お昼寝令嬢、申し込まれる。
突然、ルークから零れた笑いにユティアは瞳を瞬かせる。
何故か、噴き出すようにルークが笑っていたため、その理由が分からず、つい首を傾げたまま彼を見つめることしか出来なかった。
「……君が一番に気にするところはやはり、昼寝なんだな」
「……?」
しばらく笑っていたルークだったが、やがて笑いが落ち着いたのか、目元を指先で軽く拭ってから、穏やかな笑みを浮かべた。
「……つまり、君は俺と一緒にこれからも……昼寝をしたいと思ってくれるのか?」
「もちろんです」
ユティアは即答しつつ、力説するように力強く頷き返す。
「だって、私……ルーク様と一緒にお昼寝するの、好きですから。一緒にいて、これほど心地良くお昼寝が出来る方は初めてです」
ルークと一緒にいると、とても穏やかな気分になれるのだ。
それは恐らく、彼がユティアの趣味を全肯定してくれている上に、一緒に昼寝を楽しんでくれる優しい人だからだ。
決してこちらの邪魔をすることなく、お昼寝をする際には「おやすみ」と言ってくれたり、起きた時には「おはよう」と言ってくれたり──実はここ最近、そのように声をかけられるのが嬉しかったりする。
昼寝は基本、一人で楽しむものだと思っていたが、ルークと出会って、「誰か」と楽しむことも出来るのだとユティアは改めて思い知った。
一緒に楽しんでいる人がいると、それまで抱いたことのなかった嬉しさや関心、楽しみが存在するのだと気付けた。
目の前にいるルークだからこそ、その気持ちを知ることが出来たのだろう。
さすが、お昼寝仲間第一号──と脳内で少々、不敬な呼び方をしてしまったユティアは誤魔化すように笑みを零す。
すると、ルークはどこか嬉しそうに苦笑した。
「……そんな風に思ってくれているんだな」
「そうですね。ここ数日、ルーク様とご一緒しましたが、たとえ無言の状態で時間を共に過ごしていても苦だと思いませんでしたし。それほどに心地が良いんです。何というか、相性が良いのかもしれません」
「お昼寝仲間として」という単語を付けるのを忘れていたが、至極真面目な表情でユティアが告げるとルークは口元を片手で覆ってから、「別の言い方があるだろう……」と呟いていた。
一体、どうしたのだろうか。
「……ですがっ……ですが、ルーク様が『第二王子殿下』故に、簡単にお昼寝が出来ない立場ならば、私は……! 大変、とてつもなく大変、残念には思いますが……お昼寝をご一緒するのを……諦めようと思います……。残念ですが……っ!」
ユティアは表情を歪ませ、「くっ……」と呟きながら右手で強く拳を握り締める。
大変、惜しい逸材だが目の前にいる彼が尊い身分である第二王子殿下だというならば、その身分に応じた行動を取らなければならない立場であることは、さすがのユティアも理解している。
もし、昼寝が禁止されているならば、無理に誘うことは出来ない。何せ、相手の方が身分は高いし、こちらも不敬罪にはなりたくない。
そんなことになってしまえば、今までのように気楽に昼寝が出来なくなってしまう。
ルークのことは残念で、残念でたまらない、と言った様子でユティアは唇を噛んだ。
だが、そんな様子のユティアをルークは小さく笑っている。
「いや、別に昼寝は禁止されていないぞ? そのような決まり事もない。ただ、立場に恥じない行動をしなければならないというだけだ。……それに『昼寝』は休息と同じだ。王子だからと言って、休息を取ることを禁じられてはいないだろう?」
その答えが返ってきた途端、ユティアはぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべる。
失いかけた希望と願望を再び手に入れた瞬間である。
「本当ですかっ……!」
「……っ」
「これからも……これからも、お昼寝仲間でいてくれるんですね……? 嘘ではないんですね?」
ぐいっとユティアが前かがみにルークに詰め寄ると、彼はどこか強張った表情でこくん、と頷き返してくれた。
「やったぁ!」
「ばんざーい!」とユティアは両手を上げて大喜びする。
淑女らしからぬ行動だが、小さな子どものように、つい感情のままやってしまったことは大目に見て欲しい。それくらいに嬉しかったのだ。
先程までの悲壮な表情と比べて、にこにこと嬉しさを隠し切れないユティアに対して、ルークはやがて微笑ましいものを見るような瞳で見てくる。
あまりにも優しげな表情を浮かべているルークに対して、奇妙な心地を抱いたユティアは小さく咳払いをしてから、姿勢を正す。
「……んんっ、失礼致しました。つい、嬉しくてはしゃいでしまいました」
「いや、構わない。……むしろ、一緒に昼寝をしたいと思えるほどの信頼を得られているようで、嬉しいよ」
でも、とルークは言葉を続ける。
「本題はこれからなんだ」
「本題、ですか?」
そう言えば、ルークは伝えたいことがあると言っていたが一体、何の話をするつもりだろうか。
ユティアが言葉を切ってしまったので、話は途中のままだ。
それまで穏やかな表情だったルークは少しだけ背筋を伸ばし、そして先程と同じ真剣な表情で言葉を告げる。
「ユティア・サフランス嬢」
「はい、何でしょうか」
思わずユティアもぴんっと背筋を伸ばした。
「……今度、学内で新入生歓迎パーティーが行われますが、入場する際のパートナーはお決まりですか」
今までとは違う、どこかかしこまった口調でルークは問いかけて来る。
「いいえ」
「……婚約者はいますか。もしくは、婚約を予定している者は?」
「いません」
ふるふるとユティアは首を振った。
そういえば、新入生歓迎パーティーのパートナーを探すことを忘れてしまっていた。つい、三十分ほど前に親友のリーシャに言われていたのに、ものの見事に頭から抜け落ちていた。
その理由はもちろん、昼寝を優先していたからであって、決して面倒くさくて存在を頭の端に追いやっていたわけではない、多分。
ユティアが答えるとルークはほんの少しだけ、表情に安堵のようなものを浮かべた気がしたが、すぐに凛々しいものへと変えていく。
その表情の移り変わりに、一瞬、ユティアの心臓が小さく跳ねたような心地がしたのは何故だろうか。
「──ユティア嬢のパートナー役を……私に任せて頂けないでしょうか」
「……はい?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったユティアは首を傾げてしまっていた。




