②遭遇戦
そのまま陽の光が夕日に変わり、次第に菫色の帳が空を覆い始めた時、噴水広場で待機していたハンスに近付く人々が現れた。
「……なんだ、ご同業か」
最初に話し掛けてきたその相手は、ハンスの傍らに置かれた大金槌を一目見てそう言うと、面倒臭そうな物を見る目付きで彼の格好を眺めてから、
「たった一人で討伐に来たのか? 随分と気楽なもんだな……」
挑発するような言い方をするが、それでも多少の礼儀は持ち合わせているらしく、
「まあ、いいか……俺達は中央都市から化け物退治で派遣されてきたから、邪魔だけは…」
「あーっ! このヒト、知ってる!! あのガラの悪い斡旋所をぶっ壊したヒトじゃなーい!?」
そう釘を刺そうとした矢先に、突然割り込んできた小柄な少女が叫び、話が頓挫してしまった。
「お、おい! 人が話してる傍からしゃしゃり出るな!!」
「ねーねー、お兄さんって強いのー? 何かスキル有るー? 職業なーに? 仲間居るー?」
「こらっ! チェモリ!! 話を聞け!!」
青年に近い彼の言葉を遮りながら、少女は次々と質問を畳み掛け続けるので、ハンスはどうしたもんかと思案しながら一人目の彼と少女の姿を交互に眺めてみる。
青年の方は時折街中で見掛ける、剣を生業とする職業のようである。古びてはいるが使い込まれた胴当て鎧、そして膝から下は金属製の脛当てを身に付け、ハンスの目から見れば博物館に飾られた人形が歩き出したように思える。
そして少女の方は、彼とは対称的に鎧の類いは一切身に付けておらず、ハンスと似たような軽装のようだ。但し、護身用なのか短刀を腰の後ろに提げ、髪を纏めて頭からフードを被っていた。
やがて二人はハンスを他所に、いちいち細かいだの大人しくしとけだのと言い合いを始めたが、
「もー! チェモリもエドもその辺にしてよね!! 遊びに来たんじゃないんだから……」
「エド、その辺にしとけ。今夜辺りは化け物に遭遇するかもしれんからな」
連れの男女二人が各々を引き離しつつ、少女を抑えていた女性がハンスの方を向き、
「御免なさいね、二人ともマイペース過ぎなもんで……ところで、あなたも討伐組?」
詫びながら、話題を変えるつもりのようで、彼に尋ねてくる。
「ああ、自分もそうだ。但し、一人ではないが……囮として仲間はあそこに待機しているんだ」
「あー、あの櫓ね……と言う事は、お仲間は弓兵か魔導士か何かなの?」
「……まあ、そんな所だよ」
ハンスが答えながら櫓を指差すと、彼女もそちらを眺めながら推測するが、弓兵や魔導士が何なのか判らないハンスは、適当に濁して話を合わせる。
「そうなのね……ま、いいわ! 私はキャロン、それでこっちはアーヴィンよ」
「アーヴィンだ。済まんな、お騒がせして」
「自分はハンスだ。いや、気にしないでくれ……自分もまだ、討伐だとかは慣れてなくてね。こうして他の者と話をする機会もなかなか無いんだ」
言葉を交わし打ち解けてみれば、彼等も自分と大して変わりはなさそうに思える。そしてアーヴィンに抑えられていたエドも、漸く落ち着きを取り戻したようで、
「……済まん、少々気が立っていたようだ。請け負い先は違っても、互いに同じ目標を果たす為に集められた訳だからな。何か有ったら遠慮なく知らせてくれ」
そう言いながらエドがハンスに詫びると、抑えていたキャロンの隙を突いて自由になったチェモリが、ハンスの元へと走り寄り、
「ねぇねぇ! ハンスさんってその大金槌使うの? だったらアーヴィンと同じ盾役なんだねー! でも、人間で盾役って珍しくなーい?」
彼の足元をくるくると回りながら、アーヴィンを指差しながら再び質問を繰り返す。だがハンスはアーヴィンの額に突き出したコブのようなモノと、常人とは比べ物にならない程の筋肉を見て、
(うーん、まるで鬼のようだな。それにしてもタンクとは何を指す意味なんだろう?)
と、異世界の事情に疎い彼は、謎だらけの話題に付いていくのがやっとだった。
「……それじゃ、私達は向こうを見張ってくるね。ハンスさんも気をつけて!!」
キャロンは長い裾を翻しながら手を振り、そうハンスに告げると仲間達と共に彼から離れていった。
「……騒々しい連中だったが、悪い奴等じゃなさそうだな。危ない目に合わないといいが」
彼等を見送ったハンスはそう呟くと、すっかり暗くなった噴水の脇に腰掛け、再び何かが起きるまで待つ事にした。
そして暫く何も無かったが、その異変は唐突に起きた。
ハンスは往来が途絶えた噴水広場から、少し離れた民家の窓の灯りが消え、中から住人らしき青年が飛び出すと、血相を変えながら彼に向かって駆けて来るので、立ち上がりながら声を掛けたのだ。
「どうした!? 何かあったのか?」
「ああ……畜生……父さんが、いきなり母さんを……」
そう答えると、青年はそのまま倒れ込んでしまう。彼は背中に手酷い裂傷を負っていて、手当ての施し様も無いまま、息を引き取ってしまった。
「……援護の無いまま飛び込むべきか……いや、そうじゃないな、行くしかなかろう……」
ハンスは決意し、直ぐに青年を噴水の脇まで運び、暫し黙祷すると大金槌を担いで走り出した。以前の彼なら間違い無く、その重さで悲鳴を上げていただろうが、今は違う。自分に与えられた不可思議な力のせいか大金槌は木のように軽く、担ぐ重さは全く感じない。
息つく間も無く青年の住居に辿り着き、開いたままの扉の向こうを窺うと、
……ぱき、ごり……、
と、何者かが咀嚼するおぞましい音が響き、これかと思いながら振り向くと、櫓の上からイワノフがこちらに向かって拳を振り上げた。




