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「最強のアイドル」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 両チームはあっさりと予選を突破した。

 レンの予想通り、順番は『Shakeees!』のすぐあとに『アステリズム』。

 それぞれの持ち時間は、準備まで含めて15分。

 曲数は3曲。

 向こうの3曲目に、レンはこちらの1曲目を全力でぶつけるという。


「……ぶつけるって、どういうこと?」 


 俺の隣で3人分の応援団扇を携えた赤根あかねが、眉をひそめた。


「『Shakeees!』が決勝の一番最後に持ってくる『恋愛パラダイス』、こいつは俺たちの時代に大流行した国民的な曲でな……」


 レンの計画を説明すると赤根は、「そっ……そんな恐ろしいことを……っ?」と自らの肩を抱くようにしておののいた。

 それを聞いていた黒田くろだも、「ひゅーっ、肝の座り方半端ねえっ」と驚きの声を上げている。


「そうなんだ。そしてレンが選んだのがこの曲──『最強無敵のラブモンスター』だ」


 


 バヅン。

 会場の照明が落ちると、観客のざわめきが徐々に鎮まっていく。

 完全に途絶えた頃に、ステージの中央にパッと一筋のスポットライトが当たった。

 そこに立っていたのはレンだ。


 イントロは無し、最初はレンのソロから。


 ──誰よりも輝く君のそばにずっといさせて。

   難しいことなんて言わないから。

   めんどうなんて何もないから。

   ただじっと、ずっと傍に……。


 眉を伏せたレンの物悲し気なトーンのAメロが終わると、パパッとふた筋のスポットライトが交差するように照射され、それぞれしのぶ一恵いちえを照らし出した。


 ──なーんてねっ。


 ふたり、ニヤリ笑うと、軽快なスキップを踏みながらレンの周りを回り出した。


 ──オレたちはこいつの中の悪魔と悪魔。

   そんな殊勝な奴じゃないことを知ってるぜ。

   血の代わりに流れてるのは焦げ付くほどに熱い愛のスープ。

   迂闊に飲むと大火傷、自由なんて無くなるぜ。


 悪魔たちのBメロが終わると、パパパッとステージ全体が輝きに満たされた。 

 レンの歌に悪魔たちがかぶせていくようなサビAが始まる。


 ──君が好き、誰より先にわたしを見つけてくれたから。

   君が好き、誰よりわたしに優しくしてくれたから。

   君が好き、他に何もいらない。

   周りの人はみんな言うよ、もうちょっと考えなさいって。

   立ち止まって深呼吸して、胸に手を当てて。

   お互いの距離を適切にって。

   

   3人は揃って胸に手を当て、考え込むようなしぐさをする。


 ──はい考えましたっ。


   レンだけがすぐに顔を上げると、にっこり極上の笑顔を浮かべてサビBに入った。

   驚く悪魔たちを尻目に、ソロを始めた。


 ──他人にウソはつけても自分にはつけない。

   世間体を気にしたって得られることは何もない。

   だから僕は歌うよ、声高らかに。

   君が好き、他に何もいらない。

   君が好き、他に誰もいらない。

  

 サビB終了。

 長い間奏を狙って、会場最前列にいた七海ななみが動いた。

 周りの仲間を引き連れコールを始めた。


 ──言いたいことがあるんだよ。

   やっぱりレンちゃん可愛いよ。

   僕が産まれて来た理由。

   それは君に会うためなんだ。

   大好きレンちゃん世界で一番愛してる。

   ア・イ・シ・テ・ルぅぅぅー!


 ガチ恋口上(こいこうじょう)だ。

 地下アイドルなどの特定の濃いファン層の間から産まれたコールで、推しのアイドルのための一種の応援の切り札だ。

 効果はライブの一体感を得られること、そしてアイドルたちのモチベーションアップ。


 レンは満面の笑みでこれを受けた。

 手を振り、投げキッスを返した。


 ──他人にウソはつけても自分にはつけない。

   世間体を気にしたって得られることは何もない。

   だから僕は歌うよ、声高らかに。

   君が好き、他に何もいらない。

   君が好き、他に誰もいらない。

 

 サビBをこなしながらも、レンのレスは止まらない。

 遠く離れたところにいる観客にまで満遍まんべんなく、光のシャワーように降り注いでいく。

 

 ──ねえお願い、怖がらないでそばにいさせて。 

   僕の名前は最強無敵のラブモンスター。

   悪魔も怯える僕だけど。

   君への愛は本物だから。   

   君への愛は本物だから。   


 大サビを2回こなす頃には、会場はすでに一体となっていた。

 手拍子と歓声と熱気が渦を巻いた。


 渦の中心にいるのはレンだ。

 圧倒的な歌唱力と風のように軽やかなダンス。

 そして輝くようなアイドル性が、観客たちの心を掴んで離さない。


 やがてアウトロの中、割れんばかりの拍手が起こった。

 会場を揺るがすような歓声と、拍手が鳴り響いた。




「すごい……っ、すごい……っ」


 赤根はすでに泣きそうな顔になっている。


「いっやあー……これはすごいねえー……。本物のアーティストじゃん。え、というかこれでまだ1曲目? マジで? これ以上がまだあんの?」


 これがまだ序盤だということに気づいて、黒田がゾッとしたような声を出した。


「当たり前だ。誰が育てたと思ってる」


 俺は胸に手を当て、必死に耐えていた。

 胸の内にこみ上げたものを、ぎりぎりのところで抑え込んでいた。

 そうしなければ、たぶん泣いてしまうから。 


 そうだ、俺はこのレンが見たかったんだ。

 ウイングではなくセンターとして活躍するレンが。

 メンバー全員の実力を引き出し、観客を燃え立たせ、会場一丸となって暴れまわる最強のアイドルが。

 ずっとずっと、見たかったんだ。 

 

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