⑧戦いの後
「……ともかく、あなたが今のままで居たいなら、【旧支配者】とは接触しない方が得策よ」
そう告げるマディーネに向かって、ハンスは肯定する。
「そうだな。今の自分は余りにも状況を知らなさ過ぎるし、折角生まれ変わったならもう少しだけ意のままで居たいからな」
ハンスがそう言うと、マディーネは安堵したように表情を和らげた。
「この町でハンスさんが《魔獣狩り》に従事すると知ったので、早く接触しないと手遅れになると思い、強引に捕らえてしまいました。結果は上手くいきましたが……」
「……? では、自分が引き寄せられていたのは……」
「はい、きっとそれが【旧支配者】の眷属か、それに近い何かがハンスさんを取り戻そうとして、誘き寄せていたんだと思います」
マディーネ曰く【旧支配者】の眷属等が、手下を操って人々から魂や肉体を得ようとする事が起きるらしく、今回の騒動も連中の仕業とみて間違いないそうだ。
「それはともかく、マディーネさんは自分を仲間にするつもりだったのか?」
「いえ、それはまだ早いと思っています。ハンスさんの能力はまだ未発達ですし、お連れのイワノフさんも同様です。今は獣従士の方と共に行動していただいて構わないでしょう」
マディーネの話を聞いていたハンスは、能力が未発達だという辺りに疑問が生じ、
「いや、こんな能力でも底に辿り着いていないって……なら、その先は……」
そう訊ねようとした刹那、マディーネは周囲を見回してから表情を変えた。
「申し訳有りませんが……話の続きはまたいずれ。どうやら私の作った結界が見つかったみたいです」
そう告げた瞬間、ゴゴゴッ、と地鳴りがしたと思うとハンスを囲っていた壁が溶け、白い漆喰塗りの建物に変わっていく。
「私は姿を隠しますが、いずれまたお会いすると約束致します……そうそう、【旧支配者】が今、手に入れようと狙っているのは……」
現れた時と同じように、ハンスの前で地面へと潜り込みながら、マディーネは姿を消す寸前で最後の一言を残していく。
「……中央都市の中心に有る《人食い穴》というダンジョンです……」
その言葉と共に、彼女は彼の前から居なくなった。
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「ハンスさん! 無事だったんですね!」
エレナが彼の姿を認めながら手を振ると、ハンスも手を上げて彼女に答える。お互いに無事を認め合い安心していると、
「よぉ! クラウツ生きてたか!!」
「そっちこそ元気そうだな、でも目の下にクマが出来てるぞ?」
「はん! そんなもん酒飲んで寝ちまえば直ぐに無くなっちまうさ!」
イワノフも軽口と共に出迎え、ハンスの胸を拳で軽く叩きながら少年の見た目に合わない言葉を吐き、肩に担いだモシン・ナガンを左右に振る。
「……まあ、ちっと気になる事があるからよ、後でツラ貸してくれや」
「……ん? ああ、構わんよ」
ハンスが応じると、イワノフは頷いて被っていた帽子を脱いで指先で回して弄んだ。
「大した事じゃねえが……な」
そう言うと髪を撫で付けてから再び帽子を被り直し、口を開く。
「おい、そう言やぁ……クラウツの知り合いだか何だかが来たんだが、あいつら何者だ?」
「いや、つい先程顔を合わせたばかりなんだが、似たような仕事仲間として……」
「あっ! ハンスさん! 戻られたんですね!」
「お疲れさまぁー!!」
ハンスが説明しようとした時、四人組のキャロンとチェモリが二人の元に駆け付けて来る。
「ああ、そちらの怪我人の様子はどうだい?」
「はい、エドはエレナさんの適切な治療のお陰で問題無いです!」
「そーそー! あの子、凄かったよ! エドの傷口をパパッと縫って、ピャッピャ~ッて包帯巻いて、あっと言う間だったんだよー!」
「お、おお……そりゃ良かったな……」
チェモリが身振り手振りを交えつつ成り行きを説明するも、ハンスは曖昧に頷きつつ妙な違和感を覚えた。
(……エレナが治療? いや、自分の靴擦れに四苦八苦してた娘が傷口の縫合なんて……そんな事、有り得るのか?)
だが、彼の疑念は治療を受けた本人が現れたせいで、あっさり霧散してしまう。額の傷口に四角い止血帯を載せて包帯を巻いたエドが、ハンスに向かって切り出したからだ。
「いや~、本当に助かりました! ウチのお転婆共にも少し見倣ってええぃたい痛いっ!?」
「…… 誰 が お 転 婆 で す か ぁ ? 」
しかし、直ぐにキャロンが彼の耳たぶを掴みながら圧を掛け、彼の主張は宙に浮いてしまう。
「あのねぇ……エドが先行し過ぎて、アーヴィンの援護が通らなくなった時に割り込まれて怪我したのよ!? そういう諸々も含めて、今後の課題だって自覚してるわよね?」
「俺、怪我人! 俺、怪我人!! チェモリ! 何とか言ってやって!?」
「……うーん、エド……がんばれぇーっ!!」
「なっ!?」
「エドガードぉ……?」
「……はい、反省します……」
そんな三人の掛け合いを眺めながら、ハンスは腹を括る。そんな細かい事を気にするのは止めよう。目の前で繰り広げられている穏やかな日常をこうやって営める事こそが、平穏の証なのだから、と。




