公爵令嬢、笑い合う。
ユティアに他者からクラシス達への認識を薄める魔法をかけてもらい、会場へと入場する。
かわりにユティアとルークヴァルトが目立ってしまうことを心苦しく思ったが、ユティアはあまり気にしていないようだった。
……何というか、他者から自身がどのように見られているのか、あまり気にしていないみたいだわ……。
ユティアの見た目は儚くとも、心は誰にも乱されないくらいに芯が強いのかもしれない。そういうところは自分とは真逆だと思った。
「……いやぁ、今日は学生のみのパーティーなので気は楽ですが、今後は堅苦しいものにも参加する機会が増えると思うと少しだけ億劫ですね」
クラシスの隣から軽やかな声がかかってくる。
「トルボット様は……パーティーが苦手ですか」
「正直に言えば、少しだけ。……今はこうして取り繕っていますが、ふとした時に素が出てしまわないか、心配でして」
「まぁ……。……先程のルークヴァルト殿下と接する時がトルボット様の素なのでしょうか?」
クラシスが小さく首を傾げながら訊ねれば、ラフェルは困ったような笑みを浮かべ、肩を竦めた。
「その通りです。……ルークヴァルト殿下に『友人』でいる時は、素で接して欲しいと頼まれまして。もちろん、人前ではあのように砕けた接し方はしていませんが二人だけの時にはよく軽口を叩いたりしますよ」
「そうだったのですね……」
ルークヴァルトとラフェルが言葉を交わす姿は、どこにでもいるような友人同士のやり取りに見えた。
彼がルークヴァルトの護衛に決まってから数年、信頼と友情をゆっくりと築き上げてきたのだろう。
「……幻滅されましたか?」
「え?」
「本当の自分は──紳士的な人柄をしていませんので」
そう言って、ラフェルはほんの少し目を細めた。
クラシスはふるふると首を横に振った。
「……わたくしは、どちらもトルボット様の本当のお姿だと、思っております」
ルークヴァルトと接している時のラフェルと、取り繕っているラフェル。
どちらも、彼にとって大事な姿であることは変わらないと思った。
それに、とクラシスは言葉を続ける。
「わたくし、『騎士』とは人を助け、守る者のことだと幼い頃は思っていました。今でこそ、国に仕える騎士のお役目がどのようなものかはっきりと理解しておりますが」
「……」
「困っていたわたくしをこうして助けて下さったトルボット様に対し、幻滅するなんてありえません。まるで物語の騎士のように、わたくしに手を伸ばして下さったのですから。むしろ、敬意を抱きます」
真っ直ぐ、真っすぐ。
それ以外は見えていないと言わんばかりに、クラシスはラフェルに真剣な表情を向けた。
見つめ合っていたのは、どれくらいの時間だったのかは分からない。
ふと、ラフェルがくしゃりと表情を崩し、まるで子どものように柔らかな笑みを浮かべた。
「フォルティーニ様の、本質を見ようとする姿勢、俺は好ましく思います」
「えっ……」
その言葉に、クラシスはびくっと肩を震わせてしまう。
「あ、変な意味はありませんよ。すみません、勘違いさせるような言葉を言ってしまって」
「い、いえ……」
そう答えつつも、クラシスの心は乱れてしまう。
たとえ、そこに他意はないと分かっていても、ラフェルに「好ましい」と評されたことを嬉しく思ってしまう自分がいた。
彼に気付かれないようにクラシスは何度か深呼吸をする。そして、心を落ち着かせようと視線を前方へと向けた。
ちょうど、生徒会長を務めている令嬢が檀上に上がり、参加している学生達に向けて挨拶をしているところだった。
それが終わった後、一曲目となるダンスの演奏が始まった。最初は入学した一年生とそのパートナーだけが躍るものだ。
「フォルティーニ様」
ラフェルがクラシスへと向き合う。
「幻想のように儚い今宵の一曲目。どうか、俺と踊っていただけませんか」
差し出される手は以前、触れられた時よりも大きいものだった。
「……はい、宜しくお願い致します」
誰も、自分達のことを見ていない。だからこそ、この手を重ねることが出来た。
幻でも何でもない感触が手袋越しに伝わってくる。
……ああ、きっと。きっと、二度目なんて永遠に、こない。
音楽と共に、二人は動きだす。一度も手を取って踊ったことなどないのに、それでも息はぴったりだった。
眩しくて、熱くて、儚い夢のような時間だ。
けれど、今日の夢はここで終わり。
それでも、そうだとしても。
……ラフェル様、笑っているわ……。
自分をリードしてくれる彼は楽しそうに笑っていた。
それは年相応の少年の笑みにも見えるし、少し取り繕った大人びたものにも見える。
そんな彼の笑みを前にして、自分の表情は曇っていないだろうか。
……これは、夢だから。……でも、夢なら……笑っても、いいかしら。
目の前で慈しむように微笑んでくれる眩しい人に向けて、共に笑うことを望んでもいいだろうか。
クラシスは目をほんの少し細め、口元を緩ませる。
すると、ラフェルは目を丸くし、それから嬉しそうに表情を和らげた。
「フォルティーニ様」
「は、はい」
「とても……とても、素敵な『赤』になられましたね」
かつての約束を彼は呟く。
その言葉は今のクラシスを肯定してくれるものだった。
「……トルボット様の、おかげです」
「え?」
会話をしながらも、二人は軽やかにダンスを踊る。
「わたくし、昔よりも今の自分の方が好きです。そうなれたのは、トルボット様の言葉があったからです」
「俺は……」
「背中を曲げることなく頑張れたのは、あなたとの約束があったからです」
クラシスは微笑む。そこに淑女の仮面はなかった。
「ありがとうございました、トルボット様。昔も今も、この先も──あなたの言葉を胸に、わたくしらしく進んでいきます」
覚めない夢はないと知っている。
これから始まってしまう現実は、もうそこまで来ているのだと。
けれど、最後にお礼を言いたかった。
クラシスの心の支えとなってくれたラフェルの言葉に対してお礼を告げなければ、この夢を終えることは出来ないと思ったからだ。
「……それはこっちの台詞だってのに」
「え?」
ラフェルが呟いた独り言をクラシスは聞き取れなかった。
「──それなら俺も、負けてはいられませんね。……あの時から幾分か成長したとは言え、まだまだ未熟者ですから」
どうやら、約束は継続になるらしい。
クラシスは目を丸くし、そして、ふふっと笑った。
それにつられるようにラフェルも眉を下げながら笑う。
楽しかった。
ただ、楽しかった。
この時間がたとえ儚いものだとしても。
心に一生残る、思い出と今、成った。
……ありがとう、ラフェル様。
クラシスは心の中でお礼を告げる。
思い出を、夢を、ありがとう。
言っても、言っても、言い足りない。
だから、クラシスは笑い続けた。
手を取り合う時間に終わりが来るまで、彼と共に笑い合った。
幕間 完
これにて、「幕間」は終わりです。
次から二章が始まりますので、どうぞ宜しくお願い致します。




