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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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お昼寝令嬢、第二王子と踊る。

 

 周囲は第二王子と見知らぬ令嬢が共にいることに驚いているのか、直接問いかけたいと思ってはいても、その勇気を出せない者は多いようで話しかけてくる者はいなかった。


「ユティア嬢。ラフェルとクラシス嬢にかけた魔法はダンスの後に解くんだよな?」


「ええ、そのつもりです。……入場と最初の一曲さえ終われば、あとは何とかなるでしょう」


 クラシスとフォルティーニ公爵家に恥をかかせないためにも、何とかダンスの一曲目を終わらせなければならない。


 ちらりと自分達の後ろから歩いて来ていたクラシスとラフェルに視線を向けたが、彼らは小声で楽しげに会話をしているようだった。

 クラシスも最初に会った時とは違って、表情が柔らかいものとなっている。彼女のそんな姿を見て、ユティアは少しだけ安心した。


「もちろん、ゆっくりと自然な感じで他者に認識されていくように調節しながら魔法を解くので、その辺りはご安心を」


「……一体、どんな理由でその魔法を覚えたんだ……」


 どこか呆れたような、もしくは苦笑するような表情でルークヴァルトが問いかけてくる。


「そうですね……。たとえばですが、面倒事から逃れるために、認識が薄れる魔法を自身にかけて、その場から気付かれないようにそっと離れたり……。あとは長話をする人に捕まってしまった時、こっそりと逃げるために使ったり……」


「ふむ……。確かに用途によっては、かなり有効的な使い方が出来るようだな」


「そうでしょう。ルークヴァルト殿下も、機会があれば使ってみてください。とても便利ですから」


 ユティアがそう答えれば、ルークヴァルトは微笑を浮かべながら頷き返した。


 談笑していると、前方の檀上から張った声が聞こえ、ユティア達はそちらへと視線を向ける。

 挨拶をしているのは今期の生徒会長を務めている令嬢だ。ユティア達が入学した時にも、壇上で挨拶をしていたので、顔を覚えていた。


 三年生の彼女は確か、侯爵家の出身である。かなり成績優秀で品行方正、さらに容姿端麗でもあることから、男女問わず人気がある生徒会長だ。

 もちろん、ユティアが自ら調べたのではなく、親友のリーシャ・カルディンから教えてもらった情報である。


 この学園では家格や身分ではなく、成績や学業に対する態度、人望など様々な実力によって生徒会入りが決まるらしい。

 また将来、望んだ職に就くために箔を付けようと自らの意思で生徒会に入ることを望む者も多いようだ。


「……そういえば、ルークヴァルト殿下は生徒会には入らなかったのですか」


 生徒会は確か、一年生の時からでも入れたはずだ。ルークヴァルトはすでに二年生だが、打診などは来なかったのだろうか。


「一応、成績優秀者の中に入っていたから、打診はされたが断った。別に王子だからと言って、生徒会に入らなければならない決まりはないからな。それと……自分で言うのは恥ずかしいんだが、『お近づき』目当てで生徒会に入る奴もいるから、そうなると運営に支障が出る可能性があると思って、遠慮させてもらったんだ」


「なるほど」


 確かに第二王子であるルークヴァルトが生徒会に入れば、それを目当てに令嬢達が押し寄せてきそうだ。


 真面目な顔で同意するユティアに対し、ルークヴァルトは小さく苦笑してから、前方の檀上へと視線を向き直した。


 生徒会長は新入生達に向かって、このパーティーをぜひ社交の練習として活用して欲しいと告げ、在校生の者達には先輩として清く正しい振る舞いをすることを推奨し、どうか今宵のひと時を楽しんで欲しいと述べて、笑みを浮かべながら挨拶を終えた。


 そして、生徒会長の合図と共に学園側が用意した楽団によるダンスの一曲目が演奏され始める。


 この一曲目は一年生とそのパートナーだけが躍るもので、二曲目からが二年生以降の学生達が躍ることになっているようだ。


 一年生が躍る一曲目の「新しい風に花は舞う」という曲はテンポがとてもゆっくりで踊りやすいものだ。

 周囲の学生達も、各々のパートナー達に向かって、一曲目を誘っている。


「ユティア嬢」


 名前を呼ばれたユティアはルークヴァルトの方へと振り返った。彼はユティアに向けて、掌を差し出し、どこか畏まった表情をしていた。


「ユティア・サフランス伯爵令嬢。儚い一夜の始まりとなる最初の一曲をどうか、私と踊ってくれませんか?」


 ルークヴァルトは口元を緩め、目元を和らげつつ、優しげな笑みを向けてくる。

 繕っているのか、それとも素なのかは分からないが、彼がこのような表情をすると、本当に王子様なのだなと改めて思った。


「──はい。宜しくお願い致します」


 ユティアは自身の右手をルークヴァルトの手にそっと添えた。


 連れ添うようにダンスの場へと向かい、そしてお互いに礼を取ってからダンスを始める。

 最初の一歩は軽やかで、添えられている手は頼もしさが感じられた。


 ……うん。やっぱり、踊りやすい。


 身長差はあるものの、それでも長年、パートナーを務めてきたのではと思える程に互いの動きはぴったりだった。


「……ふふ」


 自然とユティアの口から笑みが零れてしまう。普段は感情を表に出すことに対して、自身に制限をかけているため、笑うことは稀だ。


 そんなユティアが笑みを零したことに驚いたのか、ルークヴァルトはほんの少し目を瞠った。しかし、すぐに穏やかな表情へと変わっていく。


「楽しいのか?」


「はい、とても。……だから、自分でもおかしくって。いつもの私ならば、パーティーは面倒ですし、ダンスだって特別好きというわけでもありません」


 でも、とユティアは言葉を続けつつ、ルークヴァルトの目を真っ直ぐに見た。


「今日だけは……。何故か、今日だけは全てが楽しいと思えるのです」


 目の前の景色がきらきら光っているのは何故だろう。

 何もかもが普段と違うと思えるのは何故だろう。


 自分でも、分からないことだらけなのに、それでもユティアの心は浮足立ったような心地がしていた。


「ああ、そうか……。これが……心が弾む、ということなんですね」


 一人で勝手に納得しながらも、ユティアはルークヴァルトの動きに合わせて、くるくると回るように踊った。


 そんなユティアを腕一本で受け止めつつ、ルークヴァルトはそのままダンスを続ける。

 練習だって、それほど多くはしていないというのに、お互いの動きは息がぴったりだ。


「なら、同じだな」


「え?」


 ユティアは首を傾げることはしなかったが、どういう意味だと訊ねるように視線を彼へと向けた。


「俺もとても楽しいんだ。……今だけじゃない。いつだって、そうだ」


 ルークヴァルトはまるで秘密を口にするように、ユティアだけに聞こえる声で発した。


「ユティア嬢。俺は君と一緒にいると、心が弾む。何気ない話をしている時も、君が好きなものの話をしている時も」


 彼の囁く声は、周囲のざわめきの中でもはっきりと聞こえた。


「私は……。自分のことはあまり面白味のない人間だと思っているので、そのように言われるとは意外でした」


「そうか? ユティア嬢は出会った時から、とても興味深い人柄をしていると俺は思っていたが」


「そう、なのですか?」


「ああ。……もちろん、最初こそは驚いたが君が好きなものの話や興味があるものの話をする時の表情は、この世に存在する光を集束させたように輝いて見えた。……だから、だろうな。君のことをもっと知りたいと思ったんだ」


「……え?」


 ユティアは思わず、瞳を瞬かせてしまう。

 その間も互いの動きは少しもずれることはなく、曲に合わせてダンスは続けたままだ。


「君のことを知りたい──理解したい。その探求心は深まるばかりだった。自分でも、不思議だと思った。何せ、こんなことを思うのは初めてだからな」


「ルークヴァルト殿下でも、初めてのことってあるんですね」


 意外だなぁとユティアは思った。


「そりゃあ、あるとも。王子ではあるが、俺だって人間だぞ? この先の長い人生の中で、さらに未知なることを経験していくだろうさ」


「では、その『未知』が私ということですか」


 ほんの少し、おどけるように訊ねれば、彼は口元を緩めた。


「そういうことだ。でも、それだけじゃない」


「それだけじゃない、とは?」


 一体、どういう意味かと訊ねようとしたが一曲目が終わってしまう。

 どうやら、二人だけのお喋りはここまでのようだ。


 特に失敗もなく、無事にダンスを終えたので、今回のパーティーでのやるべきことは全て終えたと言ってもいいだろう。

 生徒会長はこのパーティーを社交の練習として活用して欲しいと言っていたが、ユティアは社交の練習をする気はないのでこの後はひっそりと過ごす予定だ。


 ……これでおしまい……なのに。胸の奥の一部分が空白になったような寂しさがあるのは、何故だろう……?


 その理由は分からなかった。

 


 ユティアはルークヴァルトと向かい合うようにしながら礼を取り、共にその場を離れた。


   

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