S008 トミー立志編 (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
トーヤ君からショベルの作製を提案される。
上手く作ることができれば、鍛冶師へ弟子入りできるかも知れないとのこと。
翌朝、トーヤ君に指定された街中央の広場で待っていると、しばらくしてトーヤ君がやって来た。
「おはよう。待たせたか?」
「いいえ、それほどは。トーヤ君たちは大体このくらいの時間に仕事を始めるんですか?」
「仕事自体はそうだな。今日は諸般の事情で休みだが」
「……仕事自体は?」
「もちろん、起きるのはもっと前だぞ? 朝起きて1、2時間ほど訓練、朝食を食べて仕事。夕方前に街に戻って、夕食まで訓練。食事をしたら寝る、って感じだな」
「えっと、それは皆さん同じなんですか?」
「概ねそんな感じだな。ナオやハルカは夕食後も魔法の訓練をしたりしてるが、オレは魔法が使えないから、夕食後はあまりやらないな。暗くなって宿の庭で訓練してると迷惑だろうし」
僕、朝起きて朝食を食べたらすぐにここに来たんだけど。
『トーヤ君、来るの遅いなぁ』とかちょっと考えてしまってごめんなさい。
僕よりよっぽど真面目にやってたよ。
「それじゃ行くか。こっちだぜ」
「あ、はい」
トーヤ君に連れられてやって来たのは、大通りから一本道を入ったところにある武器屋。
出迎えてくれたのは、筋肉質の中年男性だった。
「おう、トーヤ、そいつが紹介したいヤツか?」
「おはようございます」
「おはよう、ガンツさん。そう、真面目なヤツだからよろしく頼むよ」
「そいつは結果次第だな。おい、トミーつったか?」
「はい、よろしくお願いします」
「俺は見ての通り人間だが、問題ないのか?」
「? はい、弟子にして頂けるのであれば、まったくありません」
やっぱり、種族間の問題とかあるのかな?
僕の場合、そもそもドワーフに出会ったことがないから、それ以前の問題なんだけど。
「ふむ、そうか。まあ良い。頑張ってみろ。結果次第で考えてやる」
「ありがとうございます!」
「詳しいことはトーヤに話してある。まぁ、やってみろ」
「はい!」
「それじゃトミー行くぞ。ガンツさん、お借りしますね」
「おう、下手なことしたら迷惑料込みで請求するからな! ハルカの方に」
「ガンツさん、信用してくれよ~。そんなことされたら形無しじゃないか」
「はっはっは、きちんと使えば問題ないんだ。精々女に迷惑かけんじゃねぇぞ!」
「オレの女じゃねぇし!」
そんな気安い言い合いを聞きながらトーヤ君に連れられて店の奥に進むと、そこには僕のイメージするような鍛冶場が存在していた。
「スキルで何となく使い方が解るかも知れないが、一応説明しておくぞ? 壊したりしてハルカに請求を回されたら、シャレにならんから」
「は、はい!」
僕なんかすでに借金状態だしね。
トーヤ君の話を聞き逃さないように、真剣に聞く。
「――そんな感じだ。ま、そう難しくは無いだろ?」
「そうですね。製鉄自体はここではしないんですか?」
「鉄の状態で買うみたいだな。まぁ、鉄鉱石から鉄を取り出す場合、大規模にする方が効率的だろうからなぁ。普通に考えれば、鉄鉱石の産地付近でやるだろ」
「いや、どうでしょう? この世界に高炉があったとしても、結局は石炭を産地に運ぶ必要がありませんか?」
「石炭なら輸送コストがかかるが、魔法ならどうだ? 魔道具があって、燃料が少なくて済むなら、産地で鉄にして運ぶ方が効率的じゃないか?」
「あるんですか? そんな魔道具」
「知らん」
「えぇ~え!? ……まぁ、どちらにしても、燃料か鉄鉱石どちらかの産地で鉄にする方が良いのは確かな気がしますね」
燃料と鉄鉱石、どちらを多く使うのかは知らないから、そのへんはよく解らないけど。
原始的な塊鉄炉ぐらいなら、個人の鍛冶師でもできるかも知れないけど、そちらにしても街中でやることじゃないよね。
「さて、最初に作るのは携帯型のショベルだ」
「携帯型? ホームセンターに売っているあれじゃないんですか?」
「いやいや、段階を踏もうぜ? できれば自衛隊が使っているような折りたたみ式が欲しかったんだが……」
「いやいやいや、それ、一足飛びどころか、ワープレベルで難易度高いですよね!?」
「あ、トミーも知ってるんだ?」
「はい、まぁ、一応? 男の子ですし?」
自衛隊の使っているのは、通称円匙と呼ばれたりもする、折りたたみ式のショベル。伸ばした後はネジで固定する。
90度の状態で固定して、鍬のような形でも使えたりして高性能なんだけど、それを作るには折りたたみ機構やらネジやら難易度めちゃ高である。
「なら、旧日本軍のショベルは?」
「えーっと、ショベルの先っぽと棒でしたっけ?」
「おう、それ。それを作る」
旧日本軍はかなり単純なショベルで、簡単に言うと柄の取れたスコップの先端と木製の柄という組み合わせ。使うときに差し込んで使う。特別な仕組みは何も無い。
「構造的には単純だし、サイズも小さいから、練習には最適だろ?」
「そうですね」
「よし、それじゃやるか!」
そう言って炉の火を熾し始めるトーヤ君。
「トーヤ君も作るんですか?」
「そりゃそうだ。オレだって【鍛冶】スキル持ってるし、苦労して交渉したんだ。やらなきゃ損だろ?」
「なるほど。ですよね」
僕も手伝って火を熾し、鉄板を熱して叩く。
スキルのおかげなのか、比較的スムーズに思った形に成形できるなぁ。
トーヤ君は少し苦労しているみたいなので、このあたりがレベル差なんだろうね。
「トーヤ君、柄に使う棒はあるの?」
「あぁ、それは準備してある。これに合わせてくれ」
そう言って渡されたのは、60センチぐらいで直径3センチほどの頑丈な棒。
その大きさを測って、差し込めるように細工していく。
「大体、こんな感じだったかなぁ?」
1時間ほどでひとまず完成したので、先を軽く研いで棒を差し込んでみる。
見た目だけはショベルになったけど……。
「トーヤ君、一応できたけど」
「お、もうできたのか。さすがに才能持ちにレベル3? だったよな?」
「うん」
「そこの扉から裏庭に出られる。試してみたらどうだ?」
「わかった」
できあがったショベルを持って裏庭に出てみると、そこはガラクタなんかが置かれたこぢんまりとした場所だった。
都合よくというか何というか、その地面はかなり固い。
「よっ!」
地面に突き立て、踏み込む。
「んん? う~む」
刺さることは刺さるんだけど、踏み込んだ感覚がなんだか頼りない。
もうちょっと力を入れると、ぐにょっといってしまいそうな……。
更にぐいっと柄を倒すと、ピキッという嫌な音まで。見てみると案の定、ひびが入っている。
「これは、失敗だね……」
僕が肩を落としながら中へ戻ると、トーヤ君が声を掛けてきた。
「どうだった?」
「失敗。こんな感じ。ちょっと鉄が薄かったのかな?」
そう言って失敗作を差し出すと、それを見て、トーヤ君はふむふむと頷く。
「問題は厚みじゃなくて、形状と鍛え方じゃないか? ほらオレのと比べると中心部分のここ。柄を差し込む部分しか出っ張ってないだろ? もう少し先まで綺麗な形で伸ばすことで、梁のような構造になって強度が増すんじゃないか?」
「あぁ、なるほど……」
ちょっと違うかも知れないけど、段ボールみたいな波状になっているほうが強くなるようなものかな。
「あとは、この掬う部分の形状。ここももうちょっと工夫して……割れたと言うことは硬さよりも柔軟性を増すようにした方が良いのか?」
「トーヤ君、色々納得はできるんだけど……僕の方がスキルレベル高いよね?」
理解はできるけど、微妙に納得がいかないよ。レベル1とレベル3、しかも僕の方は素質持ちなのに。
「これはスキルレベルとは別だろ。例えば剛性80%、靱性20%の鉄が必要だとすれば、トミーはそれを的確に鍛えられると思う。それに対してオレはそれを目指しても85%の15%になるかも知れない。だけど、トミーがそれを知らなければ何の意味も無いだろ?」
「……そっか、思い浮かべた形に的確に鍛えることができても、思い浮かべた形がダメなら意味が無いのか」
「その点ではオレの記憶の方が正しいってことだな。オレの場合は、希望通りの形にするのに苦労するわけだが」
そう言いながらも形を整え終わったトーヤ君は、ショベルの先端を丁寧に研いでいく。
なんか普通に切れそうなぐらいに研いでるんだけど。ショベルってあんなに研ぐ必要がある物なの?
「多分、技術だけならお前はすぐにガンツさんを追い抜くと思う。だが、実際に鍛冶師とやっていくのに必要な内容を学ぶのは、時間がかかるんじゃないか? 変に天狗になるなよ? その時はオレが鼻を折りに来るから。ま、オレは不器用だから、鼻じゃなくて顎の骨あたりが砕けるかも知れないが」
比喩じゃなくて物理ですか!?
「わ、解ってます。僕の座右の銘は『謙虚』。今日からこれにします!」
「うん、それが良いだろうな。ウチの女性陣なら、精神の方を折りに来るから」
そういえば、ハルカさんだけじゃなくて、紫藤さんと古宮さんとも合流したんだっけ。
ハルカさんだけでもオーバーキルなのに……うん、絶対に忘れないようにしよう。
「よしっ! ちょっと歪みがある気がするが、許容範囲にするか。試してみよ」
そう言って裏庭に出て行くトーヤ君の後を付いていく。
トーヤ君は僕と同じように地面に突き立て、ぐっと踏み込み、梃子の原理で土を掘り起こす。そしてトーヤ君がショベルを持ち上げて確認。見た感じは問題無さそうだけど……。
トーヤ君も納得したように頷くと、ショベルを裏返しに地面に置いて、その上をガンガンと踏みつけ始める。
「えぇっ!? 何してるの?」
「いや、これぐらいで歪んだら不味いだろ? ハンマー……はさすがにあれか。このへんで良いか」
トーヤ君は庭の隅から一抱えほどの石を持ってくると、躊躇無くショベルの上に落とす。
がんっという音と共に石が転がる。ショベルは……大丈夫そう?
「……うん、取りあえずは大丈夫か。トミー、【筋力増強】を持っていたよな? これ、力一杯ねじってみてくれ」
「今までので問題ないなら、無理だと思うけど……ふんむっ」
対角線上を持って思いっきりねじってみるが、案の定、歪む様子もない。
「大丈夫みたいだよ」
「少しハンマーの跡が気になるが、最初の作品としては上出来か」
「いや、最初の作品で成功させるあたり、凄いと思うんだけど……」
「そんなことないだろ。オレはコピーしただけだから。初見でこの形状に行き着いたなら凄いと思うが、お手本があって、構造の理由が分かっていて、真似をするだけなんだぞ?」
その真似に失敗したスキルレベル3がここに居るわけですが。
僕の記憶力が悪いのか、トーヤ君の記憶力が良いのか。
「鉄の厚さは同じぐらい? いや、ちょっとだけ厚いかな? これ、参考にさせてもらっても良い?」
「おう、同じ形で作ればトミーの方が良い物が作れるだろ」
トーヤ君の許可がもらえたので、素直に形を真似して作ってみる。
今度は30分もかからなかったかな? ぐっと力を入れてみると、最初に作った物とは全然違って、危うさが全くない。
鉄の厚さは少ししか変えていないのに、形状と焼き入れの仕方でここまで差があるのかぁ。
試しにもう一度同じ物を作ってみると、ほぼ同じ物が更に短時間で作れてしまった。
「そのあたりはやっぱりスキル差だな」
「一度作れば同じ事をするのは問題ないんですが、最初、どういう形状にするべきかは解らないですから、スキルレベルは高くても、そこは勉強しないといけないんですね」
「それはそうだろう? ウチの連中も魔法や錬金術のスキルを取ったが、本を買ってきて毎日勉強してるぞ?」
「僕も頑張って勉強しないといけないですね」
「難点は本が高いところだよな。図書館なんて無いし」
「あ、やっぱり高いですか?」
「円換算なら、10万円以上は覚悟しないといけないな。1冊で」
「うわっ! 厳しい!」
全財産をはたいても、1冊すら買えないや。
そう考えれば、その気になれば殆どお金を掛けずに勉強できる環境、貴重だったんだなぁ。
その環境に居るときは気付かなかったけど。
「だからこその徒弟関係なんだろ。それじゃ、次は本命の通常サイズを作ろうぜ」
「はい!」









