本狂い伯爵、溜息を吐く。
さて、これらの手紙に対して、どのような返事をするべきかと悩んでいると執務室の扉を叩く音が聞こえたため、すぐに返事を返した。
「入りなさい」
「失礼します、お父様。……うわぁ」
執務室へと入ってきたのは、家の中で過ごしやすいようにとコルセットを締めなくていいワンピースを着たユティアだ。
彼女は開口一番に呆れたような言葉を漏らす。
「……お父様。先日、私とお母様が頑張って、本や書類を片付けたというのに……また散らかしたのですね……。使った物はちゃんと元の場所に戻して下さいとあれ程お願いしたのに……」
どこか恨みがましい瞳で小さく睨んでくるユティアに対して、ムルクは気まずげに咳払いする。
「んんっ、いやっ、これはっ……ほら、必要なものを分かりやすい位置に置いているだけであって、決して散らかしたわけでは……」
「片付けが出来ない人は皆、そう言います」
「んぐっ……」
指摘を受けたムルクはもはや押し黙るしかない。読書を趣味としているムルクだが、実は片付けが大の苦手なのである。
それ故に、読んだ本は片っ端から天井に向けて積み重ねられていくので、本の塔が倒れてしまうことがよくあった。
そのたびに執事長からは呆れられているし、侍女達は遠い目をしながら本を傷つけないように片付け、そして妻からはこれで何度目かと叱責される。
それはサフランス家の日常の一部でもあった。
「そ、そんなことより、ユティアに聞きたいことがあるんだけれど、いいかな?」
ムルクはそれ以上、片付けに関する話を続けられないようにと別の話題へと変える。
「実はルークヴァルト第二王子殿下から手紙が届いていたんだけれど……。何でも、ユティアを今度の週末、魔法管理局に連れていってくれるらしいね?」
その際、ムルクは決して「婚約打診」の件を口にはしなかった。
ルークヴァルトが今度、サフランス家に訪れる際に詳しい話をするつもりなので、今、ここで決定事項のように話すべきではない。
それにルークヴァルトは恐らく、婚約の件を自らユティアに打診したいに違いない。
なので、国王直筆の手紙の件もユティアには伝えることはしなかった。
「あ、はい。そうです」
この国の第二王子殿下からの誘いだというのに、ユティアが動じることは全くない。そういうところも相変わらずである。
「私が創った魔法に興味をお持ちになったようで、せっかく創ったのならば、魔法管理局に登録するべきだと言われ、連れていってもらえることになりました。ルークヴァルト殿下が魔法管理局の中を案内してくれるそうです」
「……」
思わず遠い目をしながら溜息を吐きそうになったが、ぐっと我慢した自分は偉い。
……第二王子殿下からの直接的な誘いを受けた上に、わざわざ連れていってもらい、そして更に魔法管理局の中を案内してもらうって……完全に下心を抱かれているのが、何とも分かりやすい……。
第二王子殿下がユティアに心を傾けているのが丸分かりだが、恐らく当の本人は寄せられている気持ちに気付いていないのだろう。
せいぜい、親切な人だな、くらいにしか思っていないに違いない。何故なら、自分の娘のことなので、よく分かる。
この子、他人から自分へと向けられる気持ちに鈍感なので。
……まぁ、ユティアが他人の気持ちを受けないようにしているのは、例の件があるからだけれど。
親心ながらに少々複雑な想いを抱いているが、それでもユティアには自分自身に向けられる温かさ、優しさ、愛情といったものを理解してほしいと思っている。
今はまだ、彼女が持つ熱意は全て昼寝へと向けられているが、その熱意が少しでも別のことに向いてほしいと密かに願っているのは秘密である。
そして、それが出来るのは、きっとユティアのことを心の底から愛してくれる人物だけだろう。もちろん、家族以外で。
「……まぁ、殿下に迷惑をかけないように、するんだよ?」
「はい」
「……でも、どういう経緯で殿下と知り合うような事態になったんだい? 確か、ユティアとは学年も違うだろう? 学園内もすごく広いし、顔を合わせることも少ないはずだけれど……?」
ムルクが訊ねると、ユティアはこてんと首を傾げる。
「はて? 何故でしょうね?」
その答えは、「聞くな」と言っているようなものだ。
つまり、親には秘密にしたいこと──昼寝関連のことだとすぐに察してしまう。ムルクは頭を右手で抱えつつ、深い溜息を吐いた。
……やると思っていたけれど、まさか学園の敷地内で昼寝をしているなんて……。でも、学園内のどこで昼寝をしているんだろう? さすがに人目がある場所では……いや、この子のことだから自分の姿を魔法で隠して、悠々と昼寝しそうだなぁ……。
その先のことは怖くて訊ねられない。だが、学園で過ごす中で、殿下とは何かしらの接触があったのだろう。
そして、その接触により殿下に好意を持たれた──。
……うーん、我ながら恋愛小説の読み過ぎかなぁ。この先の展開が気になってしまう自分がいる。
現実と物語の世界は似ていても別物だ。一緒にするべきではない。
いけない、いけないと首を横に振ってから言葉を続けた。
「とにかく、今度の週末に殿下が我が家まで迎えに来てくれるそうだから」
「はい、知っています」
こくり、とユティアは首を振り返す。
「あ、でも王族だと分からないように変装してから来ると手紙に書いてあったよ。さすがに婚約者でもない令嬢と二人で出かけるとなれば、周囲に怪しまれるからねぇ」
「そうですね」
抑揚のない声色で返事をするユティアに対して、ムルクは溜息を吐く。
「……ねえ、ユティア。殿下とは……仲がいいのかい?」
「はい?」
訊ねられた意味が分からないと言わんばかりにユティアは首を傾げる。
「仲、ですか? ……うーん。まぁ、とても話しやすい方ですね。私のことを変な目で見ませんし、趣味のことを馬鹿にしたりしませんし、何よりお昼寝に理解を示してくれていますし。それに……」
そこでふと、ユティアの表情が無だったものから、ほんの少し色づいたことにムルクは気付く。
「一緒にいると、とても心地が良い方です」
「……そっかぁ」
娘があまりにも穏やかにそう言ったので、ムルクは少しだけ泣きそうになった。
娘の心が知らずのうちに成長している──つまり、昼寝以外にも興味を持つことが出来るようになったことを嬉しく思わないわけがない。
相手が相手なので、素直に喜べないが。
「……それでお父様。お話というのは、ルークヴァルト殿下に魔法管理局へと連れていってもらう件だけでしょうか」
「う、うん。そうだね。ただ、確認したかっただけなんだ。呼び出して、悪かったよ」
「いえ。私もお父様にお話ししないといけないかなぁと思っていたのですが、すっかり忘れていたので」
ふるふると首を横に振ってから、ユティアは「それでは失礼します」と言って、執務室を出ようとする。
だが、その場で何かを思い出したのか、扉の向こう側から覗き込むように顔だけ出して、言葉を紡いだ。
「そういえば今度、学園内で新入生歓迎パーティーがあるんですけれど、その際のエスコートをルークヴァルト殿下が引き受けてくれるそうです」
「……は、い?」
「報告、以上です。お昼寝してきまーす」
「──えっ、んんっ!? うぇえぇっ!? ちょっ……ちょっと、待って、ユティア!? 今の話、本当かい!? ねぇ!?」
しかし、ユティアはそのまま、ぱたんと扉を閉めて部屋から出て行ってしまう。
「……。……うえぇぇっあぁ!? いつの間に、そんな仲になってたのぉ!?」
思わず、変な声を上げてしまう。
──新入生歓迎パーティーで、婚約者のいないルークヴァルト第二王子殿下が、自分の娘をエスコート。
それを再認識しては、頭が爆発しそうだった。
新入生歓迎パーティーは本番である「デビュタント」に向けた、練習のようなものだ。それはムルクが学生だった時代から変わらない。
パーティーの際には、婚約者がいる者には婚約者がエスコートした。
だが、それ以外の者はお互いに密かに想いを寄せている者に声をかけたりして、親しくなるためのきっかけとして、エスコートしたり、頼んだりすることが多かったように記憶している。
もし、その風潮が今も変わっていないようであれば──。
「うわぁぁ……。何だか、面倒くさそうな予感がするなぁ……」
これは早めに手を打っておいた方がいいかもしれない。別に、こちらは王家との繋がりを欲しているわけではない。
だが、変に探りを入れてくる貴族はいるはずだ。そして、娘に悪意や敵意を向けてくる者も。
「あまり、社交は得意ではないんだけれどなぁ……。まぁ、娘が傷つかないためなら、面倒くさいこともやるけれどね……」
ふぅ、と深い溜息を吐きつつ、ムルクはユティアが出て行った扉と手元にある手紙を交互に見た。
ついにこの日がやってきました。
詳しくは活動報告を読んでいただければ、と思います。
どうぞ宜しくお願いいたします。




