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白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中  作者: 伊月ともや
一章 お昼寝令嬢、第二王子と出会う。
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お昼寝令嬢、想像する。

  

 ユティアを迎えに来たルークヴァルトは、王子が乗っているとは気付かれないほどに質素な馬車に乗ってきていた。


 内装も華美ではなく落ち着いている色合いだが、この馬車は元々、王妃殿下や王太子妃殿下がお忍びで街へと向かう際に使うものらしく、今回に限り借りてきたのだという。


 そう言われると、何だかとても申し訳ない気がしてユティアは頭を下げたが、ルークヴァルトは気にしなくて良いと苦笑するだけだった。


 ……不思議で、親切で、優しい人。……どうしてだろう?


 声を出さずに、ユティアは「うーん……」と密かに唸った。

 

 ルークヴァルトと接すれば、接するほど、彼がどうしてここまで自分に良くしてくれるのかが分からないのだ。

 それに良くしてもらえる理由など、自分にはないはずなのに。


「……どうしたんだ、ユティア嬢?」


 目の前の席に座っているルークヴァルトが小さく首を傾げている。

 ユティアが呆けていたことに気付いたようで、その表情はこちらを窺っていた。


「……お飲み物でも、用意致しましょうか」


 そう言って、ユティアの隣から声がかけられる。ユティアの隣に同乗しているのはルークヴァルトが王城から連れてきた侍女だ。


 侍女の装いをしているこちらの女性は普段は王妃殿下に仕えており、名前をミルトというらしい。

 所作がとても丁寧だが、恐らくルークヴァルトの護衛も兼ねているのだろう。


 一目見た時から、ミルトという侍女は動きが洗練されており、隙がないように見えた。非常時の際には自ら動き、ルークヴァルトの盾や剣となるつもりでいるのかもしれない。


 何故、令嬢であるユティアにそのようなことが分かるのかと言えば、これも剣術馬鹿──いや、剣術大好きな兄が傍にいたからだ。

 鍛えている者や武に通じている者が傍に居たからこそ、ユティアは一般人との違いを見分けることが出来るのだ。


 そんなことを何気なく思いつつ、ユティアは首を横に振った。


「いいえ。お気遣い頂き、ありがとうございます。この馬車の乗り心地がとても良くて、つい上の空になっていました」


 ユティアがそう返せば、ミルトは了承したというように、頷き返す。

 再び、車内は無言へと戻った。


 馬車の中はとても静かだ。

 もちろん、この馬車の乗り心地がとても良いこともあるが、乗っているのがユティア、ルークヴァルト、そしてミルトだからである。


 ユティアは基本、自分から人に話しかけることが少ない。

 ミルトは侍女であるからなのか、世話をする時だけ声をかけてくる。


 消去法として残るのがルークヴァルトだが彼も元々、お喋りな性格ではないようで、馬車に乗った時から口数は少ない。

 時折、彼から声をかけてくれるので、ユティアはそれに反応を返す、といったことを繰り返していた。


 無言は長い。それでも不思議とこの無言の空間を心地よく感じてしまうのだ。

 無理に話さなくても気まずく感じないのは、とても良いことだ。


 心の中で頷いていると、窓の外を見ていたルークヴァルトが小さな声を漏らした。

 どうやら、窓の外の光景に何かを見つけたらしい。


「……ユティア嬢は確か、絵本の『白銀の獅子(シルヴァリオン)』を知っていたな」


 唐突に自分が好きな絵本の話を振られたため、内心は驚いたユティアだったが無表情のまま、こくりと頷き返した。


白銀の獅子(シルヴァリオン)がどうかしましたか?」


 この国の民ならば、誰でも知っている子ども向けの絵本の主人公『白銀の獅子(シルヴァリオン)』。


 ユティアは小さい頃から、この絵本のシリーズが大好きだった。どのくらい好きかというと、初刊から新刊まで全て揃えているくらいに好きである。


 しかも自分の部屋の本棚だけでなく、サフランス家の屋敷の書庫にも同じものを全巻、予備として置いているほどに。


 父はいつも言っている。本は保存用、観賞用、布教用を常に揃えるべきだと。

 もちろん、書庫の本棚には限りがあるので、泣く泣く厳選したものだけを三冊ずつ揃えているが。


「今、この馬車が本屋の前を通過したのだが、その本屋の窓に白銀の獅子(シルヴァリオン)の続刊が発売されると書かれた広告紙が張られていてな」


「ああ、確か来月に発売されるようですね。私もお父様に情報を頂き、さっそく新刊を本屋さんで予約してきました」


「何だ、知っていたのか」


 ユティアの答えにルークヴァルトは小さく苦笑する。


「本関係ならば、どのような出版物であれ、父のもとに情報が集まってきますので。私の好きな本があれば、真っ先に教えてくれるんです」


 こういう時、本に関しての情報を得るために広い人脈を築き上げ、情報網をきめ細かく張り巡らせている父には感謝である。



「……そういえば」


 まるで、何かを探るような声色でルークヴァルトの言葉がその場に響く。


「君は俺を初めて見た時、『白銀の獅子(シルヴァリオン)』と、呟いていたな」


「……忘れて下さい」


 ルークヴァルトの指摘を受けたユティアは顔を逸らした。


 彼と初めて会った時に漏らした一言はいわば、寝言のようなものだ。無意識のうちに発した寝言を掘り返されると中々、気恥ずかしいものである。


「ふふ、すまない……。だが何故、あの時……俺の顔を見て、そのように言ったのか、気になっていてな」


 ルークヴァルトは苦笑しつつも、ユティアの寝言の真相が知りたいようで、真っ直ぐ瞳を向けてくる。


「……笑いませんか」


「笑わない」


「王子殿下を相手に、失礼なことかもしれませんが」


「俺がただ、理由を聞きたいだけだ。だから、不敬罪などはこの場に存在しないと誓おう」


「……」


 どうやらそれほどまでにユティアが「白銀の獅子(シルヴァリオン)」と呼んでしまった理由について知りたいらしい。


 ユティアは姿勢を正し、小さく咳払いしてから言葉をこぼした。


「その……目覚めた時に、殿下のとても美しい銀髪が目に入りまして」


「うん」


「瞳も深く澄んだ青色で」


「うん」


「それを見て……ああ、絵本の白銀の獅子(シルヴァリオン)()()()したら、きっとこんなお顔なんだろうなぁと思いました」


「うん。……ん?」


 ルークヴァルトは首を傾げていたが、ユティアはそのまま話を続けた。


「ほら、白銀の獅子(シルヴァリオン)って、白銀の(たてがみ)に、深く澄んだ青い瞳を持っているじゃないですか。それにとても凛々しくて格好良い上に、弱き者達に手を差し伸べる、温かで優しく頼れる王様で……」


 ユティアは絵本の表紙や挿絵に描かれる白銀の獅子を思い出しつつ、ルークヴァルトに説明する。


「うん、それは知っている。あのシリーズは俺も読んだことがあるからな」


 どうやらルークヴァルトも読者だったらしい。


「それで殿下を初めて見た時に……白銀の獅子(シルヴァリオン)が人間になったら、殿下のような感じになるんだろうなぁとそんな印象を抱き、思わず呟いてしまった次第です」


「それで()()()……」


「はい、()()()です」


 こくり、とユティアは頷き返す。

 仕方がないのだ。ルークヴァルトを初めて見た時、素直にそう思ってしまったのだから。


 きっと、大好きな白銀の獅子(シルヴァリオン)が人の姿になったならば、ルークヴァルトのような姿をしているのだろう。

 そんな想像を膨らませてしまったのだ。


 


 

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

大変申し訳ないのですが、私生活が忙しくなり、更新が不定期になりそうです。

時間がある時を見計らって、更新していこうと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 

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