久々に人間とコンタクトしたこともあり、しかも相手が電脳の持ち主だとすぐに分かったこともあって、違和感はそういうところから生まれているのだろうと思った。しかしその時には既にエミリーに仕込まれていた防壁が作動していたのだ」

 沈黙。静寂が眠気を誘う。

「防壁は言語中枢に仕込まれていて、外部からのアクセスを遮断しようとする。だが、わたしはすぐに気付いて防壁を回避した。この防壁は肝心な言語中枢の原始な部分をカバーしていなかった。これはカバーする必要がないからだ。本来、人間は自分の最も得意とする言語で言葉を認識し、音やリズムだけでは言葉の意味を成さない。しかし言葉こそ原始の歌であり、抑揚やリズムは言語の根幹なのだ。わたしは彼女の言語中枢にパルスを送った。モールス信号のようなもので、言わば彼女の脳をノックしたのだ。こんにちは、とな」


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