⑱ハンスと騎士
「ピメントっ!! 勝手な真似は許さん……って、聞いてないか……」
新たに現れた将校はそう言うと、困ったように頭を掻きながらエレナの傍に寄り、
「君が討伐を請けたテイマーの娘か? 俺はここの団長のジェロキアだ」
そう自己紹介すると申し訳なさそうにハンスの相手を指し示し、
「……あれでも副団長でな……少々血の気が多いが実直な奴なんだ。後で叱っとくから許してもらえんか?」
そう詫びるが、エレナの方も同様に、
「いえ! 私も両方を止められなかったんです……まだテイマーとして半人前で……」
そう言いながら恐縮してしまう。
「……止める? テイマーの君が何故……いや、まさか……彼が使役獣だって!?」
ピメントも漸く事の次第が理解出来たようだが、どう見ても人間のハンスと使役獣のイメージが噛み合わず、困惑する。しかし、それはイワノフも同様らしく、
「なぁ、お二人さんよ! 俺にも判るようクラウツが何だか教えてくれねぇか!? そのシエキジューって、魔女のばあさんの呪いの類いなのか?」
資材の上で頬杖を突きながら、勿体振るなと言いたげに問い掛ける。だが、そんなやり取りは次の瞬間に打ち消された。
「うおおっ!?」
驚愕するハンスの叫びと同時に、持っていた筈の木剣が真下から跳ね上がり、危うく落としそうになったのだ。
「……ふん、力だけは有るみたいだな」
数歩分は有る距離を瞬時に詰め、斜め下からハンスの手元を狙ったピメントの一撃を辛くも受け流せたものの、ハンスには全く見えていなかった。
(……これが、この世界の剣術なのか)
ジンジンと痺れる掌で、改めて木剣を握り直すハンスだが、そんな感想に浸る暇は与えられない。矢継ぎ早に繰り出される俊敏な斬り付けが彼を襲い、木剣を掴むのが精一杯になったからだ。
無論、ハンスと感覚を半ば共有しているエレナは、彼が立たされている苦境を少なからず理解は出来た。
(……こ、こんなに速い斬り付けを、ハンスさんは受けているのですか!?)
しかし、素人に過ぎないエレナから見れば、死角を衝いて巧みに振り込まれる木剣が迫る中、目を瞑ってしまいそうな重圧に耐えるのがやっとである。
だが、そんな最中でも小さな光が遠くから射し込むように、エレナの心を導く存在が有った。
(……まだ、まだだ……)
それは、ハンスの精神だった。
(うおっ!? 人間業じゃないぞコイツ……)
圧倒的に不利な技量差を凌ぐだけで精一杯だった。
(……剣の技で勝てんなら、身体を張るしかないか?)
……しかし、ハンスは退かない。そう、彼は戦車乗り。自ら砲火に身を晒し、敵地に斬り込んで進軍の道を作るのが務めなのだ。
「……っ!?」
思いの外ハンスが耐え続けたせいで、彼の剣捌きから一切の手加減は消えていた。かと言って頑丈な木剣でまともに急所を打てば、軽い怪我では済まされない。だからこそ、心の隅で避けよと思いながら打ち込み、その先を読んでの一手の筈だった。
ピメントの放った頭頂から脊椎まで一直線に断ち割るような一閃を、
「……はぁ、はぁ……ほぅやく、ふかめたでぇ……」
ハンスがそう言いながら噛み締めて止めるとは、全く予測していなかったのだ。
だが、ハンスと目線を合わせたピメントは、背中を大きな虫が這い回るような気味の悪さを感じ取り、思わず木剣を手放してしまった。彼にはハンスが人の形を模した得体の知れぬ存在に見えたのだ。
「……それまでっ!! この勝負、騎士団長として、俺が預かる!」
間髪入れず、ジェロキアが二人の間に割って入り、ハンスの手と口から木剣を取り上げる。
「ピメント……後で報告してもらうぞ。判ったか?」
「……はい、団長」
先程までの気さくな言葉遣いから一転、厳しい口調でピメントに命ずると、彼も反論せず一礼し、詰所の中へと消えていった。
「……しかし、噛んで止めるとはな……人間離れしてるとしか言えんなぁ」
ジェロキアは木剣を手に持ってみるが、打ち合いを繰り返して硬く締まった木肌は、そう簡単に傷付く事は無い。だが、表面にはクッキリと人の歯形が残り、その箇所の繊維がささくれて指に当たる程捲れていた。
「ま、アイツの処分は俺が決めるが……悪く思わんでくれ」
「あ、その事なら別に構いません……あの方も悪気があった訳じゃありませんし、ハンスさんもそうですよね?」
「……ん? ああ、そうだ、その通りだ……」
エレナとジェロキアの会話の途中、唐突に話を振られて曖昧に肯定するハンスだったが、彼の心中は先程の手合わせで埋め尽くされていた。いや、正確には……戦いそのものに。
無我夢中で剣を受け止めていたあの時、何度も相手の剣が身体に当たっていたが、ハンスは全く痛みを感じなかった。だがそれよりも、自分の内で渦巻く仄暗い情念が湧くと身体が勝手に動き出し、気付いた時には歯で木剣を噛んで受け止めていたのだ。もし、剣の代わりに相手の喉元が眼前にあったなら……
(……いや、考えるのはやめよう)
そう締め括り、ハンスは振り返るのを止めた。
しかし、感覚を共有していたエレナも又、ハンスの中に渦巻く黒い存在に気付いていた。そして彼の二重性が何かの折に触れて災いの元にならぬかと、少しだけ不安になった。




