その七
幸い、飛んできたナイフは一本で分かりやすく頭を狙ってくれていたので、頭を傾けて躱す。
「騎士様が街中で、凶器ぶん投げてくることあるか?」
普通の住民とかに、被害出たらどうすんの。
「出ないわよ」
二人で担いでいたギルマスを、アイシアが一人で担ぎ直す。
「だって、住民がどこにいるのよ?」
「は?」
そりゃ、さっきまであんだけたくさん…………誰もいなくなってるし、建物の戸締まりはバッチリされてる!?
「王都は、厄介な魔獣は少ないけど、その代わり人の数が多いから、こんな風に騎士がいきなり街中バトルを始めるのも珍しくないのよ」
「嫌な慣れだな」
「定期的に魔獣が、家を踏み潰しにくることに慣れてるのと、どっちが嫌な慣れなのかしら」
そうこうしている間に、二本目、三本目とナイフが飛んでくる。先程までと違って、速度も精度も段違いだ。ただ、今度は俺の方も余計な荷物がないので、固有魔法が使える。
太めの良い感じの枝を同時に数本出して、即席の盾にする。
「チッ!」
「騎士がやって良い舌打ちじゃねえよ」
騎士物語に憧れる少年少女が哀しみそうだよ、そんな憎しみに溢れた舌打ちしてるってしったら。
「そういうことで、存分にやりあっても大丈夫だから、なるはやで終わらしてね」
そう言い残して、アイシアは姿を消した。実際に消えたわけじゃなくて、一気に飛び上がってその辺の屋上に避難したんだろうけど。
要するに、竜卿様は完全に傍観の構えだ。兄弟による俺への襲撃も織り込み済みだったのだろうか。
そうだった場合、
「絶対アイシアを、しばく!」
「ショスショスショスショス処す」
「なんかもうそういう鳴き声に聞こえてきたよ!」
二対一。
数の上でも不利だが、それ以上に相手の固有魔法がわからないことは、こと対人戦闘において不利なんてもんじゃない。
投げナイフの方──長兄の固有魔法は一度みたことがあり、多分身体強化とか硬化とかそういうやつだと思う。
ただ、ケヒャケヒャの方──次兄の方は不気味だ。なんせ、始まって早々に姿を消しているからだ。
一方で、俺の方は厄介なことに、それなりに固有魔法が知られてしまっている。こうなるなら、二つ名なんていらなかった。良い感じの枝しか出せねえことは、とっくにばれてるだろうし。
「やってらんねえなまじで」
状況は完全に膠着に陥っていた。
長兄の方は、投げナイフでちくちくとこっちに攻撃をしてくるのだが、ぶっちゃけ余裕でどうにかできてしまう。
正直なところ、何かを飛ばしてくる系ならば魔獣の方が飛んでくるものの早さが段違いだ。なので、見て反応ができてしまう。
(そもそも、固有魔法的に長兄は、接近戦に持ち込みたいはずなんだけどなあ)
数多の固有魔法の中でも、こと戦闘において当たりとされるのは、身体強化系だ。固有魔法は使い方、工夫次第でどれが最強かといわれると、正解はないというのが答えになるのだが、それでも周りの環境に左右されることが少ない身体強化系は、やっぱり使い勝手という点では頭ひとつ飛び抜ける。
(多分、体術周りは相当に鍛えられている)
そして、確実に俺よりも対人における接近戦は上だ。なんせ、俺は魔獣専門なので。
その事に当然長兄気づいているだろうに、その展開に持ち込まれていない。
(近づけない理由がある)
例えば、接近戦を仕掛けることで姿を消している次兄の固有魔法の邪魔をすることになるとか。
あるいは、ここに俺を固定させることが、次兄にとって都合が良いか。
(もしくは、両方)
となると、ここで飛んでくるナイフに対処しているだけでは、じり貧になる。
「仕掛けるか」
こんなことになるんだったら、弓を持ってくるべきだったと、今さら嘆きつつ俺は気生符一枚地面に落とした。




