⑨イワノフの能力
「……では、私達は先に都市へ戻ります。お三方にはお世話になりました」
四人組のキャロンが丁重に礼を述べ、ハンスに向かって頭を下げる。
「いや、頭を上げてくれないか? 俺達はたまたま一緒になっただけで……」
「まーまー、キャロンの気持ちも察してあげてよー? エドの事が心配で…」
「チェモリっ!! 余計な事は言わないで!」
横やりを入れるチェモリの口を塞ぎながら、ばつの悪い心情を和ませるつもりか、キャロンが白状する。
「……エドガードとは、駆け落ちしてるんです。細かい事は言えないんですが、とにかく、私は彼が無事でいてくれれば……」
「そうか……まあ、その話は口外しないと誓おう」
ハンスが答えると、キャロンの表情が明るくなる。その隙に彼女の手から離れたチェモリがイワノフの傍に走ると、少し躊躇ってから別れを告げる。
「その……うん、イワノフさん! またね!」
「……お、おお、またなぁ!」
彼女の真意を掴めぬままイワノフが答え、チェモリはくすぐったそうに身を捩りながら、再び走ってキャロンの元に辿り着くと、彼女の背中に顔を押し当ててそのまま歩き出した。
「……では、また!」
「世話になったな!!」
アーヴィンに支えられながら、エドも手を振り、合流した四人組は中央都市に向かう馬車に乗り込んだ。
「……俺達も帰りたかったなぁ……」
「仕方ないさ。どちらかが残って、事の顛末を報告しなければいかんらしいからな」
イワノフが呟くと、ハンスは歩きながら返答する。エレナが居る筈の宿屋(そこで査問の騎士を待つ事になっている)に向かって二人は並んで進んでいたが、
「……なあ、クラウツ、こいつをどう思う?」
唐突にイワノフがそう言うと、ズボンのポケットからライフル銃の弾倉を取り出し、ハンスに渡した。
「……モシン・ナガンの弾倉だろ、これがどうしたんだ?」
「あのよ、俺はここに来る時、全部で五個持ってたんだ。それで、あれだけの化け物を撃ち殺したんだがよ……不思議じゃねえか?」
ハンスは手の中の弾倉を弄りながらイワノフの話を聞いていたが、手を止めて暫し考えてから口を開いた。
「……櫓の周りには、少なくとも倍の数の死体が散らばってたな。どんな魔法を使ったんだ?」
「それなんだが、見ての通り……種も仕掛けもありゃしねぇぞ、このポケットはな……これをよ……」
イワノフはそう答えながら、ぺしゃんこになっている空のポケットを二、三回程ポンポンと掌で叩き、そのまま指先を差し込んだ。
「……な、こんな感じなんだ……ほらよ」
そして、無表情のまま新たな弾倉を取り出すとハンスに手渡す。無論、ハンスが確認するとその弾倉には薬莢の付いた弾丸が装填されていて、先程の空の物とは違う重みも確かにあった。
「これは……手品だったら拍手喝采だが、この世界に銃弾が溢れてる訳もないし……逆に気持ち悪いな」
「……クラウツのそいつも呪いの類いなんだろ? で、俺はガキの身体になっちまって、弾がザクザク出てくるポケットが有る……訳が判らねぇんだ」
困惑するイワノフだったが、ハンスは彼の疑問に答えられない。自分の身体に起きた変化も結果は伝えられるが、その理由はハッキリと理解している訳ではないからだ。
ふと、昨夜会ったマディーネの事を話そうかと思い付いたが、彼女に(今はまだ獣従士と共に居た方がよい)と言われていた事を思い出したハンスは、
「……まあ、エレナさんと一緒に居ればそのうち判るかもしれんよ……」
そう言ってイワノフの手に弾倉を戻した。
「あ! ハンスさん! イワノフくん!! こっちです!!」
ケーズの街で一番大きな【陸の魚亭】(実に珍妙な名前だが)に着いた二人を、エレナが見つけ手招きする。しかし、かつては昼夜問わず賑わっていたロビー兼食堂の広間は、エレナ以外の人の姿は見当たらない。
「……そんな大声出さなくても、他に誰も居やしねぇだろうに……」
「で、査問の騎士はまだ来ていないのか?」
「はい、まだいらっしゃいませんねぇ……」
エレナと同じテーブルに着いた二人の姿を認め、ロビーの奥から宿屋の従業員が三人の傍に近付く。そして各々が希望した飲み物を伝票に書き込みながら、
「昨夜のご活躍は、よーく存じておりますからね……ええ、お代は結構ですよ!」
事件が丸く収まれば宿屋も復調する皮算用か、気前の良い様子である。そんな姿に苦笑いしながら口を開こうとしたハンスだったが、
「獣従士エレナと使役獣……ハンス、そして狩人のイワノフはここに居ますかぁっ!?」
突如現れた騎士がロビーの隅々に響き渡る声で叫び、三人の名前を呼ぶ。漸く査問官がやって来たと安堵したのだが、
「あっ!? えと、あの……居るならいいんです……」
入り口に立つ騎士は気弱そうな女性で、三人の視線を受け止めきれず宿屋の外に飛び出し、顔だけ覗かせて小声で呟いた。
(……どうやって、ここまで来たんだ?)
ハンスの至極全うな疑問は、直ぐに氷解した。彼女の背後から近付いて来たもう一人の騎士が、庇うように前に進み出て、
「えー、お三方が今回の討伐を果たした皆さんですか? 査問補佐官のソフィナと言います」
と、明確に尋ねてくれたのである。話の通じそうな相手にホッとしたものの、先の読めない展開にハンスは多少身構えかけたものの、今しがた聞いたソフィナと名乗る騎士の肩書きが気に掛かる。
(……補佐官? じゃあ最初の騎士は何なんだ?)




