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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 1
14/81

ep.12 夜獣の森の戦い

 王女と軍師の主従の誓い。そこへ突如報じられた一つの注進。王女暗殺の密命を帯びた、隣の領主レザム卿の侵攻。六千対九百。絶望的かと思われたこの戦闘は、新任軍師の戦術と、開発した兵器により、一方的な蹂躙と化す。アリサ王女の下、その人有りと謳われた天才軍師リューキの伝説。その序章の幕開けは、示し合わされたかのように美しい虐殺から始まった。


                     エル・アリアノーズ戦記 序章より抜粋









 今でも、たまに夢に見る。

 初めて人を殺したあの夜のことを。人を殺す意味を俺に諭す親父の姿を。

 決まってこの夢を見るのは、人を殺した夜か、人を殺すと決めた夜だった。


 目が、覚める。


 今の今まで俺に道徳を説いていた親父の姿は消えていた。

 代わりに視界に入ってきたのは、俺の上に馬乗りになったライカの姿。


「ん、やっと起きたな。早朝から皆が工作頑張ってんだ。早くいこーぜ」

「おう、待っててくれ」


 気分が悪い。

 ぴょん、とベッドから飛び降りたライカは、床に転がっていた大斧を担ぎあげてトテトテと俺の部屋を後にした。


 誰も居なくなった部屋で、一人深く息を吐く。





 今日、俺は六千人を虐殺する。






 覚悟ではない。ただの決定事項だ。

 このままでは俺達が殺される。ならばその前に殺す、それだけだ。


 服装を整えて、申し訳程度に寝癖を直す。昨日の内に汲み置いた水で、顔を洗う。


「……うし」


 一言呟いた。これはきっと、自分を騙すための一言。

 現実で人を殺している俺が、平静を保つための薬。


 ……いつかきっと割り切れる。

 そう信じて、扉を開いた。














 朝から村は賑やかだった。

 戦が起こるということも、全て分かっているはずなのに。それでいて何一つ問題ないかのように栄えている。当然、所詮は村なので、あまり商業が盛んなわけでもないけれど、それでも畑は潤い、村人たちは笑顔だった。


「……重いな、やっぱり」

「そうかしら。彼らに信頼されてることを誇るべきじゃない?」

「それが重いんだよ」


 アリサと共に、村の内部を歩いていた。重役出勤のようで嫌ではあったが、今から作戦行動地点に向かう。上に立つ者の余裕を見せるべきというグリアッドの意見も、強ち間違いではないのだからしょうがない。

 今は、村人や兵士を安心させることが第一だ。

 早朝の時間帯の内ではあったが、それでも皆はもっと早くから準備を続けている。


「とはいえ、様子を見に行かないとな。昨日のうちにグリアッドには全て教えておいたけれど……まだ準備万端とは言えない」

「そうね」


 二人で用意された馬に跨る。鞍は思いの他しっかりしたもので、少なくとも竜基が資料で見た事のある前漢時代のものよりはマシだった。


 軽く、馬体を蹴る。

 ゆっくりと。それでも人間の足よりは格段に速く、隘路の中を進んでいく。

 竜基とライカの家に向かう時ほどではないが、それでも馬にとっては歩きづらいのか、そこまで速くかけさせることもできないので、馬の初心者である竜基にはちょうど良かった。


「始まるわね」

「……悪いが、アリサ」

「何よ」

「血の河、渡らせる」

「構うものですか」


 お互いの目を見るわけでもない。お互いがお互い、真っ直ぐ前を見つめての会話。

 だがそれでも、思いの丈は伝わる。

 竜基からは、申し訳ないという思いが。アリサからは、覚悟を感じさせる意思が。


 竜基の策では……否。現状では、一番の良策が……虐殺なのだ。




 作戦行動地点、一番村に近い場所に辿りついた竜基たち。

 見れば、軽く見積もっても数メートルはある高さの壁が出来上がっていた。

 壁、ではない。台場である。

 先鋒の騎馬隊ではまず上がることの出来ない岩壁。

 どうにかしてよじ登れば数十秒で行けるかもしれないが、そんなこと、させるはずもない。エイコウとアリサの部隊には、半数に連挺を持たせている。もう半数が持っているのは……。


「良い感じにできてるな。これなら何とかなりそうだ」

「この辺は岩石の類がかなり多いからね。それでもこの量が限界だったけれど」

「十分だろ」


 苦笑しながら、アリサとともに馬を下りた。

 と、そこへサングラスもどきをかけたバカに明るいエセ商人が現れる。

 おそらく、竜基たちのために誰かが呼んできてくれたのだろう。


「おっはYO! リューキ、良い感じだYO」

「……よし、状況見にいってくるか。アリサ、指揮は頼んだ」

「任せなさい」


 エイコウと合流して罠の類を観察しにいく、というのは、昨日から決められていたことだった。何故彼女の同伴に選んだかと言えば、一番彼と別の視点での物事を考えられる人間だと思ったからだ。


 二人して、用意された馬に跨った。先ほどまで使っていた馬は村の物なので、そのまま戻されるようだ。

 地図を見ながら、現地を見回る。

 そんな中、竜基はポツリと呟いた。


「自然と、やっぱり気が引き締まるというか、呼吸がしづらいな」

「これから殺し合いだからねぇ。気分を変えてみたらどうどう? OK! Let's Dance!」

「はは、ありがとな。ミスはしないから、とりあえず状況を見よう」


 無理もなかった。

竜基は、この八倍以上の戦力差を覆すことを要求されていたのだから

今回の計略を、必ず成功させる責務がある。。


 そうでないと、この場の全員が死に絶える。


 ゾクリと、竜基の背筋が凍った。

 殺さねば、殺される。戦争の真理ではあったが、それを如実に体験した数など、片手で足りるほどしかないのだ。

 経験の浅さを、竜基は呪う。


 戦略ゲームでこそ、コンティニューが選べたものの。

 この世界で失敗を犯せばそれは、死への直行ルートでしかない。



 だからこそ、今。頭をフル回転させて“戦う”必要があった。



 足場の悪いこの場所を、二人は騎乗して回る。軍用の馬でなら駆けようと思えば無理をすれば駆けられるか……と竜基はこの地点を考察していた。

 まずは、現状をきっちり把握する必要がある。

 罠の具合はどうか。どれほどの兵力ならば凌げるか。

 机上の策では終われない。もう一度状況を把握しなおさねばならない。


 エイコウは一通り全てを見てきた上で、竜基に罠の解説をしてもらうつもりで居た。

 昨日の夕刻まで行った設置作業では、時間がもったいないとのことで罠に関する解説を聞くことは叶わなかったから。


 竜基の作戦では火の海になる予定の場所だった。即ち、一番細い隘路と、川のちょうど中間地点。

 と、そこで竜基が思考の海から戻ってきた。


「ありゃ、草玉数個落ちてるな」

「落とされたんだYO」

「あれが?」


 乾いた藁や枯れ木を集めて絡め、燕の巣のように組んだ大玉。この森では造りたい放題だったので、昨日の時点で六十以上も制作していたはずだった。

 精霊石を置いていたにも拘わらず落ちたのか、と竜基は思考する。

 竜基の視界に、一つ、二つと点在する草玉が入った。

  

「落とされたのは数個だけど、拾い上げる暇があったら崖の上から作りなおした方がいいYO」

「……まあ、下に数個あっても害はないか」


 そうして騎上で揺られるうちに、一番細い箇所。作戦行動、退路を断つための岩雪崩を起こす地点にまで辿りついた。

 それまでに見つけた草玉は三つ。どれも通行を阻害していたが、正直あまりその意味での役には立っていなかった。


 さて、問題の最隘路。

 この街道の西側は崖になっている。東側は西に比べればまだマシではあるが、それでも傾斜角度の大きい場所。まさに、ここは一種の谷間であった。


「東の斜面には堰き止めてある瓦礫の山。西からは……凄いねリューキ。あれはなんだYO?」

「崖に置いたのは守城兵器の応用で作った藉車(しゃしゃ)もどきだな」


 藉車――守城兵器の一つで、城壁の内部を行き来する駆動車両である。車体の半分ほどが城壁の外に乗り出す設計となっており、その床に空いた穴から次々と煮え湯や岩を落とす代物だ。

 今回はそれの応用として、瓦礫の類を様々な場所から流し込む車両へと姿を変えている。藉車の乗り出した部分が斜面となっており、重い岩でも自然と流し込める設計だ。


 村を守りたいという女子供が、半年前から一生懸命作っていた。竜基も時折手を出し口を出し、強度及びバランスは保証できるものとなっている。

 その分、取り回しが利かないうえに酷く重いものとなってしまったが。


「……これで岩雪崩を起こし、閉じ込めたところを火計、か。えぐいけど常道だYO」

「そうか、常道か」


 これから行われるのは大虐殺だ。そう考えていた竜基にとって、やはりエイコウの価値観は有難いものだった。

 少々、それで罪悪感は薄れた気がした。





















 どうしてこんなことになったんだろう。


 気が付いたら僕は、枯れた山に放り出されていた。

 そこへやってきたのは、痩せぎすの老夫婦。


 混乱した。何があったのかと。何で、こんな状況になっているのかと。

 理解できるのは自分の名前とか、年齢が十六歳とか。そのくらい。現状が全く分からなかった。


 聴いた話ではここはサイエン地方と呼ばれる場所で。

 食糧も少なく、酷い領主が悪政を敷いているところなのだそうだ。


 身寄りのない僕は、初めて出会った老夫婦の家で、痩せた土地を耕して数週間を過ごした。凄く感謝されて、嬉しかった。

 なんでこの辺は荒れていて、誰も居ないのかと聞いたけど、領主のせいとしか答えて貰えなかった。


 ところがその少しあと、いきなり背後から誰かに襲われて、気絶させられた僕は連れて行かれた。

 連れて行かれた場所は、その噂の領主館だった。


 僕が次に目を覚ました時、金髪のおじさんが覗き込んでいた。凄い鍛えられた体のはずなのに、頬がこけた不思議な人だった。

 斯く言う僕も、ろくな食べ物を口にしていないので多分頬はこけていたのだろうけれど。


 その人は、ギースさんと言った。

 なんでも、僕は領主の命令で誰かが連れてきたのだそうだ。

 若い人間を出来るだけ集めている、と。

 そして、僕はあれよあれよという間に武装させされて、これまたやせ細った馬をあてがわれて、急に調練が始まった。


 当然、馬に乗った記憶もない僕は見事に転げ落ち、何度も怪我をしたし何度も気絶した。

 けれど、そんな僕にギースさんは、筋が良いと言ってくれた。


 どうせ身寄りもない身だし、強いて言うなら老夫婦が心配だったけど、僕は僕に出来ることを頑張ろうと思った。


 そして、薄いスープと草のサラダ、時折雑穀を食べながら、僕は調練を続けた。

 仲間も出来た。色んな人が居た。


 そんな僕は、いつの間にか騎馬隊に入っていた。


 給料はそんなに出なかったけど、嬉しかった。頑張った甲斐があった。

 食べ物が買えた。

 このサイエン地方では、選ばれた貴族が徳を持って税を徴収しているらしい。

 間違ってると思う。

 徳が高い人というのは、ギースさんみたいな人だ。

 間違っても、民を顧みない人たちじゃないはずだと思う。


 そんなことをギースさんに言ったら、絶対に言うなと怒られた。

 それを言うと僕が殺されるんだそうだ。……それは嫌だった。


 僕は計算が出来た。

 おかげで、部隊の中でも一目置かれるようになった。

 食糧の計算とか、軍馬の費用とか。自分用の馬も与えられた。

 こんな僕でも役に立てることがあって、頑張ろうと思った。


 そして、僕を鍛えてくれたギースさんは、恩人だった。


 でもあまりギースさんは人気が無い。根が生真面目すぎて、ちょっとのことでも厳しく罰するからだそうだ。

 確かにこの生活は厳しい。けれど、僕は真面目に生きるギースさんを尊敬していた。


 そのことを同僚に話すと、お前も同じ口かと笑われた。

 確かに、僕は真面目かもしれない。


 そんなこんなで一か月が経った。

 厳しい生活ではあったけど、それでも僕にとっては充実していたんだ。



 どうしてこんなことになったんだろう。


 急に、副官に任命された。

 かと思ったら僕も知らないような人や馬をかき集めて、計六千の部隊が出来上がった。即席だし、馬匹の個体差も大きい。それに何より、兵士として連れてこられた皆の元気がない。

 可哀そうだと思った。これから、戦場に引き出されるのが。


 でも、怖いのは僕もだった。


 死にたくない。生きたい。

 戦いの練習はしてきたけど、殺したことなんてない。

 不安を抱える僕を副官に任命したのは、僕が文官としても使えるからだそうだ。

 ……文官って、戦場じゃ意味ないんじゃぁ。


 そうこう言っているうちに、出立。えぇ!? 兵糧これだけ!?

 文句を言おうにも、ギースさんは黙って睨んでくるだけだった。これじゃ怖くて何も言えないよ。


 そのまま、痩せた軍馬たちとともに、僕らは駆け出した。

 聞いた話によると、北アッシアを攻めるんだそうだ。

 勉強した限り、北アッシアって魔獣も多いし、王女様が居る場所のはず。

 ギース様は何と、王女様を殺せと言われたらしい。


 舌を噛むから喋らなかったけど、半日の強行軍で沢山の人が倒れたらしい。

 こんな移動の仕方だったら当然だと思う。


 ……怖い。


 僕は、これから戦えるのだろうか。


 そんな不安に駆られている時に、ギースさんが部隊を停止させた。


 馬を半分、殺すという。


 そんなバカな!

 ギースさんって人は、どんなに自分が辛くても、馬に買い与える食糧分だけは確保するほど馬が大好きな人だったはずだ。

 間違っても……間違っても馬を殺して食べるなんて考える人じゃない。


 でも、そんなことを進言できる雰囲気じゃなかった。

 僕は希望的観測だけを述べて……他の副官たちに指示を出した。

 馬を殺して食糧の足しにしろと。もったいないから蹄鉄以外全部食べて、と。


 涙が、出てきた。

 どうしてこんなことになるんだろうと。


 どうして、こんなに苦しいのだろうと。


 そして、一夜が明ける。


 兵糧は、それでもギリギリ足りたんだ。

 これできっと、北アッシアを落とすまでは大丈夫だ。


 ギースさんが兵士を纏めあげ、進軍を開始する。


 夜獣の森。

 そこを抜ければ、平原一直線で北アッシア城だ。

 ようやく、この哀しい地獄が終わるんだ。

 そう、思った。








「斥候が帰ってきました」

「通せ」


 ギースさんの指示に従い、物見に行かせた一人の兵士がギースさんの馬の前に膝を着く。


「この先に兵士はいません。やはりこちらが騎馬隊と知っての籠城かと」

「ふむ」

「ただ、村人らしき人間が数十、岩を積み上げて作ったような小山に陣取っています」


 村人?

 ……そういえば、この街道沿いに一つ村があったことを思い出す。

 そうか、彼らも必死で自分たちの居場所を守ろうとしてるんだ……。


「岩を積み上げて作った小山?」

「はい。馬で進むのは不可能なほどの。厄介極まりないのですが……引き返しますか?」

「……人間が進むには?」

「頑張れば行けるかと」

「時間稼ぎには最適か……」



 ギースさんは、思案顔でそう言った。

 でもこれから引き返すとしたらそれこそ途轍もない時間が必要になる。

 この隘路で方向転換など、もう出来るはずもない。

 ……きっとギースさんの脳内には、また馬を捨てるという選択肢が生まれている。


「構わん、直進だ。反転に時間がかかりすぎる。それこそ、村人にすら出し抜かれたことになるからな。……もしかしたら、それが狙いだったのか?」


 ふと、ギースさんはそんなことを呟いた。


 確かに、それは言えている。無力な村人が生きるために、先鋒の騎馬隊を引き返させるという選択肢を突きつけた。


 確かに、馬を殺して進むほどの覚悟が今も無かったとしたら。

 僕らは進軍を躊躇ったかもしれない。


「直進しますか?」

「それしかないだろう。まずはその小山とやらまで進むとしようか」

「はい」


 でも、僕らはもう、進むしかないんだ。

 食糧も足りない。時間もない。だから、村人さんたちにかける慈悲も無い。

 申し訳ないけど、村人さんたちの思うようにはならない。


 なぜなら、僕らは帰るつもりが無いから。

 もっとも、僕はもともと帰る場所なんかないのだけれど。


 心の中で謝罪しながら、進軍を再開した。


「……怖いですね」

「この森は、化け物が多いからな。仕方がない」

「夜にしか活動しない、でしたっけ。不思議な森ですね」


 そんな会話をしながら、僕らは進む。

 一か所とても狭かったけど、そこも抜けることが出来た。


「これ、なんでしょう?」

「分からんが、魔獣の生態なんてしらないからな」


 変な草の玉があったけれど、魔獣って良く分からない。

 草の玉からは、すん、と胸やけのするようなにおいがした。


 川があった。

 一口ぐらい飲んでも構わないということで、後方に続く皆には悪いけど馬上から飛び降りた。川に接した者から少し飲むことを許す、という達しが出たので安心かな。


 六千の兵士のうち、何十……ううん、何百が欠けたかは分からないけれど。

 それでも、僕らは生きている。

 大丈夫だ。僕は、生きてる。


 川の水をがぶ飲みしながら、生を感じた。

 ああ、やっぱりどんなに辛くても、どんなにお腹が空いていても、生きていたい。

 帰る宛もない僕だけど、生きていたいんだ。


「大丈夫か?」

「はい……これから村人を殺すんだと思うと、心苦しいですけれど」

「……そうか」


 ポツリと、ギースさんは呟いた。


「お前は、生きていることに一生懸命だな」

「はい?」


 突然の言葉に混乱してしまう。でもそんな僕を余所に、ギースさんは小さく語り始めた。



「俺は、この王女殺しでレザムが斬首になりさえすればそれでいいんだ。俺が死のうが、グレン様に会いに行くだけだしな」

「……そう、ですか」

「ああそうだ。だから、お前が眩しいと思う」

「へ?」


 思わず水を両手で救い上げた格好で手が止まった。


 僕が……眩しい?


「お前の御蔭で、何とか俺はここまで頑張っていられた。もしお前が俺の後ろを付いてくるようなヤツでなければ、とっくにレザムを殺していたかも知れん」

「えぇ!?」


 僕の声に反応したのか、周りの兵士たちが一様にこちらへ視線を向ける。

 ……なんだよもう。


「……まぁいい。だからもし万が一があったとしても、お前は生きることに集中しろ。お前が戦うには、戦場というのは厳しい」

「え、で、でもギースさん僕のこと褒めてくれましたよね? 筋が良いって」

「馬の話だ。戦闘技能が無いからあんなに沢山気絶したんだろう」

「……あ、あんまりな事実だ……」


 がっくりと肩を落とした。

 僕が筋良かったのは、馬術だけかぁ……。


「とにかくだ。生きたいか? お前は」

「それは……生きたいです。でもギースさんも生きててください」

「できない相談だな」

「なぜ!?」


 ……楽しげに笑うギースさん。

 からかっていたのか。そう思うと、腹が立つ。


 さて、と膝を打ち、ギースさんはひらりと馬上へ戻る。

 進軍再開、僕もいかないと。

 後方に続く兵士たちが、かわるがわる水分を補給していく。うん、停滞しないくらいに、進んでいこう。


















 順調だ。

 竜基は一言呟いて、頷く。

 周りには、いつも良くしてくれる村の親父共や、優しい人生の先輩である兄貴分たち。

 皆が皆、竜基を信頼して合図を待っていた。


 眼下に見える隘路では、兵士たちが五、六人ずつ横並びになって進軍していた。

 表情はあまり見えないが、覇気に満ちていることはないようだ。


 予定通り。

 もうしばらくで、中央の輜重隊が現れるだろう……それより後ろは、自分たちの後方で堰を切った後のグリアッドたちと、ライカが上手くやってくれるはずだ。

 ならば、ここらで時は満ちた。

 竜基は、声を張り上げる。


「今です! 火を! 火の玉を放り込んでしまってください!!」


 振り下ろした木の枝。それを合図に、全員が目の前にあった草玉を燃え上がらせ、そのまま突き落としていく。隘路に群生する草木も燃えやすいことは確認済み。後は、燃えろ。食糧も馬も人々も。皆皆、焼き尽くせ。








「火の手が上がりました! 前方に火の手! リューキ様が事を起こしたようです!」

「最高のタイミングだね~」


 グリアッドは、自身の居る森の最隘路を眺めて笑った。

 何せ、ちょうど最後尾が見え始めたところだったから。

 報告に来たのは、ライカよりも年下であろう少年。自分の課せられた任務を、必死で遂行したに違いない。


「工作隊! 堰を切って落とせ! 退路を断つんだ!」


 グリアッドの声に、反応した人間が次々に斧で仕掛けを断ち切っていく。同時に次々と落下していく瓦礫の山。


「なんだ!?」

「逃げろ! 罠だ!!」


 隘路の方で叫ぶ人間の声が聞こえた。さて、ここからが本番だ。


「道は絶った。じゃあ、火炎地獄と洒落込もうか」


 藉車を一生懸命動かす工作隊の面々に、グリアッドは笑いかけた。


「草玉を落とせ! 瓦礫を浴びせろ! 後のことなんて考えるな!!」


 後方は、大混乱に陥った。









「……寝こけ野郎がやりやがったな」

「ライカさん、では」

「おう、突っ込んでやらー。おめーは連絡にいけ」

「はい!」


 輜重隊と合わせるようにして後方から進んできたライカ。

 彼女に付けられた二人の兵士は、ライカが突入するという事項を前方に伝えるために飛び出していった。


「さて……リューキの作戦を不意にするわけにはいかねー」


 大斧を振るう炎の悪魔が、舞い降りる。


「うおっしゃああああ!」

「なんだ!? 幼女だ! 幼女が降ってきた!!」

「誰が幼女じゃこるぁあああああ!」


 ――炎陣舞踊――


 大斧から繰り出される、大蛇のような炎の渦。何重にも渦を巻き輜重隊に襲い掛かるそれを、誰も止める術を持たない。

 その間も、ライカは斧を振るう。振るう。

 終わらない炎の輪舞は、どんどんと範囲を広げていく。


「なんだ!?」

「消せ! 消せ! 消火するんだ!」

「ぎゃああああ! 熱いよぉ! 消してくれええええ!」


 輜重隊は既に火の海。ライカから繰り出される炎は、山火事を起こすほどの威力。

 この程度の隘路を火炎地獄に変えることなど、造作もない。


「報告します! 幼女が! 幼女が輜重隊を火の海に!」

「はあ!?」

「き、来ます! アイツです!!」

「うぉ!?」


 輜重隊前方に居た副官の一人が、報告を受けて背後を見れば。

 そこは揺らめく陽炎の地。

 一人の幼き炎魔が、大斧を肩にかけて悠々とこちらへやってくる。


「こっから先も……焼き尽くしていーのかな」

「……ま、まさか……」


 獰猛な笑みを浮かべた少女。振るった大斧から発せられる、尋常ではない熱量。


「魔剣……使い……?」

「あ~そーだよ。じゃ、愉快に踊ってくれ」


 副官が最後に見たのは、己を一瞬で包み込んだ地獄の業火だった。

 感情の一つも見せぬ内に、ライカは輜重隊を焼き尽くした。
















 愛馬に跨り、僕らは進む。

 隘路は険しい。

 と、その時だった。

 曲がりくねった道。山間の谷間のような場所に出る。

 そこに居たのは数百人の村人らしき人間たち。

 ……村人らしき?

 違う!


 はっと気づいた。あの装備は村人のものではない。

 正規兵のものだ! ……ということは。


「これって」

「……待ち伏せか。周りに警戒しつつ……突撃だ」

「はい!」


 道は地味に塞がれていた。確かに、馬じゃ通れないな。僕の背丈の五倍くらいあるもの。


「ギースさん」

「ああ。この場所なら、四騎展開できるな……行くぞ!」

「突撃!」


 突貫する。ぐんぐん近くなる敵兵たち。その先頭に立っていた何やら不思議な格好をした女性が、手を振り下ろした瞬間だった。


 気が付けば、僕は宙を舞っていた。


 ……え?


 耳鳴りが酷い。こんな凄まじい音聞いたことない。

 僕の愛馬が興奮状態に陥って暴れているのが見えた。


 どさりと、お尻から地面に落ちた。東側の斜面に叩きつけられたようで、激痛が走る。


 でも頭を打たなくて良かった。

 いったい何が起きてるの?


 音が聞こえない。けれど、僕らの騎馬が言うことを聞かずに暴れ狂っているのだけは見える。何だよ、コレ。


 何だよ! コレ!


 と、見れば後方が燃えていた。


 だんだんと耳が聞こえるようになってくると同時に、使者らしき人が僕によってきた。


「副官殿! 後方退路を断たれております! 隘路に岩雪崩の如く倒木や岩石が転がりこみ、さらに火の手が!」

「な……んで……?」


 どういうことなのか、理解が追いつかなかった。


 これは、悪い夢?

 耳も痛いし……僕たちが来た方からは黒い煙がどんどん出てるし……


 何なんだよ……いったい……。


「副官殿!」

「は、はい!」

「我らを飲みこまんとするほどの火の玉が次々と崖の上から降り注いでおります! 後方火の海につき、退却不可能です!」

「中軍に謎の敵兵が単騎で出現! 輜重隊は壊滅状態です!!」

「後方との連絡が取れません!」


 次々に伝令が押し寄せる。

 

 逃げ道は、前方だけ?


 ううん、前方も軍馬が邪魔だし……山の中はどこも火の手が移って……まさか。


 さっきの草玉の匂いって……油?

 しかも、この辺も違う匂いがする……何かは分からないけど、僕の頭が……記憶の奥底が、逃げろ逃げろと訴えている。


「副官殿!」

「逃げて! お願いだから逃げて! ギースさんはどこ!?」

「部隊長殿ですか!? 今はこの狭い場所での大混戦の中、どこに居るか分かりません!」

「どうして!? どうして僕は分かってギースさんは分からないのさ!?」

「そ、そのようなこと言われましても!!」


 と、僕が当たり散らしていたすぐ真横に、日輪が降ってきたような感覚。


「ぎゃああああ!?」

「え!? ちょ……あああああ!?」


 先ほどまで僕を諌めていたはずの人が燃えていた。それにどんどんこちらへ炎が燃え移る……!


『……まぁいい。だからもし万が一があったとしても、お前は生きることに集中しろ。お前が戦うには、戦場というのは厳しい』


 ギースさんの言葉がフラッシュバックした。


 なんで……どうして。


 どうして万が一なんてことが目の前で起きてるんだ!!


「心を鬼にしろ! 馬を切り捨てて進め!! 向こうは音が凄いだけだ!! 当たっても痛くないぞ!!」

「ギースさん!?」


 声が、聞こえた。


 見れば斜め前方で、混乱する馬匹を切り倒しながら小山の方へと駆けるギースさん。

 その剣技は、馬の胴体も切り捨てる。


 僕も……頑張るんだ。


 弓を、握りしめた。

 僕は剣の才能より、弓の才能の方があると言われた。

 今思えば、もしかしたら剣の才能が無かっただけかもしれないけど。


 ……でも、今はがむしゃらにやるしかないんだ!!


「お! お前も無事か!!」

「はい! でも火がもうすぐそこまで!!」

「クソ! 六千の軍隊がこんな寡兵に……!」


 歯噛みしながらも、馬を切り捨てていくギースさん。混じるようにして、農民兵らしき奴らも切り倒していく。


「……あああああああ!!」


 矢を番える、放つ、番える、放つ……


 短絡的なことしかもう出来ない。

 もう、何が何だか分からないよ!!


 周りが熱い……どうしてこんなに……。

 まるで灼熱地獄に居るみたいだ。


「あああ!!」


 気が付けば、農民兵の一人が僕に跳びかかってきていた。

 慌てて番えていた矢を放つ。

 狙いは喉。貫け……!


「ぐぎゃ!?」


 どさり、と倒れ伏す農民兵。……僕は、今、初めて人を殺した。

 でも仕方がないんだ。やらなければ死ぬ。

 僕は、生きたいんだ……!


 炎から逃げるように前進しているはずなのに、どんどんと燃え移っているどころか、炎を纏った草玉が次々に飛来する。

 もう……もうやめてよ!!

 皆死んじゃうじゃないか!!


「ぐっがああああああああああああああ!?」

「ギースさん!?」


 僕の目の前に吹き飛んできたのは、紛れもなくギースさんだった。

 ……でも、いったい何が……。


 ふと見れば。ギースさんが吹き飛んできた直線上に、地面にモグラの通った後のようなライン。

 そして、ひび割れた土層。


 何が起こったの!? 何が起こったら、こんな“暴風が通り抜けた”みたいな痕が残るの!?


 ギースさんの鎧、腹部が異様な形にべっこんと凹んでいた。

 そこに何かを受けて吹き飛んできたの……?


 誰が……? いや、人が出来る芸当じゃない。何が今度は僕らを狙っているんだ……その抉れた直線をなぞる。


 その先に居たのは、僕の予想と違い、“人”だった。

 でも、その剣の一振り一振りで、冗談のように僕らの軍馬や仲間が空へ吹き飛んでいく。


 人の姿をした兵器だ、あれは。


 恐怖に血の気が失せる。


「中々手応えあるな! 根性も申し分なしだ!!」

「……ふ、ふざけやがって……」


 口元から血を流しながら、ゆらりとギースさんは立ち上がった。僕と違って、ギースさんの瞳からは光が失われていない。宿るのは闘志。


 ……で、でもこんなのに時間かけてたら死んじゃうよ!


「ギースさん!! 逃げようよ!」

「……お前、か……。お前は、逃げろ……」

「何を言ってるのさ!!」


 ギースさんは僕の方になど目もくれなかった。見据えるのは、茶髪の鉢巻男のみ。


「……まだまだだ」


 そう、ふらつきながらも剣を取るギースさん。だが、何故か相手は攻撃を辞めた。

 不思議な装飾の剣も、静かに下ろす。

 その視線は、僕を見つめていた。……え? 僕……なの?


 怖い。


 足が竦む。


 震えと手の寒気が止まらなかった。


 けれど。


「辞めだ、辞め」

「何の……つもりだ……」


 剣を収めた青年は、そのまま背を向けた。飛びかかろうとするギースさんだが、足元がおぼつかないようだ。慌てて支える。


「大事なヤツ守りながら戦う男に、ちょっぴり胸が熱くなっただけだ。生きていたらまたやろうぜ」

「ま……て……」


 おそらく、ギースさんは一太刀も浴びせられなかったのだと思う。

 あれほど悔しい顔を見たことがない。


 けれど、何だか暑苦しいあの青年は既に消えていた。


「もう逃げようよ……ギースさん!」

「お前は、生きろ」

「またソレ!? 僕はギースさんにまだまだ教えて貰ってないことがいっぱいあるんだよ!?」

「ふん……教えたって理解できるか」


 軽口を叩こうとするギースさんに、無理やり肩を貸す。こんな魔境に居たら死ぬ。


 もう火の手は、先鋒だったはずの軍馬さえ焼き尽くす勢いで迫っていた。


 小山には、もう村人は殆ど居ない。居るのは、たった数人だけ。

 おそらく、この場に残る必要など無いのだろう。だって、もう僕だって見回す限り炎しか見えないんだ。


 残ってこの地獄を眺めているのは、変な黒いもので目を塞いだ女の人と、僕と同じ黒髪の少年……そのくらい。


 と、轟、と凄い音がなった。


 炎がまた近くの木に引火してこちらへと向かってきていた。

 逃げ……ないと……。


 もうすぐ、もうすぐ小山に辿りつける。後はあれをよじ登ればいいんだ。

 ギースさんがあれを上れないはずはないし、僕だって……。


「頑張ろうよギースさん、きっと登れる!」

「……あぁ」


 ようやく頷いてくれた!

 もう、味方の姿は殆どない。

 この灼熱地獄の中で火が届いてないのはもうここくらいかも知れない。

 小山らしき岩壁に手をつく。息をするのがつらい。空気が無いみたいだ。


 うん、でもこれなら大丈夫。


 ギースさんも生きるっていってくれた。僕が頑張って引っ張ってきた甲斐があったんだ!


「さ……のぼ――」


 肩を貸していたはずの手が、突き放された。


「……え?」


 岩壁に叩きつけられる僕。


 見上げる視界に映ったものは。





 何でさ。


 ギースさん、死んじゃうよ。


 いくら僕がどんくさいからって突き飛ばさなくてもいいじゃないか。


 一緒に避ければよかったじゃないか。





 そんな、バカデカい火の玉。






 まだ、飛来していたのかという絶望と、眼前の光景に対する混乱で脳が焼き切れたような、茫然。


「……ギ……ス……さん……?」

「ああああ! 行け! いけええええええ!!」

「なん……で」


 自分の体の倍くらいある火の玉を、抱きかかえたようにして、僕に背を向けたギースさんは叫ぶ。



「死んじゃうよ!!逃げようよギースさん!!」

「触るな!! もう時間がねぇ!! お前だけは生きろ!! 生きたいんだろ!?」

「生きたいけど! ギースさんを見捨てていけない!!」

「バカ言ってんじゃねえ! お前は! 生きるべきなんだ!!」

「そんな……そんなの無いよ!!」

「登れぇ! 時間がねええ!」

「うわ!?」


 とうとう岩壁の目の前まで燃え盛ってきた……ギースさんの姿はもう、炎にまみれて見え辛い……


「いっけえええ!! バカ弟子があああ!!」

「……う、ぐ……」

「生きたいんだろぉ!? げほ・・・ガハァ!!」

「ギースさん!!」


 叫んだ。そしたら、ギースさんは振り向いてくれた。既に火傷で顔が黒くなっていたけれど。それでも、ギースさんは、笑っているように見えた。





「シムラああああああああああああああああああ!!!!! 良い女になれよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 僕から炎を遠ざけるように。

 火の玉を抱えたままギースさんは炎の中に突っ込んでいく。



「ギーーースさああああん!!!」


「ギーーースさあああああああああん!!」


「ギーーーーーーースさあああああああああああん!!!!」




 何度も大声を上げた。喉が痛くなっても声を張り上げた。



 けれど、それっきりギースさんの返事は帰ってこなかった。


 涙があふれ出す。


 なんでだよ。


 なんで、どうして。


 どうしてこうなっちゃったんだよ!!



 もう……なんでもいいかな。


 悪い夢だ、コレ。



 そんな風に、火炎に揺られながら僕は思っていた。


 けど。


『お前は、生きろ』


「ふぇ?」


 耳元で、何かが。何かが聞こえた気がした。



『生きたいんだろう?』



「ぎ、す……さん?」


『いい女になれよ、小娘』


「うる……っさい……」


 目の前が霞んで見えた。


 けど。うじうじしてられない。


 死ぬ、このままじゃ。







 ……生きなきゃ。






 そうだ。ギースさんを見返すんだ……。


 岩肌を掴む。震える手で、力を振り絞る。


「あ……ぐ……」


 ――ギースさん……


「もう……一歩……あっついよぉ……」


 ――僕はギースさんを、本当のパパだと思いました。


「足が焼ける……あああ!! うぐ……」


 もう、僕が居たところさえ炎に包まれた。異臭が凄い……ギースさんは、もう見えない。


 ――だから……最期に名前で呼んでもらえて……嬉しかった。


「生き……なきゃ……」


 ――なってあげるよ……ギースさんも悔やむようないい女に……だから……


「もう……限か……生き……たい……」


 ――ありがとう。お父さん。



 岩壁を上り詰めるギリギリのところで、僕の意識は途絶えた。


 最後に見たのは、僕と同じような黒髪の少年の……険しく苦しそうな表情だった。





















 馬は元来臆病な生き物だ。

 音、というキーワードで思い出した。あの、銅碗口銃の出番だった。


 一斉射撃で耳の良い馬たちを狂乱させ、そう易々とこちらへ敵兵を来させないための壁とする。そして、退路を断ってライカの作り出した火を次々落とし、油と、銅碗口銃の火薬にも使われている硫黄らしきものを使用した結果、目の前の火炎地獄。


 策は完全成功。


 ……エイコウさんはホクホク顔。軍費がかさむ。


 グリアッドやガイアスからは賞賛されたし、ライカや村長もほっと安堵のため息を吐いていた。


 というか正直魔剣使いって改めて見るとスペックやっぱりおかしいわ。

 ガイアスが死体やら人馬後方に吹き飛ばすわ、ライカは獄焔の中で一人平然と大斧振り回すわ……。


 とにもかくにも。


 今宵は戦勝祝いだ。

 俺もしっかり楽しまなければいけないな。







 と、そこまでが俺の、言うなれば表に出した感情だった。



 俺は殺した者の責任として、最後まであの地獄を見下ろしていた。もちろんただの自己満足で偽善で、反吐が出るほど正義らしい振る舞いだ。


 悪役は、どう考えても俺だった。


 六千人を焼き殺した火炎地獄。

 俺は今回、村や仲間を戦火から守るために、この虐殺案を取った。


 確かにそうだ。この虐殺にも似た戦略は、褒められこそすれ味方からの非難は無かった。


 ……だが。もう少しうまくやれなかったのだろうか。

 仕方がなかったという感情と、後悔の感情が俺の中でせめぎ合う。



  アリサの兵が少なかった。政治的に立ち位置が悪かった、そんなもの、言い訳にもならない。

 眼下に広がる骸だらけのこの森が、俺の業、その全て。


 ――全員を殺すしか、道は無かったのか。


 泣き叫ぶ亡者のように、必死で炎から逃げ回る人々を容赦なく焼き殺すしか道はなかったのか。


 ――違う、皆を守ったのだ。敵は殺す、当然だ。

 この策以外で、味方の死者を最小限にする方法は俺には思いつかなかった。


 渦巻く感情。


 後悔、諦念……そして安堵。


 嫌になる。


 敵だというのに。敵だと言うのに、俺は殺したくなかったんだ。



 人道?


 もしそんな道が一本あったとして。俺は、とっくにそんな道から外れて空中散歩でもしているのだろう。


 火炎地獄が下火になった後も、俺はしばらくそこで盛大な焼け跡を眺めていた。


「……生きたい、か」


 俺の真横には、一人の少女が気絶したまま倒れている。両足ともに酷いやけど。呼吸器にも異常があるかもしれない。

 そんな彼女は、俺の足元にまで上り詰め、これ以上ないほど歪んだ泣き顔で「生きたい」と言った。


 思わず拾い上げてしまったのは、何でなのだろうか。


 捕虜にした? なるほど軍人として当然のことだ。


 だが、俺はそんな軍事的考えを、この場で持ち合わせてなどいなかった。


 ならば、何故?


 後悔? 悲劇の英雄気取り?


 終わらない自問自答。


 俺はこうやって「生きたい」と願った人間たちを否応なく焼き殺したのだ。


 でも、だから……何だってんだよ。


 吐き捨てる。


 軍師になりたい、と願った最初の頃。


 策を巡らせて戦争に勝てばいい。ああそうさ、それが軍師の仕事だよ。


 それを俺はカッコいいと思っていたし、逆にこんなことで罪悪感を抱く人間は愚かだと考えていた。








 ……ああ、愚か者だ俺は。




 決定事項として、俺は六千人を虐殺すると決めたのに。


 なのに、後悔してやがる。


 全然、割り切れてないじゃないか。




 胡坐をかいて座りこんだ。拳が、小山の岩を突く。

 割れるはずもないその岩が、どうしようも無く憎らしかった。


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