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その十五 Side Magica

シノア・ド・ディグディグは、『魔法』使いだ。

しかしながら、シノアは『魔法』が嫌いだ。


そもそも、『魔法』とは一体何なのだろうか。

実際のところよく分かっていないというのが、現状だ。

人間という生き物は、一人ひとりが固有魔法というものを持っている。また、魔獣は種族に共通の種族魔法を持っている。

しかし、魔法と『魔法』は似て非なるものであるというのが、シノアをはじめとする研究者達の見解だ。常識といっても良い。


魔法には理がある。

『魔法』にはない。

魔法には制約がある。

『魔法』にはない。


シノアは『魔法』が嫌いだ。

だから、シノアは『魔法』の全てを知り尽くして、『魔法』使いをやめたいと願っている。


「お嬢、お嬢!」


自分を呼ぶ声がぐるぐるした思考の渦から、シノアを引きずり出した。頭二つほど高い所に声の主の顔を見上げる。


「カイどうかしましたか?」

「設置が終わったのでその報告に。あー、すみません、もしかしてもう入ってましたか?」

「いえ、少し考え事をしていました。それよりも、ずいぶん早く終えたのですね」


シノアはぐるりと周囲を見渡す。弓使いと竜卿が、自分達に有利な場所を求めたように、『魔法』使いもまた川辺を対環境種の拠点として定めたのだった。

しかしながら、当然魔獣は数多く存在しておりしばらく身動きができなくなるシノアの身を守るために、魔器具やもっと原始的な罠をいくつも設置していたのだ。


「ユリア様に手伝って頂いたので……」

「やけに歯切れが悪いですが、何かありました?」

「ちょっとあれ見てください」


指された方には、魔獣をモチーフにした氷のオブジェクトが出来ていた。無論、芸術作品ではない。


「あの方、ちょっと尋常じゃないですね……」

「それも当然でしょうね。それで、そのご本人は?」

「それが、所用があるといって姿を消されてしまいまして。お嬢、あの方大丈夫なんですか?」


純粋に自分の身の安全をを気遣ってくれる相棒に、シノアは微笑みをかえす。


「ええ。ユリア様の今回の目的は、恐らくバランス調節ですから」

「バランス?」

「はい」


その返答に、相棒は全く納得がいかないようだ。


「魔器具はいくつほど設置しましたか?」

「…………ざっと百個ほどですが、それがなにか」

「アイシアさんなら、ひとつも必要ないでしょうね」

「アイシア様は規格外ですから……それがなにか関係──っ!」


大きな気配が動く。圧倒的な存在感。間違いなく環境種だ。


「シノア嬢」


それまでどこかに消えていたユリアも息をきらせて駆けてきた。


「文明喰らいが動いたようだ」

「ええ。では、カイとユリア様お願いしますよ?」

「命に代えても」

「微力ながらなんとかしよう」


『魔法』使いの闘いが始まった。


『魔法』の基本は、殻を捨てることだ。

シノア・ド・ディグディグは、世界に取り込まれる。五感全てを、世界にチューニングする。世界に溶け込む。

今は、水なのだ。地なのだ。風なのだ。雲なのだ。そして。


──何を求める?

文明喰らいの存在の否定。

──無理だ。

なぜ?私が求めている。


理をねじ曲げる。押し通るのは、自らの望みだけだ。

まるで分厚い壁のような存在にぶつかった。


──お前ごときでは、越えられまい

私の何を知っている。望むものは、雨

──その程度の力で

うるさい。全て寄越せ。


「水」が存在する可能性をかき集める。あらゆるものから奪い取る。

「乾燥」を否定する。

ほんの一瞬。壁に綻びができた。


ざまあみろ。私の勝ちだ。



望むべく事象が起きた。

水の気配が強まる。


そして、シノアは人間に戻る。魔獣どもが騒がしい。


「あとは……………任せました……」


身体に力が入らない。

ほんのわずかな間隙の後、一際高い音がした。


『Syo』


結局一度も姿を、この目で確認できなかった敵対者の悲鳴だと、シノアは理解する。

そしてシノアは、


「お嬢!」

「シノア嬢!」


プツリと暗闇のなかに落ちていった。

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