お昼寝令嬢、エスコートを受ける。
ルークに告げられた言葉を理解するのに時間がかかったユティアは、口元に右手を添えつつ「ふむ?」と小さく呟く。
「ええっと、エスコート……ですか? ルーク様が……私を? 新入生歓迎パーティーの?」
「そうだ。……他にエスコートして欲しい相手がいるならば、この話はなかったことにしてくれて構わない」
ルークは少しだけ視線を逸らす。その表情は随分と残念そうに見えるが、何故だろうか。
「いえ、別にそのような相手はいませんよ? ……たった今、この瞬間まで新入生歓迎パーティーのことも忘れていました」
正確に言えば、忘れていたのは二回目だが、それは口にはしなかった。
「エスコートの件、ルーク様にお頼み出来るならば、私としましてもとても助かりますが……。ですが、ルーク様は第二王子殿下でしょう。他に、優先的にエスコートしなければならないご令嬢はいないのですか?」
『ルークヴァルト第二王子殿下』には今のところ、婚約者はいないと聞いている。
それでもエスコートをするならば、ユティアのような中流伯爵家の令嬢などではなく、もっと家格が上の侯爵家や公爵家の令嬢がいいのではとさえ思ってしまう。
……でも、エスコートを頼める男性、他には思い当たらないからなぁ。男子生徒の友人もいないし。
普通は、エスコートは男性から申し出るものだ。
しかし、新入生歓迎パーティーの件は仕方がないので、ユティアから男子生徒の誰かに頼むしかないだろうと思っていたが、ここでまさかのルークからの申し出に正直驚いている。
……まぁ、エスコートされるならば、誰がいいかと考えれば……それはルーク様だけれど。
何せ、気の合うお昼寝仲間である。
それに頼む相手を頭の中で考えた際、単純に誰が良いかと考えて、消去法でいけばルーク一人だけしか残らない。
そもそもこの学園には友人以前に男性の知り合いがほとんどいないのだ。これまであまり、子ども向けの茶会に参加してこなかったので、自業自得なのだが。
「俺には婚約者も、エスコートを頼んできた者もいないから、問題はない。……それに、これは俺個人の希望でもある」
「ルーク様の?」
どういう意味だろうかとユティアは瞳を瞬かせる。
ルークは再び、ユティアの方へと視線を向けてくる。少しだけ切なそうな眼差しをしていたのは気のせいだろうか。
何度か、深い息を吐いてから、ルークは青く美しい瞳をユティアへと向けてくる。
「俺が、君を……エスコートしたいと思ったんだ」
「……」
何故だろうか。
目の前のルークの頬が少しだけ赤らんでいる気がする。
……ルーク様もこのようなお顔をなさるんだ。意外だなぁ……。
と、ユティアはのん気なことを考えていた。ユティアは心の中で少しだけ思案し、そして答えを出した。
「……では、お願いしても宜しいですか」
「え……」
目の前のルークはかなり驚いているようで、瞳を大きく見開いた。
「ルーク様が私をエスコートして下さるならば、とても助かります。……何せ、喋ったこともないような男子生徒に自ら声をかけて、エスコートの件をお願いするのは大変面倒──んんっ、いえ、とても時間と手間がかかり、お昼寝をする時間が減る……んんっ、いえ、あの……えーっと……」
駄目だ、返事を返そうとしても、つい本音の方が前面に出てしまう。
どのような言葉で言い繕うかと思ったが、上手い言葉が出てこない。
「……ええっと、つまり、ですね……私も……ルーク様にエスコートして頂けると、とても嬉しいということです」
よし、上手いこと、言葉をまとめられたぞ、とユティアは心の中で拳を作る。
「知らない男性よりも、ルーク様の方が断然良いです。何せ、お昼寝仲間ですし、気は合いますし、私のことを変な目で見ませんし、そして私のことを理解してくれている──とっても、とっても優しい方ですから」
にこり、とユティアが微笑めば、ルークは一瞬、身体が強張ったように動かなくなっていた。
「なので、お願いしても宜しいでしょうか」
ルークはごくり、と何かを飲み込むような仕草をしてから、頷き返す。
「……ああ、こちらこそ宜しく頼むよ」
そして、願いごとが叶ったような、そんな表情でユティアへと笑いかけてきた。
……眩しい。
これまで、あまり認識していなかったがルークはかなり美形である。そんな美形から真正面で微笑まれてしまえば、眩しさと美しさで目が潰れてしまいかねない。
「あ、でも……」
ユティアはふと、頭に浮かんだものを口に出す。
「婚約者がいないルーク様にエスコートしてもらったら、他の方々が勘違いしそうですね。第二王子殿下の婚約者が決まったのか、と。……うーん、その辺りは後から弁明していくしかないですね……」
「……それは……まぁ、確かに他者から見れば、そのような関係として映ってしまうこともあるだろう。……だが、事実ではないならば、否定すればいいだけだ」
ルークは急にしどろもどろに答えつつ、すっと目を逸らしていく。
しかし、何かを残念に思っているのか、表情は少しだけしょんぼりしていた。
「まぁ、弁明しても納得して下さらない面倒くさい方に捕まった際には相手の認識を阻害し、自分の存在を他者から認識されにくい魔法を使って撒きましょう。変な噂が立ったとしても、事実でないのであれば、時間が経てば噂も消え去るでしょうし。……何せ、普段から目立たないように過ごしていますので、人の目を避けるのは得意です」
実はこの魔法、授業中にもたまに使っている。理由は簡単、授業中に教師に問題を割り振られて、目立ちたくはないからだ。
「なので、ご安心を。私の方は、ルーク様のエスコートを受けることに関して、何も問題はございませんので」
ユティアは力強く頷き返す。
「……だが、もし他の者から何か嫌なことをされたり、言われるようなことがあれば、教えて欲しい。俺が全力で君を守ろう」
真剣な表情で告げられたため、ユティアの心臓は一度だけ、大きく高鳴ったような心地がした。
……何だか、不思議な感じがした……。
どうしてそのような心地を抱いたのかは分からない。それでも、嫌なものではなかったのは確かだ。
「……お心遣い、感謝いたします。ですが、本当に大丈夫ですよ?」
実のところ、人に何かを言われたり、されたりしてもユティアの心はあまり動かない。
正確に言えば、喜怒哀楽の感情が常に緩やかであるようにと制御しており、他者に対して負の感情を向けることなどほとんどないからだ。
つまるところ、ルークにエスコートをしてもらった件で誰かに妬まれたり、恨まれたりしても特に何も思わない。
もし、何か思うとしても、面倒くさいという感情が一番に出てくるだろう。
「それに私の身体は魔法で、完全に守られていますから。特に物理や魔法は一切効きませんし」
そう言って、にこりと笑ってみせれば、ルークは納得するように肩を竦めた。
「そうだったな……」
「……でも、守ると言って下さったのは、とても嬉しかったです。初めて言われました」
「そ、そうか……」
再び、ふいっとルークは視線を逸らす。照れているのか、頬が少しだけ赤く染まっているようだ。
「あ、そういえば。新入生歓迎パーティーでは、パートナー同士でダンスを踊るらしいですね。パーティーまでそれほど日数は残っていませんが、念のために今日から練習でもしておきますか?」
「ここで、か?」
「だって、他の場所でお会い出来ないでしょう? この場所は二人だけの秘密、ですから」
ユティアは自身の唇に人差し指を添えつつ、ふっと笑みを浮かべる。
「……確か、新入生歓迎パーティーで最初に流される曲は毎年、同じで『新しい風に花は舞う』だったな」
「そうなんですね」
「音楽がなくても、踊れるか?」
「出来ます」
こう見えて、ダンスもダンス曲も全て覚えている。以前、貴族の嗜みとしてダンスを学んだ講師からはもう、教えることはないとお墨付きを頂いているほどだ。
ダンスには一切、興味が無かったユティアだが、講師の先生がおだてる──というよりも、ユティアの扱いが上手く、あっという間に覚えてしまったのだ。
何故ならば、ダンスの練習の後には恒例のお昼寝の時間が待っているからだ。
早く覚えて、早く身に着けて、そして完璧になってしまえば、講師からその日に覚えるべきことはもうないと言い渡されるので、昼寝の時間が繰り上げられて多く取れるのだ。
講師もユティアがダンスよりも昼寝を優先したいことを分かっていたようで、「これを覚えたら、今日はここまでですよ!」とか「このダンスを完璧に踊れたら、お昼寝の時間がたっぷりと取れますからね」などと言って、上手く扱ってくれたものだ。
それ故に、ユティアは難しいダンスでも踊れるようになっていた。
ルークは腰を上げ、それからユティアへと右手を差し伸べて来る。
「では、一曲。お手をどうぞ」
かしこまった口調でルークはそう言ったので、柄ではないのに少しだけ緊張してしまった。
足を踏まないように気を付けよう。
「……失礼します」
ユティアはルークの手に自分の手を重ねた。
ユティアが立ち上がったことを確認してから、「失礼する」と一言告げて、ルークはその手を腰へと添えてくる。
どちらが示し合わせたわけではないのに、突如、穏やかな空気が流れ始める。
お互いに口でリズムを刻みながら、ステップを踏んでいく。
その息はほとんどぴったりだった。
そういえば、とユティアは思い出す。
……男性とダンスを踊るのは、お父様とお兄様以外でルーク様が初めてかも。
そして、とても踊りやすい。こちらを気遣ってくれているのか、身長が低いユティアに色々と合わせてくれているのが分かる。
彼の優しさに、胸の奥がほかほかと温かい気分になった。
「……ルーク様」
「何だ?」
ユティアは少しだけ顔を上げ、それからふにゃりと笑った。
「楽しいです」
「そ、そうか」
「それに踊りやすいです。……当日が楽しみです」
「……そう、か」
一瞬、ユティアに触れているルークの手にぎこちなさが宿った気がしたが、気のせいだろうか。
二人はしばらくの間、誰も来ない秘密の場所で、秘密の練習を続けることにした。
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