⑮狩りの準備
(思っていた状況より事態は進展している……って所か)
ミルポアと村長、そして村人で狩りを生業にしている中年の男性を交えてワイバーンの動向を聞いていたエドは、開拓村が危機に瀕している事を改めて実感する。
今から一月前に姿を見せたワイバーンは、最初の内は村に隣接する山の向こう側に巣を構え、時折獣を追って森の中に飛び込む様子が見られる程度だった。だが、その飛行範囲と群れの規模は次第に大きくなり、危険を察知した村長が討伐の依頼を中央都市に出した翌朝、放牧していた牛が夜の内に一頭連れ去られてしまった。それからは全ての住人に村から出る事を禁じ、村外れに見張り小屋を建てて警戒を続けてきた。
そして、依頼を出した三日後にミルポアが到着し、村の周囲を結界で囲み、被害を出さぬようにしながら応援を待っていた。しかし、家畜に与える飼料も底を尽き、このままでは家畜か住人のどちらかが飢えて倒れる直前まで追い詰められていた……と、いうのが現在までの経緯である。
「……もうじき冬が訪れれば、干し草も貯められぬまま冬籠りを強いられてしまいます。そりゃあ家畜を潰せば我々は生き延びられますが、春になって種蒔きをしようにも畑の土を耕す牛や馬は何処から連れて来ます? ……だから、一刻も早くワイバーン達を一掃して貰わんと、我々は冬を越せんのです……」
村長の悲痛な言葉にエドは頷き、その為に我々が来たのですと力強く答えた。
「……で、ワイバーンをどうやって狩るつもりなんですか? あいつらは常に複数で行動し、連携して狩りや縄張り争いをする連中ですよ……くそっ、俺がもっと早く雌の一頭でも減らしていれば……でも、罠にも掛からんし、弓矢を弾く硬い鱗は射貫けないのです……」
狩人の男は苦々しげに訴え、弓を使っても致命傷を与えられない歯痒さを切実に告げる。
「ええ、ワイバーンが手強い相手だって事は良く判ってます。だからこそ、我々は弓より更に強い物を使い、奴らが自由に空を飛べないよう策を巡らせて戦うつもりです」
「……弓より……強い?」
しかしエドは凛として動じず、任せてくださいと胸を張りながら村人達に告げた。
「……ただ飛び回るだけじゃなくて、地上でも素早く動き回れる……か。随分と欲張りな性質なんだなぁ」
出発前、エドとハンスはワイバーン討伐の作戦を立てる為、斡旋所の記録をアルベルナに見せて貰う。そこには過去にワイバーンと対峙した者からの報告が克明に記されていた。
竜種の中でも小柄で細い身体、そして群れを形成するワイバーンは、時として劣った種として扱われる事がある。しかし、その判断は決して正しくは無い。小柄で細い身体は空を飛ぶ事に特化した結果であり、無駄に膨らんだ体格では出来ないアクロバティックな飛行能力と俊敏さを兼ね備えている。更に単体でも手強い存在にも関わらず、統率力に優れた母親をリーダーに血縁で結ばれた群れは想像を絶する強さだ。
「……しかし、こちらは空を飛べる訳でもないし、アーヴィンや俺は相手が地上に降りてこないと、手も足も出せない……か」
エドが眉間にシワを寄せながら分析するが、接近戦専門の二人はともかく、空を飛ぶワイバーンと対等に戦えるのはライフル兵のイワノフのみ。精霊使いのキャロンと付与術士のチェモリは戦闘に参加出来ないとくれば、イワノフ一人に討伐を押し付ける形になるが……イワノフのモシン・ナガンは単発銃。複数で殺到するワイバーンには、少し酷かと思われる。
「……そうだ、ハンスさんなら……例のアレで!」
「エドさん、自分の【鋼の虎】は空を飛ぶ相手とは相性が悪いのですよ……」
「どうしてなんですか? あれだけ速い弾が撃てれば一網打尽に出来ません?」
エドの疑問に、ハンスは元戦車兵の知識を交えて答えるが、戦時下のドイツ兵ハンスが戦車の知識ゼロのエドに説明するのは、なかなか難しいものである。
ハンスの88ミリ砲、ドイツでの通称アハト・アハト(連合国軍の呼称は88ミリだがドイツでは8.8センチである)は第二次世界大戦に於いて長く使用された対空砲、そして戦車砲の名機である。高高度を飛ぶ飛行機を撃破し、分厚い装甲も貫通させられる威力と精度を誇るが、その性能の大半は長い砲身が生み出す初速で達成されている。ならば彼の【鋼の虎】でワイバーンを落とせやしないか、と問われれば可能だろう。だが、彼の【鋼の虎】には《仰角》、つまり上側に向けられる角度が決まっている。頭の上を飛び回るワイバーンを狙うには仰角が不足している上、更に遠くを狙うには偏差を読んで山なりに落下する砲弾を当てなければならない。
「……だから、目の前を飛ばない限り【鋼の虎】でワイバーンを狙うのは難しいんだ」
「成る程……大きさはともかく、弓矢とそう変わらないって訳か」
ハンスの説明にエドはそう解釈を加えるが、討伐時の接敵距離を考えれば遠距離射は無いだろう。しかし無策のまま混戦に持ち込まれてしまえば、敵を撃つつもりでも味方を巻き込みかねない。威力が高い分、エドやアーヴィンを巻き添えにしてしまったら……そう考えると多用は出来ないかもしれない。
「……まあ、そうは言っても策は有るんだが」
「……何か名案があるのか?」
ハンスの発言にエドが尋ねると、彼は幾つか必要な物があるんだが揃えばね、と付け加えた。
「……皮袋に丈夫なヒモ……それに鎖? ほんっとに偉く嵩張る物ばっかり!」
「上手く纏めりゃ、運べん事も無いが……ワイバーン討伐にどう使うつもりなんだ?」
エドとハンスが仕入れたのは、まあまあ値が張る割りに何処でも手に入るような、ありきたりな物ばかり。買い出しを頼まれたチェモリとアーヴィンはそれらを使い、どう戦うのか見当が付かなかった。
「ハンスさんは荷車さえ有れば良いって言ってたけどさ、それでも結構重いと思うけどねぇ~」
「さぁな……ああ見えて結構力持ちだって話だし、好きにさせりゃいいさ」
アーヴィンはそう答えながら荷物を纏め、馬が引く荷車に載せてみる。何とか動かせそうだと彼は思ったが、それでもかなりの重量である。因みにハンスは出発時、それを軽々と引いて乗り合い馬車の乗降場まで辿り着いたが、馬車の御者は大層呆れたとか。




