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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
幕間 公爵令嬢、秘めた恋をする。
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公爵令嬢、第三王子と顔を合わせる。

 

 クラシスが第三王子の婚約者に内定してから、ひと月も経たないうちに王城の庭でお茶会が開かれた。


 それは侯爵家以上の家格で、第三王子と年頃が近い令嬢だけを集めたお茶会だった。

 集めた大勢の令嬢達の中から第三王子の婚約者を探す、という表向きの建前もあったのだろう。


 「楔」のことを知らない他の家々や王家との縁を狙っている者を黙らせるために、あえて「選ばれた」という形を取ることでそれぞれの思惑を一蹴する目的なのだろうと察せられた。


 ……王城に行くのがこんなにも憂鬱な気分になるなんて、初めてだわ。


 公爵家が所有している馬車の中で、クラシスはぼんやりとした様子で窓の外を眺めた。

 お茶会に臨むためにクラシスはいつもよりも着飾っている。


 夕暮れの色と同じ赤い髪は母、オリヴィアから受け継いだものだ。

 今日、クラシスが着ているドレスは赤髪に合うように、薄紫色の生地のものにしている。

 少しだけ大人びて見えるデザインだが、クラシスはフリルがごてごてに付いた少女らしいドレスよりも落ち着いたものの方が好きだった。


 ……第三王子殿下はどのようなものが好きな方なのかしら……。どんな話題を振ったらいいのか分からないから、色んな話の種を集めてみたけれど……。


 お茶会の場にはもちろん、第三王子のアークネストが参加する予定だ。それだけでなく、彼の母親である側妃も同席するらしい。


 王城には何度も行ったことがあるが、二人に会うのは初めてだ。

 もしかすると、クラシスがよく出入りしていた場所はこの二人が立ち入れないようになっていたのかもしれない。


 何せ、王妃のイルンと側妃のヴァルノアの仲は最悪で有名だ。


 クラシスは深い溜息を吐く。

 そして、唇を結び直し、淑女の表情を顔へと張り付けた。




 雲一つない晴れた空の下、王城の庭でお茶会という名の第三王子の婚約者を選定する場が始まった。

 令嬢達が集められたお茶会は、簡単に言えば「圧が凄い」と表現するべきものだった。


 ……皆、目がぎらぎらと光っているわ……。


 やはり、誰しも憧れるものなのだろう、王子の婚約者という肩書に。

 しかし、その中でも自身の家が属している派閥を理解出来ている令嬢達は、冷静な表情で席に座っている。


 ……右側のテーブルに座っているのは、家が王太子派の令嬢。中央のテーブルの令嬢は中立派……。こっちの令嬢は隣国にすり寄りがちな考えを持つ家の出身だわ。


 一応、それぞれの派閥の出身の令嬢が招かれ、出席しているようだ。どちらかと言えば、第三王子の派閥の家出身の令嬢が多いが。


 ……この場で第三王子にすり寄るような姿勢を見せる令嬢には注意しておいた方がいいわね。


 第三王子を担ぎ上げて、国王の座に就かせようとする思惑を抱く者だっているだろう。

 お茶会に集められている令嬢達はクラシスと同じ年頃の者ばかりだが、各家の考えに染まっている者もいるはずだ。


 クラシスは気鬱な表情を扇の下に隠しつつ、お茶会が始まるのを待った。


 すると、令嬢達がざわりと騒ぎ始めたため、クラシスは彼女達の視線が向けられている方を見てみる。

 そこには金髪に深い緑色の瞳を持つ少年と、同じ色を持つ妖艶な女性がいた。


 ……この方々がアークネスト第三王子とヴァルノア側妃殿下……。


 クラシスだけでなく、他の令嬢達も立ち上がり、すぐに臣下の礼を取る。

 頭を下げるクラシス達の耳に響いたのは、まだ幼さが残る声だった。


「──面を上げよ。……今日はよく来た、皆の者! この俺──私が、次の国王になるアークネスト・アウルム・フォルクレスだ! お前達のために用意した席、存分に楽しむといい!」


 幼い身だというのに、無責任で尊大すぎるその言葉に、クラシスは目を剥きそうになった。


 次の国王は王太子だと決まっているというのに、アークネストは自身が国王になると信じて疑わないのだろう。

 子どもの冗談では済まされないことを彼は言っているというのに、すぐ傍にいる側妃は胸を張って威張っているアークネストを誇らしげに見ている。


 この状況下で、アークネストの発言を冷静に捉えられている令嬢は一体、何人いるだろうか。

 クラシスは不躾にならない程度にさっと周囲を見回す。


 国王になる、と発言したアークネストに恍惚とした表情を向ける令嬢もいれば、若干、顔を強張らせるものの、何とか自身を制御している者もいた。


 そんな令嬢達をアークネストは見下したような瞳で見ている。自分がこの世界で最も素晴らしい人間だと思っているのかもしれない。


 ……本当に、噂に聞いていた通りの方なのね……。


 この目で確かめるまでは、アークネストとどうにか上手くやっていこうと自分を奮い立たせていたが、いざ本人を目の前にしてしまうとどうすればいいのか分からなくなってしまう。


 ……恐らく、周りの者の中には第三王子殿下の考えを正そうとした人もいたのでしょうけれど……。


 つまり、アークネストが他者の注意を受け入れない性格なのだろうと察せられた。


 そんな相手とこれから長い時間、自分は共に歩んでいかなければならないのだ。

 そして、先程のように自身が次の国王だと偽りの発言をする彼を隣で正していかなければならないのだろう。


 ……ああ、そうなのね。それこそが……「楔」の役目なのね……。


 悲観しそうになる感情を顔に出さないように気を付けながら、心の中で静かに悟った。


 この後、彼らのもとに挨拶に行かなければならない。挨拶の順番は公爵家の者からだと決まっているので、クラシスが一番目だ。


 クラシスは吐き出しそうな溜息をぐっと堪え、アークネスト達の傍へと寄った。


 アークネストはクラシスの姿を見ると、お前は誰だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 確かにお互いに初対面だが、それを表に出すことは相手に失礼な行為だ。


「……アークネスト第三王子殿下とヴァルノア側妃殿下にご挨拶に参りました」


「ふむ。良いだろう。名を申せ」


 アークネストはクラシスと同じ八歳のはずだが、わざとらしい尊大な態度は見ていて痛々しく感じてしまう。


「フォルティーニ公爵家のクラシスと申します。本日はお茶会にお招きいただき、ありがとうございます」


 そう言って、クラシスは淑女の礼を取った。周りの令嬢達からは、どこか感嘆するような声が漏れ聞こえる。


「……まぁ。あなたがフォルティーニ公爵家の……」


 側妃が口元を扇で隠したが、その表情には──嘲りが浮かんでいた。


「どんな令嬢かと思っていたけれど、オリヴィア様譲りの赤い髪だなんて……」


 溜息まじりに告げられた言葉は決して大きくはないが、それでもその場に響くには十分過ぎる声量だった。

 その言葉を受け、淑女の笑みを浮かべて挨拶をしていたクラシスの表情がぴしり、と固まる。


「わたくしの母国では、赤は好まれていないのよねぇ……。あなたが赤髪じゃなければ、見られる姿だったのに残念だわ」


「……」


 公の場で、側妃が公爵令嬢を貶めた──それが周知されてしまえばどうなるのか。

 

 冷たいものが背中に流れていく。

 湧き上がる感情の名前を自分は知らない。


 他者からここまで、悪意が含まれた言葉を向けられたのが初めてだからだろう。それはつまり、自分が今まで守られた中で生きていたことを表していた。


 ……でも、そんなことよりも、聞き捨てならないのは……この方がわたくしの母さえも貶めているということ……。


 クラシスの母の名がオリヴィアだと知っている、ということは過去に面識があったのだろう。

 そして、クラシスの母と王妃の仲が良かったことを承知している上で、わざと貶める発言をしたに違いない。


 どうやら自分は最初からヴァルノアに嫌われているようだ。もちろん、そんな相手でも敬意を持って接さなければならないため、苦痛でしかない。


 ……それにしても……。どうして、この方々は親子揃って思慮に欠けた発言をすることが出来るのかしら……。


 心のままに呟いた一言が後々、周囲にどんな影響を与えるか考えないのだろうか。


 案の定、後方で挨拶の順番を待っている令嬢達の中には側妃の発言の影響を受けたのか、クラシスに対して見下すような失礼な視線を向けてきている者もいる。


 そのような者達の顔と名前はとりあえず、頭に入れておくとして、クラシスはこの場を乗り切るために頭を使った。


「……ヴァルノア側妃殿下の母国のことを詳しく存じ上げず、お目にかかってしまったこと、誠に申し訳ございません。この国では特定の『色』に対する良否はなかったものですから……」


 クラシスの言葉には、謝罪だけの意味が含まれているわけではない。


 分かる相手ならば、察することが出来るだろうが「あなたの母国に興味はないので、そのような文化など知らない。ここはエルニアス王国で、赤は嫌われる色ではない」という意味を含めた。


 令嬢の中には、はっとする表情を浮かべる者もいたが、ヴァルノアはどうだろうか。

 顔を窺ってみれば、ヴァルノアはクラシスの謝罪に対し、良い気分になっているのか鼻を鳴らすだけで、言葉の意味を深読みはしていないらしい。


「ですが、わたくしはこの赤髪を気に入っておりますの。シェルグリラの血を継いでいる亡き母から譲られた色ですから」


 クラシスは笑みを浮かべる。こうすることでしか、抗う術を知らないからだ。


「シェルグリラですって……?」


 ヴァルノアの顔が僅かに歪む。


「ええ。母はこの国の侯爵家の出身ですが、わたくしの母方の祖母がシェルグリラ王国の姫でして。祖母も明るく美しい赤髪でした」


 にこり、とクラシスは笑う。


 シェルグリラ王国の姫君だった祖母は、留学生だった祖父と恋仲になり、嫁いできたらしい。

 そして、ヴァルノアの母国である「ミネティア王国」は、大国の「シェルグリラ王国」に頭が上がらない関係だと知っている。

 だからこそ、クラシスはあえて「シェルグリラ王国」の名を借りることにした。


 予想通り、ヴァルノアの表情は固まったままだ。


 ヴァルノアは母国の文化からクラシスを貶めたが、クラシスの色は元々、シェルグリラ王国の王家に連なる者が持つ色と同じだ。血筋は薄いが、クラシスは特にその特徴を受け継いでいた。


 それ故にヴァルノアも自分の発言の意味をやっと理解したのだろう。


 ──クラシス・フォルティーニが持つ赤色を貶めることは、シェルグリラ王国の王家の血筋に連なる者を貶める行為と同義だと。


 ……この牽制が側妃様や第三王子殿下だけでなく、影響を受けた令嬢達に効くといいのだけれど。


 これが、今のクラシスにとって精一杯の「盾」だった。


「……それでは失礼致します」


 クラシスは頭を下げてから、挨拶の順番を待っていた令嬢へと場所を譲った。

 後ろから背中に視線が突き刺さるものの、気にすることなく、自分の席へと戻る。


 毅然とした態度で、クラシスは背を伸ばしていたが、内心では気疲れしていた。


 ……あからさまに嫌われていると分かっているのに、これから長い付き合いが始まるなんて……気が重いわ……。


 そんな思いを吐露することも出来ず、ひたすら飲み込み続けるしかなかった。


 

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