⑳大空の覇者
「あいつ……クラウツは何やってんだ?」
それまで必死にワイバーンを追い払い続けていたイワノフが、不意に射程外から更に離れていく二頭を目で追う。するとその先にハンス、そして一際身体の大きい群れのリーダーが向かい合って立つ姿が見え、思わず呟いてしまう。それまで草原を支配していた殺気が嘘のように消え失せ、イワノフは持ち上げていたモシン・ナガンの銃口をつい下げてしまうのだが、果たして両者に何が起きているのか見当も付かない。勿論、イワノフも直ぐに群れのリーダーに照準を合わせるが、
(……っ!? くそ、気付いてやがるのか……)
ワイバーンはイワノフを常に視界の内に捉え、一挙手一投足を油断無く見ている。距離が離れているせいで狙撃したとしても、相手は避けて急所を外すに違いない。
「イワノフさん! ハンスさんは無事なんですか!?」
「あー、今んとこはな……ただ何となくだけどよ、様子がおかしいんだ……」
「様子が……おかしい?」
「……何かよ、あのワイバーンと話してるみてぇなんだ」
キャロンに問われイワノフが答えると、彼女もハンスの居る方を凝視し、眉をひそめる。
「……確かに、そうね……でも、ワイバーンって人と会話なんて出来たかしら?」
「……ふぅ~ん、珍しいですわ……でも、ワイバーンだって竜族ですから、話位出来ても不思議は無いですけど……じゃあ、ちょっと失礼!」
キャロンの脇にやって来たチェモリはそう言うと、狐耳と尻尾を出して擬態を解き、ヒコヒコと左右交互に動かしながら盗み聞きを試みる。
「……ん~、ワイバーンの方は念話っぽいかなぁ……ハンスさんは癖で声に出して喋って……っ!?」
そのハンスの声に聞き耳を立てていたチェモリは、彼の言葉に反応してじっと聞き入った後、表情を曇らせながらキャロンに告げた。
「……ハンスさん、ワイバーンに勧誘されてたみたい……」
チェモリが聞き耳を立ててハンスの声を聞いたその時、彼は怪訝げに返答したのだ。
「……痛み分けにするから仲間になれだと?」
【 ……こちらも随分痛手を負うたからな、お前が首を縦に振るなら丸く納めようと、そう言ったつもりだが 】
「お断りだな! 俺達はお前達を狩り尽くすつもりでやって来たのだ!!」
強い語気でハンスが答えると、その剣呑な雰囲気に当てられたのか、後ろに控えていた配下のワイバーン達が威嚇の声を上げながら激しく羽ばたく。だが、リーダーの一喝じみた唸り声一つで首を竦め、大人しくなる。
【 ……やれやれ、お前らもひよっ子共も、血の気ばかり多いな……言うておくが、あいつらと私を一緒にすると、痛い目に遭うぞ? 】
ぐるる、と喉を鳴らしながら鋭い目付きを投げ掛けつつ、ワイバーンはそう言ってハンスを眺める。無論、ハンスも相手を軽く見ているつもりは無かったが、一時的に休戦で時間が過ぎている今、決め手に欠けたままずるずると消耗戦に向かえば犠牲者が出るだろう。討伐が完了した結果、生きて戻れたのがハンス一人きりで終わっても意味が無いのだ。
【 それでも判らんか、それならお前達が苦心して守ろうとしていた村を……小癪な幻術使い共々焼き尽くしてやろうか? 】
「……っ!! 知っていたのか!?」
【 だから、お前はその程度だと言っているだろう……私がその気になれば、あの程度の結界なぞ関係無く、全て消し炭にしてやれるのだぞ? 】
たかが空を飛ぶトカゲ位に思っていたワイバーンが、それだけの高い知能を有している事実を突き付けられ、ハンスは言葉を失う。だが、新たにワイバーンが告げる話の続きを聞いて、ハンスは思わず聞き返せずには居られなかった。
【 ……お前らが来る事も、お節介焼きな奴が事細かに教えてくれていたのでな……まあ、そんな奴の言う事に従うつもりは端から無いが 】
「情報を漏らした奴が居たのか!?」
【 ふん、知らなかったのか……お前、余程そいつから疎まれているに違いないな。そいつ曰く、お前を懐柔すれば自分の得になるのか、何度も夜中に現れては率いれろと繰り返すでな、煩くて敵わんかったぞ? 】
ワイバーンは話しながら何かが琴線に触れたのか、ぐっぐっと喉を鳴らして笑う。しかし、その機嫌は直ぐに裏返る。
【 ……だが、何より癪に障るのは、小賢しい奴にとやかく言われる事だ……闘いで子供が死ぬ事は仕方無い……力無い者が生きられんのは当然だからな。しかし要らぬ知恵を回して私を操ろうと画策されるのは、実に我慢ならん! 】
不意にそう言うとワイバーンはダンッ、と地面を前肢で打ち鳴らすと、ハンスの頭上に相手が居るような怒りの眼差しを向けながら牙を剥く。そのままハンスに襲い掛かるのかと思われたが、意外にもワイバーンは穏やかな口調に戻った。
【 ……力に劣る奴が小賢しく知恵を回し、私を操るだと? ふん……不快この上無い。それに比べれば、お前のように闘う奴の方が判り易くて小気味良いぞ 】
「それはどうも……だが、村を襲うつもりなら何が何でも阻止するつもりだ」
【 ……一つ聞くがな、もしお前が新しく家を作る際、その土地に住み着いている獣や虫を全て見境無く殺し尽くすか?】
「……そんな事は……っ!?」
【 それと同じ事よ……人が暮らせば森の木を伐り藪を払い、若い木々も育ち獣は増える。たかが村一つ増えた程度で、我々が飢えるような見立ての巣作りをする訳なかろう 】
そのワイバーンらしからぬ思慮深い発想に、ハンスは次第に迷い始める。村を守りたい一心で討伐を請け負ったからには、黙ってワイバーンを見逃す事は出来ない。だが、人側の都合を闇雲に押し通す事が、果たして本当に正しいのか、と。
「ハンスさん! 無事ですか!!」
「……エドさんか? ああ、心配要らない。但し、ご覧の有り様でね」
「……デカいワイバーンだな、こりゃあ……」
そこに折り良くワイバーンの包囲から解放されたエドとアーヴィンが辿り着き、群れのリーダーを見て武器を構えかける。だが、それを手で遮り詳細を省きながら話すと、エドは難題だなと呟いた。
「そうだな……村に掛け合って討伐依頼を取り下げて貰う手も有るが、果たして聞き入れて貰えるか判らないし……それに、魔物と結託したなんて誤解されたら話が拗れ兼ねんが……」
悩みながらエドが頭を捻っていると、イワノフとキャロン達も合流して議論が更に白熱し始めるが、ワイバーンがエレナの腰に下げられた【銀獅子】の印を目にすると、
【 ……そこの娘はビースト・テイマーか? 】
「ああ、そうだが……あんた、【銀獅子】のメダルを知っているのか?」
ワイバーンの問いにハンスが答えると、眼を細目ながら長い首をエレナに向かって伸ばし、興味深げに彼女と【銀獅子】の印を交互に眺めてから、四肢を折って地に腹を着ける。
【 ……【銀獅子】か、懐かしいな。私が人と交わっていた頃、見た事が有る品だ…… 】
「やはり、あなたはテイム・ビーストだったんですか?」
ハンスとの遣り取りを伝え聞いていたエレナが問い掛けると、ワイバーンは気だるげに首を上げた。
【 ふむ、その呼ばれ方は好きではない。本来、人と魔物は交わらぬ間柄。しかし、種の違いを越えた信頼関係を経て、絆で結ばれた者同士が行動を共にする。今お前達がそうしているのと、大差無いのだ……そこに主従関係は無いだろう? 】
「……それは、そうですね……ごめんなさい」
エレナは素直に頭を下げると、ワイバーンは暫く彼女の顔を見詰めてから、ボフッと鼻息を吐いてバサリと翼を広げた。
【 ……娘、お前が主従関係だと思っている内は、真の間柄ではない。もっと深い領域まで互いを理解出来てこそ……まあ、良い 】
そこで言葉を切り、グンッと首を伸ばしてから大地が揺れんばかりの咆哮を上げ、群れのワイバーン達を先に上空へ送り出すと、自らも羽ばたいてふわりと浮かび上がる。
【 ……娘、もしまだあの街でアルベティナが獣従士をしているなら、友は元気だと伝えて欲しい…… 】
「……えっ? あ、はい! 会ったら必ず……」
【 ……そして、獣の血を継ぐお主。次に現れる奴は、私程に話が通じる者とは限らんぞ? 】
「……肝に銘じておこう」
ハンスとエレナにそれだけ伝えると、ワイバーンは大きく弧を描きながら頭上を一周する。そのワイバーンの首元に光る何かが見え、エレナはそれが【銀獅子】の印だと判った瞬間、上昇気流を捉えて一気に舞い上がり、そのまま雲の中へと消えていった。
(……ワイバーン、追い出せなくてごめんなさい……)
キャロンが肩の上のサラマンダーに謝ると、
(……アバレラレタカラ、イイ!)
サラマンダーは余り気にしていないようで、キャロンの肩の上でクルリと火の玉のまま一回転した。




