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デスプエス~それから、  作者: 小田中 慎
パンアメリカンハイウェイ
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「よお、どうした?」

 運転手は身長二メートルはあろうかという大男だった。パリっと糊の利いたカーキ色のシャツにマップポケットがたくさん付いた焦げ茶のズボン姿で、捲ったシャツから丸太のような褐色の腕が二本、どちらにも紺色で描いた植物の文様が見事に彫られている。

「ヒッチハイクでフロレンシアまで向かってるの。前に乗せてくれた人にここで降ろされちゃって」

「おっと、そりゃ災難だな」

「お金がないの。これしかないって差し出したら、それじゃあここまでだって」

 エミリーはぼくが呆気に取られたほど上手に嘘を言う。運転手は強面の柄に似合わず気のよさそうな中年で、大きく頷くと、

「そう言う奴が最近増えてよ、昔は方向さえ合っていればただで乗せてやるのがおれたちのルールだったのによ。まあ、乗れや。四人か?」

「はい」

「後ろは荷物で一杯だ。四人までなら俺の後ろと横に乗れるからよ」

「ありがとうございます!」

 本当にぼくもだまされそうなくらいだ。エミリーの態度はぼくが想像する上級市にいる同世代の女の子そのままだった。

「乗せてくれるって。よかったね」

 エミリーが満面の笑みでぼくらに言う。そんな笑顔は今まで見たことがなかったから、少し見とれてしまい、このやりとりに現れた疑惑を隠してしまった。

「ありがとうございます」

 ベンが素直に言って、エミリーの手招きでトラックに近寄る。ぼくもあわてて運転手に礼を言い、ベンに続いて運転席の後ろにある狭いベンチシートに乗り込んだ。

「おい、あんちゃん、乗れよ。出発すんからよ」

 その声に外を見ると、ルックが下を向いて立ったまま動かずにいた。

「あのさ、ぼく、前から思ってたんだけど」

 言い辛そうに切り出す。

「なんだ」

 ベンが鋭く尋ねる。

「なかなか言い出せなくてさ」

 そのか細い声がいつも明るいルックらしくなく、ぼくはよく聞こうと乗ったばかりのトラックから黙って降りる。ベンも続いて降り立った。降りる際に運転手を盗み見ると、男は両手をハンドルに乗せて薄ら笑いを浮かべながら興味深げにルックを見ていた。


「何だ。言えよ」

 トラックから離れ、路肩までルックを引っ張って来たベンがもう一度尋ねる。ルックは遅れてついて来たエミリーを気にするようにしながら、ちらちらとぼくらの顔色も探った後で、ようやく決心して、

「ぼく、ボゴタシティに行くよ」

「え!」

 ぼくはびっくりして声を上げたけれど、ベンもエミリーも特に驚いた様子は見せなかったから、ちょっと恥ずかしい感じになった。そんなぼくの戸惑いを意識しつつ、ルックが続ける。

「このまま先に行けば行くほど、父さんたちと離れてしまうでしょ?ぼくは心配なんだよ。弟はまだ小さいし、あの後、どうなったのか分からないし、それに……」

「それに?」

 ベンが今度ははっとするほど優しく聞いた。ルックはそれに勇気付けられたのか後は一気に話した。

「本当にフリオが言ったように隔離されるだけなのか、ひどいことされていないのか、とても心配なんだよ。ぼくはさ、ベンやマレイのように頭が良くないし、エミリーと先に行って監視者と話しても、何をどうすれば村の人たちを助けられるのか分からないし、離れてしまったら、もう二度と会えないんじゃないか、と心配でさ、昨日辺りからそれが頭にあって、たまらない気分なんだ。ここでトラックに乗っちゃったら、もうボゴタシティへ行くのも難しくなるし、ここからなら、逆にボゴタシティへ向かうトラックに乗せてもらえるかも」

 ルックは一気に言ってしまうと、少し恥じるように肩を落とし、下を向いた。ぼくはたまらなくなって、

「ルック。ごめんね、気付かなかったよ。いいよ、行きなよ、ボゴタシティ」

「マレイは?」

 ぼくは……どうすればいいだろう?もちろん父さんや近所の人たちのことは気に掛かっている。心配なのはルックと変わらない。けれど、ぼくがボゴタシティに行っても何が出来るのか、それが問題だった。多分、捕まって、サンマルティンの人たちが集められているだろう収容キャンプに送られるだろう。そこで父さんたちに会えるかも知れない。けれど、そこで終わりだ。捕まったら村のためになることなんか何も出来ない。それに父さんは評議員だ。フリオが言っていたように、村長やホリットらと一緒に村人とは別の場所に捕まっているだろう。だから父さんたちが何とかしようとする努力を助けることすら出来ない可能性がある。だったらぼくは……

「ごめん、ルック。ぼくはエミリーと一緒に行ってみるよ。外から村のためになることを考えてみる」

 ルックは上目使いにぼくを見た後でベンを見る。

「おれも一緒だ」

 ベンはルックの視線に答えてきっぱりそう言うと、さっと手を出す。

「お偉いさんと同じことをしよう。約束だ、お互い離れても必ず村のためになることをしよう。そして必ずもう一度会おう」

 ぼくも手を出すと、ルックもおずおずと手を出し、それをベンが引っ張って三人、堅く手を握り合った。

「うん、約束だ」

 ぼくは感極まってしまって、我慢しようとしたのに涙が湧いて来た。

 手を離すと、ベンが、

「気を付けろ。油断するなよ」

 ルックはすすり泣きしながら涙目でこちらを見ると、

「幸運を祈るよ」

「ルックもね」

 ぼくも何だか本気で泣き出したい気持ちだったけれど、隣のベンが厳しい顔をしてじっとルックを見ているものだから、ぐっとこらえた。

「いつか会おう、絶対に」

 ベンがもう一度力強く言う。

「それまで、父さんたちを頼む」

 ぼくも目をこすって、

「ぼくもお願い、父さんを助けて」

 ルックは何度も頷いて、

「分かったよ。出来るだけがんばる」

 ルックは一瞬迷ってからおずおずともう一度手を差し出す。まずベンが、続いてぼくが握手をする。

「じゃあ」

 ルックはハイウェイを北へ、ボゴタシティの方角へ歩き出した。

「もういいかい。こっちはぐずぐず出来ねえんだ。こいつを明日までにカリシティまで届けなくちゃなんねえんでな」

 運転手が言うとエミリーが無言で頷き、ぼくとベンを交互に見た。

「行こう」

 ベンが言い、ぼくは次第に遠ざかるルックの後ろ姿をもう一度見てからトラックに乗り込んだ。

「行くぞ」

 運転手が言うと、クラクションをファンファンファーンと鳴らした。ぼくとベンは、それぞれの窓から顔を出して後ろを見る。トラックが動き出すと土埃が舞い上がり、こちらを振り向いて大きく手を振っていたルックの姿は一瞬で赤い埃のなかに隠れてしまった。


「さて、行き先はフロレンシアだったな?」

 運転手はルックのことは何も聞かずに黙っていて、数キロ走ってぼくらが落ち着いた頃合を測って話しかけた。

「はい。おじさまはカリシティでしたよね?」

 エミリーが例の芝居を続ける。

「おじさまは止めとくれ。ミゲルと呼んでくれねえかい、お嬢ちゃん」

「じゃあ、ミゲルさん。私のこともお嬢ちゃんではなく、エミリーで」

 運転手のミゲルはふん、と鼻で笑うと、

「じゃあ、エミリー。フロレンシアに行く分岐のとこで降ろしてやるよ。夕方になるが、泊まるとこはあるのか?」

「ないわ」

「じゃあ、その分岐の手前にある村で降ろしてやる。あの辺りなら、物騒なことも少ねえし人のいい奴が多いから、最悪軒下くらい借りられるだろうよ」

「ありがとう、ミゲルさん」

「エミリーたちはどうしてヒッチハイクなんかやってるんだ?」

 エミリーはさあ困ったという顔になって、

「訳ありなの。この子たち、ちょっと困ったことになっていて――」

 その後にエミリーが話したぼくらの冒険談は、思わず目を丸くするほどのものだった。ぼくはとあるボゴタシティの名家出身にされ、ベンは闇商人の息子、二人はボゴタシティに渦巻く闇の社会と表の社会との陰の戦いに巻き込まれ……

 このやりとりの間、運転手はエミリーの方を向きっ放しだったので、ぼくはヒヤヒヤした。でも、運転手の技術はすごくて、前を見ないでいても小刻みにハンドルを動かし道に開いた穴やこぶを避け、カーブを曲がって行く。この辺りの道路は緩やかなカーブが続きデコボコがきつい区間だったし、前を見ないで運転するとは真っ直ぐな道でも大したものなのに、と感心した。それに、こんな大きなトラックに乗るのは初めてだったので、こういうのを運転するって大変な技術の持ち主しか出来ないのか、と思ったくらいだった。

 しかし、ベンの考えは全く違っていた。それは突然だった。

「いつまでつまんないお芝居を聞いてればいいのかな?」

 ベンが二人の会話に割って入る。その右手にはフリオから奪った銃が握られていて、銃口が目の前に座るエミリーの頭に向けられていた。



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