⑥イワノフと避難者達
イワノフの操るモシン・ナガンは、排莢と装填を手動で行う、連装単発ライフルである。五発目を撃てば、それで撃ち止めとなる。
最後の射撃と共にキンッ、と真鍮の空薬莢が床の上を跳ねると、一連の動作と化したリズムで胸ポケットを叩き、中を確認。無言のまま弾倉を取り出して銃身下部に挿し込まれた空弾倉と交換する。
闇に慣れた眼が周囲を舐め回すように動き、撃ち洩らした敵は居ないか探し続けたが、
「……ようやく店じまいかよ、全く……」
呆れたように呟いてから、自分の周りを見回す。
「……撃ちも撃ったり、か……」
イワノフの周りには真鍮の空薬莢が強風に散った華のように広がり、足の踏み場も無い。一体どれだけ撃てばこうなるのか、考えただけで恐ろしくなる量である。無論、空弾倉も同じように彼の両側に積み上げられている。
そんな光景を眺めながら、イワノフはふと考える。自分が撃った化け物は、一体何処から押し寄せて来たのか、と。そして櫓の下に散らばる死体は誰が片付けるのか。
(……もしかすると、さっさととんずらすべきなんじゃねぇか?)
その必要を考えつつ、階下に向かって梯子を降りていった。
「あっ! イワノフ君!!」
「おっ、どうやら無事みたいだな」
イワノフが階下に降りるとエレナが駆け寄る。見回せば他の四人組も欠員は出ていないようだ。後はハンスと合流出来れば、仕事は終わりになる。
「お陰で助かりました! 彼もそのうち眼を覚ますでしょうし……」
二人の女性の背の高い方もイワノフに礼を言うと、外の様子に眼をやりながら、
「……でも、あの化け物はもしかすると……町の住人だったのかも……」
イワノフも危惧していた事に気付き、表情を曇らせる。櫓の下には頭や胸を撃ち抜かれて事切れた死体が散乱し、その数は穏便に済ませられるような量では無かった。
「そんな事は知らねぇよ。俺はああなりたくなかったし、あんたらも助かった。それでいいだろ?」
「……そうかもしれませんが……」
「キャロンは心配し過ぎ! 私達、ちゃーんと近衛隊直轄で依頼受けたんだから、責任とか難しい話はそっちでやるんじゃない?」
深刻な面持ちの娘の前に割り込んで少女がそう言って振り向き、
「それにしても、変わった魔導具ね~♪ ちっとも魔力の欠片も匂わないクセに、この世の理とは関係ないって顔してるんだもん!」
と、まるでモシン・ナガンを生き物のように喩えながら、無邪気に頼み込む。
「ねぇ、ちょっと見せて貰えなーい?」
「ああぁ? しょーがねぇな、ちょっとだけだからな?」
イワノフはそう言うと弾倉を抜いてからコッキングレバーを引いて残弾を排莢し、中が空なのを目視で確認してから手渡す。
「わぁ~い! って、重いいぃーー!?」
「……そりゃそうだろ、鉄と木の塊なんだからよ」
「チェリモ! もう、恥ずかしい……」
チェリモと呼ばれた娘は顔を真っ赤にしながら、モシン・ナガンを抱えるのに精一杯である。
「……これ、どー持ったらいいのぉー!?」
「ほらよ、こう持つんだって……」
チェリモより頭一つ大きいイワノフがモシン・ナガンをひょいと掴み、儀仗兵よろしくクルリと手の平の上で回し、
「……こう狙うんだよ……」
頬付けしながら銃を構える。その横顔には一切の感情は無く、チェリモはその冷たい表情に畏怖と憧憬を感じつつ、
「……わ、判ったわよ! 貸してみて!」
「……へいへい、ほら、こう持ってな……」
「……ひゃい……」
声を裏返しながら、何とか構えられる様になると、イワノフから顔を背けつつ、
「あ、ありがと……良く判んないけど、大事なモノなんだろうから返すわ……」
そう言って彼の方にモシン・ナガンを突き出した。
「……変な奴だな、まぁいいか」
イワノフは受け取りながら、キャロンの方を向き、
「……でよ、あんたらはどうする? 俺達はドイツ野郎と合流したら帰ると思うがよ」
「そうですね……エドの治療もありますし、私達も一時撤退するべきかもしれません」
互いにそう言い交わしながら、イワノフはハンスが居ると思われる方角を眺めつつ、
(……クラウツめ、何やってんだ? さっさと来やがれって……)
と、未だ姿を見せない彼が現れるのを待った。
……少し時間を戻し、イワノフが櫓の上から狙撃を開始した頃。
大きな化け物と対峙していたハンスだったが、
(……あの騎士の方が、強かったな)
瞬殺だった。
鍛練を重ねた技の応酬の欠片も無い、純粋な力と力のぶつかり合い。体格差に優る相手であるが故に、ハンスは先手を取って戦いを有利に進めるつもりだった。
相手の間合いに踏み込むと同時に、大金槌を膝頭に叩き込んで動きを止める。そのまま下から掬い上げるように振ったハンマーが、相手の頭を打ち砕く。
絵に描いたような連撃で、相手の出鼻を挫く作戦だったが、まさかそれで終わるとは、露とも思っていなかったハンスである。
膝頭に叩き付けたハンマーは直上から足首まで貫き、不意に左足の半分を失った相手は呆気なく倒れ込む。そのまま前に傾く相手の顔面を的確に捉えた槌頭部が通り抜けた時、勝負は既に決していた。
ハンス自身は知る由も無いが、彼の基本的な力は、ティーガー重戦車と同等まで格上げされている。走る速度のみは一般人と何ら変わらない(しかし四十キロ近い最高速だ)が、何時間でも同じ速さを発揮し、更に何十トンの貨物でも引っ張る事が出来るのである。
そんな彼が真正面から大金槌を振るえば……結果はご覧の通り。左膝から下、そして頭を粉々に砕かれた相手が、数歩先で事切れている訳である。
「イワノフ達は……無事みたいだな」
ゴトリと金槌を地面に置きながら、櫓の上でモシン・ナガンを撃つイワノフを確認し、踵を返そうとしたハンスだったが、
「……な……んだっ!? この……気配…は?」
突如、櫓の有る場所と反対側の空間から、今まで感じた事の無い気配が漂うと共に、全ての感覚を奪い取られてしまう。そのままハンスは夢遊病者のようにフラフラと歩き出し、角を曲がって路地の奥へと向かって行った。




