⑬卑竜(ワイバーン)
「……ワイバーン? 何だよそれ。クラウツ知ってるか?」
「いや、知らないが……魔物か何かか?」
エドの発言にイワノフがハンスに問い掛けると、彼も首を振る。そんな二人の様子にエドは、首をアーヴィンの方に向けて彼の反応を確認してから話し始める。
「まあ、アーヴィンは知っているだろうが……卑竜と言うのは空を飛ぶ魔物なんだ」
「……空を飛ぶ? そりゃあ面倒そうだな……」
「まー、俺達にゃ羽根が生えてねぇからな。で、どんな奴なんだ?」
彼の説明にハンスとイワノフは興味を示し、エドの講釈を待った。
……卑竜とは、この世界に生息する魔物の中でも特に注意すべき敵である。
身体の大きさは竜族の中でも最小で、背丈も人の倍程度。そのサイズで見れば更に大柄な竜族と比較して脅威に当たらないと思われがちだが、それは間違いである。竜族の中では小柄で身体能力は確かに低いが、ワイバーンの真の恐ろしさは群れを形成する点にある。
通常、群れは五匹以上で形成される。群れのリーダーは必ず雌が自らの仔を従え、繁殖もその群れの中で行われる。その結果、ワイバーンの雌は身体も雄より大きく獰猛になる。雄は雌より小さい為、群れの中での地位は低く縄張りの見回り役として動き回っている事が多い。
魔物としてワイバーン単体を分析すると、竜族特有のブレス放射や尻尾の先に備わる毒針等、身体の小ささを補う攻撃手段を持つ厄介な相手である。更に前述した群れで行動する習性と、高い飛翔力で空から襲い掛かるワイバーンは、間違いなく危険な魔物と言えよう。
「……で、そんな奴なら腕に覚えのある連中が相手するんじゃねぇか?」
「いーや、それがそうでも無いのさ」
エドの説明を聞いたイワノフがそう言うと、アーヴィンが彼の質問に答える。
「ワイバーンってのは、他の竜と比べると小さい分、鱗や角といった貴重な資材の元に乏しい。おまけに群れるから数が多い上、人里近くに巣を作るとあっと言う間に家畜や人を食らいやがる……だから、討伐依頼は後を絶たんが、いざやるとなると駆け出しの連中じゃ歯が立たん……そんな厄介な相手だ」
「ふむ、正に害獣って訳だな。しかし、そんな奴等なら……」
「ハンスさん、残念ながら近衛騎士団はワイバーン討伐をしません。相性が悪過ぎて直轄の魔導士を駆り出さない限り、彼等だけで討伐をしても被害だけ増えますからね」
実際、過去に近衛騎士団がワイバーン狩りを行った際は十人出た内で二人亡くなってますから、とエドが付け加える。
「なら、報酬は高いんだろ?」
「それが依頼を出すのは遭遇率の高い辺境の開拓村等が多くて、余り景気良く値付けされないんです」
「はぁ、そりゃ難儀だな……」
依頼が出ても対応する側は及び腰、更に実利も低い上に危険度も高いとくれば……答えは明瞭である。しかし、緊急性も有る為いつまでも放置は出来ない。結果的に、実力の有るパーティーに打診が来る訳なのだ。
「……それが、これです」
エドが差し出した一枚の紙には、
【 討伐依頼 ワイバーンの群れ 】
という書き出しと共に、依頼の詳細が書かれていた。中央都市から離れた開拓村付近に現れたワイバーンは、次第に行動範囲を広げ、放牧された家畜や森林の獣を襲い始めていると言う。このまま放置しておけばいずれ、人的被害を被る事が容易く予想される。そうした状況が克明に記されていた。
「……今までは避けてきたワイバーン討伐だが、今こそ挑んでみる価値は有ると思う。名前だけ売れても実力が無ければ……只の騒がし屋止まりだろうからな」
エドの決意が滲む言葉に、アーヴィンとハンスは無言で頷く。そして三人の視線はイワノフへと向けられた。
「……おいおいっ! 俺だけイヤだとか言う訳ねぇだろっ!? 疑ってんのかよ!!」
「いや……黙ってたからてっきり嫌だったかと……」
「ハンスてめぇ!! あーあ、そーかよ……まあ、正直言って気乗りはしねぇさ……」
イワノフはそう言うとテーブルの上のジョッキを掴み、グイッと一飲みしてからトンと置いた。
「……でもよ、除け者にされたまんまじゃあ、娘っ子どもにドヤされっからな!! 景気良く散ってやろーじゃねぇか!!」
意気込んでイワノフが叫んだ瞬間、どやどやとキャロン達がアルベルナと共に斡旋所へと戻って来た。
「何が景気良く、かな。イワノフ君は血気盛んな点は良いが、もう少し言葉に重みが備わると深みが出ると思うがね」
いつものシャツと黒いスラックスに加え、丈の長いコートを羽織ったアルベルナが静かにそう言うと、イワノフは悪戯を見つけられた子供のように口元を曲げて突っ跳ねる。
「はいはい、そーですよ! でも俺はいつだってこうだったし、それで窮地に立った事もねぇっぎゃっ!?」
「んもおぉ~っ!! ダーリンったら照れちゃってぇ~♪ アルベルナさんは勢いのある所を褒めてたんだからぁ~素直に受け入れなきゃ!」
「うわあぁ!! 抱きつくなぁ!!」
「あっ、それともチェモリを受けとめたい? ですわよねぇ~♡」
「ひいいぃ~っ!!」
だがしかし、結局はチェモリの熱烈な体当たり愛情表現に押し潰された。
「……で、あっちはほっといて、何の話してたの?」
キャロンがそう言うとエレナも頷き、斡旋所のカウンター奥に戻るアルベルナを見送りながら、二人もロビーの席に腰を降ろす。
「……まあ、そろそろ言い出すと思ってたわ……実際、私も自分達に斡旋の番が回ってくる頃だろうと予想していたし……」
キャロンは熱の籠ったエドの説明に冷めた様子で答え、片手の平を上に向けながら左右に振り、男達の熱を冷ますような仕草でそう言うが、彼女の態度にハンスは妙な違和感を覚える。いつもの明るく快活な態度と違い、何処か以前の世界で何度も見た事の有る気がする……そんな違和感を。
「ハンスさん……私が居た村はね、ワイバーンの襲撃を受けて壊滅したの。それで、生き残った父と遠い親戚筋を頼ってリハレス家に辿り着いたのよ」
ああ、だからかとハンスは納得する。空襲や砲撃で町を焼かれ、全てを失い途方に暮れる民間人の表情と同じなんだと。
「だから、ワイバーン討伐は止めてってエドに頼んでたんだけど……もう、そんな事は言ってられないか!」
しかし、キャロンは焼け出された無力な民間人とは違う。彼女は自ら過去と向き合い、自らの意思で立ちはだかる敵と対峙する勇気がある、そうハンスは理解した。
「だからエド! 私達がそのワイバーンを倒しましょう!!」
力強く宣言するキャロンに、居合わせた全員が同意し拳を重ね合った。




