⑤狙撃手イワノフ
イワノフはハンスから離れて櫓に向かってくる追っ手を狙い、そして引き金に力を籠めた。
引き金を引いた瞬間、イワノフの肩に当てられた銃底が彼の小柄な身体を叩くと、横たわっているにも関わらず、僅かにざりりと後退させる。
発砲と同時にパアアァンッ!! と、腹に響く音が木霊し、暗闇を切り裂くような発砲炎が銃口から伸びる。だが、そんな狙撃を数え切れない程繰り返してきたイワノフは、射撃を終えると同時にモシン・ナガンのボルトを引いて排莢し、新しい弾を送り込む。
そしてふっ、と溜めていた息を吐き、照準の中で狙った相手が倒れるのを確認すると、次の目標を捉えて再び狙いを定める。
キエフで、ハリコフで、レニングラードで……彼は何度もこの儀式を繰り返してきた。構えて、狙って、撃つ。何にも祈らず、何も考えず、ただひたすら、それを何度も繰り返してきた。
(……全く、ドイツ野郎以外を狙うなんて、考えた事も無かったな)
そう心の中で呟きながら五発目を撃ち終えると、胸ポケットに入れた次の弾倉を取り出して、空弾倉と取り替えた。
ハンスが最初の狙撃に気付いたのは、大きな化け物と向き合っていた時だった。
相手の動きに注目し、少しでも有利な状況を維持しようと気配を掴もうとしていたが、右後方に居た人外が発砲音と共に頭を噴き飛ばされたからだ。
そして二度、三度と狙撃が続き、正確無比な弾丸が次々と相手を撃ち倒し、五回目が終わった直後、ハンスを取り囲んでいた連中が一斉に櫓目掛けて走り出す。ハンスの前に居た大きな方も続こうとするが、
「おい、お前の相手は俺だよ。脇見するもんじゃないぞ?」
ぶん、と大金槌を振りながらハンスが遮ると、苛立ったように鼻から息を吐いてから、
「ゴアアアアアァーーーッ!!!」
一際大きい雄叫びを上げ、ハンスに向かって突進してきた。
「……そうだ、お前の相手は俺だ、真っ直ぐこっちに来い!!」
応じるように叫ぶと大金槌を振り、突進の勢いを載せた豪腕の一振りに合わせるよう叩き付けた。
「……位置がバレたか……下はどうなってる?」
イワノフは呟きながら立ち上がると、モシン・ナガンを背負いながら梯子を掴み、そのまま滑るように下まで降りていく。
「嬢ちゃん!! 案配はどうだ!?」
「はい! 大丈夫です!」
エレナに声を掛けると、丁度逃げてきた四人組と櫓の台上で合流したらしく、怪我人らしき若者を女性二人と共に治療を始めた所だった。
「そいつは一体どんな魔導具なんだ!? 雷みたいな音が鳴る度に、化け物がどんどん死んでいくじゃねぇか!」
イワノフに大柄な男が話し掛けて来る傍から、雄叫びを上げながら人外の化け物達が次々と近付いて来る。
「何でもいい! とにかくその梯子を上げて登れなくしといてくれ!!」
イワノフがそう言うと、大柄な男は無言で梯子を掴み、軽々と引き上げると登り口に蓋をして閂を掛けた。
「よし、時間は稼げるな……でも、きっとよじ登ってくるだろうから、あんたはとにかく防いでくれ! 俺はコイツで潰せるだけ潰す!」
「ああ、ここは任せろ!」
相手の返事を確かめると、イワノフは再び梯子を登り、急いで最上部まで上がるとモシン・ナガンのボルトを引いて弾を送り込む。
「おい、松明を使えって!!」
「えぇーーっ!? 本気なの!?」
「ゴチャゴチャ言わんでやるんだよ!!」
階下から男と小柄な娘のやり取りが聞こえる中、イワノフは松明で照らされる闇を睨み、動く影を目掛けて引き金を引き続ける。
冷静に引き金を引く回数を数えながら、直ぐに撃てるよう胸ポケットに詰め込めるだけ詰めた弾倉の数を思い出し、心臓が縮み上がるような緊張を感じた。
(……くそっ、弾が足りねぇ!!)
櫓の足元まで辿り着いた連中はまだ少ないが、四方から群がる化け物の数は次第に増し、既に彼が撃ち倒した数を越えている。このままではいずれ弾薬が尽き、這い登る化け物が台上に到達するだろう。そうなれば……エレナも自分も助からない。
(くそっ!! くそぉ!!)
焦りながら、しかし冷静に引き金を引き、モシン・ナガンを構える。だが、遂に頭の中に有った最後の弾倉は銃に飲み込まれ、後は無い。
判ってはいるが、イワノフは発作的に胸ポケットを叩いて中を確認する。有る筈の無い弾倉を見つける為に……
「……っ? お、おい……何だよコレ?」
だが、彼の掌に固く四角い何かが当たり、頭の芯が痺れたように思考が停止する。四つしかない弾倉を確かに両側のポケットに入れた。それを二個づつ使った。もう弾は無い筈だ。
そう思いながら、ポケットに手を入れて弾倉を取り出すと、確かにモシン・ナガン用の7.92ミリ弾だった。勘違いのしようもない刻印が刻まれたそれは、果たして何処から来たと言うのか。
言い知れぬ薄気味の悪さを感じつつ、しかしイワノフは黙って弾倉を籠め、レバーを引く。
(……これはきっと、魔女の婆さんの呪いだな)
いつものように心の中で呟くと、少しづつ気持ちが落ち着いてくる。今は考えるより、一匹でも多く、一刻も早く撃つのが先決だ。
そう確信し、イワノフは再び銃を構えた。




