⑰新しい仲間?
「くあああぁ……沁みるなぁ! ……風呂なんて久し振り過ぎて、忘れてたぜぇ……」
少年の見た目から掛け離れた、年季の入った言い回しでイワノフが湯船の中で呟く。
「……なあ、クラウツよ……お前、戦車兵だったんだよな?」
「ああ、生憎としくじって一発も撃たない内に、地雷を踏んで新品の戦車ごと死んだ……らしい」
「ああ!? 何だそりゃ!! みっともない死に様だなぁ……」
「俺もそう思うよ……だが、気付けば此処に来てたから実感が無くてね」
隣で天井を見上げながら、ハンスがそう言うと、イワノフは自分の短く切り揃えた金髪を手で撫でながら、
「……実感かよ……そんなもん、俺だってねぇよ……」
そう呟くと、二人の間に沈黙が降りる。
アルベルナの好意により、暫くの間、三人は斡旋所に下宿人として住む事になった。宿探しをせずに済んでエレナは喜んだが、ハンスは気乗りしなかった。自分の身体をイワノフは奇異に捉えるだろうし、使役獣としてエレナに従う理由など、説明するだけで気が重くなる。
そう考えていたハンスだったが、イワノフは風呂場の脱衣場で見た瞬間、
「……魔女の婆さんの呪いか!」
と、ただ一言言っておしまいだった。
どうやらイワノフにとって、我が身に降り掛かっている若年齢化の方が深刻だと捉えていて、それを彼はこの世界に連れて来られた者は、何らかの【呪い】を与えられると解釈したようだ。
そんなイワノフだったが、夕方になり、先に風呂を済ませろとアルベルナに勧められた彼は、久々だと喜び勇んで脱衣場を抜けて湯船に浸かり、気付けばハンスと語り合っていた。
「それはともかくよ、実は俺……同志スターリンに言われて、此処に来たんだ」
「ほお……そりゃ、何処のスターリンだ?」
イワノフの言葉にハンスが畳み掛けるが、イワノフは嫌な顔一つせず答える。
「確かに……影武者だったのかもしれんし、幻覚だったのかもしれんが、それでも同志スターリンだったんだよ……教会の部屋から此処に来る時、俺に向かって違う世界で共産主義を広めてきてくれ、ってな……」
「ふむ……共産主義も忙しいもんだな」
スターリンの影武者だったかどうかはともかく、イワノフもハンスと同様に招かれて此処に来たのは間違い無い。だが、何かが違う。それを言い始めたらキリがないが、ハンスは使役獣として、イワノフは狙撃兵として召喚されたから違うのか。イワノフには自分と違う能力が有るのか?
「……なあ、あんたは子供になった以外、他の違いは無いのか?」
「たぶん……無ぇなぁ……」
眠くなったのか、イワノフの答えに勢いは無い。余り長湯してものぼせてしまうので、ハンスはイワノフに湯から上がるよう勧めながら、先に脱衣場へと向かった。
翌日、エレナ達は依頼された凶暴化したゴブリンの討伐完了を報告する為、中央都市の王城へとやって来た。とは言え、都市の真ん中に聳え立っているので、誰でも直ぐに判るのだが。
「この城には王様が住んでいるんだよな?」
退屈しのぎでか、何気無くイワノフがエレナに尋ねる。
「ええ、まだ若い王様らしいって評判なんですが……いつも執務室に独り籠って、山のような紙の束と向き合って仕事しているそうです」
「へえ、働き者なんだな……王様って言えば、だいたい家来はべらせて、ふんぞり反って座ってる印象だがなぁ」
「そうですよね、だから謁見の間は誰も居ない事が多いそうです」
二人のやり取りを聞きながら、ハンスは城の門に辿り着くと衛兵に説明し、騎士の詰所へ案内される。
「……なるほど、確かにゴブリン達の耳だ。それにしても……これだけの数をたった三人で相手したのかい?」
城の近衛兵の将校らしい男が直々に検分し、塩漬けされたゴブリンの耳を麻袋に戻すと、エレナに向かって質問する。
「いえ、戦ったのはハンスさんだけです」
「そうか、一人で……だとっ!?」
エレナが正直に告白すると、将校は想わず叫んでから、改めて中身の数を調べ始める。
「おいおい、そりゃ幾ら何でも無謀過ぎやしないか? 相手がゴブリンだったにせよ、この中には右耳だけで二十以上は有るぞ!?」
「そう言われましても……実際に討ち取ったのは事実ですし……」
ハンスが控え目に報告するが、若い将校は色めき立ち、まさか不正等は出来ようもないがと渋り始める。無論、目の前に置かれた麻袋の中身は本物であり、紛い物を混ぜられるとは思えない。
「……ハンスと言ったな、申し訳無いが確かめさせて貰えんか?」
「確かめる……とは、つまり……」
「手合わせ、願おうか……」
若い将校はそう言うと、詰所から外に出るようハンスに促す。
「ち、ちょっと待ってください! 一体何が疑わしいのですか!?」
「何、簡単な事だ。もし【使役獣】と言いながら人間だったら、偽称して銀獅子になったのだ。それは見逃せないだろう」
無論、エレナは抗議するが、相手は疑惑は晴らせば良かろうと取り合わない。周囲の騎士達に訴えても「使役獣なら心配要らんだろう」と当然のように言うのみ。
「イワノフ君……どうしたら……」
「はあぁ……クラウツがどうなるかなんて、俺は気にしねぇ。そんな事は戦場なら当たり前だろ?」
一縷の望みをイワノフに託そうとするが、退屈そうに欠伸しながら答えると、そのまま外に出て、積まれた資材の上に陣取った。
「ほら、特等席だぜ? なぁ、クラウツが殴るか殴られるか賭けねぇか?」
「ばっ、馬鹿な事を言わないでください!!」
そう反論しながらもエレナはイワノフの隣にちょこんと座り、ハンスを心配そうに見守った。
「……何故、断ろうとしなかった?」
「断ってそのまま放免するなら、最初から言う訳無いだろう」
近衛兵の将校はハンスに尋ねるが、彼はあっさりと答える。将校も城詰めの騎士とはいえ鎧は身に付けていないが、若いなりに責務有る役割を担っているからか、振る舞いに隙は見られない。
「……木剣は振れるか」
「振った事はないが……両手で持てばいいのか?」
ハンスは差し出された木剣を掴み、構えてみる。その様子を見ながら将校は後ろに下がり、同じように構えを取る。
「……おい! ピメントっ!! 何を始めるつもりだ!?」
と、そこに別の将校が現れたのだが、その声を合図にピメントと呼ばれた若者がハンスに斬り掛かった。




