転生侍女は推しの王女様を助けたい!
主人公の一人称や語り口が統一されていないのは仕様です。
はあああ! 今日もステラ様が尊い! うちの姫様が一番! 姫様しか勝たん!
あ、取り乱しまして失礼いたしました。わたくし、エステル・レヴーズ。しがない男爵令嬢ですが、第一王女ステラ・フェリスィテ・ミステール様の専属侍女をしております。
低位貴族なのに専属侍女?と思われたそこのあなた! なんと鋭い! そうですね、本来なら王女殿下の専属侍女は伯爵家以上の貴族から選ばれるもの。輿入れ時に王女付きの侍女をしていたなんて箔をつけたいお家のお嬢様や、社交界で地位を上げたい夫人などが付くことが多いですよね。男爵令嬢が王女殿下に付けるのは、よくてメイド。侍女の末端にうまいこと滑り込んでも、王女殿下のお世話を一手に引き受ける専属侍女なんて栄誉をいただくことなど、ありません。
なのにわたしがなぜここにいるのか。それは簡単に言えば──ステラ様が捨て置かれている王女殿下だからです。腹立たしいことに。ええ、非常にムカつくことにですよ、この愛らしくて賢くて世界のヒロインなステラ様は、この四歳の時点では王宮の片隅で忘れられている存在なのです! 誰だ責任者は! 出てこい!
「エステル、どうしたの?」
「なぁんでもありませんよぉ、姫様! わたくしの姫様は今日も愛らしくて賢くていらっしゃいますね! エステルめのことにまで目を配っていただいて恐悦至極でございます!」
長いピンク色のまつ毛に縁どられた王家特有の金の瞳をぱちぱちとさせて、ステラ様がわたしを見上げる。ああ天使! 天使がここに! なんでスマホがないんだ今ここにぃいいいい!
……テンションがおかしくて申し訳ない。推しを語りだすとオタクはおかしくなる、これ異世界でも同じですよね? 地球だけの話ではなくて。
「もう、変なエステル!」
はあああ! 笑顔が! 笑顔がまぶしい! ご褒美ですか? もう一生仕えますのでご安心をステラ様! あなたの幸せはわたくしがお守りしますううううう!
ステラ様の花がほころぶような笑顔に、わたしは決意を新たにした。この笑顔、守らいでか! わたしの持つすべての知識を駆使して、絶対にハッピーエンドに持っていってみせる!
今までの醜態からわかるかと思いますが、天使ステラ様を愛してやまないわたくし、エステルは転生者です。
そしてわたしの姫様は、転生前のわたしが推していた小説の主人公、ステラ姫。乙女ゲームのヒロインが遺した忘れ形見は、ヒロインLOVEだった国王陛下が忌避したこともあって、十六まで離宮に押し込められて忘れられていたという設定だ。住はともかく、衣食や教育に欠ける生活を送り、王宮の中でも低位な者をほんの少しだけ配した孤独な生活でもめげることなく、賢く美しく育った彼女が、国外の王太子に見初められて幸せになるというお話だった。
でもさ! 幸せになるのが確定とはいえ、推しが十六までつらい目に遭ってるの、許せる⁉︎ 許せるわけないよね⁉︎
推しの幼少期を支えたかったわたしは、祖父のつてでこの離宮に来た。簡単なことだった。なにせ、幸運なことに、わたしの母はステラ様の伯母。恐れ多くもわたしとステラ様は従姉妹同士だったので、ここに潜り込むのは楽だった。ふふふ、なんてラッキーな生まれなんだわたしは! 転生特典かな? 知らんけど。
実のところ、ステラ様の存在は我が家には隠されていた。叔母であるアンシャンテ妃が産褥死したのは聞いていたが、当時十二だったわたしはもとより、実の姉であるうちの母や、当主である祖父にすら知らされていなかった。お腹の御子は亡くなったと聞いていたのだ。
わたしがステラ様の存在を知ったのは、二年前。まだその頃わたしは前世の記憶すら取り戻していない、単なる男爵令嬢だった。わたしがステラ様を知ると同時に過去の記憶を取り戻した原因。それは、うちのクソ父である。
学生時代の叔母、乙女ゲーヒロイン・アンシャンテを取り巻く攻略対象の一人だったうちの父は、ライバル兼友人であった国王陛下や宰相閣下から、秘密裏にステラ様の存在を知らされていた。しかし、国王陛下をはじめとした攻略対象たちと同じようにステラ様を憎み、虐げる計画に一役買っていたのだあのダメ男は!
馬鹿じゃない? 人間やめてんの? その血を引くのが恥ずかしいよわたしは!
クソ父とその同類がうちの応接室でステラ様や元凶のアンシャンテ妃のことを話しているのをたまたま立ち聞きしたわたしは、その場で前世の記憶を取り戻した。一晩寝こんだが、元気になった翌朝、祖父や母に父の悪事をばらし、母や祖父たちのつてを使ってこの離宮にやってきたのだった。
あ、クソ父は母から離縁を突きつけられて実家に戻った。でも先回りしてそっちのおじい様──父は国一番の商会の次男だ──にも泣きついておいたから、商会の下働きとしてこき使われている。ざまぁ。推しを害するものは押し並べてすべて敵である。実の父だろうがなんだろうが関係ない。
ここに来た経緯はそんな感じだが、二年前のこの離宮は本当にひどかった。最初は乳母がいたそうだが、王女の乳母にあるまじきことに、それは平民の女性だったそうだ。祖父が当時の話を聞こうと彼女の行方をたどったが、王宮から下がった後の行方が知れない。もう完全にあれだ、国王陛下か宰相閣下の手が回ったのが隠されていない。だから平民を乳母にしたのかと腹が立った。乳母の女性に罪はないやんかクソが!
料理人と洗濯婦と掃除婦がいるだけの、閑散とした離宮にたどり着いたわたしの気持ちを想像してみてほしい。男爵家である我が家の方が使用人がいる。ガワは優雅だが、中に入ると庭園は草ぼうぼう、ガラス窓は曇り、天井にクモの巣が張っているような宮で、ぽつんと座っていた姫様。
ありえーーーーーん!
一国の姫ぞ? しかもまだ幼児ぞ?
なんで放置しておけるのかわからん!
掃除婦の子が可哀想に思って服の着替えや食事を手伝ってあげていたんだけど、彼女もまた平民のため、ドレスなんて持っていない──そう、服も支給されてなかったんだよ! 食事だってひどいものだった。意味が分からない! 殺す気か!──から、埃除けの布を使って簡易のワンピースを着せてくれていたんだ。貫頭衣のような簡素なその服を身に着け、ぼんやりとうつろな表情でわたしを見上げたステラ様に、思わず涙が出た。こんな地獄に十六年も置かれていて、よく小説では素敵な姫様になれたな。うちの姫様天才じゃない? でもわたしが来たからには愛でて愛でて愛でまくって、愛にあふれた生活をお約束しますので大丈夫ですけどね!
そんな状態で、言葉も表情もない姫様を、わたしは全力でお世話させていただいた。結果、今の天使みたいな姫様がいる。うーん、小説ではわたしの存在はなかったけど、小説でも実は離宮にいたのかな、わたし。ヒーローであるヴェヒター王子と出会った時のステラ様は、あんまり虐待児っぽくなかったしなぁ。いたのかも。いてくれ、頼む。原作ステラ様がひとりぼっちで十六年も過ごしてたとかやるせなさすぎるから、原作従姉のわたしよ! 密かに頑張っていたと言ってくれ!
「ねぇ、エステル。お歌を歌って」
「もちろんですよ姫様。なんの歌にしましょうか。かーわいーいひーめーさーま、だーいすーきーよー♪」
「歌を決める前に歌が出てきたわ!」
適当なフレーズを口ずさむだけで笑ってくれる姫様。そこにあの地獄のような面影はない。
姫様を幸せにしたいけれど、わたしもしがない男爵令嬢。あんまり外部と接触して姫様から引き離されたら困ってしまう。しかもまだ姫様は幼い。今はまだ雌伏の時として、この離宮でおとなしくしておこう。
◇
離宮という、閉じられた楽園──もうあそこを地獄とは呼ばせない。それくらいに環境は改善した──で、姫様はすくすくと大きくなっていった。
つややかなピンクの髪も、たぐいまれなる金の瞳も、今はすこやかに輝いているし、成長に沿って可愛いドレスだって仕立てている。生活用品は父方の祖父の商会が用立ててくれているし、生活費はレヴーズ家がきちんと出しているから困ることはない。
王宮からはなーんにも出てないけどな! あいつらは変わらず残飯を運んでくるだけなので、そちらは姫様の口には入れていない。料理人のおっちゃんは、ジェアン商会の持ってくる食材で楽しく健康にいい料理を作ってくれている。王宮から支払われる微々たる賃金では申し訳ないので、我が家から別途上乗せで支払っているため、彼らは完全に姫様の味方だ。
使用人の人数だって増やした。なんと今では護衛もいる。さすがにここは王宮の人事部にいる母の友人の夫が頑張ってくれたのだが、目立たないようにやはり平民か騎士爵、男爵家クラスの人間の選ぶようにしてもらった。
「王家に内緒で姫様を守ろうの会」の人数は、こっそりと増え続けている。原作小説も流行らせたいけれど、時期尚早だ。わたしたちは、対外的には息をひそめるようにしつつも、姫様がすこやかに暮らせるよう、全力を尽くしていた。
そんな姫様も、十四歳。わたしが姫様と対面した年頃になっている。わたし? 二十六だけどなにか問題でも? うちには優秀な弟がいるので、行かず後家な姉はバリバリ働いてキャリアウーマンの人生を推しに捧げる所存だ。
社交界デビューは十二から十五くらいまでには終わらせるのが普通だが、姫様の存在はまだ秘されている。こんなに美しく育った姫様を見たら国王陛下は自分の所業を後悔しそうだが──なにせ、絵姿の叔母と瓜二つだ。性格は全く似ていないけれど──、後悔すらさせてあげたくはない。今更姫様を溺愛しようなんて、許したくもない。
さすがに姫様も、自分の親のことは知っている。あの所業を教えるのは業腹だが、知らないままなにか起こっても対処できないから教えた。できるだけ個人の感情は抜かして、妻の死に耐え切れず、生まれたことをなかったことにしたという外郭しか伝えられなかったが、それでも思うことがあったのだろう。姫様は宮の外のことを学びながらも、王家について何も言うことはなかったし、家族を恋しがることもなかった。姫様曰く、離宮のみんなが家族とのことだ。その通りだと思う。
「エステル、今日は用事で不在なのよね?」
「はい、姫様。ちょっとジェアンの祖父の方に行ってまいります」
「よろしく伝えてちょうだいね」
今日もわたしの姫様は麗しい。所作は美しいし、笑顔はかわいらしい。勉強だってびっくりするほどできるし、ヴェヒター王子と結婚して渡る予定のリヒト王国の言葉もばっちりである。
原作でヴェヒター王子と出会うのは二年後なのだが、実は今日、リヒト王国の使者が王宮にやってくるのだそうだ。つなぎは無理としても、様子を見に行こうかと思っている。ジェアン商会のおじいさまのつてで、夜に使者の一人ともお会いできる手はずになっているので、じっくり二年後の種を播きに行こう。
◇
「はじめまして、モンターニュ・ジェアンの孫娘の、エステル・レヴーズです」
「はじめまして、レディ。リヒト王国騎士、クレフテ・ヴァルトです」
ジェアン商会でおじいさまに仲介していただいたリヒト王国の方は、見上げるほどに背の高い騎士だった。三十代くらいかしら? 聞けば近衛騎士団の方だとか。王家にほど近い方が会ってくれるなんてまずないことだけれど、ありがたいことにおじいさまはだいぶ頑張ってくれたみたいだ。
「会頭にはこんなに美しいお孫さんがいらっしゃったのですね」
「美しくも賢く優しい、自慢の孫なんだ。従姉妹のところで仕事をしているがね、きちんと支えているようだ」
クソ父とは似ても似つかないおじいさまは、母との離縁後もわたしや弟を目一杯かわいがってくれている。我が子の犠牲者と思ったのか、姫様にもよくしてくれるおじいさまは、ヴァルト様に姫様の存在を明かしていたようだった。そんなに信頼置ける人なのか。わたしは目を瞠った。
「おじいさま……」
「大丈夫、エステル。安心しなさい、この方は安全だ。あの方は、リヒト王国の方が合うだろう。向こうでの準備は整えてある。エステルもついてゆくのだろう? このじじにすべてを任せておいで」
さすが国をまたいで栄える大商会のトップ。うちの祖父がシゴデキすぎてしびれる。かっこいい。わたしもこうなりたい。姫様を守るにはわたしには力がなさすぎたが、お金持ち人脈持ちの祖父がいてくれてよかった。しかし父はなんでこうならなかったのか。商会を継ぐ伯父はまともなので、多分父が突然変異なのだろう。
「可愛い孫のためだ。いくらでも手を貸すよ。ヴァルト殿は近衛の中でも指折りの方でね、王太子殿下の覚えもめでたいお方だ」
うわ、おじいさまの力が怖すぎる。単なる近衛じゃなかった。そうだ、この方の特徴──強面、巨躯、黒髪──、ヴェヒター王子の護衛と一致する。挿絵は覚えてないけど、多分”一の騎士”って呼ばれてたあの人だ。
「そんな素晴らしいお方とは存じ上げず、失礼いたしました」
慌てて低くカーテシーすると、ヴァルト様が頭上で笑ったのがわかった。うーん、声がいい。低く身体にしみこむような声は耳に心地よかった。
「いやいや、顔を上げてほしい、レディ。今日の会合の目的は知っておられるだろう?」
「え、ええ……?」
「ヴァルト殿、まだ孫には話せていないのですよ。なにぶん、この子の職場に持ち込める情報は限られておりましてね」
「おや、そうでしたか」
目的って、え、姫様のこと以外になにかあるってこと?
困っておじいさまを見ると、にやにやと食えない笑みを浮かべた商人がそこにはいた。
「エステル、お見合いだよ」
「おみあい」
一瞬相撲の行司が頭に浮かぶ。見合って見合って~って、違う、お見合いはそれじゃない。
「私は伯爵家の者ではあるのだが……恥ずかしながら殿下の警護で忙しく、婚約者との仲がうまくいかなくてね。知らぬうちに他の者と結婚されてしまった」
「仕事で忙しくしている孫娘はどうかと、儂が声を掛けたんだ。そちらへ従姉妹を連れて行けばいい」
「このたび我が国の王太子殿下がオレリアン王国に留学するのに合わせて、私もこちらの国に来ることとなった。留学期間である一年間を婚約期間として、私が帰国するのに合わせてあなたにも来ていただければ」
「なるほど、了解いたしました」
本来のルートとは違うけれど、ヴェヒター王子との接点もできそうだから、原作の流れにも乗れそう。姫様が輿入れする際にはわたしもついていこうとは思っていたけれど、護衛であるヴァルト様の妻として行くならば、むこうでもお姿を拝見できるかもしれない。
「年がいってしまっていますが、わたくしでよろしければ喜んで」
「そんなことはない。エステル嬢は愛らしく若々しいよ。私は婚約者に逃げられるような情けない男だが、会頭からあなたの頑張りを聞いて、ぜひ会ってみたくなったのだ。あなたの職場の話も聞いている。我が主も気にしておられたので、安心して嫁いできてほしい」
そう言って微笑んだ黒髪の騎士に、わたしはうっかりときめいた。
◇
原作より二年ほど早く、姫様とヒーローであるヴェヒター王子は出会い、恋に落ちた。わたしの付き添いのふりをして離宮を出て、ジェアン商会の応接室で姫様と王子は顔を合わせたのだが、思った以上にヴェヒター王子の食いつきがすごかった。わかるよ、姫様の美少女っぷり、天使っぷりには心撃ち抜かれるよね!
本来なら王宮で出会う二人。原作では、王子の主張のおかげで姫様の存在は他に知られるようになったが、そのあと暗殺者がやってきたり国王や王子の嫌がらせがあったりと、波乱万丈だったのだ。恋のスパイスと言ったら聞こえはいいが、危険なのには変わりがない。
恐れ多くも推し友となられたヴェヒター王子は、もはや姫様しか王太子妃として迎える気はないらしい。が、原作とは違い、現実の王子は、姫様の正体を明かすのは結婚した後でいいと言い切った。姫様に危険な目に遭ってほしくはないそうだ。完全に同意。わかりみしか感じない。さすヴェヒ。
なお、現実のヴェヒター王子は、あふれ出るわたしの姫様への愛を、わかるわかるよと全力で肯定してくれるいい少年である。我々が姫様のチャームポイントを語り出したら止まらない。十も下だけど、身分がアホほど違うけど、心の友と呼びたい次第。あなたにしか姫様は任せられません!
「ステラを妃に迎えることについて、両親や派閥の者たちの承認は得ている。オレリアン王国との折衝は父がやってくれるそうだし、もちろん私もやるつもりだ。だが、ここまで君をないがしろにし続けてきたこの国に、他国の王太子妃、ひいては王妃の実家としての権限を持たせたくない。わがままな私を許しておくれ、ステラ。一生大事にするからついてきてほしい」
国の力がない妃でかまわないから君がいいと言い切ったヴェヒター王子に、我らが姫様はとろけるような笑みを浮かべた。女神や……もうあの笑みだけで生きていける気がする。がんばってよかった。
涙を浮かべているわたしの背後で、婚約者となったクレフテ様が笑った。
「完全勝利に向けて、もう少しがんばろう、エステル」
そうだ。姫様が完全に自由になり幸せになったのを見届けねば! まだ物語は完結していない!
「エステル、わたくしの母であり姉であり親友であり従姉妹である大事なエステル。あなたも一緒なのがとても嬉しいわ」
「姫様、わたくしもですよ。姫様が幸せならばどこにいても構わないと思っていましたが、姫様の幸せを近くで見届けられそうで、わたくしは幸せです」
推しが幸せになるのを見続けられるなんて、ファン冥利に尽きますね!
◇
さてさて、気になるその後ですが。わたくしからさらっとお伝えしてこのお話を終わりにしようと思います。
まず、結婚のためリヒト王国へ渡ったわたしの親族として、姫様もこっそり国を出ます。国境だってなんのその。姫様の存在は公にされてませんからね。知るわけがないのですよふふふ。しかもわたしと姫様はよく似た髪色をしていて、親族と言って疑われるはずもなく。いえ、従姉妹なので親族で間違いないんですけど。
無事ヴェヒター王子のところへたどり着いたところで、姫様とヴェヒター王子の婚約と共にオレリアン王国が姫様にした仕打ちを発表。同時にジェアン商会が原作本をこの世界の文字にした小説を販売。健気な悲劇の姫君はリヒト王国でもてはやされ、オレリアン王国の名誉は地に落ちた。
国王陛下は王女誘拐の罪でレヴーズ家を罰しようとしたみたいだけれど、宮廷貴族の我が家族は全員国外にいて手出しができず。当の姫様から自分の意思で来た上に自分は捨て置かれた王女だからオレリアンになんの義理もない、自分を育ててくれたのはレヴーズ家とジェアン商会だと強く主張してくれて、リヒト王国はその味方をした。
わたしたちが国を出て、オレリアン王国は損こそしていないものの、信用を失って外交がやりにくくなったと聞いた。
従兄弟である王子殿下たちは、死んだとばかり思っていた妹が生きていて、且つ父親に虐げられていたことを知って怒り狂った。まぁ、彼らは知らなかっただけだから、怒るのもわけないと思う。その様子を見て、次代同士はやりとりするかな、と、ヴェヒター王子がちょっと黒い笑みを浮かべていたのは見ないことにした。
姫様は、わたしだけでなく、夫となられたヴェヒター王子に溺愛されて、とても幸せそうだ。王太子妃の勉強は大変だけど、基礎的なことはわたしとやっていたのでどうにかなっていると、笑顔で報告されたときには召されそうになった。予習してもらっていてよかった。ステラ様の笑顔、課金しなくていいんですかほんとに?
そしてわたしというと。
「エステル、いい子にしてたかい?」
「あのですねクレフテ、わたしは子どもではありませんし……」
「子どもなわけがないじゃないか。君は可愛い奥さんだ。でもね、身重な妻が心配でない夫はいないと思う」
婚約破棄されるほど多忙なはずな夫は、嘘のように帰宅するようになり、政略結婚のはずの妻を溺愛するようになった。しかつめらしい強面がゆるゆるになったと、主人であるヴェヒター王子は笑う。
姫様とわたしの輿入れに合わせ、弟含め、わたしの家族はリヒト王国の住民となり、オレリアン王国では与えられなかった王太子妃の実家としての栄誉をいただいて、幸せに過ごしている。
ジェアン商会は変わらず国を跨いで商売しているし、クソ父は祖父と伯父の手駒として相変わらず下働きさせられているようだ。
なにが言いたいのかと言うと、まぁ、その……わたしは幸せであるということです。
アンシャンテ・レヴーズ:乙女ゲームのヒロイン。男爵令嬢だった。学生時代にうはうはやって、王妃まで下剋上したが、第三子出産時に産褥死した。
ステラ・フェリスィテ・ミステール:小説のヒロイン。ミステール王家の第一王女。乙女ゲームヒロインの遺児という設定で、散々な生活を送っていたが、たまたま遭遇した他国の王太子と恋に落ちる予定。上に兄が二人いるが、彼らも妹の存在は知らない。
エステル・レヴーズ:この話のヒロイン。アンシャンテの姪でステラとは十二違いの従姉妹同士。転生者でよくメンタルがおかしくなる。推しこそ我が人生。




