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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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お昼寝令嬢、水面が揺れる。

 

 イレンズ達に自身が創った魔法を見せて、術式などを確認してもらう──といったことを何度か繰り返したユティアは無事に申請を出すことが出来て少し、ほっとしていた。


 ……あとは審査が通るのを待つだけ……。


 ここ数年で創った魔法全てをイレンズ達に確認してもらったが、新しい魔法として申請するには数が多いため、審査には時間がかかるらしい。


 だが、立ち合いをしてくれた局員の一人、ナナリアはユティアが編み出した魔法を見せるたびに、かなり興奮した様子で何枚も記録書を書いていた。


 最後の方には鼻をハンカチで押さえていたが、まさか鼻血でも出たのだろうか。

 長時間、付き合わせてしまったのでどうかこの後はゆっくりと休んで欲しい。


 イレンズはそんなナナリアを宥めつつ、ユティアにルークヴァルトのもとへ戻っても構わないと言ったので、担当してくれた彼らにお礼を告げつつ、待合室へと向かうことにした。


 待合室の入り口は扉がないものだったので一度、部屋の前で立ち止まった。


 一言、声をかけてから室内に入ろうかと悩んでいるとルークヴァルトの傍に控えていたミルトが、入り口付近に立っているユティアに気付いたようで、軽く頭を下げてきた。


 ユティアも軽く頭を下げ返し、そしてこちらに背中を向けて紅茶を楽しんでいるルークヴァルトに声をかける。


「ただいま、戻りました」


 ユティアの声は決して大きいものではないが、それでも真っ直ぐに透き通るものだ。

 ルークヴァルトはすぐにはっとしたように顔を上げて、待合室の入り口にユティアが立っていることを確認すると勢いよく立ち上がっていた。


「……っ、大丈夫だったか?」


 何か、言葉を飲み込んでいたように思えたが、ルークヴァルトは心配するような瞳でユティアを見つめてきたので、すぐに頷き返した。


「はい、特に問題はありませんでした」


 ユティアが抑揚のない声で答えれば、ルークヴァルトはそうか、と一言告げて安堵する表情を浮かべた。

 ただ、魔法の登録をしにきただけなのに、どうして彼はそこまで心配するのだろうか。


 首を傾げそうになるユティアだったが、彼の親切心を否定するようなことはしたくはないので、改めてお礼を告げることにした。


「……殿下。この度は、私に付き添って頂き、ありがとうございました。……恐らく、殿下にお連れしてもらわなければ、魔法管理局に来ることはなかったと思います」


 ユティアは敬意とお礼の意味を込めて、頭を下げる。本当ならば、第二王子に付き添わせるなど、もってのほかだろう。


 ユティアがあまりにも魔法管理局に行くのを面倒くさがっていたので、ルークヴァルトは見かねたのかもしれない。

 ならば、彼のその広い心と優しさに感謝するべきだ。


「いや、頭を下げられるほどのことをしたわけじゃないぞ? 君の魔法は俺にとっても有益なものになるからな。無事に登録が完了されたならば、俺も使わせてもらうだろうし」


「……」


 直接、そのように言われると少しだけ、心の奥がくすぐったい感じがしてしまう。

 それでも、何となく浮かんでしまった不安のようなものをいつの間にか吐露してしまっていた。


「私の……。私が創った魔法は……自分が求めているものをより良くするためのものでしかありません……」


 でも、とユティアは言葉を続ける。


「そんな魔法でも、誰かのための……お役に立てるでしょうか。この魔法があって、本当に良かったと……そのように思われることなんて、あるのでしょうか……」


 自分が編み出した魔法は全て、「お昼寝」を快適にするための一部だ。


 自己満足で生み出したものをこのように公的機関へと提出し、その存在価値を認めてもらう──。

 本当ならば、喜ばしいことなのに、何とも言えないものが喉の奥に引っかかっている気がしてならなかった。


「ふむ……」


 ルークヴァルトは少し考える素振りを見せる。

 やがて、彼の中でユティアからの質問に対する答えが出たのか、青く美しい瞳をこちらに向けてきた。


「つまり、ユティア嬢は趣味に関することで創った魔法が他の者に受け入れてもらえるか、心配しているのだな?」


「そう……かもしれません」


 自己表現をあまりしないユティアにとって、今回のことは未知だ。


 創った魔法の完成度は高いと自分でも思っているが、趣味の一部として創ったものを周囲の人に認めてもらえないとなると、何だか自分自身を否定された気がして、窮屈な場所に閉じ込められた気分になってしまう。


「それなら、安心してくれて構わない」


 いつの間にか、自分のすぐそばまで来ていたルークヴァルトが優しげな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「君が創った魔法は間違いなく、人の役に立つ素晴らしいものだと俺が保証する」


 断言するように、彼はそう告げた。


「何せ、この俺自身がそれを体験しているんだ。君の魔法は俺を確かに守ってくれている」


 ユティアがルークヴァルトに教えた防御魔法のことを言っているのだろう。


 ルークヴァルトは自身の胸に右手を添えつつ、小さく叩いた。

 その姿はまるで、ユティアに向けて宣誓しているようにも見えて、目の前がちかちかと火花が散ったように映っていた。


 ……あ。


 ぽつり、と心の中で呟いたものは言葉になることなく、一瞬で消え去っていく。

 何故なら、目の前の銀髪の少年が浮かべる笑みに視線を奪われていたからだ。


 もしかすると、初めてかもしれない。

 彼を──ルークヴァルトを()()()()見たのは。


 今まではもちろん、会話をする際には彼の方を見ていたが、脳に残るようにと意識して見ていたことはなかった。


「ユティア嬢が生み出した魔法のおかげで、俺は安心した日々を送ることが出来ている。きっと君は自覚していないだろうから、改めて言わせてもらうよ」


 ルークヴァルトは少しだけ姿勢を正して、そして美しく澄んだ瞳をゆっくりと細めた。


「ありがとう、俺を守ってくれて。この安堵を与えてくれる君に深い感謝を」


 真っ直ぐと、ただ真っ直ぐと。

 自分を見つめてくる瞳の中に、何か感情が見えた気がした。

 自分が己の意思で、遠ざかっている感情が。


 ……この人は。


 優しくて、親切で。

 けれども、それだけじゃない。


 それだけの、人じゃないと知ってしまった気がして、ユティアはルークヴァルトに気付かれないように唇を強く結び直した。


 何かしらの感情を持って、自分を真っ直ぐに見ている、とおこがましいことを思ってしまった。

 そんなことを思っていい相手ではないというのに。


 けれど、一つだけ分かったことがある。

 自分が創った魔法が彼に安らぎの日々を与えている──そのことに対してお礼を言われた時、心の奥が温かくなった気がした。


 誰かに感謝されるために創った魔法ではない。

 自分のために使う魔法だったのに、それほどまでに真っ直ぐ言われてしまえば、いつだって水平を保っていた心の水面が揺らがないわけがない。


 ……だって、嬉しいって思った。この人に、ありがとうって、言われて凄く嬉しいって。それだけなのに……。


 初めての感覚が身体を覆っていく気がしたのは、何故だろう。

 今、抱いたものは何だろう。

 

 分からない。

 分からないからこそ、ユティアはその原因となったルークヴァルトに、同じように真っ直ぐ視線を返した。


 彼はユティアが見つめ返したことに驚いたのか、ほんの少しだけ視線を逸らし、そして小さく咳払いしてから言葉を続けた。


「……それとこれは俺の個人的な見解だが、人が魔法を創る時、ほとんどの者が自分のためだと思うぞ? 何かを効率良く行いたい時やそれまで出来なかったことを達成させたい時……。魔法は人の小さな欲によって生み出され、やがて成し遂げるための(すべ)となっているに過ぎないと思う」


「……」


「だから、それほど気負わなくても良いんじゃないか? 魔法というものは、結局は使用者が望むものを達成する用途の一部として使われるのだし」


 ユティアはじっとルークヴァルトを見つめる。彼は何故か居た堪れなくなったような表情で、頬をかいていた。


「……そう、ですね……」


 ぼそりとユティアは言葉を返す。


「確かに殿下の言うとおり、初めての魔法登録だったので、気負い過ぎたのかもしれません」


 趣味のために創ったこんな魔法でいいのかな、大丈夫かなと思った末に少し悩んでしまったので、ルークヴァルトにそう言ってもらえると気が楽になった気がした。


「誰かの欲によって生まれたものが、他の誰かの役に立つ──。……うん、そういうこともありますよね。なら、深く気にしなくても、大丈夫……」


 最後の言葉は自分に言い聞かせるものだったので、小さな声で呟いたのだが、ルークヴァルトには聞こえていたらしい。

 彼は目を細めて、柔和な表情をこちらに向けていた。


「殿下。心強いお言葉、ありがとうございます。そのお言葉を胸に今後も……好きなように魔法を創っていきたいと思います」


「別にお礼を言われるほど、堅苦しい言葉を言ったわけではないけどな。……まぁ、君の肩の荷が少しでも下りたならば、それでいい。……それと、俺は君が創る魔法はどれも好きだぞ」


「……そう、なのですか?」


 こてん、とユティアは首を傾げる。


「ああ、どの魔法も誰にも思いつかない独創的なものだ。きっと、君だけにしか創れないものなのだろう。……だから、また新しい魔法を創ったならば、自分にも見せてもらえないだろうか」


「……お昼寝のためにしか、創りませんよ?」


 ユティアがそう返せば、ルークヴァルトは小さく苦笑した。


「だからこそ、だ。君が何よりも最も好む昼寝をより快適なものにするためにどんな魔法を創ったのか、気になるだろう?」


 そう言って、おどけたように笑うルークヴァルトは年頃の少年のように見えた。


 自分のことを理解してくれるなんて随分な物好きだ、と思った。

 けれど、自分に興味を持ってくれる彼の存在が、何だか心の奥にどっしりと根付いた気がして、もう取り払うことは出来ないのだと気付いたユティアはほんの少しだけ、表情を崩してしまう。


 一瞬、ルークヴァルトの瞳が大きく見開いたように見えたが、ユティアは目を細め、口元を緩めながら答えた。


「では、次に魔法を創り上げた際には、殿下で試させていただきます」


 ユティアもルークヴァルトに合わせるように、おどけた口調でそう返せば、楽しげな笑い声が目の前から返ってくる。



 それが、とても心地よく感じた。



 


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