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プロローグ

 人は誰しも高い壁に突き当たるものであり、それをどう乗り越えていくかで、人生が決まる。


 だとすると、私の人生はどう表現されることになるのだろうか。


 私は、どう目の前の壁を越えていくべきなのだろうか。


 口さがない人たちはこんなことを言うかもしれない――どうせおまえのことだから、あらかじめ壁を登るハシゴでも用意するのだろう。あるいは壁を迂回していくに違いない。場合によっては壁を爆破するんじゃないか――なんて風にね。


 そういった解決法も悪くないと思う。正面から障害に挑むのだけが人生ではない。必要に応じて頭を使ったり、時には卑怯な手を使うのだっていいだろう。


 だが、それはあくまでそれが許されるときの話。本当に自力で乗り越えないとならない壁があったとしたら、どうすればいいのだろうか。


 それはまさにいま、私の目の前に立ちふさがっている。


 大きさは、私の身長より少し低いくらい。


 1.5メートルほどの木製の壁。


「リリーさん、がんばって!」


 仲間の声援が飛んだ。


 あ、もちろん「壁」って、比喩的なたとえとかじゃなくて、物理的(リアル)な壁のことです。だって、いまは体育の授業中だから。訓練用の障害物コースを進んでいるところだから!


 最初の難関がこの壁だった。これを乗り越えないと、次へは進めない。


 運動神経のいい人には信じられないかもしれないが、私のようなインドア系女子にとって、自分の高さほどの壁を越えるというのは、マッチョでハゲでヒゲのおじさまを探すより難しいことである。


 こういうのを得意としている、たとえばセナくんや金髪くんなんかはまるで猿のようにひょいっと登る。壁に飛びついた時点でほぼ登り切っているほどの身軽さだ。いかにも運動のできる男子。初日の時点で初心者コースに飽きて、上級者コースを飛び回っていたほどである。


 他にも、眼鏡くんとレインくんは高身長を活かして簡単に乗り越える。マルグレーテ、プリムも全身の力でよじ登る。私とエリア? まず登れないよ、これまで乗り越えるのに成功したのは、せいぜい一回か二回程度。そうなのだが――そろそろこの壁を克服する時期なんじゃないだろうか?


 私は意を決して、壁に手をかける。壁は厚みがあるので握力を使いづらい。反動を付けてジャンプ、思いっきり飛びつく。しかし……低かった。身体は上がらない。


「リリーさん、足をかけて!」


 マルグレーテのアドバイスを受けて、もう一度チャレンジ。ジャンプして壁に足をかけようとするがうまくいかない。やはり上半身の力を使わねばならないだろうか。


 飛びついてなんとか肘がかかる状態にまで持っていき、身体を持ち上げる。胸のあたりまで持ち上がった。あともう一息だ。ここで休んではいけない。思いっきり両手を突っ張る。上半身が壁を越えた。前に倒れた私は布団を干しているような状態となる。


「やった!」


 見物人から声が上がった。


 ここまで来たら、余裕だ。私は壁に足をかけようとして、前のめりに落ちた。何とか反転して、お尻から着地。不格好だが高い壁を越える。これが私の人生だろうか? まあ壁の登り方くらいで人生を語れるわけがないんだけど。


 喜んでる暇なんてなかった。このコースではタイムを計っているのだ。私は次の障害物に飛び込んだ。泥の中の匍匐前進である。腰の高さほどのところに網が張ってあり、立って進むことができないようになっている。ラウル先生に習ったやり方で這いずってクリア。体操服が泥だらけになったが、体力を必要としないのでむしろ簡単な障害だった。


 最後は3メートルの高さの坂である。ロープが垂れ下がっているのでこれを使って登る。上まで行ったら、その先は断崖絶壁、垂直の壁である。落ちないように、ロープを使って下りる。それでようやく初心者コース全クリアとなる。


「タイム、61.5秒!」


 ストップウォッチ片手にラウル先生が叫んだ。直後に歓声が上がる。


「やりましたわね、リリーさん」


 と、笑顔なのは、体育の授業に参加していないのに、制服姿でわざわざ見に来てくれたマルグレーテである。


 ひどいタイムだが初めてのコースクリアだった。喜ぶ私はマルグレーテに抱きつく。


「やめて!」


 蹴られて跳ね返された。どうやら、私が泥まみれなのがお気に召さなかったらしい。じゃあ、エリアだ! こっちは体操服だからいいよね!


「ぎゃー!」


 意図を察したエリアが悲鳴を上げた。鈍くさい彼女は逃げることができない。しかし、姫君にはナイトがついていたのである。


「エリアは俺が守る……」


 と、音もなく私とエリアの間に入ったのはレインくんだった。そのまま我が身を犠牲にして、エリアの体操服を守るのかと思ったら違った。有効な盾を捕まえて押し出したのだ。


「へっ、黒髪のやつ、1分切ることもできないのかよ」


「こんなタイムで喜ぶとは、しょせんお姫様のお遊びですね」


 生意気なその言葉は金髪くんと眼鏡くんだった。仕方がない、そこにダイレクトアタック!


「俺様なんか初挑戦で30……ぐべっ!?」


「こんなようでは上級コ……ぐぼっ!?」


 ダブルラリアットだった。二人とも制服じゃないのが残念である。そのまま、のがさず、二人の肩を抱き寄せ、引きずる。


「なにするんだ、離せ!」


「リリー様、どこへ!?」


 楽しくなりすぎた私は匍匐前進のところの泥に飛び込みたい気分になったのである。


「行くわよ!」


「うわっ、やめろ!」


 と、まとめてダイブ。こう表現すると、まるで三人で仲良く泥の中に飛び込んだように思えるかもしれないが、直前でこれ以上汚れる必要がないことに気がつき、金髪くんと眼鏡くんだけを放り込んだ。ばっちゃーんと見事に泥のしぶきがあがった。すがすがしい気分であった。


「まったくやりたい放題だな……」


 腕を組んで呆れているのは、やはり見物に来ていた制服姿のセナくんだった。彼は要領がいいので、私の被害にあわないよういつでも逃げられる位置にいる。だが、追いかける!


「馬鹿、やめろよ!」


 セナくんのほうが圧倒的に早いのだが、それでもまだ追う! 楽しい。走っていると楽しい。私は初めての障害物クリアでテンションが上がっているのだ。


             ■


 それは調子っぱずれな鼻歌であった。


「フンフン、冒険、冒険~~♪ 敵を倒して、お宝回収~~♪」


 歌も歌詞も本当にひどい。誰だよ歌ってるの。


 ……あ、私だった。


 作詞リリー、作曲リリー、歌リリーの『ザ・ソング・オブ・アドベンチャー』である。


 体育の授業後、寮に戻る道すがら、学生証のスケジュール機能で冒険の予定を眺めていたら、そんなのが自然と出てしまったのだ。


「リリーさん、ご機嫌ですね」


 エリアは私につられてにこにこしている。


「夏休みの予定ですか?」


「そうよ。七月中に〈北の大氷原〉でレベル上げて、〈ピックレー火山〉でアイテム拾い。八月には、〈ケストラルの水上都市〉を攻略する!」


 私は明日に向かって指さした。


「そうなんですか、楽しんできてくださいね」


「おう! 楽しんで……ってあなたも来るのよ!」


 ノリツッコミであった。正確には乗ったつもりはなかったのに、突然エリアがボケるからそんな形になった。


 みんなで冒険するのだ。私とエリアとマルグレーテに加えて、他に何人か。みんなでレベルを上げてお宝をゲットして帰ってくるのだ。


「私は……行けませんよ?」


「は?」


 エリアの言葉を聞いて私は止まった。ちょっと意味が理解できない。いま――エリアはなんと言ったんだ?


「夏休みは故郷の村に帰るんですよ。だから冒険には行けません」


学生証・表面


 王国歴257年 7月11日(火) 15時07分


 氏名 リリー

 年齢 20

 階級 候補生(一年生)

 所持金 342077クラウン




学生証・裏面


 リリー

 レベル 10

 名声 122

 HP 70/70

 SP 73/73

 スタミナ 81


 体力 50

 知力 61


 剣術レベル 7

 魔術レベル 6

 信仰レベル 3


 スキル 疲労回復 LV.2

     リジェネレーション LV.2

     投げる LV.3

     指揮統制 LV.3

     シャドウ・スラッシュ LV.3

     コールド・ブレード LV.1

     ブレイズ・ブレード LV.1

     回避 LV.1

     強打 LV.1

     軽業 LV.1

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