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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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お昼寝令嬢、引き留める。

 

「……そういえば、殿下は他のご令嬢と踊ったりしないのですか」


 食べたいと思っていた目ぼしい料理を食べ終わったユティアはもう一度、リマンの飲み物を給仕の者から貰って、喉を潤していく。

 同じようにリマンの飲み物を飲んでいたルークヴァルトは何故か、喉に詰まらせたように少しだけむせていた。


「と、突然、何を言い出すんだ……」


「いえ、ずっと私と一緒にいて下さるので、気になっただけです。あ、殿下がご一緒なのが嫌というわけではありません。こうやって、お喋りしながら食事をご一緒出来るのはとても楽しいですし。……でも、付き合いがあるのでは、と思いまして」


 今もルークヴァルトに声をかけようとこちらに視線を向けてくる者は多い。

 ルークヴァルトは口元をハンカチで軽く拭ってから、ユティアの方へと身体の向きを変えた。


「今日は君だけのパートナーだ。……他の令嬢と踊るつもりはない」


「え、そうなのですか。……別に、私に遠慮なさらなくて良いんですよ?」


「遠慮はしていない。……それにユティア嬢と一緒に過ごすのは楽しいと思っている」


「……楽しい、のですか?」


 ユティアは瞳を丸くしてしまう。

 まさか、自分と一緒にいて楽しいと感じてくれているとは思っていなかったので、内心驚いてしまう。


 だが、ユティアの心にはほんわりと温かさのようなものが宿った気がして、口元をつい緩めてしまう。


「……楽しいなら、良かった、です」


 嬉しく思ったユティアがほんの少し表情を緩めれば、目の前のルークヴァルトは何故か右手で口元を覆っていた。


「……? どうかなされましたか?」


「……いや、何でもない」


 ルークヴァルトの頬が先程よりも僅かに赤らんでいる。


「もしかして、人の熱気に()てられましたか? それならば、夜風にでも当たりに行きますか?」


 もちろん、パーティーに参加していない学生もいるかもしれないが、この場には学園に通っている学生がほぼ揃っている。

 数百人を超える人間が一ヵ所に集まれば、その熱気に()てられても仕方がないだろう。


 確か、パーティー会場の外には長椅子や噴水が置かれている庭があったはずだ。

 少し外に出て休むかというユティアの提案に対して、ルークヴァルトが返事をしようと口を開いた時だ。


「──ルークヴァルト殿下。こちらから声をかけることは大変失礼だと存じておりますが、少々お時間宜しいでしょうか」


 ルークヴァルトに声をかけてきたのは、上級生らしき男子学生だった。

 今回のパーティーのために着ている衣装は場の空気に合っており、ルークヴァルトの隣に並んでも、遜色ない気品さが溢れ出ている。


「……ああ、君か」


 どうやらルークヴァルトの知り合いだったようで、彼は男子学生へと視線を向けた。

 

 ルークヴァルトの表情は先程まで、ユティアへと向けられていた柔らかいものとは違い、どこか一線を引いたようなものへと変わっていた。


「学園では学生として、節度を持った接し方をしてくれて構わないと以前言ったはずだが?」


「ですが、場所が変わっても殿下は仕えるべきお方でございますので」


「……はぁ……。それで何か用があって来たんだろう?」


「はい。……実は今年、我が妹がこの学園に入学しまして」


 男子学生から少し離れた場所には、彼の妹だと思われる令嬢がこちらを気にする素振りで視線を向けてきていた。


「もし、お時間があるならば、妹のために思い出を作って頂くことは出来ませんか」


「つまり、俺とダンスを踊りたいと妹に強請られたということか」


「申し訳ございません。……大変、不本意なのですが……。妹が……()の……超絶可愛い妹が、それを望むので……たいっへん、不本意なのですが……こうしてお願いに参ったわけです……」


 男子学生は今にもハンカチを噛みそうな程に悔しい顔をしている。

 大好きな妹の望みは叶えてやりたいが、その一方で妹が誰かとダンスを踊るのは嫌だという思いが反発し合っているのだろう。


「……何というか君は普段とても優秀なのに、妹が絡むと本当、ぽんこつ……いや、周りが見えなくなるな……」


 ルークヴァルトはどこか惜しむような瞳を男子学生へと向けている。


「仕方がないのです。妹という存在は何よりも尊い存在なので……」


 まるで何かを覚っているような物言いである。


 ……それじゃあ、ルーク様との時間はこれでおしまいってことになるのね。


 納得出来る、と思っていたのにいざ目の前に「その時」が来てしまうと、心の奥に靄のようなものが生まれてしまう。


 ……何だろう……。どうしてなのか、分からないけれど……。


 ルークヴァルトとの時間がこれで終わってしまうのが、とても──寂しく思えたのだ。


 ユティアは無意識に、いつのまにかルークヴァルトの上着の端を指先で掴んでしまっていた。


「……ユティア嬢?」


 ルークヴァルトに名前を呼ばれたことで、ユティアは自分が何をしているのか、やっと認識する。


「え? ……あっ……も、申し訳ございません……っ」


 ユティアはすぐに手を離し、慌てて後ろへと一歩下がった。

 今の行動は淑女として、褒められることではないだろう。


 ……私、どうかしたのかな……。


 いつもならば、自身を律することが出来るはずなのに、今日だけは違う。

 それはきっと、場の空気に流されるように浮かれているからかもしれない。


 急に恥ずかしく思えて、ユティアは自身の身体が何となく熱くなったのが感じられた。


「あの、どうか、お気になさらず……」


「……」


 今の自分は、どこかおかしかったのだ。

 だって、ルークヴァルトに行って欲しくないと思ってしまったのだから。


 そんなこと出来ないと分かっているのに、小さな我が儘のようなものが心に浮かんでしまったのは認めざるを得ないだろう。


 少しの無言がその場に流れ、やがて男子学生の方へと身体を向けていたルークヴァルトがいつの間にかユティアの傍にいた。


「すまない。今日は彼女のエスコートを最後まですると決めていて、他に誰とも躍る予定はないんだ」


 ルークヴァルトは義務的な笑みではない、自然な笑みをユティアへと向け、それから男子学生へと視線を移した。


 男子学生はルークヴァルトが浮かべている表情を見て、僅かばかりに驚いているようだった。

 そして、その視線は隣に立っているユティアへと向けられる。視線を受けたユティアは目上の者に対する、簡単な礼をその場でした。


 どこか納得するように、「なるほど……」と彼の口から零れたのは気のせいではないだろう。


「……いいえ、こちらこそ殿下にご無理をお願いして申し訳ございませんでした。本音では可愛い妹が俺……いえ、私以外の男性と踊らないことに安堵しておりますので、どうかお気になさらないで下さい」


 王子相手に何とも正直な物言いをしてから、男子学生は一礼し、ユティア達の傍から離れていった。


「……申し訳ございません、殿下。私が……失礼なことをしてしまったせいで」


 ユティアは両手を重ねながらきゅっと、握り締めた。


「あの、ちょっと……空気に……浮かれてしまっていたようでして」


 ユティアがこれ程までに動揺することは人生の中で稀と言っても良いだろう。

 いつも、どんなことも淡々と。それがユティアだからだ。


「……どうやら君も人の熱気に()てられたようだな」


 ルークヴァルトは苦笑しているが、気を遣われたのだとすぐに察した。


「でも、浮かれているのは君だけじゃないから、安心して欲しい。……実は俺も浮かれている」


 ユティアはルークヴァルトの言葉に、瞳を瞬かせる。

 ルークヴァルトは瞳を細め、微かに笑みを浮かべた。


「少し夜風に当たりに行かないか」


 自分へと差し出されたのは左手だった。


 先程、エスコートしてもらった時とダンスを踊った際に触れた手。

 もう、触れることはないだろうと思っていたがユティアは気付けば、自分の手を重ねていた。


「……ご一緒させて頂きます」

 

  

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