その八
魔器具の素晴らしい点は、才能があろうともなかろうとも、魔術を使えることだ。
その魔器具のなかで、一番戦い──魔獣相手にせよ、人間相手にせよ──に便利なのは、符シリーズだと俺は思う。
まず、何よりも運びやすい。こそっと、手のひらに仕込んでいてもバレない。
だから、今みたいに。
「うおおおおおおお!」
「む!?」
気生符をこっそり足で踏んで、そこから産まれた風を背中で受け止めて一気に距離を詰める、みたいな不意打ちも可能になる。
しかし、俺の渾身の振り下ろしを、グノル家の長兄は驚きで目を見開きつつ余裕で受け止める。
さっきまで、俺が投げナイフを普通に捌いていたのとおんなじような理由だと思う。タイミングとかが、丸わかりだったのかもしれない。
あと、俺の今の主武装が、枝しかないのも問題だと思う。ボキッて音が聞こえたし。
「っ……!」
そして、そんな武器(?)が折れた隙を、対人バトルをしまくっている騎士様が見逃すはずもない。
一太刀めは、気合いでなんとか回避。剣先が俺の頬を掠めて、一筋の血の線が刻まれる。
だが、その刹那。
「正々堂々勝負できなくて、悪いな」
「なにを」
もう一枚隠し持っていた光生符を、グノル家長子のまさに眼前で破く。
「くぅ!?」
時に、魔獣の目を眩ませるのに使われる光生符。それを、直接浴びれば、ただではすまない。
アイシアの一番上の兄は、ぐらりとバランスを崩す。
「あいつの兄貴なんだから、この程度でケガしてくれるなよ!」
取り出しましたるは良い感じの枝。思いっきり、喉をついた。一応、先っぽは尖っていないものだから、まあ、死なねえだろ。
幸い「残念だったな俺の硬化は、自動発動だ」なんてことは言われず、倒れてくれたので助かった。
そして、もう一人のケヒャってる兄の方だが。
「降参しても、構わないだろうか……」
「どうぞ」
地中、というより、俺の影から顔だけだした状態で、降参の意を告げてくれたのでおしまい。光で俺の影が一瞬なくなったことで、こうなってしまったらしい。
ラッキー。
さて、肝心のあの女だが。
「おら、アイシア!」
「予想より、ちょっと早かったわ……いったあ!」
うるせ、デコピンで済ませてやるんだから感謝しやがれ。いきなりの、バトルは焦るんだよ。
「しょうがないじゃない、あなたが演技とかできるんならともかく、全くもってそういうのムリなんだから!」
「演技?」
そういわれた瞬間に、いくつかの気配が動いたことに気づいた。
「あなたは、私は俺のもの、とか思ってるわけだけど」
「別に思ってねえわ」
「嘘つくとき、右眉が動くのよね」
マジで?
「もちろん、嘘よ」
「おい」
「安心して、私はちゃんとあなたのものだし、あなたは私のものだから。 それでも、横やりを入れてくる連中はいくらでもいて、『実力が竜卿の相手としては不適格』っていういちゃもんをつけてくる奴らを黙らせるために、手頃な騎士を二人ぶん殴る現場を見せるのが目的だったの。 ちょっとくらいは」
残りの大半の目的はなんだったんだよ。
とりあえず改めてデコピンをくらわしておいた。




