その四
ここの砦は、かつては対人間の侵略に備えて建てられたらしい。今の感覚ではそんな余裕があるのかと思ってしまうが、その頃は人間同士の争いが日常茶飯事だったそうだ。因みに、そんなことを現在しようものなら、通りがかりの任意の魔獣にプチってされる。
当然、ここの砦も当時のままではないのだが、まあ名残みたいなのはあるわけで。
「なあ、アイシア」
「…………なによ」
「俺たち、迷子になってないか?」
「奇遇ね、私もそう思っていたところよ」
そうだよね、やっぱり。さっきから、やたらと行き止まりとかにぶち当たってるんだよ。
なんで迷路みたいな構造になってるの。意味ないでしょ。
「無駄に広いんだよここ……」
「仕方ないから、戻って誰か職員捕まえましょう……」
「そうするか……」
こうなったら、マッドについてきて貰うんだった。
ちょっと後悔しつつ、元来た道を辿ろうとして、
カチッ
「あ」
「え?」
アイシアが、色違いのタイルを踏んだ。奇妙な音が響く。
そして、
「「ぎゃー!」」
パカッと床がなくなった。突然のことでアイシアは飛ぶこともできず、俺には元からこういうときに何とかする術はないので、仲良く落下した。
「やっと、来おった……なんでそんなにボロボロになってるんだ?」
「「ここの砦の責任者出てこい!」」
この建物なんなんだよ!
◆
落とし穴は、直通で武器庫に繋がっていたのだ。それゆえ、わざわざギルド職員の手を煩わさずに済んだことだけは、よしとしよう。
「で、結局客人ってのは、ばばあなのか?」
「師匠と呼べクソガキ」
「春街には行かなかったんだよな、俺たちより先にここにいるってことは」
じゃなきゃ、俺たちより先に着いていないだろう。
「オレも、本当ならかわいい女の子達に酌をされてたはずだったんだが」
そう言いながら、ばばあはアイシアの方を指差した。厳密には、少しずれているので壁に積むまれた箱の方だろうか。
「どっかのジジイにこれを運べとパシられてな」
「あー、白の武器ね。お祖父様は、ちゃんと護衛費用支払ったのかしら?」
「それだ。アイシアちゃんから、請求しろと言われとる」
「やっぱりそうなのね、それじゃあ銀四枚でどう?」
アイシアとばばあはそのまま、値段交渉を始める。
俺はというと、ずっと箱の方から目が離せないでいた。
「なあ、師匠」
「なんじゃい、馬鹿弟子」
「矢はどこにあるんだ?」
どうも、白の武器が量産品というのは本当だったようで、木箱がいくつも積み上げていられたが、矢が入っている箱はなさそうだ。
「あー、それな。お前が使う矢は、ほれ」
ばばあは、自分の腰に着けていた弓入れから、黒い皮の袋をこちらに投げてきた。
「あ、1本だけばばあが持っていたのか」
俺が確認しやすいように、そうしていたのか。珍しく気が利くな。
巾着を開けると、真っ白な矢が姿を表す。魔獣の素材特有の、匂いがした。
「1本だけというか、この1本だけだぞ。矢は」
「はえ?」
「馬鹿弟子、何か勘違いしとらんか。お前が今回使うのは、正真正銘白の竜の牙と骨からできた、一点ものの矢だぞ?」
ま?
動揺して、手が滑った。
アイシアが、床すれすれでキャッチしてくれた。
「えーと、竜卿さん?」
「どうしたの?」
「本物って……本物?」
嘘だよね?そんな、伝説の武器なんてほいほい出てくるわけ。
「うん、私も今まで知らなかったんだけど……これ、白の竜使ってるみたいね」
そう言いながら、アイシアは俺にその矢を握らせた。
たった1本の矢が一気に重く感じられる。今回、俺は一体何を任されるというのだろうか。




