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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
二章 お昼寝令嬢、第二王子と婚約中。
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お昼寝令嬢、呼び出される。

※毛虫注意です。

  

 ユティアとルークヴァルトの婚約が学園内に知れ渡り、数日が経った頃。

 とある日の夕方、授業が終わった後、ユティアは同級生に呼び出された。


 ちょうど、友人のリーシャが彼女の婚約者であるスヴェンと一緒に帰る日だったこともあり、ユティアの傍にいなかったことも声をかけられた理由の一つだろう。

 いつもはリーシャが傍にいてくれるので、ユティアに近付いてくる者は少ないのだ。


 ……平穏を保ってくれていたリーシャには感謝しないと。


 一人でうんうん、と頷いていると、目の前から耳を刺すような高い声が響く。


「──ちょっと、聞いていますの!?」


 その声にユティアは思考を戻す。三人の令嬢に呼び出されたユティアは校舎の中庭に来ていた。


 大きな木が立っている中庭には木製の長椅子が置かれており、さらに季節の花々が植えられている。

 ただ、この場所はお昼休みの時間には人気があるが、下校時間となる夕方には人がほとんど通らない場所でもあった。


 また、校舎側から見えないように配慮しているのか、ユティアは大きな木の下の陰へと立たされた。


「はい、聞いています」


 別のことを考えていたと覚られないように、ユティアは素直に頷き返す。


 目の前にいる令嬢達は全員がユティアと同じ学年であるがクラスが違うため、関わったことは一度もない。

 彼女達の顔を見ながら、ユティアは名前を思い出そうと記憶の引き出しから引っ張り出していた。


 そのうちの一人は、先日の新入生歓迎パーティーの際にルークヴァルトに声をかけてきた彼の同級生の妹だったはずだ。


「全く、こんなにぽやっとした方が一体どうしてルークヴァルト殿下の婚約者に選ばれたのかしら……」


「本当、理解できませんわ」


 目の前の三人は口々にユティアへの不満を言い始める。


 ……人目がある学園の敷地内で呼び出すなんて……不用心だなぁ。


 人通りが少ない夕方とは言え、ここは学園の校舎に囲まれた場所だ。教室の窓から見えることだってあるだろうに、そこまで気が配れなかったのだろうか。


 そもそも人目を避けるくらいならば、誰からも見えないように魔法を使えばいいのにとさえ思う。


「あら、わたくし、こんな噂を聞いたことがありましてよ。……サフランスさんは魔法を創るのが、随分とお得意だとか」


 表向きには出ていない情報であるため、よく知っているなぁとユティアは素直に思った。

 だが、今、魔法の件を指摘してきた令嬢の次兄が魔法管理局に勤務していた情報をふと思い出す。


 ……まぁ、秘匿して登録した魔法以外は、すでに魔法管理局内では周知されているだろうし、私が魔法を創ったことを知っている人はそれなりに学園内にもいるのかも……。


 情報というものは割とどこからでも漏れるものだし、探れるものだ。有益な情報を得た者が、優位に立てるなんてよくあることである。


 つまり、彼女達はユティアの情報をある程度、掴んだ上で呼び出したのだろう。

 しかし、一つだけ問題があったことを彼女達は知らない。


 ……でも、この人達は私を呼び出して、何がしたいんだろう?


 他者からの悪意に一切興味がないユティアはそんなことを思っていた。


「サフランスさん。あなた、魔法に長けていらっしゃるみたいね」


「ほどほどです」


 祖母に比べると、まだまだだと思っているのでユティアは一応、謙遜してみた。


 すると、その反応が気に食わなかったのか、令嬢の一人が顔を顰めた。だが、すぐに優位に立ったような余裕のある表情を浮かべる。


「もしかすると、魔法を使ってルークヴァルト殿下のお心を得たのではなくて?」


「……」


 その言葉を受けた時──ユティアの胸底にざらざらと砂が盛られているような心地がこみ上げてきた。


「……あの。その発言はルークヴァルト殿下に対して、失礼だと思うのですが」


 凪のような表情で、首をほんの少し傾けながらユティアは彼女達をじっと見つめる。

 感情が見えない視線を受けた令嬢達の肩は、びくっとわずかに震えていた。


「な、なによ、その顔は……」


「普通の顔ですが」


 何故、そんなに怯えられるのか分からないと言わんばかりにユティアは言葉を返す。


「ルークヴァルト殿下のお心は、あの方だけのものです」


 その心が、ユティアにとってはとても心地よかった。

 だからこそ、彼女達がユティアを貶めるために言った「言葉」に珍しくも不快感を抱いた。それはまるで、お昼寝しようとふかふかの枕に顔を埋めた時、実は水で濡れていたような不快感だ。


「私を貶めるための言葉だったのかもしれませんが、それがルークヴァルト殿下を貶めているとお分かりになりませんか」


 さわり、と涼しい風が吹く。初夏の夕暮れ時の風だというのに、涼しすぎるくらいだった。


 大きな木の下に立っているユティアの表情は、木陰によって薄っすらと陰る。三人の令嬢達には、どんな表情に見えているのだろうか。


「っ……」


「あっ、あなたが、悪いんですのよ!」


 令嬢の一人がユティアを睨みつつ、声を上げる。


「わたくしがっ……! わたくしの方が、先にあの方を想っていたのに……!」


「……」


 なるほど、とユティアは納得した。


 ユティアには「人」を好きになる、という気持ちがまだ曖昧にしか分からない。

 けれど、自分が好きな相手が別の人と結ばれている場合、どのように思うのか──そういった気持ちは、父の愛読書で学んだことがある。


 乙女心は複雑なんだよ、と父が言っていた。


「つまり、ルークヴァルト殿下のことがお好きなのに、婚約者として選ばれたのが私なので、それが許せないということでしょうか」


 自分がこの場に呼び出された理由に対して、出来るだけ客観的に答えを出せば、令嬢はかぁっと赤面する。

 そこには恥ずかしさと怒り、どちらが表情に浮かんでいるのか分からなかった。


「っ、そうよ! ずっと、ずっと憧れていたのに……! あなたみたいな、ぽっと出の冴えない子があの方の隣に並ぶなんて、許せないわっ……!」


 その瞬間、令嬢はユティアに向けて右手をかざす。彼女の手首の袖からこぼれ見えた、魔具の腕輪がしゃらん、と音を立てた。

 ああ、魔法を使う気だな、と思った時には呪文を詠唱した令嬢の手から風の塊が放たれた。


 他の二人の令嬢は、さすがに人に向けて魔法を放つのはまずいと思っているのか、顔を青くしている。


 風魔法の初級とはいえ、魔法を習っている者が人に向けて放っていい魔法ではない。下手をすれば怪我をする威力くらいはあるだろう。


 己の魔法によって相手が怪我をすれば、自身の立場がどうなるか少し考えてみれば分かるだろうに、彼女は「心のまま」に魔法を放った。


 ……それほど、ルークヴァルト殿下を想っていたってことだろうなぁ……。


 そんなことを思いつつ、ユティアは自分に向けられた風の塊をひょいっと避けた。

 正直に言えば、生温いくらいの攻撃速度だ。この程度ならば、身体強化しなくても目視だけで避けられる。


 ユティアが攻撃を避けたことで、風の塊は背後にあった大きな木へと直撃した。


 どんっ、と鈍い音が響き、葉が揺れる。はらはらと上から葉が落ちてくると同時に、ぽとり、ぽとりと何かが降ってきた。


 降ってきたものは、令嬢達の頭や肩へと着地する。


「へっ……」


「……え」


 令嬢達は自分の身体に付着したものに、ぎこちなく視線を移す。

 それは、大量の「毛虫」だった。


「──っ、き、きゃあぁぁっ!?」


 呆然とした様子から、降ってきたものの姿を認めた三人は叫んだ。

 もちろん、声が響かないようにとユティアは即座に防音用の結界を周囲に張ったので、誰にも聞こえないはずだ。


 でなければ、何事かと駆けつけてくる人間がいるだろう。実際には毛虫が落ちてきただけなので、人を呼ぶ程ではない。


 ……そういえば、この品種の木は今くらいの季節になると毛虫が大量発生していたなぁ。


 それゆえに、ユティアでさえもこの木の下を昼寝場所に選ぶことは少なかった。何故なら、寝ていたら上からぼとぼとと毛虫が落ちてくるからだ。


「毒を持っていない毛虫ですから、触っても問題はありませんよ」


「そ、そういう問題じゃなくってよっ……! ひぅっ……」


 ちなみにユティアが立っている場所に毛虫は降ってこなかった。立ち位置的に、枝葉の下にいたのは令嬢達だったからだ。

 三人は驚きと毛虫への恐怖から、その場に腰を抜かしていた。


 ……あ、そういえば普通の令嬢は虫が苦手なんだった……。


 気が強い親友のリーシャでさえ、虫を怖がっていた。

 天気が良ければ、外の芝生の上でお昼寝してしまうユティアにとって毛虫は見慣れたものなので、そこまで怖いとは思えなかった。

 身体に付着していたら、驚きはするがそれだけだ。


 目の前の令嬢達は身体に引っ付いたままの毛虫を怖がり、払うことも出来ずに震えている。

 このまま彼女達を放置することは出来ないなと思ったユティアはふむ、と対処法を考えた。


「動かないで下さいね」


 ユティアは人差し指を左から右へと、ひょいっと軽く振る。


 操ったのは簡単な風魔法だ。令嬢達に引っ付いたままの毛虫を殺さないようにと、風魔法で優しく包み込みながら、空中へと浮かせる。

 ふわふわと毛虫が宙を浮く様子を見て、令嬢達は「ひぃっ」と悲鳴を上げて顔を逸らしていた。


 ユティアはそのまま、浮かせた毛虫達を人間の手が届かない木の枝へと移動させた。これで、一安心だ。


「はい、もう動いてもいいですよ。ですが、今の時期にこの品種の木を揺さぶったりすると、先程と同じように毛虫が大量に落ちてくることがあるので、今後は気を付けて下さいね」


「……」


 腰を抜かしている令嬢達はぽかん、と口を開けたままユティアを見上げている。


「……ええっと。大丈夫ですか……?」


 こてん、と首を傾げたユティアは魔法を自分へと放った令嬢に手を差し伸べる。


「……けっ、結構よ……!」


 令嬢ははっとした顔で、ユティアの手を無視したまま立ち上がった。他の二人も続くように立ち上がる。


 腰を抜かして地面に座っていた彼女達の制服は少し、土が付着して汚れていた。

 魔法で綺麗にした方がいいだろうかと思ったが、彼女達にとっては余計なお世話かもしれないのでやめておいた。


 どこか気まずげな表情を浮かべる令嬢達は、先程までとは違って進んで言葉を発することはしない。

 何か話題を振った方がいいのか、それともさっさとこの場から離れた方がいいのか迷っていたユティアはふと、言いたいことを思いつく。


「あの」


 抑揚のない声だが、それでも己の意思をはっきりと込めた声色でユティアは言葉を発した。


「人が誰を想うかは自由だと思いますが。ですが──あの方の隣に立つことは、譲れません」


「っ……」


 ユティアはじっと、ルークヴァルトを想っている令嬢を真っ直ぐ見つめる。


「私は、私の意思でルークヴァルト殿下の隣に立つことを選びました。……それを納得できない方もいるでしょう」


 なので、とユティアは言葉を続ける。


「確固たる意思を持って、あの方の隣に立つことを願うのであれば……」


 ごくり、と令嬢達は唾を飲みこむ。


「ぜひ、私を倒してからにして下さい。物理的に」


「物理的にぃっ!?」


「はい。物理的に、です。あ、魔法も可です」


「ちょっとお待ちなさい! そこはこう……淑女的な能力の高さを競うのではなくって!?」


「その点に関してはすでにグラルア夫人やミラスティア夫人に合格点を貰っているので省かせていただきます」


「ぐ、グラルア夫人ですって!? ダンスの!?」


「ミラスティア夫人って、確かマナーにとても厳しいと噂の……」


 ダンスとマナーにとても厳しい方々のことは令嬢達もさすがに知っていたのだろう。ユティアを見ている顔が引き攣り始める。


「ですので、ここはやはり、物理で勝負するのが一番かと。……ルークヴァルト殿下のお傍にいるならば、あの方を守れるくらいに強くなければ……。いえ、私以上に強い方でなければ、ルークヴァルト殿下の隣をお譲りすることは出来ません」


「あなた、王子妃として一体どこを目指していますの!?」


「野蛮ですわよ!」


「野蛮も何も、どうせならば何でもこなせる方が良いと思いませんか?」


 その方が便利である。


「……さぁ、何で勝負しますか?」


 ユティアは出来るだけ穏やかな表情を浮かべ、令嬢達に一歩、近付く。

 その一方で令嬢達は引き攣った表情のまま、後ろへと下がった。


「ひっ……」


「し、失礼するわ……!」


 先に逃げだしたのは、ユティアが魔法に長けていると指摘してきた令嬢だった。


「あ、ずるいですわっ、先に逃げるなんて……!」


「待って、置いていかないでっ!」


 脱兎の如くと表すべきか。令嬢達は足をもつれさせながら、一目散にユティアの前から去っていった。

 怯えているような、もしくは引いているような表情を浮かべていたが、何故なのか。


「私、何か間違ったこと、言ったかな……?」


 ザクセン辺境伯家では、己の意思を通したいならば、まずはその妨げとなる相手と真っ向勝負をしろ、と教わってきた。

 言葉と感情と拳を交わしてこそ、お互いの力量と心が確かめられるという考えである。


 もちろん、年頃の令嬢に怪我をさせるわけにはいかないので、色々な規則を設けての決闘を受ける気満々だったのだが、あてが外れてしまった。


「うーん……。まぁ、いいか……」


 自分を呼び出した令嬢達が先に帰ってしまったので、もうここを離れてもいいだろう。ユティアは教室に置いたままの鞄を取りに行くために踵を返した。




 ちなみに今回のように気が強い令嬢に呼び出されることがこの後、数回程あった。

 だが全て、同じような返しをすると逃げてしまうので、もしかするとザクセン辺境伯家の教えはここでは通用しないのでは、とユティアは後々気付くことになる。


 しかし、その頃には「ユティア・サフランスには喧嘩を売らない方がいい」という噂が流れ、ルークヴァルトを狙っていた令嬢達からの呼び出しは自然と減ったのであった。


  

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