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「長い長いアンコール」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




「わたしはレン。あなたと同じ、未来からやって来ました」


「……っ」


 ぶるりと唇が震えた。

 どくんと心臓が跳ねた。

 胸が詰まり、息が詰まった。


「ああ……っ」


 自分でも何を言おうとしたのかわからない。

 けれどとにかく、そんな呻きが口から漏れた。

 そしてそれは、なかなか止まらなかった。


「あああああ……っ」


 どれほど望んできただろう、この瞬間を。 

 どれほど願ってきただろう、彼女の──レンの無事を。 

 喜びが際限なく膨れ上がって爆発しそうになるのを、俺は必死で堪えた。

 その場にしゃがみこみ、口元を手で覆った。


「……ふふっ」


 そんな俺の様子を、レンは小さく笑った。

 口元を緩め、いつくしむように。


「ホント、プロデューサーさんはダメですねえー。大人の男の人なんだから、もっと感情を抑えないと」


 ほらこっちですよー、と。

 まるで子供にでも言い聞かせるみたいにレンは、ベンチの自分の隣のスペースをぽんぽん叩いた。 

 

「レン……っ」


「あー、ダメですよっ。ダメダメ、ステイですプロデューサーさんっ」


 ベンチに座った俺が衝動的に手を取ろうとするのを、レンは巧みにいなした。


「握手券を持ってない人とは握手してあげませーん……じゃなくてっ、なんというか今、わたしはとてもとてもとてもとーっても、複雑な状況になっているので、迂闊なことは出来ないのです」


「……複雑な状況?」


 自らの体を指さすと、レンは困ったような顔になった。


「簡単に言うとですね。この当時の自分と、未来の自分がひとつの体に同居するような形になっているんです」


 レンの説明によるならば、俺のように未来の自分が過去の自分の魂と融合したのが成功パターン。

 融合できずに分離した状態なのが失敗パターンなのだとか。


失敗(・ ・)……?」


 その響きに、俺はゾッとした。


「そ、それってどういうことだ? 失敗って、具体的には何がどうまずいんだ?」


 焦った俺が早口で訊ねるが、レンはあくまでゆっくりと説明を続けた。


「ね、想像してみてくださいよ。ひとつの体にふたつの魂。それってすごく不自然な状態じゃないですか。窮屈で、いっぱいいっぱいで今にも弾けそう。実際その通りなんですよね。そう遠くない未来、わたしたちのうちのどちらかは消えちゃうんです」


「ちょ……」


「そうなると、消えるのは当然この肉体との結びつきが弱いわたしのほうですよね。つまりわたしはそのうちプロデューサーさんの前から消えちゃうわけで。だからあんまり、仲良くしないほうがいいのかなって……。ほら、転校ばっかりしてるコって、そいういうポジションとることが多いじゃないですか。別れる時に辛くなるのは嫌だから、だったらなるべく遠目のとこにいようって。わたしもそう思うんです」


「ちょ……」


「どちらかというとレンちゃんと仲良くしてもらえたらなって……あ、わたし、昔の自分のことを恋ちゃんって呼んでるんです。んで行きがかり上と言いますか、わたしは神様で……えへへ、似合わないですよね?」


「ちょっと待てよ!」


 俺は思わず立ち上がった。

 顔を真っ赤にして、得体の知れない何かに対して怒った。


「なんでそんなになんでもない風に言ってるんだ! とんでもない大ごとじゃないか! 何か他に方法が無いか急いで考えないと……!」


「無いですよ」


「無いなんてなんでわかるんだ! ちゃんと調べてみないとわからないじゃ……っ」


「無いですよ、わかるんです、わたしには」


 予言者のように静かな瞳で、レンは俺を見上げた。


「それにそもそも、もし仮に他の方法があったとしてですよ? それっていったい、どういったものになると思います?」


「どういったものって……」


 ふたつの魂のうちのひとつを別の器に移すとか、あるいはどちらかがどちらかを呑み込むとか……。


「ね?」


 俺の思考を見抜いたかのように、レンは微笑んだ。


 たしかにそれはあり得ない。

 人の魂を入れる器なんてものがあるわけないし、どちらかがどちらかを呑み込むというのも倫理的に許されることではない。

 俺がこうしているのはあくまで偶然の産物であって……あれ、そうか。


「…………俺のせい、なのか?」


 その発想に行き着いた瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走った。


「違いますよ」


「あの時俺が、半端におまえを助けたからか?」


「違います」


「俺が何もしなかったら、おまえはきちんとした状態で……っ」


「違いますってばっ」


 なおも言い募ろうとする俺の頬を、レンはバシッと両手で挟んだ。


「プロデューサーさんがかばってくれたから、わたしは今ここでこうしていられるんですよ。庇ってくれてなかったら、あのまま普通に死んじゃってましたよ。心残りがいっぱいで、きっと幽霊になっちゃってましたよ。うらめしやーって、あの公園でずっと」


「……レン」


「ねえ、だからこう考えましょう。これは長い長いアンコールなんだって。打ち上げの後、雨の中ひとりで歌ってた、あの夜の続きなんだって。ねえ、プロデューサーさん。だからもう少し、わたしにつき合ってください。あなたのアイドルのステージがついに終わりを迎えるその瞬間まで、どうか、傍にいてください」


 レンは俺の頬を解放すると、手をそのまま膝に置いた。

 首を傾け、どこか儚く、寂しげに微笑んだ。


「わたしの、生涯最後のお願いです」


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