帰還
ハンス達は開拓村へ戻り、村長に事の顛末を報告した。無論、群れのリーダーが過去に人と交わりを持っていたテイム・ビーストだった事は話さずにおいたのだが。
「……では、ワイバーンが村を襲う事は無いと?」
「ええ、半数は討伐しましたから……暫くは人里に侵入する事は無いと思います」
「おお……それは良かった! ならば他の者も村の外に出ても安心ですな!」
エドがそう伝えると、村長は安堵しながら彼の前に皮袋を差し出した。
「……これは?」
「我々からのほんの気持ちです、お納めください」
「いや、街に戻れば正規の報酬は頂けます。これは貰えません」
「しかし……」
「村の状況はまだ余裕が有りませんし、二重取りなんて出来ません。だから、このお金は復興に充ててください」
「……ありがとうございます……」
エドが皮袋を戻すと、村長は何度も頭を下げ、彼に感謝の意を示した。
「あ~、勿体無い事するわね! どうせなら貰っておけば良いのに~!!」
「完全に討伐した訳じゃないですから、そこまで欲張る権利は有りませんよ」
村長の家の前で、エドをミルポアがそう言って煽るが彼は意に留めない。だが、そんな口調で話したのは最初だけだった。
「……でも、どうやってあのワイバーンの群れを追い払ったの? 流石にあれだけの群れとなれば簡単にはいかないと思ってたけどね……」
「まあ、偶然が重なって上手くいっただけですよ」
「……ふぅん、そっか……」
そう答えながらミルポアは荷物を担ぎ直し、
「じゃあ、戻る間の警護も期待してるわよ! 何せ一日二日じゃ辿り着けない馬車の旅じゃない? 何があるか判ったもんじゃないからさぁ~!」
それまでの物静かな口調を一転させると、彼の肩を景気付けにパシンと平手打ちした。
「……成る程、ねぇ。大体の事は判った……」
中央都市に戻ったエドがアルベルナに討伐の顛末を報告すると、彼女は開いていた帳面に彼の口述を書き留めてからパタンと閉じた。
「あの、アルベルナさんは以前ビースト・テイマーだったんですよね」
「ああ、その事か……確かに昔、そうした生業で日々を過ごしていたよ。それが何か……」
「ワイバーンが別れ際に、貴女と良く似た名前を口にしたそうです。心当たりありませんか?」
エドがそう尋ねると、アルベルナは溜め息と共に声を上げた。
「……ふっ、知っているさ。随分前に国を揺るがす跡目争いが起きた頃……今の王は後ろ楯も持たぬまま、迫り来る刺客や卑族に日々命を脅かされていた。だから、彼に着くのは同じように持たざる者ばかりでね。中には、忌み嫌われるワイバーンを使役するビースト・テイマーまで居たそうだよ」
他人事のようにそう話すアルベルナだが、その眼差しは懐かしい思い出を語るように楽しげである。
「その娘は、正式に召し抱えられる段になり、自分が彼の傍らに居ては家臣が恐れて近付かなくなる、と言って去るつもりだった。だがワイバーンは、娘に人と交わって生きるべきだと自分から去っていってね……それから、娘は斡旋所を開いた訳さ」
「……じゃあ、やはりアルベルナさんがワイバーンの……」
「そうかもしれないし、違うかもしれないよ。それに、ワイバーンを使役するのは今じゃまず許されないし、そんな奴が街を歩き回っては誰も寄り付かないだろう?」
エドの言葉をやんわり否定しながら、アルベルナは書類が詰め込まれた棚の上を眺める。そこには埃を被った銀色の大きなメダルが置かれ、そしてその脇には角笛に似た象牙色の何かが有った。
(……今の私には不要な品だな。斡旋所の経営に必要なのは仕事を任せられる人材と、それを活かして仕事を回す頭さえ有れば……)
彼女はそう思いながら、エドに依頼料を手渡した。
「あっ、いらっしゃーい! お久しぶりですねー!」
昼下がりの料理屋にやって来たハンス達を、快活な笑顔で看板娘のチリが出迎える。そのまま店の中に案内しようとした彼女だが、ハンスは顔の前で手を左右に振りながら、
「いや、今日は食事じゃなくて……以前聞いた持ち込み食材を……ちょっと見て貰いたくてね」
そう言うと、店の前に停めてある荷車を指差した。
「あー、そーゆー事ですか! でしたら、店の裏の勝手口まで回して貰えますかぁ?」
「ああ、忙しいのに済まないね。急いでる訳じゃないから、お店が落ち着いてからで構わないよ」
「まぁ、大丈夫ですよきっと! ウチのししょーは変わったモノが大好きですから! ……で、あれは何なんですか?」
チリが興味津々といった風情で尋ねると、ハンスは少しだけ周りを気にしながら彼女の耳元に口を近付け、小さな声で囁いた。
「……わっ、それホントですか!? だったら今すぐししょーに報せてくるね!」
話を聞いたチリはそう言うと踵を返し、ハンスを入り口においたまま走って店の奥へと消えていった。
「……うん、確かにこりゃ珍しいなぁ……」
「ええ、ワイバーンの仔ってなかなか見掛けないと聞いたので、もしやと思い幾つか持ち帰ったんです」
店の裏口に横付けされた荷車に店主が近付き、掛けられていた布を少し剥がす。その下には討伐で討ち取ったワイバーンの脚二本、そして首と手足を切り取った胴体が原型を留めたまま置かれていた。
「他にも四体あったんですが、何せ激しい闘いで派手に斬ったり叩き潰したりしたもんで……」
「いや、それは仕方ないでしょう。相手は獰猛でしょうし、闘いの真っ最中に可食部を残して綺麗に倒す、なんて簡単には出来ないですし」
鱗に覆われた表皮や断面に指を当てながら、店主はワイバーンの肉の状態を確かめる。戦いの後そのまま放置していたなら、鮮度なんて気にするだけ無駄だろう。だが、断面は血が抜け切って多少乾いているが、それ程悪くは無さそうだ。
「……これなら差し障り無いでしょう。ところで、これは何かしてありますか」
「あー、判ります? 実は断面に塩を擦り込んで、余分な水気を吸わせておいたんで」
「ほほぉ、成る程ねぇ」
ハンスの説明に店主は頷いてから、買い取りか食材として使うかと、お決まりの質問をする。
「でしたら、打ち上げを兼ねて予約したいんですが……」
「なら、今夜でも大丈夫ですよ。その代わり、余った分は他のお客さんに提供して、売り上げから仕入れ分はお返ししましょう」
こうして話は纏まり、ハンスと店主は握手を交わして予約は済み、その日の夜にまた来ると告げて店を後にした。
六割程の席に客が座り、穏やかな夜の営業が続く中。
「……皆んな、今回はお疲れ様でした!」
「乾杯~!!」
「お疲れ様!!」
エドが音頭を取り、討伐終了の祝賀会が始まった。無論、宴のテーブル上に並ぶ料理の数々はワイバーンを使っている事は言うまでもない。
「うぅーん、あのワイバーンなのよね……これ」
衣を付けて揚げた肉をフォークで取りながら、キャロンは複雑な顔で眺める。食べ慣れた食肉ならば抵抗無く齧り付くものの、相手の顔を一度は拝んでいるだけに複雑な心境である。だが、彼女以外の面々は然して気にする様子もないようで、
「いやはや、ここの料理はいつ来ても旨い!」
「確かに料理の腕もあるがよ、仕留めた手際の良さってんのもあると思うぜ? なぁ!!」
酒も入ったせいか、ハンスとイワノフは実に上機嫌である。ハンスは毎度お馴染みになりつつあるビール、そしてイワノフは最近やっと慣れてきたヴォトカの水割りを注文し、時折母国語も飛び出ているが舌好調、といった雰囲気である。
「……隣、空いているかい」
「……えっ? あ、アルベルナさん!?」
相変わらずワイバーン肉に苦戦していたキャロンの後ろから、アルベルナがやって来て彼女の横の席に腰掛ける。エド達は提供される料理がワイバーンという事もあり、敢えて彼女に声を掛けなかったのだが……
「水くさい事を考えるな……人だって荒野で朽ちれば鳥が啄むだろう。何だろうと命を落とせば誰かの糧になるのさ」
さばさばした口調でそう言うと、キャロンの皿から揚げ肉をフォークで刺して口に運ぶ。暫く無言で噛み締めていたが、いつも感情の起伏に乏しいアルベルナの表情が僅かに弛み、目元に笑みが浮かぶ。
「……全く、相変わらず腕が良いな」
キャロンが唖然とする中、アルベルナの存在に気付いた一同が驚く様子を、彼女は横目で確認してから、
「おい、ししょー。イワノフ君と同じのをくれ。その代わり濃い目で頼むぞ」
まるで常連客のような物言いでそう告げた。




