⑫剣
長く待たされたせいか、自分の手元にやって来て初めてその剣を抜いた瞬間は、鞘から幻の光が迸ったように感じた程だった。
それまで扱っていた長剣に変わり、新調した剣の調子を確めながらエドは左足を下げる。軸として右足をやや開きながら前に出し、踏み込む力を溜めながら息を止める。
その剣の重みを掌で感じながら、手に入れるまでの経緯を思い返し、溜めていた息を吐いて意識を集中させた。
(……斬る事よりも、何を成すか思い返せ……か)
エドはそう心の中で呟いてから剣を鞘に戻し、斡旋所の二階に並ぶ部屋から廊下に出て、階段を降りロビーへと向かった。
リグレット翁との手合わせを経て、ハンスの【鉄の虎】の一撃を打ち返したエドが最初に思い付いたのは、今まで使っていた剣を変える事だった。自由民として中央都市で様々な仕事を請け負い、最初に手に入れた思い入れも深い剣だが、今の彼には役不足であった。
「……成る程、新しい剣のぅ……」
「リグ爺なら、どんな物が良いと思う?」
破れた服を着替えながらエドが尋ねると、リグレット翁は暫く考え込んでから口を開いた。
「……儂は使う方が専門じゃからな。他人に合う物を宛がうのは余り得意ではない……だが、この国で一番の腕を持った鍛冶屋を教える事は出来るが」
但し、必ず愛剣が手に入る保証は無いぞ、と付け加えるのは忘れなかった。
リグレット翁から聞いた鍛冶屋は、中央都市の職人が店を連ねる界隈のやや外れ。ともすればそこを探していても見落としそうになる、路地裏に抜ける道の途中にひっそりと店を構えていた。そこに一人で訪れたエドは、教えられた通りに扉を叩き店主が現れるのを待った。そして随分長く待ち不在なのかと諦めかけたその時、扉が開き向こう側から声が掛けられた。
「……あんたが、リグレットさんの孫か?」
彼にそう問いかけた声は思いの外若く、典型的な鍛冶屋然とした老境の域を予想していたエドは面食らうが、
「……まあ、入んな」
そう促されて店内へと踏み入れた。
「……さっき、俺が年寄りじゃないから驚いてたろ」
「いや、それは……まあ、そうだな」
長く伸ばした髪を一つ束ねにした鍛冶屋の青年にそう言われ、エドは躊躇いながら頷くと、
「ま、そりゃそうだな……鍛冶屋って言えば大抵はそうだし、俺の親父もそうだったからな」
エドの反応にそう答えた彼は、様々な剣や武器が並ぶ棚の間を抜けてカウンターの向こうに陣取ると、反対側に置かれた椅子をエドに勧めてから切り出した。
「……で、あんたが望む剣はどんなんだい?」
そう言いながら棚を指差してカウンターに肘を突き、エドの反応を窺う。
「そうだな……いや、先ず俺の剣を見てほしい」
尋ねられたエドはそう切り出すと、提げていた剣を鞘ごと腰から外してカウンターに置く。それを無言で手に取った青年はするりと鞘から剣を抜き、左右の手各々で柄と刀身を掴みバランスを確めながら、
「……薄い刃と、軽い柄か。成る程ね……」
そう呟いてから刃の鋭さを確めるように人差し指の先でなぞり、親指と擦り合わせながら具合を見る。
「これじゃ人は斬れないだろう?」
「……ああ、有難い事にその機会は無かった」
「まあ、無理に叩き込んでも折れたさ」
エドの言葉に頷きつつ、青年は剣を鞘に戻しながら、
「で、お望みの剣はどんなだい。見本は後ろに沢山あるから、好きなのを見繕ってくれ」
そう言ってエドの背後を指差し、彼が一本一本持ちながら思案する様子を眺める。幅の広いブロードソード、持ち易い片手剣に反り身のシミター。持つよりも担いだ方が楽な両手剣も有れば、人族向きとは言えない鬼人種用の分厚く凶悪なギガントソードまで……。中にはどのように使うか判らない柄の下にもう一本刃が取り付けられた双頭剣や、鞭のようにしなる変わった剣も有ったが、エドはそうした変わり種には手を伸ばさなかった。
「……これと同じ物が欲しい」
真剣な眼差しで様々な剣の中から掴み出したのは、今まで使っていた剣と似た意匠の、両手持ちが出来るやや長めの剣だった。但し、その刃の表面は油が流れるような虹色の光沢が滲み、一目で並みの素材と違う業物に見える。
「……それかい? ……まあ、リハレス家の連中なら構わないか。しかし、なぁ……」
妙に歯切れの悪い返答と共にエドから剣を受け取ると、カウンターの外まで出て剣を棚に戻し、腰の物入れから紐を取り出してエドの腕の長さを計る。
「……言っておくが、コイツは飛びきり高いぜ? 何せオリハルコン製だからな」
「ああ、知ってるよ。うちにも何振りか仕舞ってあったから」
「……だろうなぁ。普通の連中が知ったら、間違いなく目を剥く品だからさ」
そんな世間話じみたやり取りをしながら計測し終わり、メモに幾つか走り書きをしていた青年が筆を止める。
「……で、納期は一週間だが、古い剣はどうする。買い取りもしてるが」
「そうだな……良い鞘を見繕って欲しい。多少は愛着があったから」
「……判ったよ。あんた、名前は?」
「……エドだ」
「……カシナードだ。一週間経ったら来てくれ、それまで必ず仕上げるからさ」
そう言いながら初めて笑みを浮かべつつ青年は手を差し出し、その手をエドが握り返すと、
「……但し、他所に研ぎに出したら只じゃおかないぜ?」
そう言って釘を刺した。
シャララッ……と硬質な金属特有の音を響かせながら、エドの新しい剣を鞘から抜く。室内を照らすランプのやや暗い灯りの下でも尚、刀身の輝きは宝石にも似た鮮烈な光を放つ。しかし、その剣に宿る真価は美しさだけではない。
「……すげぇな、こいつが噂に聞くオリハルコンか」
鬼人種のアーヴィンがそう言いながら剣を鞘に戻すと、凛と静まっていた室内が不意に音を取り戻したかに思える程……その剣には凄みが宿っていた。
「へー、そんなに凄いのか? 俺には只の綺麗な剣にしか見えねぇがなぁ~」
イワノフが朴訥にそう言うと、アーヴィンは強面の顔に苦笑いを浮かべる。
「まぁ、興味の無い奴はそうだろうがな……総オリハルコン合金の剣ってのは、希少価値も有るが……文字通り使い手を選ぶもんなんだぜ?」
「使い手を選ぶ、ねぇ……ま、俺は使えねぇから要らねぇさ」
「……これだけの剣なら、家一軒までとは言わねぇが、ちょっとした財産みたいなもんだがな」
財産、とアーヴィンが言った瞬間、イワノフの目付きが変わる。
「……端っこだけ切って売ったら、どの位なんだ?」
「……誰が端っこだけ買うかっての……」
そんな二人のやり取りを眺めながら、エドは剣をテーブルの端に立て掛けてから、面々を見渡す。ハンスとイワノフ、そしてアーヴィンの三人。女性陣は彼女達だけで外出していて不在だった。
「……それはともかく、実は前から考えていた事があるんだ」
「あー、あのキャロンって姉ちゃんと結婚でもするのか?」
エドが改まってそう切り出すと、イワノフがさも当然と言いたげに返す。
「いっ!? や、それは……そのうち……じゃなくて!!」
「あー、ハイハイ判りましたって……じゃなくて?」
イワノフの発言に目の色を変えかけたエドだったが、落ち着きを取り戻すと咳払いしてから口を開いた。
「……今まで避けていた【ワイバーン】討伐の依頼を、やってみようと思うんだ」




