⑮元の鞘に収まれば
「あー、うん……大丈夫、少し緊張してるだけよ……」
エドと共にアルベルナの斡旋所の前へとやって来たキャロンは咳払いしてからそう言うと、先導してきたハンスに向かって改めて礼を述べる。
「本当に有り難う御座います、ハンスさん。なかなか勇気が出なくて……いえ、そうじゃないですね。きっと言い訳してきただけなんだと思います」
そう言いながら自らの非を認めて詫びようとするキャロンだったが、ハンスはそれを制し、
「いや、謝るべきなのは自分にではなくて、アルベルナさんにですよ。さあ、行きましょう」
そう言いながら先に立ち、斡旋所の扉を開けた。扉の向こうではいつもと変わらぬ場所にアルベルナが座り、室内にやって来た三人に気付く。
「……いらっしゃい、おや……久し振りだね、二人とも。何か御用かな」
三人を出迎えたアルベルナはキャロンの顔を見て、彼女がどのような理由でやって来たのか察し、返答を待った。
「……つまり、和解をしたいって訳だね」
「はい、身勝手な物言いだと理解はしています。でも、今思い起こせば……」
「キャロン、君は何でも抱え込み過ぎなんだよ。そこまで畏まって言わなくても、私は別に気にしてはいないんだからね」
普段と同じ抑揚を欠いた声ながら、アルベルナは彼女に丁重な言葉でそう言うと、
「……君の気持ちは判ったよ。私の方こそ言い過ぎたと思っていたからね。許してくれるかな?」
肩に掛かる髪を揺らしながら首を傾け、キャロンの顔をじっと見詰める。
「……許すだなんて……いえ、素直になります! ありがとう、そして……ごめんなさい!」
キャロンは目尻に涙を浮かべながら返答し、アルベルナの差し出した手を両手で握りながら、彼女の言葉を受け入れた。
「エドワードも、今まで彼女を守ってくれてありがとう。別人みたいに成長したんじゃないか?」
「俺は……いえ、キャロンの為になるなら何でもする、ただそれだけでしたから……」
キャロンの傍らに居るエドにも声を掛けると、彼ははにかむように微笑みながらキャロンの肩を抱き、満足げに頷いた。
「……そんな訳で、自分はそろそろ戻ります。それとアルベルナさん、我々三人とそちらの皆さんはこれから同じ仲間として仕事を請けますが、問題はありませんか?」
「ああ、心配は要らないよ。これからは人数分に見合う骨の折れる仕事を見繕ってあげよう」
「いや、それは……お手柔らかに頼みます」
ハンスがおどけて言い返すと、キャロンとエドは弾けるような笑みになり、つられてアルベルナも表情を綻ばせる。
……こうしてキャロンとエド達は改めてアルベルナの斡旋所経由で仕事を請け負う事になり、七人が肩を並べて行動を共にするようになったのである。
それから数日後。
「こりゃあ、随分と大きな蜂の巣だな……」
「そりゃそうでしょ、何せ【巨大蜂】の巣なんですもの。でも、これだけ大きな巣は珍しいわね……」
人里と森の境に有る放牧地の外れまで、歩いてやって来たハンスとキャロン達は、漸く目的の巣まで辿り着いた。なだらかな丘陵地から周囲の山間部まで遮る物の無い風景は、自然豊かな周辺の景色と相まって風光明媚と言えるのだが、その中にポツンと現れる枯れた巨木の真ん中に、大きな空洞部が見える。その中から獰猛な【巨大蜂】が顔を覗かせている。
ハンス達は試験的に七人で討伐依頼を請け、中央都市から離れた遠隔地に赴いていた。その町にある牧場の放牧地に営巣した巨大蜂を駆除する為、やって来たのだが……。
ハンスと共に前線を形成する為、彼の後ろで剣を構えていたエドは、初めてハンスの戦い方を見た結果、そら恐ろしさすら感じていた。
(……使役獣だと言う話だが……そんなもんじゃない。最早生き物の範疇を超えているぞ!?)
彼の視線の先で、ハンスが大金槌を振る。いや、無造作に振り抜く、と言うべきだろう。
大きな木のウロに巣くう討伐対象の巨大蜂がカチカチと嘴を鳴らしながら威嚇し、彼目掛けて尻の凶悪な針を突き刺そうと群がるが、
「……気持ち悪いなあ、全く……」
ブツブツ呟きながら、ハンスは手に持った大金槌を横向きにして当たる面積を増やし、真横に振るう。今まさに彼の顔を狙って針を突き立てようとした巨大蜂の腹部を、その重く大雑把な金属の塊が的確に捉え、夥しい体液と外骨格を撒き散らしながら叩き飛ばす。
無論、叩かれた蜂は空中を回転しながら放物線を描き、千切れた身体を失ってビクビクと痙攣しながら事切れたのだが、
ビュンッ、と金槌が空を切る豪快な音と共に叩かれた蜂の腹部が、爆発したようにバラバラに散りながら他の蜂を巻き込み、一撃で三匹程の蜂の羽根をもぎ取って地面へと落とす。
無造作で力任せの一振りにも関わらず、やわな剣で切る程度では傷を負わせる事も難しい硬い外殻を、紙風船のように容易く潰してしまう鉄の殴打。それをエドと大して背丈も変わらぬハンスが、眉一つ動かさずに平然と成し遂げてしまうのだから、驚かざるを得ない。
だが、大振りな大金槌では戻りも遅い。隙を狙って生き残った蜂達がハンスに殺到し、硬い木材を断ち切る威力を持った顎で噛み付きながら針を突き立てるが、
ガギッ、と鈍い音を響かせるのみでハンスの身体に一切の傷は現れない。無論、鋭利な筈の毒針も彼の皮膚に刺さる事はなく、ただ身体の表面を撫でるように動くのみ。
「くすぐったいから止めて欲しいんだが……ま、言っても通じないか」
諦めの悪い蜂達の猛攻だが、ハンスにとっては微風に等しい。凶暴な巨大蜂に集られて玉のようになった彼は、蜂の頭を掴むとそのまま振り回し、自分の身体にしがみ付いた蜂を振り払いながら地面に叩き付け、頭を足で踏み潰す。そうして一匹を難無く片付けながらコンパクトに金槌を振り、次々と飛び交う蜂を地面に叩き落とし続け、
「……巣ごと焼き払うしかないか。おーい、キャロンさん、やって貰えるかな?」
と、まるで焚き火を点けるような気楽さでお願いするのである。当然、キャロンは魔導の使い手だから実行は出来る。しかし、通常ならば飛び交う蜂達に邪魔されて集中を維持出来ず、況してや前線で敵と戦う能力に乏しい彼女が、巨大蜂の巣を遠隔魔導で狙う機会はそうそう訪れないのだが……
「……はぁ、了解しましたよ……全く無茶苦茶なんだから」
そう愚痴りつつ、キャロンは掌を向かい合わせに構えると、呪文を唱えながら結印する。
【……火を喚ぶ者よ 我が意を酌みて 罪を滅ぼせ……】
ハンスはそれが【精霊術】だと知ったのは、キャロンがこの世界では稀有な、四精霊と交感出来る術士だと教えて貰ったからだった。




