「Finale(終曲)」
~~~三上聡~~~
あれから3か月が過ぎた。
夏が終わり、季節は秋になっていた。
全国アイドルキャラバンを勝ち抜いたご褒美として、恋たち3人はチームアルファに加入することとなった。
もちろん1列目ではなく2列目としてだけど、これから爆発的な勢いで成長していくグループのメンバーに組み入れられたのは最高だ。
3人の能力を考えるなら、いずれは1列目に組み入れられてもおかしくないし、そうなればトップアイドルの座を狙うことも夢物語ではなく……。
「つまりもう、俺はお役御免ってことだ」
「いやいやいや、ダメでしょう」
秋晴れの休日、久鷹駅のホームでのことだった。
やれやれとつぶやく俺に、恋が肩をぶつけるようにしてツッコんできた。
「プロデューサーさんには、これからもプロデューサーさんでいてもらわないと。具体的には来年卒業したら、速攻バイトに来てもらわないと」
「前回同様に、か?」
「そうそう、それです」
俺の問いに、恋は笑った。
すっきり晴れ晴れとした、穏やかな笑顔だった。
休日にも拘わらず、恋は制服を着ている。
いや、恋だけではない。
仙崎も関原も同様に制服を着用している。
赤根と黒田、俺と七海、ソアラたちは私服。
桜子先生だけが立場上、スーツを着ている。
これから恋たちはそれぞれの保護者と合流してアルファコーラスの本社を訪れ、正式なアイドル契約を交わす予定になっていた。
つまり俺たちは、ただの見送り。
「ねえ、しかしびっくりですよね」
互いをつつき合って騒ぐ仲間たちを眺めながら、恋がぽつりとつぶやいた。
「1年とちょっと前までは、わたしたち普通の女の子だったはずなのに……」
「そうだな。俺やレンと出会って、仙崎や関原と仲間になって」
「学祭のトラブルを切り抜けて」
「予選会を突破して」
「レンさんがいなくなったことでわたし、挫けそうになっちゃって……。でもプロデューサーさんと、みんなのおかげで立ち直れて本選を突破して……」
そこでチラリと、恋はソアラたちのほうをいたずらっぽく見つめた。
「ちゃっかりプロデューサーさんが、ソアラちゃんたちをナンパしてくるとは思ってもなかったですけど……」
「言い方っ」
メンバー全員がいなくなった『アステリズム』を解散させるのではなく、新規メンバーとしてソアラたちを加入させて存続させることにしたのはたしかだが、その表現には悪意がある。
「俺はあくまでレンとの約束を守っただけだ。加瀬の元を去って宙ぶらりんになったあいつらをしっかり指導してやろうと思ってだな……」
「ふふ、わかってますよ。プロデューサーさんがそんな器用な人でないことぐらい」
くすくすと、いかにもおかしそうに恋は笑った。
「まあ、わかってるならいいんだが……」
手の平で転がされてる感が照れくさくて、俺は熱くなった頬をかいた。
「ねえ、プロデューサーさん?」
ふと気が付くと、恋が俺を見ていた。
真剣な表情で、まっすぐのぞき込むようにしてきた。
「──わたしたち、別れましょう」
「……っ?」
突然の申し出に、俺は硬直した。
心臓が止まりそうになり、顔からざっと血の気が引いた。
………………………………うん、たしかにその通りだ。
俺が好きなのはレンであり、恋ではない。
そしてその事実を、恋はこれ以上ない間近で聞いていた。
恋の今後も考えるなら、この関係は早めに解消しておくべきなのだ。
「そうだな……おまえは正しい。まったくもって正しい言い分だ。俺たちは今日をもって……」
「ええ、別れましょう。このままずるずると続けるのは、お互いにとってよくありませんから」
「ああ……うん。そうだな……」
人でも変わったような恋のさばけぶりに戸惑っていると……。
「と、いうわけでっ」
恋は急に表情を変えた。
とびきりの笑顔を俺に向けてきた。
「これからよろしくお願いしますっ」
「こ、これから……というのはいったいどういう意味の……?」
おずおずと訊ねると、恋は自分自身を指差した。
「片思いしてる側と」
次に俺を指差した。
「される側の関係として、よろしくってことです」
「え? うん……?」
まったく意味がわからず、俺は首を傾げた。
「ほら、今までのわたしたちの関係って、レンさんありきで成り立ってたものじゃないですか。レンさんがいなくなったら、プロデューサーさんを恋人にしておくほどの魅力はわたしにはないじゃないですか。だからわたしは、一からやり直したいと思ったんです」
「ああ、うん……?」
「あれー、まだわかりません?」
どこまでも察しの悪い俺に呆れたのだろう、恋は大きなため息をついた。
「あのですね。お互いの関係をリセットして、もう一度告白しようと思ったんです。あの日、学校の奥庭でしたようにもう一度って」
「ああ……」
あれは恋と俺が出会ってすぐの頃のことだったか。
俺は恋をアイドルにしようと思い、恋は俺と恋人になろうとした。
盛大にすれ違ったあの日の続きを、もう一度やろうというのだろう。
「だけど正直、今のわたしではレンさんに勝てないと思うわけですよ。ねえ、プロデューサーさんも言ってたじゃないですか。『あいつが流した汗と涙と同じだけの量を流すには、2年や3年じゃ足りない。1年前から始めたぐらいのおまえじゃ、足元にも及ばなくて当然だ』って。それってイコール、プロデューサーさんとレンさんが愛を育んだ時間でもあるわけですよね。これだけ奥手で鈍感なプロデューサーさんを、とうとう自ら告白するまでに仕向けた、レンさんの努力そのものの年月でもあるわけです。ってことはですよ?」
レンは両手の平を俺に向けてバッと広げた。
「少なくとも10年、わたしは頑張らなきゃならないんです。プロデューサーさんに好きになってもらえるように頑張って、輝いて、10年」
「10年頑張るっておまえ……」
「正確に計算したわけじゃないですけど、トップアイドルになって卒業するぐらいでしょうかね。その頃になったらわたし、またプロデューサーさんに告白するのでよろしくお願いします」
「よろしくって……」
「逆に言うなら、それまでプロデューサーさんには独り身でいてもらわないと困るんですけどね……。そういう意味では不安もあるんですけど……。でもまあ、大丈夫かな。レンさん以上の女の人がそうそう現れるわけもないでしょうし。師匠を超えられるのは弟子だけっていうのがセオリーだし」
「おまえ……自分がどれだけ無茶苦茶言ってるかわかってるのか?」
俺の問いに、恋はにっこり笑顔で答えてきた。
「無茶苦茶だっていいんです。それほどにわたしは、プロデューサーさんのことが好きなんです。だからお願いです。10年間わたしの傍にいてください。わたしがアイドルを卒業する時、一番近くにいてください。そしたらわたし、すぐにそちらを振り返りますから。飛びついて、抱きついて。その時のわたしのすべてで、愛を告白しますから。だから、ね? とりあえずは来年、アルファコーラスのバイトから──」
「……無茶苦茶言ってくれるよ、ホント」
ひとりベンチに腰掛けながら、俺は大きくため息をついた。
「他人事だと思ってさあ……」
さっきあんなことを言ったばかりの恋は、しかしまるで何ごとも無かったかのように皆とはしゃぎ合っている。
関原に小言を受け、助けを求めた仙崎にはそんなのどうでもいいよと流され──
関原が怖い黒田には知らんぷりをされ、赤根はどうしていいか戸惑うばかり──
最終的に泣きついた七海に頭を撫でられ慰められたはいいものの、どっちが年上かわからない有り様で──
それを見たソアラたちの笑い声と桜子先生の苦笑が、辺りに響いた──
「おーおーおー、楽しそうにしちゃってまあー……」
そこだけ切り取るとただのお気楽娘のようにも見えるが、でも違う。
恋がどれだけ苦悩したかを知っている。
どれだけの苦痛と共に立ち上がったのかも。
その上で自分の気持ちに整理をつけ、堂々と俺に告げたのだ。
長い年月をかけて最愛の師匠に立ち向かう、その覚悟を。
その上でなお、ああして普通に笑っているのだ。
「ホントに強くなったよな……あいつ」
出会った頃の幼い恋とでは、まるで別人のようだ。
しなやかで、したたかで、見違えるようだ。
「なあ、レン。これもおまえの薫陶の賜物なのか?」
遠く、恋の制服の胸に着いている缶バッチに向かって問いかけた。
もちろん答えはなかった。
だけど一瞬だけ、強く風が吹いた。
足元で枯れ葉同士が擦れ合って、まるで声みたいに聞こえた。
──そりゃあそうですよっ。
──なにせあのコは、わたしの育てた最強無敵のラブモンスターですからねっ。
冗談みたいな音を奏でると、風はすぐに吹き去った。
枯れ葉を連れて、どこか遠くへ。
「……っ」
もちろんただの聞き間違えだ。
死者に口はなく、枯れ葉が人の声を奏でることもない。
「はっ……あっははは……」
だけど──
だけどあまりにひどい聞き間違えだったので、俺は思わず笑ってしまった。
その拍子に、全身から力が抜けた。
膝から力が抜け、尻が滑り、ベンチから落ちて尻もちを着いた。
「そりゃないよ、レン。あっははは……」
ホームに入り込んで来る電車の音を聴きながら、俺はずっと笑ってた。
床に直に座りながら、ずっとずっと。
皆が不思議そうな目で俺を見てた。
ただひとり恋だけが、何かを察したように目を細めてた。
「あっはっはっはっはっは……」
こんなに胸の空くような気持ちはひさしぶりだな、なんて思いながら。
俺はひとり笑ってた。
自然に──たぶん人並みの、普通の笑顔で。
~~~FIN~~~
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「Re:プロデューサー ~今度こそ君を、トップアイドルに~」
堂々の完結でございます(=゜ω゜)ノ




