035 ナツキ&ユキ、初陣
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
クラスメイトが結構な割合ですでに死んでいそう。
面倒なスキルも多いし、基本的にこのメンバーだけで行動する方針に。
「おっ! レーダーに感あり!」
「状況を報告せよ!」
「猪と思われる個体、2。距離、50!」
「……ナオ、トーヤ、何なの、その小芝居」
ハルカが疲れたようにため息をつく。
どうやらお気に召さなかったらしい。
「何って、言ってみたい台詞?」
「解る! むしろオレがそっちをやりたい!」
さすがトーヤ。乗ってくれただけはある。
代わってやりたいが、索敵能力は何とか俺の方が上だぜ。
ふっふっふ。
俺たちは今、少し街道から外れて森の近くを歩いていた。
昼も近くなってきたし、戦闘訓練も兼ねて「猪でも狩ろうぜ!」というトーヤの提案を受け入れた結果である。
俺としては鳥が食いたいのだが……上手く猪が狩れたら提案しよう。
「えーっと、結局、猪2匹が50メートルぐらいの所にいる、で良いの?」
「ああ。釣ってこようか?」
「そうね……1匹はトーヤ、ユキ、ナツキに任せるとして、2匹とも釣れたら、もう1匹は私とナオで相手しましょ」
「了解。あ、ナツキ、俺の槍と交換しようぜ」
「え? でも……」
俺の差し出した槍と自分の持つ槍を見比べ、戸惑った様子を見せるナツキ。
確かに値段的にはたぶん10倍以上違うからな。
「今だけな。正直、その槍だとタスク・ボアーを正面から受けたら折れる」
「でも、ナオくんもハルカと2人で戦うんですよね? そっちの方が危ないんじゃ?」
「ナツキが怪我する方が困る。それに、俺は魔法もあるからな」
「ナオくん……ありがとうございます。お借りしますね」
少し嬉しそうなナツキと槍を交換し、受け取った槍を適当な地面に突き立てて森へと向かう。
釣ることを考えると、正直、森の中での槍は邪魔になる。
俺が適当な獣道から森の中に入ると、後ろを着いてきていたハルカが脇の木に登って弓を構えた。
索敵で位置を確認しつつ近づいていくと、そこにいたのは番のタスク・ボアー。
大きい方はこれまで斃してきた中でもトップレベルに大きい。
一回り小さい方もそれなりのサイズなので、親子ではなく夫婦か?
基本的にタスク・ボアーはバカなので、挑発したらそのまま突っ込んでくるんだが、両方となると少し考えないといけない。
狙うのは一回り小さい方。
あんまり強力な攻撃をすると逃げることもあるので、使うのは通常の『火矢』。
着弾の瞬間、少し音を立てて相手が視認できる位置に躍り出る。
「ピギャァァァ」という悲鳴と「ブモモモモゥ」という怒りの声を背に一気に来た道を走る。
索敵でしっかりと後を追いかけてきているのを確認しつつ、森から飛び出し、突き立てていた槍を掴むと、トーヤたちの元へ走った。
「来るぞ!」
索敵では10メートルも差が無い。
槍を構えたナツキの横を走り抜けようとした瞬間、踏み出した俺の足の先にくぼみができる。
すっげっ!
タイミングバッチリ!
俺が敵だったらな!
「ぬぉぉぉぉぉ!!」
とっさに槍を地面に思いっきり突き、なんとか半歩足を伸ばしてくぼみを避ける。
少しバランスが崩れた身体を立て直し、後ろを向いて、そこに巨大な方の猪がいるのを確認するのとほぼ同時、「ドンッ!」という重い音と共にナツキの突きだした槍がその猪に突き立てられた。
――うわっ、的確に目を突いて、しかも槍先が後頭部から突き出てる。
即死だな、あれ。
っと、見ている場合じゃ無い。
殆ど遅れること無く森から飛び出してきたのは、矢が突き立った猪。俺が最初に『火矢』をぶつけた方の猪だ。
見ている間にも2本目の矢が突き立ったので、慌てて駆け寄り、ふらふらになっていた猪に槍で止めを刺す。
牽制程度の『火矢』と矢が2本、それだけでかなり弱っていたので一撃で終わった。
「ふぅ~~、お疲れ~~」
猪が共に動きを止め、索敵に反応が無いのを確認して、俺は大きく息を吐いた。
猪とはいえ、戦闘行為はまだまだ緊張する。
そんな俺にユキが慌てて駆け寄ってきて、頭を下げた。
「ナオ! ゴメン! あたし――」
「ああ、いや、問題ない。初めから上手く行くわけ無いだろ?」
俺は笑って、ユキの頭をポンポンと撫でて、頭を上げさせる。
実際、あの時に転けていても致命的な問題にはならなかっただろう。
捻挫ぐらいはしたかも知れないが、それはハルカが治せるし、背後に迫っていた猪にしても、トーヤがフォロー可能な範囲。
ちょっとばかしアクロバティックな行動は強いられたが、何も問題ない。
「そうそう。そのための練習なんだから」
木から下りてきたハルカも、猪から矢を回収しながら俺に同意する。
「う、うん。ごめん。でも、ありがと」
「それよりも。ユキは【解体】を覚えてもらうわよ。幸い、教材が2つも手に入ったんだから」
「うっ……頑張ります……」
少しだけ表情が引きつっているが、気丈にそう答えるユキ。
俺も初めて獲物の解体を見たときはかなりショックだったから気持ちは解る。
頑張れ。そのうち慣れるから。
俺が仕留めた猪を引きずりながらトーヤたちの所に戻ると、ナツキが猪から槍を引き抜いているところだった。
少しだけ顔色が悪いが、その手つきはしっかりとしている。
頭を貫かれた猪のは結構グロいんだが……強いな。
俺なんか、最初に仕留めたときは結構ショックだったのに。
「あ、ナオくん、槍、ありがとうございます。こっちの槍じゃなかったら、折れてたかもしれません」
「ああ。しかし、凄いな、ナツキ。あれを一突きとか」
頭を貫通させたのは槍の性能もあるだろうが、初陣であの状況、急所に対して冷静に槍を突き込む胆力はかなりのものじゃないか?
俺としては、横を通り抜けたところでナツキが攻撃し、トーヤが受け止めて止めを刺すと思っていたんだが、まさか正面から一撃で仕留めるとは。
しかも、あの巨体が突っ込んできたのに後逸させてないって事は、槍であの巨大な質量を受け止めたって事だろ?
単純な力だけじゃ無く、技術なんだろうが……マジで凄いな。さすがレベル4。
俺がエルフでナツキが人間ということを考慮し、男女差を勘案すれば、筋力的にはさほど差は無いと思うが、レベル2の俺じゃ多分無理だな。
「うぅ、あたしなんて、ナオに怪我させかけたのに……同じ初陣でこの差! 何が違うの?」
「私の場合、元の世界でも多少武術を嗜んでましたから、その点は少し差があるかも知れませんね。大丈夫ですよ、ユキも訓練すれば」
「まぁ、正直、タイミング良く落とし穴を作るってかなり難しそうだから、気にする必要は無いさ。初めてで成功する方があり得ない」
「フォローありがと。頑張って練習するね」
「そうね。でも今は解体の練習ね。コピーして」
「……はい」
ハルカから差し出された解体用ナイフを受け取りつつ、ユキが頷く。
「はい、コピーしたよ」
やっぱり、コピー自体は一瞬なんだな。
梅園も俺たちからスキルを聞いてすぐに走って行ったから、時間がかからないことは解っていたが。
「それじゃ、私はユキに解体を教えるわね。ナツキも見ておいた方が良いかな? 一応全員ができるようになりたいと思ってるし」
「解りました」
「ナオとトーヤは……」
ハルカが『どうする?』という視線を向けてきたので、俺は先ほど考えていたことを口にする。
「狩りに行っても良いか? 久しぶりに鳥が食べたい」
「鳥? 私がいなくても大丈夫なの?」
これまで鳥はハルカの弓で狩っていたからか、ハルカがそう聞いてくるが……なんとかなるだろ、たぶん。
「――暇つぶしぐらいな感じで」
でも、もし狩れなかったら恥ずかしいので、予防線は張っておく。
「そう? あまり奥には行かないようにね」
「おう。トーヤ、行こうぜ」
「オレもか? まぁ、良いけど。じゃ、行ってくる」
少し心配そうなハルカたちに見送られ、俺とトーヤは再び森の中へと入った。
◇ ◇ ◇
「それで、どうやって鳥を仕留めるんだ? 探すのはともかく、今までハルカの弓以外で仕留めたこと無いだろ?」
鳥の数自体はそれなりにいるので、俺の【索敵】やトーヤの超感覚で見つけることはできる。
できれば美味い鳥が良いが、まずは仕留めること優先だな。
「最右翼は俺の『火矢』だが、トーヤはシュパッ、ズバッ、って感じでなんとかならないか? 【俊足】持ちだろ?」
「無茶言うなっ! 木の上には剣が届かねぇよ! ……まぁ、地面を歩いている鳥なら何とか?」
「うーむ、鶉みたいな鳥か……ミンチになりそうだな?」
トーヤの剣は日本刀とは違うので、『切れ味よりも打撃力』というタイプの物。
そんな剣でウズラを攻撃すれば、どうなるかは自明だろう。
「雉や鳩レベルなら大丈夫じゃないか? あとは【咆吼】で動きを止める方法もあるが……」
「いやいや、それ使うと、2匹目以降が獲れないだろ」
トーヤのスキル【咆吼】は、大きな吠え声で相手を怯ませる効果があるのだが、これまでの所、あまり活躍してはいない。
メインの獲物であるタスク・ボアーはすぐに突っ込んでくるので使う必要も無く、脅威だったヴァイプ・ベアーでは使う余裕が無かった。
2度ほど戦ったゴブリンには効果があったが、使ったのは1回のみで、戦闘回数自体が少ないので、活躍と言うには微妙。
鳥や兎相手に使うと動きが止まって便利ではあったのだが、対象とした獲物以外が周りから逃げ出してしまう結果に。正直、狩りには使いづらい。
「よし、大きめの鳥が剣の届く範囲にいればトーヤが、そうで無ければ俺が『火矢』という分担にしよう」
「そりゃ構わないが、斃せるレベルの『火矢』だと、丸焦げにならないか? 羽だけ焼いて俺がトドメという方法もあるが」
「ちっちっち、俺だって成長しているんだぜ? 『火矢』も進化してるんだよ」
真面目に訓練しているので、魔法もそれなりに上達しているのだ。
スキルレベルこそ上がっていないものの、最初の頃とはもう別物と言っても良い。
「そう! 言うなれば『火矢 2.0』!」
「微妙に古いな、その言い方。意味は分かるが」
「ほっとけ。ま、つまり、集束させて貫通力を増した物も使えるって事さ。上手くやれば、鶉の頭だけを消し飛ばせる」
「……上手くやれば?」
「命中精度に関しては、発展途上です。『火矢 3.0』さんにご期待ください」
動いていない標的であれば、10メートルの距離で20センチの範囲に収束させる事ができるようになったが、鶉レベルの小ささだと、せめて5メートルぐらいまで近づかないと厳しいのだ。
「……目標は大きめの鳥か」
「肉が硬く無さそうなのが良いな」
小さい鳥は【索敵】でも見つけづらいのだが、基本的には小さい方が美味い。
小さすぎると食べるところが無いという、欠点があるが。
「取りあえず探すか」
「そうだな」
探すと言っても、とにかく集中して生命反応を探し、コッソリと近づき、相手を確認するの繰り返し。
【索敵】で相手が何か判れば良いのだが、そこまで万能では無い。
【索敵】にはスキルレベルの表記があるし、タスク・ボアーは何となく解るようになってきたので、そのうち判別できるようになるかも知れない。
トーヤの超感覚の方は更に曖昧な感じらしいので、あまり当てにできない。
殺気みたいな部分では、かなり頼りになるんだが。
「(お、今回は鳥だぜ? 『コタス』って名前みたいだな)」
「(【鑑定】か。小さいな……)」
それでも鶉よりは少し大きく、全身薄茶色で模様は無い。
「(よし、俺の『火矢 2.0』で行くぞ)」
「(おう)」
俺は意識を集中、限界まで集束させた『火矢 』を放つ。
が、太めのペンサイズまで細くなったそれは、コタスの頭を僅かに逸れて地面に突き立った。
「外れた!」
と認識するかしないかの瞬間、シュビッ、ズバッと動いたトーヤが、コタスの首元に解体用ナイフを突き立てていた。
「って、おいぃぃぃ! 普通にできるじゃねぇぇかぁぁ!!」
しかもお前、俺が外す前、発射と同時に動いていたよな?
実は信用されてない?
「なんかできたな。俺としては、万が一、ナオが外して、飛び立ったところを捕まえられたらと思ったんだが」
「ぐっ……」
俺を振り返り、にやっと笑うトーヤに俺は言葉を飲み込む。
距離的には5メートル以内に近づいていただけに、何も言えない。
でも、コタスの頭って、3センチも無いんだぜ?
当たらなくても仕方なくない?
……あれ? よく考えたら、ハルカは猪の目に矢を当てるし、ナツキはさっき、槍を突き立ててたよな?
「――よし、コタスはお前に任せた。俺はトーヤの手の届かないところを狙う」
不都合な真実は忘れよう。もちろん、映画なんかにしちゃいけない。
「ま、大きい鳥なら、身体狙っても大丈夫だろ、あの『火矢 2.0』なら」
「いや、ちゃんと頭狙うって! 今度は大丈夫。絶対。うん」
それからしばらく。
サクサクとコタスの死体が増えていく中、ついに良い感じの獲物を発見。
大きさは羽を入れて50センチぐらい、暗褐色で僅かに尾のあたりに白い部分がある。
木の枝に留まっているので、あれならトーヤに邪魔されない。
――違った、フォローだった。えぇ、俺が当てられなかっただけですよね。
「(あれは?)」
「(『クーラス』だな。あれ、食えるのか? ちょっと烏っぽいんだが」
「(大丈夫だろ。――あ、【ヘルプ】。『クーラス(食用)』だな)」
以前タスク・ボアーを見たときには『獣(食用)』だったことを考えれば、『鳥(食用)』と表示されるかと思ったんだが、名前を知ってから見たためか、固有名が表示された。
「(そもそも烏だって、狩猟鳥だぞ? 最近、食う人はほぼいないと思うが)」
俺のひい爺ちゃんあたりは、捕まえて食べたと聞いたことはある。
街中にもいるんだから地産地消で『ジビエ』にしてしまえば、烏による害も減る気もするが、まぁ、無理だろうな。
何となく、不潔そうなイメージがつきまとうし。
烏は頭が良いらしいし、狩られると思えば街中には出てこないようになる気もするんだが。
「(それじゃ、行くぞ?)」
「(おう。頑張れ、『2.0』)」
「(黙れ。『火矢 』)」
息を整え、しっかりと狙い、『火矢 』を発射。
一瞬でクーラスに到達した矢はその頭を弾き飛ばす。
「よしっ!」
木の枝から落下した獲物を拾い上げれば、頭は無くなっているが身体の部分は無傷。
完璧じゃ無いかい?
「おー、上手くいったな。でもこれ、このままじゃ血抜きできないな?」
「確かに」
『火矢 』だけあって、傷口は焼けて血が止まっている。
このままじゃマズいので、解体用ナイフを取りだして、少し切り詰めて血を抜く。
「それじゃ、ナオも獲物を手にできたし、帰るか」
「……だな」
昼飯のことだけ考えれば、すでにトーヤがコタスを6匹仕留めていたので、クーラスを狩る必要はなかったのだ。
なのに、俺が仕留められるまで付き合ってくれたのは、俺の面子を考えてくれたんだろう。
予防線を張って出てきたが、さすがにトーヤは6匹、俺はゼロでは格好が付かないからなぁ。
クーラスから血が出なくなったのを確認して、俺たちは森の外へと足を向けたのだった。









