第59話 二泊三日の修学旅行です
新幹線に乗って京都に来ました!
……なんていう修学旅行ではない、エリスランド学園秋の遠征は。当然のごとく。
なにしろ軍人を育成する士官学校である。
遠征の行き先はモンスターのいる敵地。そして遠征の目的は、騎士候補生の実戦訓練である。
一年生たちは恐怖に怯えながら、行軍し、野営し、交戦することになる。観光できるものと言えば、雄大な大自然と人知れず朽ちた遺跡くらいのもの。春の「遠足」など比べものにならないようなハードでシリアスなイベントなのだ。
学園あげての一大行事なので、王宮前の「聖騎士の広場」でわざわざ出陣式が行われる。
ずらりと並ぶ学園・騎士関係者。そして見物する市民。中には子供の晴れの舞台を見に来た父兄たちもいるようだった。
「なんか、例年と雰囲気が違わないかな?」
と疑問を呈したのは、候補生たちの最上級司令官にあたる騎士団総長、アレン・ヴェルリア王子だった。
「そうですか?」
「うん、候補生たちの雰囲気……顔つきがさ」
アレン王子はぴかぴかの新米たちを眺める。もしかしたら、候補生たちの成長具合を危惧しているのかもしれない。
「ご安心下さい、サー」
私は候補生代表として司令官の前に出て敬礼する。
「殿下の犬どもは存分に牙をといでいます。いつでも獲物の喉笛に食らいつくことができるでしょう」
「騎士候補生は猟犬じゃないんだけどなあ」
「同じようなものです。殿下がお命じ下されば、全力で飛びかかって、確実に息の根を止めます」
私は保証した。
今年の一年生は鍛え上げられている。
数名のレベル3をのぞき、全員がレベル4以上である。
平均で言うとレベル5~6くらいにはなるだろうか。トップグループはレベル10を超えており、さらにその上にプリムチームがいる。そして、頂点にあるのがもちろんこのキャプテン・リリーだ。ずばりレベル23。
二年生チームで最強のマリスさんが今年の一学期の時点でレベル14だったというと、どれだけ強いかがわかるだろうか。
自慢なのは、この兵隊たちがチームとして戦う経験を積んでいることだった。6人1チームの騎士分隊として有機的に連携するのはもちろんのこと、それぞれの騎士分隊が互いに援護してモンスターと戦うこともできるのだ。
充分な自信と経験を持つエリスランドの猟犬どもはやる気に満ちあふれているようだった。ここで一戦始まってもいいといった血走った目をしている。
「正しいんだけど、なにかが違うなあ」
それでもアレス王子は候補生たちに納得がいってないようなのだ。さすが、騎士団を統括しているだけあって評価が厳しい。
「きみも少し変わったんじゃないかな?」
「そうですか?」
ティアドロップ型のサングラスにコーンパイプという出で立ちの私は首をひねる。夏からの変化と言えば、マジックアイテムを新調したくらいだが……。
「サー! キャプテン・リリー!」
部下の一人が直立不動で敬礼する。
「サーじゃなくてレディだ。どうした」
「キャプテンのおっしゃる通り、王宮の正面には守りの薄い箇所があるようです!」
「ふむ……準備をしろ」
「イエッサー!」
「レディだ!」
「ん……? どうしたのかな、黒髪の君。なにか起きるのかな?」
アレン王子はいつものように嘘くさい笑顔だった。しかし、その下の動揺のようなものに私は気づく。
「なに、ひよっこどものテストをするだけですよ、殿下」
「それは遠征でするから、ここでやる必要はないんじゃないかなあ」
「ちょっとしたデモンストレーションです。市民も見てますし、部下たちもやる気ですからね」
「やる気は午後にとっておいたらどうかな?」
「全員突撃! 王家にご挨拶しろ!」
「ウオオオオオオオオ!」
その日、アレン王子が一年生たちに跳ねられるという不祥事があったようだが、それはともかく今年の秋遠征は始まった。
■
王子が使用許可を出したということになっている大型クルーザー〈チェスの真珠号〉で遠征先まで移動する。
ゲームにおける「秋の遠征」は特殊マップ〈ファーレイク丘陵〉を訪れるイベントであるが、今年の遠征は私の進言によって、目的地が変更になった。場所はエリスランド学園の北東、かつてドーターたちと行った〈ミスルル廃鉱山〉の近くである。
マップ名はない。あえて言えば〈ゼーガイメルソル大山脈の入り口〉にでもなるだろうか。このあたりは普段人の入らぬ土地だ。山は豊かだが、同時にモンスターがたくさん出る危険地帯でもある。
だからこそ来たのである。
来年発生する〈大進軍〉では、〈シャドウ・ドラゴンロード〉がモンスターを率いて、エリスランド学園に攻めよせることとなる。そのモンスターがどこから来るかというと、それはおそらく、ここ。ゼーガイメルソル大山脈だ。だったら、と私は考えたのである。
あらかじめモンスターを狩っておけば、〈大進軍〉での被害を減らせるのではないか――と。
これに、国王陛下は乗った。ゼーガイメルソル大山脈で王家直々の大規模な野戦演習を行い、モンスターを討伐する計画が持ちあがったのである。今回の遠征はその第一陣だった。
今年の一年生は通年より鍛えられているとはいえ、強力なモンスターが出没したら危険ということで、教官と補佐役の二年生に加えて、現役の騎士チームが遠征に同行している。彼らは演習の下見も兼ねているとのことだ。
〈チェスの真珠号〉率いるボート船団は、昼過ぎに上陸ポイントへと到達した。
日頃の冒険で慣れている候補生たちは、ボートから下りて素早く展開し、橋頭堡を確保する。最後に私がゴムボートから上陸すると、向こうのほうで騒ぎがあった。
「なにがあった?」
「閣下にお知らせするほどのことでもありません」
部下が敬礼する。聞こえてくるのは、戦闘の喧噪であった。やがて静かになり、候補生たちが大型の野生生物を引きずってくる。これは……ワイルドボアか。
「先陣ご苦労、今夜はバーベキューだ」
私が言うと、周囲が湧いた。
「しかし、この一匹では量が足りないかもしれんな」
「ご安心を閣下。すぐに全員分揃うことでしょう」
部下がにやりと笑う。
実際、午後のうちに、ワイルドボアだけで10匹近くが狩られた。このあたりは山だけあって野生生物系のモンスターが出没しやすいようである(といってもワイルドボアは単なるでかい猪だが)。
他に目立った敵は、中ボス格の〈イミテーション・ログ〉である。これは要するに大蛇で、プリムチームがマリスさんたちの助けを借りて仕留めた。さすがに蛇は食べる気にならないが、話によるとけっこう美味しいらしい。空を飛ぶ巨大なモンスターを見たという話もあったが、詳細は不明である。
日が暮れる前に、安全地帯を確保し、高台に野営地を作る。単なる学生のキャンプに見えるかもしれないが、いつ危険なモンスターが出るともしれないので、交替で不寝番が立つ。
その日の夜は、宣言通り、バーベキューである。大量の猪を血抜きしてさばくので、けっこう匂いがキツかった。あちこちで肉が解体され、川に血が流される。これがホラー映画だったら、チェーンソー片手にキャンプ場を訪れたマスクの怪人が恐怖のあまり逃げていったことだろう。
「リリーさんのところだけ、なにかノリが違いませんか?」
なんて声をかけてきたのは、マリスさんだった。今回、一年生を補佐するために来た二年生は彼女たちなのだ。ちなみに一年生代表として私が率いているのは全体の三分の一ほどであった。
「フ、さすがリリーだ。ガキどもをよく鍛え上げた」
と、褒めてくれたのは根暗男こと、キリル・デミトフくんである。彼の家系は代々優秀な武人を排出しているそうで、軍事面には一家言あるのかもしれない。
その日の夜は、たいした騒ぎもなく過ぎた。モンスターは出たようだが、見張りたちが独力できっちり処理している。
さて、翌日である。今日が遠征の本番だ。目の前にそびえる高い山に踏み込む。当然、登山道なんて便利なモノはないから、藪の中に分け入るわけである。紅葉の季節だというのに、森は鬱蒼としていた。このあたりは常緑樹が多いのだろうか。
「リリー。それで、どうやって山狩りするんだ」
と、話し掛けてきたのはセナくんであった。
「俺様が先頭に立つ」
頼んでもないのに金髪くんが出張ってくる。
「そうですね。モンスターが出るわけですから、我々が行くべきでしょう」
眼鏡くんも調子に乗っているようだった。もしかしたら、ちょっとばかりレベルを上げすぎたかもしれない。
「あなたたちはここで留守番よ?」
「なんでだよ!?」
金髪くんの突っ込みリアクションタイムはなかなか早かった。
「馬鹿ねぇ。山は広いんだから、みんなで探索しないと駄目でしょ」
特定のチームを前に出しても、探索する範囲が狭くなるだけである。
「じゃあ分散していくのか?」
「2チームだけ手元に残すわ」
エリアチームとプリムチームである。
「後の全員で山を捜索する」
「残った2チームはなにをするんだ?」
「魔物が出たら、戦闘部隊として派遣する」
「ああ……他の奴らを斥候にして、強いモンスターが出たら出動するような形にするのか」
セナくんは私の言わんとするところを察してくれたようだった。
「そういうこと。効率的だし、全員が参加できるでしょ?」
「さすが、リリー様。思ったよりまともな作戦で驚きました」
「どういう意味よ!」
というわけで、作戦が決行される。エリアチームとプリムチームが本部に残るわけだが――
「リリーさん、沢にヤバそうなモンスターがいます!」
早速、先遣隊から報告が入った。
「よし、プリム、仕留めてきなさい」
「了解!」
戦闘力に優れるプリムチームが出陣していく。それからしばらくして、
「岩が! 岩が襲ってくる!」
と、救援要請が入る。
「エリアチーム出動!」
「わかりました!」
と、走り出す。
まだ山に入ってそんなに経ってないわけだが、大騒ぎである。ここにはいったいどれだけのモンスターがいるんだろう。
「リリーさん、来て! いやーっ!」
そんなことを考えているまもなく、悲鳴のような声が届く。またか。戦力として派遣するメンバーは――もういない! 本部に残されたのはただ一人。こりゃ、私の出番か!
「どうれー」
気分は時代劇の用心棒だ。
現場に急ぐべく、山の中を走るのだがいっこうにペースは上がらない。足下がでこぼこしている上に斜面なのである。うーん、本部から援軍を派遣するというプランは無理があったかもしれない。うまくいくと思ったんだけどなあ……
なんとかたどり着いた現場は死屍累々だった。いや、まだ誰も死んでないけど。
林のあいだで、巨大なモンスターが暴れている。これは――
「〈アース・ドラゴン〉」
私はモンスター名をつぶやいた。
そう、ドラゴンなのである。この世界最強のあのドラゴン。名前だけは。
まあ、なんというか……。ドラゴンといえばドラゴンっぽいやつではある。ほら、どことなく全体のフォルムがトカゲに似ていなくもないでしょう? でもね……それよりも四本足の哺乳類に近いようにも見えるのだ。ごつい爪を持った巨大ネズミとでも言えば、想像できるかもしれない。
えー、つまりですな。
〈アース・ドラゴン〉とは土竜なのである。「土竜」と書いて「もぐら」と読む。なんとなくドラゴンっぽいシルエットの巨大モグラ。それがこのボス級モンスター〈アース・ドラゴン〉の正体だった。モグラ嫌いの農民を連れてきたら瞬殺してくれたかもしれないね。
候補生たちが〈アース・ドラゴン〉の爪に蹂躙され、跳ね飛ばされる。名前はアレだが、さすがにボス級だけあって、レベル5~6程度では太刀打ちできないモンスターだ。
私は走りながら剣を抜く。【濡烏】の刃が瞬時に広がる影と化す。食らえ、〈シャドウ・スラッシュ〉!
一太刀浴びた〈アース・ドラゴン〉が大きく身をよじる。
「リリーさん!?」
息も絶え絶えの候補生が顔を上げる。
「待たせたわね」
みんなのピンチに超格好良く登場したヒーロー。リリーさんであった。といっても、リリーさん一人じゃボスと戦うの厳しいんですけど。
「――前衛下がって、後衛援護して!」
「後衛、もう回復できません! ポーションもエリクサーも使い切りました!」
マジかよ。
そんなやりとりをしているうちに、〈アース・ドラゴン〉が地面に指を突っ込む。これはまずい。
「総員、全力で後退!」
土が雪崩のように押し寄せた。巨大モグラの特殊攻撃〈土石流〉だ。全員攻撃なのだが、幸いにして後退が間に合い。巻き込まれたのは私だけだった。
「ぎゃー」
制服が汚れた。
そこに〈アース・ドラゴン〉が追い打ちを仕掛ける。のしかかるような爪攻撃。くっ、躱せない。
私ははじき飛ばされ、地面に転がる。〈アース・ドラゴン〉はとどめとばかりに、もう一度爪攻撃。
これは横に転がりながら〈回避〉し、そのまま立ち上がる。
「くっ」
一撃受けてしまった。HP減少はどれくらいだろうか。レベルが23あるから最大HPはそれなりに自信があるわけだが……
ええい、反撃の〈シャドウ・スラッシュ〉!
正面から食らった〈アース・ドラゴン〉がのけぞる。しかし、相手が1ターンに2回攻撃してくるのに比して、こっちは1回しか攻撃できない。リリーさん得意のアイテムを〈投げる〉絡め手も1対1では無意味である。
そうなのだ。
ボスと1対1。
独力でこいつを倒さねばならない。仲間は戦力を使い果たしている――前衛はHPを失い、後衛はSPを失ってる状態なのだ。
「いま助けを呼んできます!」
候補生たちが走り出す。
援軍が必要であった。
だが……助けは間に合うのだろうか?




