短編10(異世界・叶わない片想い)
これほどに愛しいと思った女はいなかった。
これほどに欲しいと願ったことはなかった。
愛していると。
愛してほしいと。
切実に切実に願った相手。
それが決して叶わぬ想いなのだと思い知らされて。
この身を襲ったのは絶望だった。血を吐くほどの罪悪感だった。
彼女は決して想いには応えてはくれない。くれるはずがないのだ。
どこの世界に自分を殺した相手を好きになどなる?自分を嵌めて殺した相手を好きになど、一体どこの誰がなるというのだ!
前世の記憶。
それを持つものが存在することは知っていた。
けれどそれはほんの一握りで。そしてそれは神に仕える者に集中していて。
だから思いもしなかった。彼女は神に仕えるものとは対極に位置する存在だったから。
神に力を借りて奇跡をなすのではなく、世界に流れる神の力を己の力に変換し魔法を作り出す、世に言う魔女だったから。
彼女は叫んだ。
ずっとずっと拒み続けていた彼女は、今まで言わずにいた言葉を叫んだ。
「何が愛だ!お前は私を殺したくせに!お前の姉が恋した相手が私の姉の恋人だったから!お前の父は私の父に濡れ衣を着せて殺して!お前の兄は私の姉が邪魔だと殺して!お前は世間の冷たい視線の中、絶望と共に生きるよりマシだろうなどと冷たく笑って私をその剣で貫いたくせに!!」
心臓が凍った。
彼女の憎しみの目に、傷ついた目に、溢れる涙に。ごく一部の人間しかしらない真実を語る声に。
思わず覚えのある名を震える声で紡げば、彼女は齢十三とは思えない笑みを浮かべた。口元を上げて、歪んだ笑みを浮かべて、覚えていたのか、と。名前など覚える価値もないと捨て置く男だと思っていたと。
今度は彼女の名を紡ごうと口を開けて、けれど呼べなかった。声を失ったかのように、何の言葉も喉から出てくることはなかった。
覚えている。
父様、と捕縛され、連れて行かれる父親に向かって手を伸ばしていた姿を。
姉様、と切り殺された姉に縋りついて泣く姿を。
そして絶望に浸された目がこちらの姿を、冷たく笑う姿を映していた姿を。
覚えて、いる。
忘れていたけれど。
ずっとずっと忘れていたけれど。
あの日に戻ったかのように脳が再現を始めた。
私を殺すか、あの時のように。
彼女が言う。
殺す?ああ、そうか。彼女は生き証人だ。誰にも知られてはいけない真実を知る人物だ。
けれど手は動かなかった。殺す?彼女を?殺せるはずが、ない。
愛している。
愛しているのだ。
愛して、
「信じるものか。お前など、信じられるものか!」
それは当然の言葉だ。
彼女を、彼女の前世である少女を利用した。
彼女の父親を嵌めるために。それだけの情報を集めるために彼女に近づいて、彼女に偽りの愛を語って。そうして裏切った。
これほどに愛しいと思った女はいなかった。
これほどに欲しいと願ったことはなかった。
愛していると。
愛してほしいと。
切実に切実に願った相手。
初めての、相手。
決して愛されることはない。
彼女の魂には記憶がある。前世の記憶が。父を、姉を殺された記憶が。この手がその生を奪った記憶が。
憎まれて憎まれて。そうされる以外に何がある?
二度と顔を見せるな。
彼女は涙を流して言う。
憎しみを目に宿して。
悲しみを目に宿して。
傷ついた目をそれらに隠して。
お前の言う愛など、信じられるものか。
それはどうあっても覆せはしない、己の罪の証。
実は両想い。でも叶わない話。




