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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
ラ・マルタ
23/41

22

 エレベーターを降りると、そこは入り口の部屋と同じくらい大きな部屋で、同じように家具はなく、同じシャンデリアが眩しく輝いていた。

「こちらへ」

 女の子の案内で廊下へ出ると、そこは両側が吹き抜けとなった空中回廊で、向かい側に立つ左側の塔に向かうものだと分かる。この高さは圧巻で、ぼくの胸まである壁の向こうは本物の星空と空中街の夜景が競うように広がっていた。

 もうひとつの塔「西塔」はそれまでの東塔と違いは感じられず、再びシャンデリアの部屋がありその先に廊下が伸びている。ただし、こちらの部屋には壁沿いに籐で編んだベンチが並んでいて、ぼくの目にはボゴタで見た舞踏会場のように思えた。


 女の子は廊下の先にあるこれも大きな両開きの扉を軽くノックし、返事を待たずに押し開く。そしてぼくらに中へ進むよう誘う。

 中に入ると、そこは雰囲気ががらりと変わり、コルクの壁と竹の天井、ランプの炎がたくさんの観葉植物を照らし出す幻想的な部屋だった。

「ようこそ、ラ・マルタへ」

 待っていたのは、縦にも横にも大きなまるまると太った人物だった。真っ赤なポロシャツに白い短パン姿、まるで白髪混じりの体毛で覆われたゴリラのようで、大きな赤ら顔は絵本のサンタクロースそっくりだった。

「よく来たな。ここの市長をしとるギャラガーという者だ」

 声も体の大きさに似合って、太くかすれている。

「名乗ってはくれんか?」

「エミリーです」

「マレイといいます」

「ベン、です」

 ぼくらがもごもごと名乗ると、

「さあさあ、立ち話でもあるまい。座りなさい」


 女の子はいつの間にか消えていて、そこには市長しかいなかった。

 ぼくらは籐で編んだ涼しげなベンチに座り、ギャラガー市長は向かいの揺り椅子に座る。するとあの娘が再び現れ、木の盆に乗せた飲み物を運んで来て、それぞれの前にコルクのコースターとアルミのコップを置くと、ぼくらと目線を合わせずに立ち去った。それを目で追っていた市長は、

「あの子は十日後にカリシティに行くことになってな。そういう子はわしのところで上級市の風習や作法を教えることになっている。向こうへ行っても恥ずかしくないようにな。何せこんな木の上とあの街じゃ何もかも違っているからね」

 カリシティという言葉にベンが反応し、もぞもぞと座り直す。ぼくも少し体を堅くした。エミリーは、エミリーだった。

 そんなぼくらの様子を見て、市長は察したらしい。

「心配するな。お前さんたちをカリシティに突き出したりはせんよ。お見受けするところ、どうやら上級市を避けているみたいだしな」

 市長はそういうとしわがれ声で笑った。

「うちの者は手荒なまねはしなかっただろうね?」

 三人顔を見合わせた後でエミリーが、

「いいえ。捕まったと言うだけで、何もされていません」

 市長は満面に笑みを浮かべ頷きながら、

「それはよかった。だが、驚かせて済まなかったね。この街では周辺警備はしっかりやらんとひどい目に遭うと昔から言われているんでな。道路の検問から入らず、森をうろつかれると警備の人間が過剰に反応するんだ。泥棒や密猟者が時たま現れるし、もっとひどいことになった過去もあるから、まあ許してもらいたい」

 市長はそこで大きな両手を広げると、

「まあ、楽にしなさい。そいつに毒を盛るなんか姑息なこともせんからね」

 そういいながら市長は自分の飲み物をぐいぐいと飲む。ベンが意を決して口に付けたのを見て、ぼくも一口含んでみる。少し黄色の濁った液体は、飲んだ瞬間舌をヒリッとさせた。何かの果実酒だった。

 サンマルティンではお祭りの時や交換市で酒が振る舞われていた。子供も十歳を越えれば飲んでも良いが、大量に飲むと叱られる。その時の酒は大人が飲む強いラム酒を水や果汁で割ったものだったが、このお酒はフルーツの甘い香りとトロッとした口当たりがとてもおいしく感じられた。それに冷たく冷やしてあったから、思わず半分ほど一気に飲んでしまう。

「うまいだろう?うちの村の特産品だ。こいつはよく売れるから大切な収入源なんだよ」

 市長は自慢げに言うと、カップと一緒に女の子が持って来た銅のポットからぼくとベンのコップにおかわりを注ぐ。エミリーは手を出していなかったが、市長は何も言わなかった。

「わしらのことは知っていたかね?」

「ええ、知っていました」

 先手を取ってエミリーが即答する。

「そうか。そちらの、えー、ベン君は?」

 ベンはちょっとの間考えて、

「交換市で酒や藤の籠やレースの刺繍を売っていますね?」

「そうそう。うちらの商人が各地に行商に行く。どこの市で見たんだね?」

「サンマルティン。ボゴタの南、アマゾン海沿いの村で」

「ほう。随分遠いな。そこから歩いて来たのかね?」

「まあ……」

 ベンが口ごもると市長は大きく頷いて、

「無理に話す必要はない。大体のところは分かっているからな」

 訳知り顔で話を変える。

「エミリーさんとやら。わしらのことをなんと呼ぶのかね?」

「キャノピー族、と呼んでいるのを聞いたことがあります」

 再び市長は大きく頷いた。

「あんたらは『キャノピー』と呼ぶが、わしらは自分たちのことを『ラ・マルタの天井人』と呼ぶ。へんてこな暮らしぶりだろう?最初は誰もがそう思うが、こうして木々の上で暮らしていると、この生活も悪くはない。こんな暮らしが始まったのは、あの大破壊の日が原因だ」


 キャノピーは種族ではなく、元々このジャングルの周辺で暮らしていた人たちが集まって出来た集団だった。

 大破壊の日を境に太平洋沿岸とブラジル側のジャングルが水没し始め、元はアンデス山脈の懐にある高地だったこの場所へ人々が避難した。やがて例の疫病が流行り、人々がバタバタ倒れて行く中、わらをもつかむ思いで一組の家族が高い木の天辺に家を造り、そこで暮らし始める。単に運が良かっただけかも知れなかったけれど、その家族は女性を含めて全員生き残り、それを伝え聞いた人たちがまねを始めた。木の上で暮らせば疫病を避けられる。そんな噂はたちまち人を引きつけて、集団はあっという間に一つの大きな村くらいになったそうだ。


「木の上は風が通る。太陽も大いに当たる。だから地上にいるより少しは病にかかり難かったのかも知れん。あの疫病のウイルスはそんなことで防げるものではないが、ここの人間はみんな木の上で生活しほとんど地上に降りなかったから生き残った、そう信じとる」

 人々は協力して木の上で家々を建て、木と木をロープで結び吊り橋の道を作った。そしてぼくらが最初に見たあのジップスライダーで移動するようになると、集落があちこちに増え、今の形になったという。


 ギャラガー市長はキャノピーの歴史をかいつまんで教えた後、細い目で天井を仰ぎながらぽつりと言った。

「名誉戦争を知っているかな」

 ぼくは学校で習った地上の歴史を思い出していた。

「監視者がホーナー・ウォーと呼ぶ上級市同士が名誉を賭けて縄張り争いをした戦いですか?」

「そうだ。あの戦争でわしらのテリトリーが確立したんだ」


 キャノピーとして生活を始めた人々は、荒廃した街々から森へと逃げて来る難民を迎えながら次第に数を増やし、それと共に樹の上の街もどんどん広がっていった。

 やがて、大破壊の日から立ち直ったカリの街が周辺の小さな村を呑み込み始めると、その兵隊たちがキャノピーの居住地区にもやって来るようになった。最初は森の産品と日用品の交換や商売で始まった交流も、やがてカリ側が自分の影響下にキャノピーを収めようとする野心を見せ始めると、様々ないざこざが起きて、それは折から始まったホーナー・ウォーの一部に発展して行った。

「まさに血で地を洗う戦争だった。お互いに何人もの人間が死んだ。カリの連中は近隣の村から兵を徴集しわしらに当たらせた。こちらも男だけでなく子供や、数少ない女まで戦争に駆り出した。結局は、わしらとだけ戦っていたわけではなかったカリ側が兵を引くことでわしらの戦争は終わった。カリとしては森に棲む変わり者の集団との際限ない戦いで得るものより、ボゴタやメデジン、それに南のキトとの戦いの方が得るものが多かったからな」

 市長がテーブルからマンゴーを取って歯で皮を剥くとガブリとかじる。大きな体をドスンと揺り椅子に預けると、フーっと息を吐いて話を続けた。

「カリは名誉戦争で得たものより失ったものが多かったと聞く。確かに支配する地域は増え、境界は画定したのかもしれん。しかし、貴重な人口を半分に減らしたそうだ。まあ、それはキトやボゴタも同じような状況だったらしいがな。とにかく、あの戦争でわしらはカリとの間で不可侵の誓いを得た。女は召し上げられるが、同じ数の子供をもらえる条件でな」

「それはぼくらの村もそうでした。ボゴタシ、いえ、ボゴタとの間で」

 ぼくのくちばしに目をきょろっとさせた市長は、

「上級市というやつはどこも同じだな。女と子供を押さえることで間接的に支配する。だが、直接支配されるよりはずっとましだ」

 そこで市長はもう一口マンゴーにかぶりつくと、エミリーを見ながら話題を変えた。

「時にあんた、どうして追われる羽目になった?」

 ぼくははっとする。市長は「あんた」とエミリーを指し、ぼくらを無視した。エミリーの正体を知っているのだろうか?

 当のエミリーは眉を寄せ、しばらく渋い顔で考えていたが、やがて、

「私は『グリーン』に属する人間です。お分かりになりますね?あなたは『帰還者』なのでしょう?」

 ぼくの緊張は一気に高まった。エミリーは自分の素性を明かすと同時に市長の素性を明かそうとしている。市長はクククっと忍び笑うと、

「なるほど、あんたの電脳は色々なささやきで満ちているようだな。もちろん『グリーン』の意味は知っとるよ。最近よく耳にするからな。言っておくが、私に秘話通信を送ろうとしても無駄だぞ。電脳通信機能は自分で壊した、地上へ来た時にな。今ではデーター機能だけ使っている。こいつは三十年来メンテもしない六十年前のポンコツだが、ラジオと辞書代わりにはなるからな」

「市長さんも監視者だったんですか?」

 ぼくの驚きに市長は小さな目をくりくりさせて、

「残念だがそうだった」

 ベンが吐息を吐きながら、

「なんで地球に戻ろうと考えたんですか?」

「何で?それが自然だと考えたからさ。後悔はしていないぞ?わしはそこの嬢ちゃんと一緒で『変異者』だ。地球に降りてもマスクや防護服を必要としない。ならば宇宙なんぞおかしな場所で暮らすより、本来いるべき所で暮らすのべきだと考えた。あの時代はまだ地球への帰還も申請一本で出来たからな。宇宙で得た知識や技術を伝えない。帰還した人間であることを証さない。人口五万以上の都市では暮らさない。後、ごちゃごちゃと誓約させられたら、軌道エレベーターでぽい、さ。上にも自由な時代があったもんだ」

 市長は懐かしむように竹の天井を見上げると、

「ここの連中は外からの人間を拒絶せず、和を乱さない限り受け入れてくれる。ここの一員になるにはここの暮らしと仕切たりに慣れねばならんが、どこかよその村で仲間に入ろうとするよりは、よほど容易いんじゃないだろうか。わしも流れ者の一人としてここに来たが、差別や拒絶されたことはない。天が怒らない程度に知恵を貸し、手を出し口を挟むうちにいつの間にかこの部屋で指図することになっていた。こんな落ちこぼれにも役立つことがあったらしいな。いや、本当にラ・マルタには感謝しているよ」


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