⑭開拓村
「あー、うん。そうなの? まあ早くて助かったわ……そろそろ限界だったから」
「そりゃあ大変だったわね……でも、だからって私達まで【幻惑】で足止め食らわせるとか信じられないんだけどっ!!」
十分な準備を終え、馬車を利用して三日掛けて開拓村付近に漸く辿り着いたハンス達だったが、そこで更に大幅な停滞を余儀無くされてしまった。
「だから謝ってるでしょ……それに、私一人でワイバーンの群れを開拓村から遠ざけるのしんどかったんだから~」
村の外れに設置された見張り小屋で一行を迎えたのは、彼等とは違う依頼で派遣された自由民の女性だった。彼女は目の前まで近付いた筈の開拓村に到達出来ず、諦めて野宿するかと覚悟を決めかけたハンス達の前に突然現れ、自分が幻術の使い手で術の一つ【幻惑】を用いて、近寄る者は全て村に近寄れないようにしていたと告げたのである。
「……まあ、それはともかく、開拓村はまだ無事なの?」
「そりゃあ無事に決まってるでしょ? 私がこうしてちょいちょい村の周囲に結界張って、あの害獣から護ってたんだもの」
自らミルポアと名乗った女性は幻術士としての実力はかなりのようで、自信満々に問い掛けたキャロンに向かってそう言うと、
「その代わり~、毎日苦い薬煎じて飲まないといけないし! おまけに寝る間も惜しんでひぃこら言いながら術を重ね掛けしなきゃならなかったし!」
散々だったと言わん勢いで愚痴を並べるが、失敗すればたった一人でワイバーンに襲撃される危険に晒されながら退け続けていたのだ。豪胆な事に変わりは無い。
「……それにしても、付与術士と剣士……それと鬼人種に精霊使いまでは判るけど、そっちの三人は何なの?」
「わっ、私は魔獣使い《ビースト・テイマー》で……」
「……だから、その魔獣は何処に居んのよ……」
ミルポアに詰め寄られエレナがいつものように説明するが、肝心の魔獣がハンスとイワノフだと納得させるのは毎度の事ながら困難の極みである。
「……へぇ、そうなんだ~って誰が信じるのよ……私もそれなりに世間を見て回って来たけれど、生身の人間を魔獣だと言い張るビースト・テイマーに会ったのは初めてよ?」
エレナの弁明を聞いてもミルポアは納得せず、こめかみに手を添えながら眉を寄せて渋い顔をする。
「……まあ、いいわ。今はあなた達を開拓村に入れなきゃ、私も依頼達成にならないからねぇ。とりあえず案内するから」
しかしミルポアも討伐を望んでいる事に変わりは無く、一行と共に村へ戻る事にした。
「あー、ミルポアさん! と、そっちのひとたちはだれぇ?」
「うおおぉ~っ! すげぇ、ほんもののオーグだぁ~!!」
開拓村に踏み入れたハンス達を最初に出迎えたのは、ワイバーン達に囲まれて危機に瀕しているとは思えない程元気で無邪気な子供達だった。
「へぇ~、村の中は平和じゃねーかぁ」
「……確かにそう見えるな、ミルポアさんの術が功を奏してるって訳か」
ピョンピョン飛び跳ねながらアーヴィンの周りではしゃぐ男の子や、興味深い眼差しをキャロンやチェリモに向ける女の子達に囲まれながら、エドはミルポアを改めて評価する。
「まあ、今の所はね……でも、ワイバーンだって馬鹿じゃないんだ。追っかけてた獣が急に見えなくなったり、村から昇る煙の匂いを全く違う所で嗅ぎつけりゃ、その付近をウロウロと執念深く探し回ったりし始めたし……そろそろヤバかったんだよ、ホントは」
だが、ミルポアは悔しげに唇を噛みながらそう告げてから、でもギリギリ間に合ったから助かったよと本音を漏らした。
流石に開拓村と言うだけあり、大きな建造物は無く丸太を組み上げた簡素な小屋が立ち並ぶ程度。無論、一行を泊められるような施設が有り余っている訳ではない。キャロン達はミルポアと共に村唯一の宿(合い部屋が一つあるきり)に泊まり、ハンス達は村長の家の応接間で寝るしかなかった。
恐縮する村長に野宿より余程有難い、と正直に告げながら男性陣が寝場所を工面し合っている間……女性陣はミルポアの猛烈な質問攻めに遇っていた。
「あー、成る程ねぇ! キャロンさんとお似合いじゃない?」
「へぇ~、あの兄ちゃんって見た目と違うんだぁ~って私より年上なの!? ……で、チェリモさんのフィアンセって訳? ……世の中良く判らんなぁ……」
「えぇっ!? あのオーグさんって既婚だったの!! いや、じゃなかったら付き合うとかは……ねぇ?」
「うっわ……何それ、ハンスさんってホントに人間なの?」
七人各々の関係や実情、そして数々の疑問を解きながらミルポアは着実に知識を深めたが、ハンスに関してはさっさと匙を投げた。無論、エレナは彼の長所を延々と説いたのだが、肝心な【鋼の虎】に関しては流石に細かく説明出来ず(それ以前にエレナ自身も良く判っていない)……だった。
翌朝、長旅の疲れもあって、板床に毛布だけの雑魚寝ながらそれなりの目覚めを迎えられたハンス達と、彼等と比べれば上等と言っても過言では無いベッドで寝た筈のキャロン達だったが……
「……何だよ、お前? 目の下にクマなんぞ作ってからに……」
「ふわああぁあぁ……イワノフしゃまぁ……おめざめのくちづけをぉ……」
「ふらふらのお前じゃ、全然余裕だなぁ!!」
左右に身体を揺らしながらいつものように抱擁を迫るチェリモだったが、いつもと違いひらりと躱すイワノフ。しかし、どうにも様子がおかしいのでつい手を伸ばして肩を掴んでしまう。
「……あー、こりぇは夢のつづきでせぉうかぁ……」
「何だよお前……目開けたまま寝てんのか?」
チェリモの焦点の合わない目に不審がるイワノフだったが、その疑問は直ぐに氷解した。何故なら、宿から夢遊病者のような頼り無い足取りで歩くキャロンとエレナが現れ、
「ふわああぁ……長旅の後の夜更かしはキツいわぁ……髪の毛グシャグシャだしぃ……」
「……あ、皆しゃんおはよぅごじゃいましゅ……」
と、キャロンは寝癖頭を気にしつつ、そしてエレナも枕の跡を頬につけたまま、寝惚け眼を擦りながらやって来たのだ。
「あー、おはよ……私は別に平気なんだけどさ、そっちの三人はね……」
「……もしかして、ミルポアさんの術って、自分の眠りも細工出来るのですか?」
「へぇ、エドさんって博識だねぇ! まあ、直接操作出来る訳じゃないけどさ、短い時間で済ませられるように身体を慣らせとかないと、術の切れ間が起きちゃうからね」
ミルポアはあっさり認め、ニヤリと笑いながら女性陣の頭の上で指先を回し、
「……いっその事、寝たまま暫く居た方が楽になるからねぇ~。ほら、こーしとけば……」
キュッと印を結ぶ仕草を終わらせると、三人は同時にカクンと頭を揺らして眼を閉ざしたが、そのままヒョコヒョコと歩き出し、仲良く並んで村長宅へと入って行った。
「……な?」
「……な? って言われても、なぁ……」
「……なぁ……って言われてもよぉ……?」
「……どうして俺の顔を見る?」
「……まあ、自分は特に問題無いなら、良いと思うが」
ミルポアと男性陣は互いに顔を見合せながら呟くが、騒々しいより静かな方が有難いと放っておく事に決めた。




