お昼寝令嬢、策を練る。
「……ということがあったんですよ」
昼食を上品にもぐもぐ食べながら、ユティアは先程の出来事についてルークヴァルトへと伝えた。全てを伝え終わった後、ルークヴァルトは少し深めの溜息を吐いた。
「……とにかく、君に怪我がなくて良かった」
防御魔法が発動したと言った時には顔を顰めていたルークヴァルトだったが、ユティアが無事だと知ると心底安堵したような表情を浮かべていた。
あまり心配をかけたくはないが、このように心配されると少しだけくすぐったい。
「しかし、何というか随分と不躾な相手だな。一体、どこの家の者だ?」
「貴族名鑑では見たことがないお顔でしたね。学年は恐らく同じかと」
「特徴は覚えているか?」
「明るめの金髪に、深い緑の瞳でした。やたらと偉そうな態度で接してきて……それに一方的に私のことを知っているようでした。あとは……少しつり目がちで、鼻筋がすっきりとしていて……一般的に美形の類だと思われる顔立ちでしたが、性格の悪さがにじみ出ていましたね」
「……」
ユティアが挙げた特徴を聞いたルークヴァルトは口元に右手を当てつつ、何かを考えているのか小さく唸った。
「……今の特徴から思い当たる人物が一人、いる」
深く、深く息を吐き、それからルークヴァルトは答えた。
「弟だ」
「弟……。アークネスト殿下、ですか。……ああ、なるほど。それならば貴族名鑑で見たことがない顔だと思いました」
貴族名鑑にはその名の通り、貴族の名前と顔が載っている。だが、そこには王家の人間は載っていないのだ。
それにユティアもアークネスト本人には一度も会ったことがないため、顔を知らずにいた。
同じ学年とは言え、一学年につき学生が数百人を超えるため、教室の数も多い。それゆえに、違うクラスに所属する学生とは顔を合わせる機会の方が少ないのだ。
「貴族名鑑に載っているあらゆる貴族の名前と顔を覚えている君も凄いんだけれどな。……それはともかく、まさかアークネストの奴が君にわざわざ接触するとは……」
「相手にするのが面倒……億劫……んんっ、時間を取られるのが嫌だったので、撒くことにしたのですが結局、どのような用事があって私に声をかけたのかは分からないんですよね」
ちゃんと話を聞くべきだったかもしれないが、あの類の人間は相手の話を一切聞かないと知っているため、撒いて良かったと思っている。
「あいつは君に対して、他に何か言っていただろうか?」
「確か……。愛想が無くて、体付きが貧相で、鈍臭そうだと仰っていました。……あ、あと顔は気に入った、と」
「……はぁ?」
目の前のルークヴァルトから、普段以上に低い声が出たため、ユティアは内心驚いた。いつも冷静な彼でも不快感を表に出すことがあるらしい。
「……すまない、つい感情が出てしまった」
「いいえ」
「何というか、アークネストの奴は……女性関係が乱れていてな。……全く、婚約者がいる身だというのに……」
「……えっ。女性関係が乱れているって……あの、私と同い年の方ですよね?」
そして、ルークヴァルトの一つ下であるはずだ。
ユティアも初心ではないため、女性関係が乱れている、ということがどんなことなのか理解は出来ている。
「忠告はしているんだが一切聞き入れないんだ、あいつは。……本人から聞いたわけではないが、気に入った令嬢をよく傍に置いては愛でているらしい。……特に金髪で庇護欲がそそられる見た目で、自分を常に賞賛してくれる女性が好みだと聞いた」
「ふむ。……ん? 私、庇護欲がそそられる見た目、していますか?」
よく分からない、と言わんばかりにユティアはこてんと首を傾げる。友人にも家族、親類にも「庇護欲」がそそられるなんて、一度も言われたことがない。
何故なら、彼らは知っているからだ。見た目は華奢でも、ユティアの精神が図太いことを。
「……。……初めて君と会った者からすれば、そのような印象を受けやすいのは確かだ」
「そうなんですね」
「だが、俺は君がしっかりした芯を持つ女性だと知っている。何より、俺が君を好ましく思っているのは、好きなものや目的のためならば揺らぐことのない強い意思を持って努力するところだ」
見た目よりも内面を好ましく思っていると言われ、嬉しくないわけがない。表情には上手く出ないが、ユティアの心は少しだけ弾んだ。
「私もルーク様の、私自身を見てくれるところ、否定しないで受け入れてくれるところ、とても好ましいと思っています」
ユティアはまだ恋慕による「好き」が理解出来ていない。けれど、ルークヴァルトの好ましいところを挙げろと言われれば、すらすらと答えられるくらいはたくさんある。
逸らすことなく真っ直ぐ見つめれば、ルークヴァルトの頬がわずかに赤くなり、それから口元を手で覆い隠していた。
「……直接、そのように言われると嬉しいが、やはり照れるな」
「照れているのですか」
どれどれ、と顔を覗き込むようにしながら、じぃっと見つめるも視線をふいっと逸らされてしまった。
「待ってくれ、少し仕切り直させて欲しい」
顔を後ろへと向けて、ルークヴァルトは何度か深呼吸をする。よし、と小さく呟いた後、顔がこちらへと向いたが、きりっとした表情に戻っていた。
「……とにかく。問題は何故、アークネストが君に接触してきたのか、だ。……これは予想だが恐らく君が俺の婚約者だから、という理由だと思う」
苦々しさと悩ましさを混ぜ合わせたような表情でルークヴァルトは答える。
「あいつは俺や王太子である兄のことを嫌っていてな。……婚約者となった君にわざと手を出すことで、こちらに嫌な思いをさせようとしているのか、もしくは──王位継承権、第二位を持つ俺を引きずり降ろそうと、君を使ってこちらの醜聞を狙っている可能性もある」
「……」
その言葉に、ユティアは口を噤んだ。
ルークヴァルトの言う通り、婚約者になったばかりで、しかも「伯爵家」出身の自分は醜聞を引き出すための格好の餌食となりえる存在だろう。
どうやらアークネストという人物は、こちらが思っているよりも性格が悪いらしい。
「だから今後も君に接触する可能性が高い。……やはり、目に見えて分かる『護衛』を君に付けた方がいいだろうか」
「抑止力にはなりそうですが……。……確か、『影』は付いているんですよね?」
ユティアがルークヴァルトの婚約者となり、王家から見えない護衛である「影」を付けられたのは知っていた。
彼らはかなり上手く気配を消しているので、さすがのユティアでも「個人」を判断することは出来ないが、人数くらいは把握していた。
影達はユティアとルークヴァルトが秘密の場所で、こうして穏やかに過ごしていることを黙認してくれているようだ。彼らの気配は今、少しだけ遠くに感じる。
よほど、命の危機が迫った時でなければ、姿を現すことはしないのだろう。
「ああ、君にも俺にも『影』は付いている」
「ならば、護衛はそれで十分です。……正直に申しますと、学園内で私に傷を付けられる程に実力がある者はいないと思うので」
素直にそう答えれば、ルークヴァルトは目を瞠り、それから困ったように眉を下げる。
「まぁ、君がそのあたりの騎士や魔法師よりも強いのは分かっているが……」
「それに目に見える護衛を傍に置くと、相手が油断しにくいと思うんです。ならば、直接的に突っかかってきてくれる方が対処はしやすいです」
アークネストに限らず、他の令嬢に対して、目に見えた「護衛」は抑止力になり過ぎる可能性があった。
第二王子の婚約者である自分を傷物にしようと画策する者はいるかもしれないが、それは「無理」だと断言できる。
楽観視しているわけではなく、それ程の実力者が警備の厳しい学園内に入る方が難しいだろう。
何より、ユティア自身に物理的に手を出せる者は今のところ実兄か、母方の祖母達くらいだ。
「あえて自身を餌とする方が、相手の目的を知ることが出来ますし、何より弱みを握りやすくなります。……あと、私に害をなそうとした際にはそれを記録し、証拠として提出できる魔具を持っていますので」
先日、姉から入学祝いにもらった魔具をどんな時に使おうと思ったが、こういう場合に活用できそうだとふと思ったのだ。
「どうせ、掃除をするならば少ない回数できっちり、丁寧に、隅々と済ませた方が良いでしょう?」
ユティアは面倒なことは一度に片付けてしまいたい派だ。
すると、ルークヴァルトは小さく苦笑した。
「……頼もしいな、俺の婚約者は」
「……さすがに自分の力で無理だと思うことは、しません。ですが、『ルークヴァルト殿下』の婚約者である以上、何もかもルーク様に頼っていては、示しがつきませんから」
任せて下さいと言わんばかりにユティアは胸を張る。目の前の彼にとって、守られるような、弱みになるような存在に自分はなりたくないのだと、訴えるように。
視線を逸らすことなく、真っすぐ伝えれば、ルークヴァルトは眩しいものを見るように目を細めた。
だが、と彼は言葉を続ける。
「無茶は禁物だぞ。それと、俺の手が必要な時はちゃんと頼るように。……いいな?」
ルークヴァルトは指先で、とんっとユティアの額を軽く触れてくる。
何となく、ルークヴァルトには何でもお見通しなような気がして、ユティアは素直にこくりと頷き返した。




